第49話「そのひとは、あねのかお」

 夜の街を歩けば、程なく閑静かんせいな住宅街へと道は続く。

 このあたりはまだ、やや裕福なネズミ達が住んでいるようである。日本家屋にほんかおくが連なる中、迷わずレイカとガンちゃんは歩く。

 ガンちゃんはチラチラと、ラムちゃんの隣を見てはムスーッと前を向く。

 どうやらアノイさんを意識してるようだった。

 それが気になって、ラムちゃんはついアノイさんに声を潜めてしまう。


「ねえ、アノイさん。ガンちゃんが」

「ふむ、未熟な妹め……だが、われから見ればかわいいものだ」

「そうなら、いいんですけど」

「ガンちゃんの力は我をも凌駕りょうがし、アークやシュンをも上回るだろう。だが、それは力でしかない。力を強さへ変える心が、まだまだ……ん? 何だ我が姉よ。何をニヤニヤしている」


 気付けばラムちゃんは頬が緩んでいた。

 唯我独尊ゆいがどくそん、常に孤高の高みにあるアノイさんが妹を語るのは珍しい。そして、そんな話をするアノイさんには、炭火のような暖かさが感じられた。

 彼女は彼女なりに、姉妹を案じてくれてるのだ。

 そのことをラムちゃんが口にしたら、アノイさんは顔を反らしてしまった。


「わっ、我は戦士! ゆえに戦いをたっとび、勝利にいたすべにこだわる。勝てばいいというのなら、それは匹夫ひっぷ下賤げせんな戦いに過ぎぬ」

「ひっぷ……お尻、ですか?」

「我が姉ラムちゃんよ、そういう意味では……」

「でも、安心しました。きっとアノイさんの想いはガンちゃんに伝わりますよ」


 そうこうしていると、一件の家へとレイカちゃんが入ってゆく。

 立ち止まって振り返ったガンちゃんは、暗いジト目でラムちゃんを見詰めてきた。

 待っててくれるのだとわかったが、闇がよどむようなひとみが奈落の穴にも見える。ガンちゃんはじっとりとアノイさんもすがめて、あごでしゃくるように玄関を指した。

 何の変哲もない一軒家で、酷く古い木造家屋だ。

 垣根で囲まれた庭があって、そこに面した縁側へと二人は進む。

 玄関から入るのかと思っていたので、ラムちゃんは驚いた。


「おーい! せんせえー! いーるかーい?」


 レイカがぶっきらぼうに小さく叫ぶ。

 ――先生。

 確かにさっきも、レイカとガンちゃんは言っていた。

 先生という人がいて、協力してくれると。

 後から続いて入ったラムちゃんは、月明かりの縁側に見知った人影を目撃した。それは、その姿は背中だけですでに誰かはっきりとわかった。

 ずっと探し求めていた。

 姉妹の全員が待っていた。

 生きていると信じて、今も全員で戦っている。

 姉妹の希望、エンジェロイド・デバイス全員の大いなる長姉。

 その姿の横で、子供のネズミが目を丸くしていた。


「ああ! 来たんですよ先生、さっき言っていた変なのが」

「ん? 庭から声がするな、こっちか」


 最後尾を歩いていたアノイさんも、すぐにラムちゃんを追い越していった。


「あっ、駄目だよアノイさん勝手に入っちゃ」


 慌てて後を追う。

 自然と足早に、小走りになってしまう。

 レイカちゃんが頭の後ろで腕を組みつつ「と言いつつ入るラムさん」と茶化した。

 だが、もう止まれなかった。

 着流し姿の女性がこちらへ振り向いた、その瞬間……感情が爆発した。

 ラムちゃんは思いっきり、その人の胸に飛び込んだ。


! ああ、本当に生きてらして……私です、ラムちゃんです!」


 言葉は返ってこない。

 だが、胸の中から見上げる顔は間違いなくメリッサだった。

 シュンとの戦いに破れ、幻獣カーバンクルの本拠地へと連れ去られたメリッサ。その救出のために出かけたレイやフランベルジュの三姉妹も行方知れずだった。

 でも、メリッサは生きていた。

 こうして今も、しがみつくラムちゃんを支えて立っている。


「メリッサ姉様……お顔に傷が。アルカちゃんやケイちゃんから聞いてます。シュンとの戦いで目を……あれ?」


 ラムちゃんはまじまじとメリッサの顔を見上げて、目を丸くする。

 確か、メリッサは片目をシュンに潰されたはずだ。

 だが、無表情でぼんやり自分を見詰めてくる目は、双眸が並んでいる。そして、メリッサはまるで全てを忘れてしまったかのように何も言ってはくれなかった。


「メリッサ、姉様? あの……」


 驚きに凍った、その時だった。

 ポンと肩をガンちゃんが叩いた。

 首を横に振ると、ガンちゃんは静かに呟いた。


「この人、先生。メリッサ、違う……」

「えっ!? で、でも、お顔が」

「メリッサ、死んだ。オレの、ねーちゃん……だから、かたき、討つ。先生、力、貸してくれる」

「ま、待ってガンちゃん。先生? この方は――」


 まじまじと先生を眺めていたアノイさんが「ふむ」と小さくうなった。

 彼女にはどうやら、ラムちゃんよりも状況が把握できているようだ。


「我が姉ラムちゃんよ……こやつはメリッサではない。が、メリッサでもある」

「えっ? それはどういう……」

「我が姉メリッサやラムちゃん、そして我と違って……こやつは正規のエンジェロイド・デバイスではない」

「でも、顔が」

「そう、使


 アノイさんは説明してくれた。

 エンジェロイド・デバイスは専用筐体きょうたいで対戦ゲームが遊べる美少女プラモだ。リジャスト・グリッターズの資金難を救うべく、所属する人型機動兵器の数々を美少女へとフィギュアライズしたものである。

