第48話「こおれるやみ、もえるともしび」

 三番艦愛鷹さんばんかんあしたかの中に広がる巨大な街。

 摩天楼まてんろうの足元に闇を広げた、その名は真宿しんじゅく

 ラムちゃんが歩く夜の真宿は、とても奇妙な場所だった。

 ここでもやはり、ネズミ達は知能を発達させて文明を築いている。すでに簡単な自動車が行き来していて、繁華街はんかがいともなれば賑わう喧騒は大都会だ。

 一方で、路地裏ろじうらには薄汚れたネズミ達が粗末な着衣でうずくまっている。

 目に見える程に、はっきりとした貧富の差があった。


「あの、レイカちゃん。ガンちゃんも」

「んあ? レイカ、なんか呼んでる……ラムちゃん、呼んでる」


 じっとりと暗い目で、ガンちゃんが振り返る。

 まばたきもせずに、フードの奥からラムちゃんを伺うような視線だ。

 ポケットに両手を突っ込んでいたレイカが、立ち止まって振り返った。

 レイカとガンちゃん……奇妙な妹達は、どこか雰囲気が他の姉妹とは違う。抜き身の刃のようで、触れる全てをギザギザに切り裂きそうな鋭い気配だ。

 レイカは気にした様子もなく、説明していくれる。


「真宿にビックリしてるか? ラムの姉御」

「う、うん。それもあるけど」

「ここは掃き溜めみてぇな街、アウトロー達の吹き溜まりさ。カーバンクルの支配も徹底してるし、体制の目を盗んでの縄張り争いも苛烈かれつだからなあ」


 真宿は表も裏も闇、弱肉強食の実力社会だ。

 縄張りを奪い合うネズミ達が徒党を組んで、武闘派達が抗争を繰り広げている。表向きはカーバンクルの命令を処理する組織だが、互いに脚を引っ張り潰し合っているのだ。

 レイカとガンちゃんは、そんな暗闇の中を影から影へと戦い生きる。

 一部のネズミ達が全てを独占している街で、弱者達のために立ち回ってるのだ。


「ラムの姉御あねごに会わせたい人がいんだよ。それに、飲み食いするにも金がいる。情けねえがアタシ達はスカンピンでさ」

「ん、オレ達、無一文むいちもん……でも、ラムちゃん、何かンまいもの、食べる」


 聞けば、二人の活動を陰ながら支えてくれる人物がいるという。

 としか教えてくれないが、その人が力になってくれるらしい。

 二人がゆらゆら影を揺らして歩く先へ、黙ってラムちゃんも続いた。

 夜の街は妙に寒々しくて、光と影とが明暗を分けている。時折通る自動車には着飾ったネズミ達が乗り、街の中心部へと走り去る。ビル群の下では路地裏で貧しいネズミ達が震えていた。

 今までの集落や街とは明らかに異質な空気に、ラムちゃんも言葉を失った。

 悲鳴が聴こえてきたのは、そんな時だった。


「オラァ! なーにウチのシマで勝手に店を広げてんだ? アァ!?」


 脚を止めれば、往来のド真ん中で一匹の子ネズミが倒れていた。

 その周囲を、スーツ姿のネズミが複数人で取り囲んでいる。既にラムちゃんにもわかるほどに、ネズミ達は多彩な表情と表現を得ているようだ。そして、怒りに激昂げきこうしていることがハッキリと見て取れる。

