第46話「すすむさきに、げきとう」
一夜の
戦いの旅で疲れていたラムちゃんと姉妹達は、リリの
朝早く、ネズミ達の港町を発ったラムちゃん達は、四番艦ピークォドのデッキに急ぐ。
長く天井へと伸びる配管の先に、物資搬入用の小さなハッチがあるのだ。
「でも、港町って言うだけあって活気があったなァ! ゆっくり休んで、あとは三番艦の
朝から元気なのはアルタだ。
彼女を含む全員は、エレベーターのように上昇する大きめの空き缶の中にいた。これは配管の中を通る、いわばゴンドラだ。他の配管のゴンドラがさがると、
昨夜のあの場所が港町と呼ばれる所以である。
そして、ここから先は人間達が行き来する領域だ。
「では……いいですかぁ? 妹の皆さん。絶対に人間に見つかってはいけませんよ? エンジェロイド・デバイスが動き回っていることは、秘密ですの」
一同を見渡し、ジェネが指を立てて釘を差してくる。
ラムちゃんも他の妹達も、みんなで姉に頷いた。
カーバンクルの魔力の影響で、自我と心を得たエンジェロイド・デバイス達……その戦いは、決して人間達に知られてはならない。誰にも気付かれることなく、リジャスト・グリッターズに迫る闇の力を討たねばならないのだ。
改めてその決意を新たにしたラムちゃんは、隣でルナリアの不安そうな声を聞く。
「そう言えば……リリ様は大丈夫でしょうか?」
「我が契約者、心配には及ばぬ。リリ様も危険を承知で動いておる」
「だから心配です。もう、ラグナスはいつもそう」
「すまんな、気休めでも大丈夫だと言ってやりたいが」
二人が言う通り、ラムちゃんも心配だ。
空き缶のゴンドラが静かに上昇する中、先程の別れを思い出す。
リリは今朝方、全員が持っていたボーナスパーツを預かり、一足先に一番艦のコスモフリートへと戻った。今、メリッサ達のマスターである皇都の部屋が最後の砦だ。劣勢な中で、姉妹達が反撃の機会を伺い力を蓄えている。
リリは危険を犯して、新たな姉妹達のボーナスパーツを回収してくれているのだ。
だから、皆を見渡しラムちゃんは言葉を選ぶ。
「リリ様は大丈夫……みんなで信じましょう! そして、今はみんなでできることを」
皆が力強く
ゴンドラの上昇が止まったのは、そんな時だった。
まだまだ改装が十分ではないピークォドは、穴の空いた配管や閉鎖された配管が山ほどある。その一つを使って、ラムちゃん達はついに出口に辿り着いた。
「みんな、静かにだぞ! ここはオレが先頭に立つぞ! 警戒! 警戒なんだぞ!」
先頭をゆくヘキサは、注意深く周囲に気を配っていた。その背中についていくのが、今はこんなにも心強い。彼女には野生の勘とでもいうべき力があって、それはラムちゃんが後から勉強した戦術理論なんかより役に立つくらいだ。
物陰に身を潜めて、皆が息を殺して動く。
コンテナの影から影へと、ラムちゃん達は慎重に進んだ。
「見ろ、あそこ。船、来てる」
「小型の
沢山の荷物が出入りする中、大勢の人達が働いている。パイロットだけがリジャスト・グリッターズのメンバーではない。整備班や戦艦のクルー、生活班に工作班といった人員が影で支えてくれているのだ。
そんな中、ラムちゃんはそっと覗き見て奇妙な光景を目にする。
「あれ……あの方は。な、何をしてるのでしょうか……?」
皆が忙しく働いている中、コンテナに腰掛け脚を組んだ美女。
少女と言うには
そして彼女は……ラムちゃんの視線に気付いてウィンクを返してくる。
だが、ジェネがその人物を確認して説明してくれた。
「あの方はアトゥ様ですわ。ケイオスハウルのケイちゃんから以前、聞きましたの。……一応、人間ではないのですから、バレてもセーフですわ」
「ホ、ホントですか? あの、ジェネ姉様」
「ギリギリ大丈夫ですわ! ギリギリのギリ、大丈夫ですの!」
「は、はい……あれ? アトゥさんが……手招き? してる? あと……口パク?」
ラムちゃんは、
その
「えっと……愛鷹のコンテナ、あっち?