 このエンジェロイド・デバイスのプラモを買うと……フェイスパーツが複数ついてくる。

 笑顔、キメ顔、叫び顔……そして、先生のような無表情。

 飾る際に差し替えるフェイスパーツが複数存在するのだ。

 勿論、今のラムちゃん達はカーバンクルの魔力で感情を手に入れている。フェイスパーツを交換せずとも表情は変わるし、その変化は多彩だ。

 アノイさんは腕組み頷き、結論を伸べた。


「このエンジェロイド・デバイスもどき、先生とやらは……メリッサの顔パーツを用いて作られたジャンクだな? 違うか、レイカよ」


 丁稚の子ネズミは訳がわからない様子で、震え出した。

 だが、その頭を安心させるようにレイカがポンポン叩く。


「ま、そういう感じだろうな。作った奴がもういないから、ちょっとわからないんだけどさ。ただ……先生は先生だ。、クソ姉御がよお」


 レイカの瞳がギラついた視線でアノイさんをにらむ。

 そして……レイカごと先生を守るように、ぬらりとガンちゃんが前に出た。

 まるでレイカとガンちゃんは、姉妹のきずなよりも固い何かで結ばれているかのよう。そして、この街で生き残るための日々が二人を強く繋ぎ止めているのだ。


「アノイさん、うざ……先生なめたら、殺すよ? 先生、いい人。レイカの、大事な人」

「……失言はびよう。だが、ガンちゃんよ……うぬでは我には勝てん。まだ、な」

「その冗談、笑えない。なにそれ……面白く、ない」


 慌ててラムちゃんは両者の間に割って入った。

 今にもアノイさんに噛みつきそうなガンちゃんを抱き寄せる。

 血に飢えた獣のような目で、ガンちゃんはラムちゃんを振り返って……そして、ハッと顔を背けた。同時にレイカも、ガンちゃんの手を握ってさらに手を重ねる。


「ま、今は抑えとこうや……ガンちゃん」

「オレ、ラムちゃん、泣かせる、とこだった? レイカ、オレ……駄目だった?」

「駄目じゃないけどな、まあ……とりあえず、先生。あれ? 先生?」


 その時にはもう、先生の姿は見えなくなっていた。

 奥の部屋に行ってしまったようで、子ネズミとレイカが後を追う。

 ラムちゃんはガンちゃんに抱きついたまま、小さく溜息ためいきを一つ。こんな時、アノイさんは全く動じない。常に覇王の威厳があって、泰然たいぜんとして揺るがないのがアノイさんだ。

 逆に、先程の狂犬じみた敵意が嘘のように、腕の中でガンちゃんはおとなしい。


「とりあえず、アノイさんもガンちゃんも! 無理して仲良くすることないです、けど……同じ姉妹、もっと言葉を選ばないと」

「……確かに我も短慮たんりょだったやもしれん」

「オレ、喋るの、苦手……難しいこと、わかんない」


 だが、そんなデコボコ姉妹の間にラムちゃんが挟まれていた、その時だった。

 不意に庭へと、転がり込むように一匹のネズミが走ってくる。力尽きて倒れた雄のネズミは、声を張り上げ叫んだ。


「先生っ! 先生はいるかい! 表通りで連中が……最近この辺でデカい面してる、!」


 必至の形相に、何事かとラムちゃんも身を固くする。

 その時にはもう、弾かれたようにガンちゃんは走り出していた。その瞳が、凶暴な輝きで爛々らんらんと輝く。


「あいつら、また……オレ、許さない!」


 あっという間にガンちゃんの姿は、大通りの方へと消えた。

 慌てて追いかけようとした、その時……奥から先生が戻ってくる。

 そこには、黒いコートに白いバイザーを被った、無貌むぼうのエンジェロイド・デバイスが立っている。どうやら着替えたらしい先生は、その手に白木鞘しらきざや太刀たちを握っていた。

 彼女は無言で、ついてこいとばかりに歩き出す。

 続くレイカが、ラムちゃんとアノイさんを振り返った。


「とりあえず、姉御達も来てくれ! この街は今、さ……やべぇ連中がのさばってんだよ」


 三番艦愛鷹あしたかの中で今……新たな戦いが始まろうとしていた。

 その闘争すらも、カーバンクルの手中か、それとも予期せぬ火種か。

 だが、戦いを広げる者とは誰とでも戦い、誰でも守ってやるのがエンジェロイド・デバイスだ。その想いを多くの姉から受け継いだラムちゃんは、妹達に示すべく急いで走り出すのだった。

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