 その一匹が、倒れたネズミを足蹴あしげに踏みつけた。

 よく見れば、悲鳴を噛み殺しているのはまだ子供のネズミである。

 瞬時にレイカとガンちゃんの気配が冷たく凍った。

 殺気にも似た凄みが、びりびりとラムちゃんの肌を焼いてくる。


「レイカ……る? オレは、いいよ」

「待てよ、ガンちゃん。ありゃ確か、最近こっちに流れてきたガキだな」

「命令、して。ものの数秒で、終わる。終わらせる、から」

「まあ待て。なあ、ラムの姉御! ……姉御?」


 レイカが首をかしげた時にはもう、ラムちゃんは飛び出していた。

 武器はほとんどない。

 背中のネイクリアスパックはまだ見つかっていないし、ビームライフルも失われたままだ。だが、ラムちゃんは咄嗟とっさに体ごとぶつかって大柄なネズミを下がらせる。

 背後では、あちゃー! とレイカが顔を手で覆っていた。

 相変わらずガンちゃんがじっとりと見詰めてくる。

 ラムちゃんは助けたいと思った時には、身体が勝手に動いていた。思考を挟む余地はなかったし、すぐに助けねばと感じたのだ。


「あの、やめてくださいっ! まだ子供のネズミさんです!」

「ああ? 何だ……ん? お前ぇ、まさか」


 よろけた黒服のネズミは、他の仲間達と口々につぶやく。

 遠巻きに見守っていた周囲の街人達も、ざわざわと騒がしくなっていった。


「まさか、あの姿……エンジェロイド・デバイスって奴じゃねえか!」

「それって、あのカーバンクル様が指名手配してる賞金首ですかい?」

「へへ、お人形の娘っ子が……やっちまいましょうぜ!」

「まあ待て、おい! 頭数あたまかず呼んでこい! たたんじまうぞ!」


 あっという間に周囲のネズミ達は逃げ始めた。

 変わって、アチコチから同じ黒服の男達が集まってくる。

 その数はどんどん増えたが、ラムちゃんはひるまない。おびえた様子の子ネズミを立たせて、そっと遠ざけてやる。何度も振り返りながら、小さなネズミは路地の奥へと消えた。

 変わって、背後から左右に頼もしい声が進み出た。


「姉御、いけねえなあ。もちっと考えてから動かないとさ」

「でも、いい……シンプルで、とーってもいい。あとは……潰すだけ」


 レイカとガンちゃんは、とっくにやる気だ。フードの奥で二人の瞳が、薄暗がりにギラついた光を走らせる。

 ラムちゃんは油断なく構えて、ビームサーベルを引き抜いた。

 武器がこれだけでは心もとないが、一戦交えるにしろ逃げるにしろ戦いは避けられない。

 何より、暴力で弱者をしいたげるようなら、ラムちゃんは見過ごせなかった。


「ヘヘ、後ろのガキ二人はあれか……最近アチコチを荒らしてくれてる浮浪児ふろうじあたまか」

「丁度いいぜ、ゴミくずはこのへんで始末しちまわねえと」

「ちげえねえ! 前からチョロチョロと目障りだったんだよ! やっちめえ!」


 あっという間に大乱闘になった。

 黒服のネズミ達は、匕首あいくちや長ドスを抜刀するや襲い来る。

 上着の奥から拳銃を取り出す者もいて、ラムちゃんも粒子の切っ先をしならせた。

 やはり、ネズミ達の文明レベルは上がっている。

 もう、この真宿では銃器を持つネズミまでいるのだ。

 だが、どれだけ相手が強かろうとラムちゃんには関係ない。


「おうおう、おうこら手前てめぇ! そんなダンビラ一つで俺達の数と戦おうってのか!」

「当然です! 私は、弱い者いじめをする誰とでも戦います!」

「面白え!」


 ヒュン、とビームサーベルがひるがえる。

 たちまち交差した斬撃が、どろりと溶けて両断された。自慢の長ドスを断ち割られたネズミが、目を丸くして瞳孔どうこうを収縮させる。

 高圧縮した粒子を束ねた刃は、まだまだ精度の低い鋼をどんどん断ち切っていった。

 そして、意外にも拳銃の弾は飛んでこない。

 その理由が今、ネズミ達の中で小さな嵐となって暴れまわっていた。


「クソッ、弾が当たらねえ! このガキャア!」

