第45話「うたかたの、きゅうそく」

 リリが抑えた宿は、クラシカルな和風の温泉宿だった。

 温泉といっても、四番艦よんばんかんピークォドの排熱が通る配管が近いだけだ。そこでは、露天風呂ろてんぶろを作って熱したパイプで温めているのだ。

 久々に素体に戻ったラムちゃん達エンジェロイド・デバイスの、一時の安らぎ。

 裸と裸でのスキンシップが、自然と新たな妹をすぐに身近にしてくれた。


「えっと、次は……宴会えんかい、するんですか? あの、リリ様は」

「大丈夫だぞ! オレ、わかる。リリ様、優しい。お酒、美味しい」

「左様。もっとも、私には極上のスコッチがあれば何もいらないのだがね」


 風呂上がりのギンさんは、既にペンギン型の装甲内に入ってしまった。

 逆にヘキサは、素っ裸でバスタオルを首にかけて歩いている。

 ラムちゃんは行儀よく浴衣に着替えたのだが、とても不安だ。背後を振り向けば、ルナリアとラグナスがジェネに構われている。メリッサ姉様恋しの一心故に時々暴走してしまうが、基本的にジェネは親切で優しい姉だった。

 そして部屋に戻ると、既にリリ様が冷たいビールを飲んでいる。

 なんでも、空瓶からびんの下にたまった一滴一滴を集めて冷やしたものらしい。


「おう、サッパリしたじゃろ? ラムちゃんも冷たいビールでも飲むかのう」

「あ、いえ……いい、です。それより……リリ様? 何を」

「あまりに汚くてボロボロじゃったからのう」


 見れば、リリは手酌てじゃくでビールを飲みながら……ラムちゃんがいつも羽織はおっているマントをつくろってくれいている。白い指が針と糸とを踊らせ、擦り切れたアンチビーム用クロークの穴が塞がっていた。

 そのまま手を動かしながら、リリは時々ビールを飲みながら話し続ける。


「メリッサにひょーちゃん、レイ、フランベルジュの三姉妹……未だ生死不明で行方ゆくえも知れぬ。だが……それでもまだ、生きてると思うておるか? ラムちゃん」

勿論もちろんです!」

「カカカッ、即答しよる……ふむ、そうじゃなあ」

「姉様達は皆、生きています。そして今も、戦ってるんです。絶対にカーバンクルに負けてはいけないから……地球を守るあの人達を、私達が守らなければいけないから」


 裁縫さいほうするリリの姿は、なんだかお母さんみたいだ。

 リリがそうであり、アルカちゃんやケイちゃんもそう……エンジェロイド・デバイスならざる者達でさえ、こうして力を分けてつかわしてくれる。誰にも言わずに、影に日向ひなたにとラムちゃん達姉妹の戦いを支えてくれているのだ。

 リリが魂を共有する少女はきっと、そうして多くの世界線で戦士達を見守ってきた。

 まつろわぬときの放浪者となって、あらゆる戦いを支え、助力し、救えぬまま流離さすらっている。繰り返される人の認識を超えたそのごうを、ラムちゃんは想像すらできない。

 そんな中、なにやら和室に面した庭の方から奇妙な緊張感が漂ってきた。


「あれ……そう言えばアノイさんとアルタは」

「なに、庭じゃよ、庭。アルタの奴もよき師に恵まれたと見える」


 ふと見れば、枯山水かれさんすいの庭園に二人の姿があった。

 腕組み不敵な笑みを浮かべるアノイさんと、その前で身構えるアルタ。二人は微動だにせず、睨み合っている。アノイさんの肩で、赤い炎だけがゆらゆらと揺れていた。

 すぐにラムちゃんも察する。

 アルタは動かないのではない。

 動けないのだ。


「二人は何を……」

「なぁに、特訓じゃよ! 特訓!」


 気付けばラムちゃんお左右に、ギンさんとヘキサが座っている。二人もリリが縫い合わせるボロ布が気になるようだ。


「ネーチャン、これ! すげえボロいぞ! 穴だらけだぞ!」

「ふむ……これはビームを蒸発することで打ち消すリアクティブ・アーマーかね? 見たところ、フラクタルフェイズシフト処理がほどこされているようだが」

「おお、凄い! ギンさん、わかるのか!?」

「無論。ようするにビームを防ぐマントだ」

「ビーム、防ぐ……凄い」


 自然とラムちゃんはほおほころぶ。

 だが、このマントの本来の持ち主は、未だ行方不明だ。

 不思議と生きているような気がして、そのことを疑う気持ちが全く湧いてこない。こうしている今、この瞬間も……ラムちゃんの姉達はどこかで戦っているのだ。

 そう思っていると、リリが口で糸を切ってマントを返してくる。


「よし、こんなもんじゃろ。少しはマシになったかのう?」

「ありがとうございます、リリ様」

「なに、軽い軽い! お安い御用じゃ……さて、酒も切れたし、そろそろ本格的にうたげを始めようかの!」


 リリはカカカと笑って手を叩く。

 すると、入り口のふすまが開けられ中居なかいのネズミ達が現れた。

 この港町では物と人とが行き来するからか、こうした宿屋も少なくない。そしてあきないをいとなむネズミ達は、金払いがよければエンジェロイド・デバイスでも客とするようだ。

 リリは事前に、ビーズの貨幣で気前よく払いを終えてるようだった。


「へえ、ではお料理の方を運ばせてもらいます」

「お酒もたっぷりと」


 ぜんが運ばれてきた。

 それでルナリアが呼ぶと、庭の二人組も戻ってくる。

 どうやらアルタは、まだまだ自分の強さに納得がいかないようだった。そして、いつもの調子でアノイさんは飄々ひょうひょうと掴み所がない。常に泰然たいぜんとして揺るがぬ気迫が、今日も紅蓮ぐれんの魔神を美しく照らしていた。


