第47話「ひかりのさき、おちてやみ」

 ラムちゃんは夢を見ていた。

 ほんの少し前、まだ鮮明に思い出せる過去の夢だ。

 ラムちゃんはまだ未完成で、片腕のまま戦っていた。だが、不安は全く感じていない。そのことは今でもはっきり思い出せる。

 いつも背中には、互いを守り合う仲間が、姉妹がいた。

 宇宙戦艦うちゅうせんかんコスモフリートの機関部を守る、苛烈かれつな戦い。

 その中でも、一番頑張っていた姉のことが思い出される。


『っしゃ、ラム! そろそろマスターんとこに帰りな。ここはオレ達が見ておくからよ。な、トゥルーデの姉貴!』

『ええ、ネズミ一匹見逃さないわ。さ、ラムちゃん……マスターのところへ、かぐやちゃんのところに帰ってあげて。左腕やアーマーパーツも、いつか作ってもらわなきゃね』


 シン、そしてトゥルーデ……今はもういない姉達。

 何故なぜか二人のことが思い出された。

 いつも彼女達は、ラムちゃんに優しかった。

 ラムちゃんだけにじゃない。シャルやジェネにも、そして皆に平等に優しかった。だから、二人共嬉しかった筈だ……長姉のメリッサに会えて。そして、後悔していないはずである。

 それでも、在りし日の面影をまぶたの裏に見れば寂しい。

 ラムちゃんの胸を締め付けながら、思い出は走馬灯のように過ぎてゆく。

 そして、意識は急激に現実世界へと引き戻された。

 遠くかすんで消え行く姉へと、ラムちゃんは絶叫を張り上げる。


「シン姉様! トゥルーデ姉様! ……っ、は、はぁ……夢? 私は」


 飛び起きたラムちゃんは、薄闇の中にいた。

 粗末な布団の上で、荒い呼吸に肩を上下させる。

 まるであの日の再現のような、酷く鮮明な夢だった。そして、もう帰らぬ日々だと目覚めてから知る。思い知らされる。

 ほおらす涙を拭っていると、不意に背後で障子しょうじが開いた。

 そう、随分傷んでいるものの、たたみが敷き詰められた和室にラムちゃんはいた。

 穴だらけの障子からは、わずかに外の光が差し込んでくる。

 現れたのは、白いパーカーを着た少女だ。


「よぉ、姉御あねご。起きたみてぇだな!」

「あ、君は……もしかして」

「アタシは№027、霊牙れいがのレイカだ。で、そこにいるのがアタシの相棒だ」

「え? そこに? ……わっ! い、いつから!?」


 レイカがあごをしゃくる方向を、ラムちゃんは振り返る。

 部屋のすみよどんだ闇の中、一対の双眸そうぼうがじっとラムちゃんを見詰めていた。

 レイカにうながされて、その少女はのっそりと薄明かりの中へと歩み出る。


「目、覚めたか?」

「う、うん……あの、ずっとそこに? 看病、してくれたんですか?」

「痛むとこ、ないか」

「え、えと、大丈夫です、けど」

「アーマーパーツ、レイカが拾ってきた」

「え……?」


 ラムちゃんは素体の状態に脱がされていた。

 そして、カラカラと笑うレイカの両手に回収されたアーマーパーツが抱かれている。恐らく、次元転移ディストーション・リープの衝撃で外れてしまったのだ。

 手渡されたパーツに傷はない。

 だが、一つだけ足りないものがあった。


「あの、レイカさん」

「レイカでいいって、妹だし。どした、姉御」

「ネイクリアスパックがないんです……これで全部でしたか?」

「ああ、姉御が突然現れた場所の周囲に散らばってた。それで全部だったよ」


 レイカの言葉にラムちゃんはうつむいてしまう。

 様々なバックパックを換装可能な分、それがない状態のラムちゃんは戦闘力が低下してしまう。アークとサンドリオンという強敵を前に、痛恨の極みだ。

 だが、すぐに自分のことよりも姉妹の安否が気にかかった。


「あの、他の姉妹のみんなは」

「姉御一人だったけどな。な? ガンちゃん」


 レイカがガンちゃんと呼んだのは、赤いパーカーの少女だ。彼女はくもりのない闇を秘めた瞳で、じっとラムちゃんを見詰めてうなずく。

 ラムちゃんはまた、一人になってしまった。

 それを痛感したが、同時に新たな出会いに恵まれた。

 この二人は同じエンジェロイド・デバイスだ。


「んじゃ、改めて紹介すっか。姉御、こいつガンちゃん。アタシの相棒、№028こと雅神牙がしんがのガンちゃんだ。おう、ガンちゃん! 挨拶しな」

「ども」

「ども、じゃないよまったく……ごめんなー、姉御。こいつ、いつもこうなんだ」


 どうやらレイカはかなりさばけた性格らしい。竹を割ったように快活で闊達、その上にシンプルで話し方もハキハキして端切れがいい。反対にガンちゃんは、口数少なく何を考えているのかが少しわからない。