ラムちゃんは行き交う作業員達の目を盗んで走り出す。
皆で続いて、アトゥにペコリと頭を下げつつ駆け抜けた。
その先に、今まさに内火艇へ積み込まれそうになっているコンテナがある。人が一人でも運べるサイズで、主に生活用の食料や衣類、薬品などを入れるものだ。
だが、もう少しでコンテナというところで、強烈な殺気がラムちゃんを襲った。
「ッ! みんな、気をつけて! 来るよっ!」
姉妹全員が瞬時に散開する。
そして、今までいた場所に何かが……誰かが降ってきた。
合金製の甲板をへこませる程の力の持ち主だ。
ゆっくりと衝撃で舞い上がった煙の中、美貌の戦士が立ち上がる。
その姿は、エンジェロイド・デバイスにとって戦慄を禁じ得ない。
アルタの
「手前ぇはァ! アークッ!」
「フン、久しいな……アルタ。だが、オレの敵はお前などではない。今のお前では……オレの相手は務まらない」
「クッ……それでもォ! アタイはああああああッ!」
白い閃光が地を蹴り馳せる。
だが、全力で繰り出したアルタの拳を、難なくアークは片手で止めた。
そして……作業員達の死角となったこの場所が戦場となる。
あっという間に物陰から、大量のステーギアが現れた。
「お前達がここを通るのはわかっていた。人の目には触れてはならない……ならばオレも、お前達の流儀で戦おう。全ては人のあずかり知らぬこと」
「みんな! 気をつけて!」
アークは軽々とアルタの腕を
だが、アルタも空中へと身を逃して一回転。
そのまま中空でアルタは、
「フン、小細工を」
「アークッ! お前はアタイが、倒す! 今日、ここでェ!」
「その意気やよし……だが、アルタ! お前はまだまだ未熟!」
二人の激突が加速してゆく。
まるで、戦いを宿命付けられたかのような激闘。
そして、ラムちゃん達はステーギアに
巨大な光の
「オオ! ネーチャン、凄い! オレ、アルタ……助ける!」
「ラグナス、私達も続きましょう! ここで脚を止めてはいけません」
「待て、我が契約者よ……これはっ!」
不意に、ジェネが発する無敵の障壁が……バリン! と音を立てて砕かれた。
いかなるものも阻む鉄壁の結界が、粉々になって空気に溶け消える。
そして……溢れ出たステーギア達の前へ、七色の光と共に敵が舞い降りた。静かにその少女は、手にした巨大な剣を向けてくる。
それは、
そして、十二時の
「サンドリオン、姉様……」
「ラムちゃん、ここから先に……愛鷹に行ってはいけません。行けば……死にます」
「で、でもっ!」
その時、ラムちゃんを中心に固まる姉妹の中へと何かが落ちてきた。
それは、アークに吹き飛ばされたアルタだ。急いで抱き起こせば、彼女はまだ闘志を失ってはいない。だが、あまりに実力差は歴然……アークもサンドリオンも、あまりにも強過ぎた。
だが、全く臆することなく前に立つ妹が一人。
「ほう? うぬがアークか……ふむ、できる」
「む、お前は……№025、アノイさん!」
「いかにも。やはり
「来るか……業火の魔神と呼ばれたその力、見せてもらおうか!」
アノイさんは笑っていた。
そして、アークも笑みで応える。
そこには不思議と、憎しみや怨恨が感じられない。
ただ、強さを競い、強さを誇り、そして強さを証明する。ただそれだけのために二人は、互いの拳で距離を食い潰した。
あっという間に炎が広がり、気迫が渦巻く中で周囲が飲み込まれてゆく。
そして、アノイさんの烈火の意思がラムちゃんを突き動かした。
「みんな、愛鷹行きのコンテナへ走ってください! サンドリオン姉様……私がお相手します!」
ネイクリアスパックのシールドを構えて、ラムちゃんは
それでも彼女は、グラスヒールを両手で構えた。
「ラムちゃん、強い子なのですね……とても強い子」
「そんなこと、ないです。私は強くなんかない。でも……強くなりたい!」
「……姉妹と人間達のためなのですね?」
「はいっ! みんなのために、なにより自分のために。みんなに誇れる自分のために! サンドリオン姉様、いきますっ!」
全力で踏み込むラムちゃんの加速が、周囲を風圧で黙らせる。
ステーギアが怯む中、ジェネが誘導して姉妹達はコンテナへと走った。合体したラグちゃんが、身動きできなくなったアルタを抱えてヘキサやギンさんと続く。
その背を見送り、ラムちゃんは全神経を集中させて刃を振るった。
サンドリオンは細腕が嘘のような力で、巨大な剣を小枝のように振るう。
ぶつかりあう度に火花が散って、危険な
――やはり、殺気が感じられない。
シュン達とはどこか違う。
ラムちゃんが剣で語って剣に拾う言葉は、今日も涙で濡れていた。
「サンドリオン姉様! 事情を話してください!」
「それは……ごめんなさい。私は……
「どうして……同じエンジェロイド・デバイスの姉妹です!」
「私の
「姉様は姉様です! メリッサ姉様から続き連なる、姉妹の一人なんです!」
徐々にラムちゃんの剣が弾かれ始めた。
まだまだ速度を増すサンドリオンの剣閃がさばききれなくなる。苦し紛れにシールドを投げ、空いた左手でビームサーベルを抜き放った。
二刀を駆使して、ギリギリで剣を受け続ける。
背中には今も、コンテナへと走る姉妹が……仲間達がいるのだ。
一歩も引けぬ中で、ラムちゃんはサンドリオンへと声をかけ続ける。
「サンドリオン姉様、何か事情が……きっとアークさんも!」
「そう、私は……私の
「でも、アークさんはそうは思っていない
アークとアノイさんの激闘はとどまることを知らない。二人は周囲のステーギアを飲み込みながら互いの武を競っていた。拳と拳で語らい、蹴りと蹴りとでわかり合う。灼熱の闘舞で
だが、その姿を一瞬だけ見た時……防ぎきれぬ斬撃がラムちゃんを襲った。
「グッ、まだ……まだまだっ! ――ンッ!?」
吹き飛ばされたラムちゃんが姿勢を制御しようとした、その時だった。
身体が宙を舞う、その飛翔する先にもうサンドリオンが立っている。
ありえない高速移動だった。まるで瞬間移動……そしてラムちゃんは思い出す。サンドリオンは
理解した瞬間、背中のネイクリアスパックが木っ端微塵に破壊された。
そして、サンドリオンの細い手が伸びてくる。
「ラムちゃん……どうしても進むというのなら。私は貴女を止めなければいけないわ。……ごめんなさい。許してなんて言えないわ、でも……こうするしか」
サンドリオンの手が七色の光を溢れさせる。
涙に目を伏せる姉を見たまま、ラムちゃんは次元転移の輝きに飲み込まれてゆくのだった。
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