「アタイはまだまだだ……こんなんじゃアークには勝てない。なあ、アノイの姉貴あねき! またアタイに稽古けいこを付けてくれよ」

「よかろう。しかし、一つだけ条件がある」

「条件? なんだそりゃ」

われのことは今後、アノイさんと呼ぶがよい」

「……わかった、アノイさん。しっかし、アノイさんは強えなァ! アタイ、全然敵わねェ! もっと修行、特訓が必要だ!」


 アルタがめたら、アノイさんはシュボン! と赤くなった。

 耳まで赤くなって、彼女はゴニョゴニョ口ごもりながらラムちゃんの横にやってくる。そして、小さくなりつつ膳に並んだ料理を前に静かになってしまった。

 以外にシャイなとこがあるのが、アノイさんなのだった。

 そうこうしていると、リリが手を叩いて一同を見渡す。


「よいか、皆の者! 今宵こよいはゆっくりと心身を休めるのじゃ。本来、エンジェロイド・デバイスには飲食は必要ない。しかし、AIエーアイチップのバグで人格と感情を持ったお主等には、戦う以上に『生きる喜び』が必要じゃ」

「生きる、喜び……?」

「そうじゃ。自分が守っているものを知ること、姉妹の皆が守り続けたもの……それが、生きる喜び。戦士として戦うリジャスト・グリッターズの日常そのものじゃ」


 そう言うと、瓶からグラスへビールを注いでリリが立ち上がる。

 慌ててラムちゃん達も、各々飲み物を手元のグラスに用意した。


「しからば乾杯じゃあ! あとは飲んで食って大騒ぎよ……カカカッ、小さい体も便利よなあ? 少しの酒で用が足りる。では!」

「かっ、乾杯っ!」


 そして宴が始まる。

 リリに言われて初めて、ラムちゃんは考えてみた。

 お酒も少し飲んだし、何より料理が美味しい。

 そういうことに気を向けて、初めて実感する……自分達が命懸けで守るもの。カーバンクルが壊そうとしているものの正体を。


「そうか、そうなんですね……この優しい時間、安らげる一時を守るために。リジャスト・グリッターズのマスター達の大切なホームを守るために、って、うわっ!? ルナリア!?」

「ラム姉様ぁ~、飲んでますかぁ? ほぉら、もっと~! 飲んで~! くださぁい!」


 突然、赤ら顔のルナリアがやってきた。彼女は着崩れた浴衣も気にせず、勝手にラムちゃんのグラスに酒を注ぎ出す。そろそろお酒はと言う前に、なみなみと日本酒が満たされた。

 どうやらルナリアは酔っ払ってるようで、背後ではラグナスがおろおろしている。

 ちょっとした大惨事だが、酒瓶を抱いてニコニコとルナリアはほろ酔い気分だ。


「よ、酔ってるんですね、ルナリア」

「いーえっ! まだまだこれからで~す。ささ、ラム姉様……ぐぐっとぉ~」

「う、うん……いただきます。えと、誰か……あのぉ、ルナリアを」


 ちらりと見たが、無礼講ぶれいこうだった。

 見れば、一番年上のはずのジェネがすでに泣き上戸じょうごだ。メリッサ姉様、メリッサ姉様が、メリッサ姉様なんです、と際限なく話しながら飲み続けている。そして、何故なぜ

 隣のアノイさんはアルタになつかれ質問攻めで、照れまくっていた。

 そして、ギンさんは静かに外の庭を見てスコッチを飲み、ヘキサはバリバリ料理をおかわりし続けている。皆が楽しんでいるようだが、心なしかラムちゃんも胸の奥がポカポカした。

 ギンさんのペンギン姿が真っ二つに割れたのは、そんな時だった。


「そういえば……ラムのあねさん。ルナリアやラグナスが腕に巻いているのは」

「オレもそれ、気になったぞ! いいないいな、うらやましいぞ!」


 中身の幼女な素体になって、ギンさんがペタペタと歩いてくる。すぐにヘキサもやってきて、ラムちゃんは自然とかたわらに置いたマントを手に取った。


「これは、お守りです……姉様達は、ひょー姉様がバラバラになるとこを見たって。でも、多分今も元気だと思うから。そうですね、お二人にも、あとアルタやジェネ姉様にも」


 いつものようにラムちゃんは、マントを千切ちぎった端切はぎれを作り……それをギンさんとヘキサの手に結んでやる。アノイさんを質問攻めにしていたアルタにも、同じようにしてやった。

 三人の妹は、三者三様に自分の手を見て「おおー」と目を見張った。

 ジェネなどは「ラムちゃんが優しいのもメリッサ姉様が以下略」とまあ、ボロ泣き状態だ。それなのに、まだ飲む。飲み続けてホロホロと語り続ける。

 ラムちゃんも笑顔で、そっとボロボロのマントをでる。


「メリッサ姉様達が戻るまで、私達で戦線を支えます。楽な戦いではありませんが、残る妹達とも合流して……なんとしても、カーバンクルの野望を打ち砕かねばなりません。だから――」


 誰もがうなずき、自然と手を差し出す。

 手に手を重ねて、気付けばラムちゃん達姉妹は円になっていた。

 和をもって輪を作る中に、小さな手と手は互いの誓いを結んでいる。


「やりましょう! みんなで!」


 ラムちゃんの声に、誰もが大きく頷いた。

 離れて見守るリリも、酒を煽りつつ笑顔である。

 改めて決意を共有し、互いの覚悟を確かめた夜は……こうして静かに更けていくのだった。そしてこれが、ラムちゃん達の最後の平和な一時になるのだった。

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