 だが、そう思ってラムちゃんが見ていると、ガンちゃんは手を伸ばしてきた。

 ポンとラムちゃんの頭に手を乗せ、髪をでてくれる。


「姉御、元気出せ」

「ガ、ガンちゃん? なぐさめて、くれてるんですか?」

「そ」

「……ありがとうございます」

「ん」


 ようやく落ち着いたところで、レイカが事情を話してくれる。

 それは、ラムちゃんにとって想定外であると同時に予定通りの現実つだった。


「ここは三番艦愛鷹あしたかだ。ネズミ共が任侠にんきょうを気取ってアチコチで抗争を繰り広げてる街さ」

「愛鷹!? ここは愛鷹なんですか! ……どうして……まさかサンドリオン姉様はわざと私を?」

「さあな。で、アタシとガンちゃんはいわゆるストリートチルドレンだ」

「ここで、何を」

「何って? アタシ達はアタシ達で守るモンがあんだよ。だろ? ガンちゃん」


 ガンちゃんはまた無言で頷く。

 話によれば、愛鷹の中にもネズミ達の巨大な街があるという。そこは、ある時期の日本に酷似した社会ができあがっていた。丁度昭和中期、戦後の混乱を脱し始めた頃のようだとレイカちゃんが語る。

 その間ずっと、ガンちゃんは相槌あいづちも打たずにひたすらラムちゃんを撫でていた。

 ちょっと怖いが、ガンちゃんは性根の優しい子なのかもしれない。


「ここいらを牛耳ぎゅうじってんのは、箕輪組みのわぐみの連中さ。デカい抗争があったあとでゴタゴタしてるが、だからこそ路地裏のネズミ達にもチャンスがある」

「もしかして、レイカちゃんとガンちゃんは」

「おうよ! この街は表向きは繁栄してるが、社会の影では無数の子供ネズミが捨てられてんだ。空腹で飢えて道を踏み外す奴も少なかねえ。だから――」


 ドン! とレイカは胸を叩く。

 そうして彼女は、堂々と言ってのけた。


「だから、時々マスターんとこから抜け出てガキ共を面倒見てんのさ。今はしがない屑鉄くずてつ拾いだけどな……そのうち、デケェ仕事で全員に腹いっぱい食わせてやる」

「ん、レイカはやる時はやる子。やればできる子」

「おうよ。アタシの頭脳とガンちゃんの腕っ節がありゃ、極道だって怖かないね」


 それに、とレイカは言葉を続ける。

 心なしか、ラムちゃんの頭を撫でるガンちゃんも熱くなっているようだ。


「それに……姉御達のかたきは絶対に討つ。カーバンクルの奴に落とし前をつけさせてやる」

「ん。レイカの敵は、オレの敵……レイカがオレに、つぶすべき敵を教えてくれる」

「アタシ達のマスターはさ、シンの姉御のマスターだった神塚美央カミヅカミオさんからアタシ達を引き取ったんだ。光咲香奈コウサキカナってんだけど」

「マスター、結構器用。失敗作だったオレ等、上手に改造した」


 そう言えば、昔シンが言っていた。

 シンのマスターの美央は、意外に不器用でエンジェロイド・デバイスを作るのに失敗したのだという。一箱目はパーツをなくしてしまい、二箱目はパーツをはめようと力んだら割れてしまったのだ。

 その残骸を引き取った香奈が、同じ金型から派生した霊牙と雅神牙の二人を買った。そして、それぞれのパーツで美央から貰ったエンジェロイド・デバイスを蘇らせたのだ。

 ラムちゃんは改めて、奇妙な因縁を持つ二人の妹を交互に見る。


「二人共、無事でよかったです。それに、とても優しい子」

「よ、よせやい姉御! それより教えてくれ、外はどうなってんだ? メリッサの姉御やひょーちゃんの姉御、レイの姉御にフランベルジュの姉御達は!」

「それが……ずっと、行方不明で」

「クソッ! やっぱうわさは本当だったんだ。アタシ達も聞いてるよ。メリッサの姉御は、どこにあるかもわからねえカーバンクルの本拠地に連れてかれたってな」


 レイカがパン! と拳で手の平を叩く。

 悔しげな彼女の顔を見て、ぼそりとガンちゃんはつぶやいた。

 それは抜き身の刃が触れてくるような、寒々しいまでに鋭い言葉だった。


「大丈夫。オレが全部片付ける。潰すから」

「ああ! そうと決まれば腹ごしらえだな。ラムちゃんの姉御! 立てるか?」


 レイカが手を伸べてくる。

 その手に手を重ねて、ラムちゃんは布団から立ち上がった。

 外に出ると、天井の低い町並みが見渡す限りに広がっている。レイカとガンちゃんの住んでる屋敷は、町外れのボロ屋、バラックみたいなものだ。そして、周囲にも風通しの良さそうな小屋が並んでいる。

 遠くに見る町並みには、ネズミ達のビルが摩天楼まてんろうのようにそびえていた。

 愛鷹の中の街は大都会で、ラムちゃんは驚きに目を見張る。

 歩き出すレイカのあとを、影のようにのっそりとガンちゃんが続いていた。そのあとを追えば、周囲は子供のネズミばかり。そして、皆が目に生気がない。

 そして、街に出たラムちゃんを驚くべき世界が待ち受けているのだった。

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