「遅い。止まって見えんだ……消えて。オレ等がゴミ屑なら、お前……星屑ほしくずに、なる?」


 ガンちゃんの動きは緩慢かんまんに見えて、全く無駄がない。

 まるで彷徨さまよう幽鬼ファントムのように揺らめいたかと思えば、縮地しゅくちの速さで距離を詰めて圧倒する。ただ素手で拳を握って殴り、鋭い爪で引き裂いてゆく。

 蹂躙じゅうりんという言葉が生易なまやさしく思える程の、それは戦いとして成立していない一方的な殲滅せんめつだった。

 暴力の権化ごんげとなったガンちゃんをフォローしているのは、撃ち漏らしを片付けるレイカだ。


「ガンちゃん! あんまし派手にやんなよ? ラムの姉御が心配すっからな」

「別に……やるからには、徹底的に。容赦、しない。して、やらない」


 あっという間に黒服達は戦意を失った。

 それほどまでに、ガンちゃんの戦いは凄絶だったのだ。

 見る者を戦慄させる、徹底的な破壊。

 そして、その力の行使に全く躊躇ちゅうちょを見せない精神力。それは、精神の強さというよりは精神構造の欠落を感じさせる。ラムちゃんは初めて、自分の妹を怖いと思った。


「っきしょー、ずらかれ!」

「冗談じゃねえ、若頭に報告だ!」

「ま、待ってくれ、置いて行かないでくれ! ひぃ!」


 逃げ遅れた一匹を、ガンやんは完全に捕らえた。

 その喉笛のどぶえを片手で鷲掴わしづかみにして吊るし上げる。

 鬼気迫る程に研ぎ澄まされた殺意で、じっとガンちゃんは手の中の命を見詰めていた。くびられたネズミはもう、萎縮いしゅくしながら言葉さえ失って悲鳴を叫ぶ。

 あわててラムちゃんは止めに入ろうとした。


「駄目だよ、ガンちゃん! もうやめてあげて……その人、もう戦えない」


 だが、ガンちゃんは無力化したネズミを手に振り返る。

 肩越しに見詰めてくる目には、純粋な疑問符が浮かんでいた。

 そのことをガンちゃんは、素直に口にしてくる。


「やめる……?」

「何でって、ガンちゃん……やりすぎです!」

「……わかんない。けど、ラムちゃん……どうして泣いてる?」


 言われて初めて気付いた。

 ラムちゃんはほおらす涙に自分でも驚く。

 あまりにも異質、そして異常な妹の闘争心。それは冷たい氷河のような殺意で、心のそこまでてついているかのよう。

 だが、レイカの言葉は意外なものだった。


「ガンちゃん、よしな。姉御の見てる前ではイイ子にしねえとさ」

「レイカ……うん。レイカが言うなら、そうする」

「ごめんなー、姉御。こいつ、本当は優しいとこあんだよ。ほら、姉御がピカピカの中からワープ? 突然出てきてさ。意識が戻るまで、ずっと側にいたんだ。優しい奴なんだよ」


 ガンちゃんはまだネズミを手放さない。

 そして、その手の中で呼吸も鼓動も圧殺してゆく。

 苦しそうにもがくネズミは、必死に手足をばたつかせていた。

 ガンちゃんが不意にビクリと震えたのは、そんな時だった。彼女はようやくネズミを放り投げると、油断なく周囲を見渡し身構える。まるで危機感に神経を尖らせる野生のけものだ。

 そして、ガンちゃんの臨戦態勢の意味をラムちゃんは声で聴いた。


「ほう……われの殺気を感じたか。粗暴でつたない力でも、大したものだ。だが……我は弱きをいたぶるは戦士と認めん。我が姉、ラムちゃんを泣かせるようでは……未熟みじゅくっ!」


 見上げるビルの上に、腕組みたたずむ姿があった。

 それは、はぐれて散り散りになった妹の一人、アノイさんだった。

 低くうなるようににらむガンちゃんと、その視線を受け止め静かに全てを睥睨へいげいするアノイさん。二人の間で圧縮された闘気がスパークしそうな程の緊張感。

 だが、アノイさんはフッと笑うと降りてきた。

 こうしてラムちゃんは、何とかアノイさんと合流することができたのだった。

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