第41話「すなのうみを、わたって」

 晴れ渡る空は今、四番艦よんばんかんピークォドのそこかしこから入り込む陽光でまぶしい。

 巨大なウォーカーの余剰排熱よじょうはいねつが吹き荒れる砂漠は、今日も灼熱の空気で旅人達を包む。それでも、ラムちゃん達四人を乗せた砂上船は軽やかに走った。

 砂の海は静かにいで、どこまでも広がるかのように続いていた。

 貨物用のカーゴが日陰ひかげになっていて、そこで座ってラムちゃん達は待つ。

 目指す港町までは、このスピードなら半日だと船長は言っていた。

 ネズミの船長は、ラムちゃん達エンジェロイド・デバイスについてなにも聞いてこない。そのことを不思議に思って見詰めてると、舵輪だりんを握る彼は振り返った。


「なんでえ、オイラの顔になにかついてるかい?」

「い、いえ、なにも」

「お嬢さん、ちまたうわさの、ええと……そう、えんぜろいど・でばーすって奴だなあ」

「ええ、まあ。あの、船長さんは」

「ああ、オイラかい? なに、もうかりゃいいのよ、儲かりゃ。カーバンクルとかってののお陰で今は、文字も読めれば数も数えられる。食って寝る以外にやることが増えて嬉しいくらいだ、ガハハハッ」


 陽気に笑うネズミは、カーバンクルの目指す野望に興味はないようだ。

 こういうネズミ達が大多数なら、どれほどいいだろうか。彼等は各艦に住む同居人のようなもので、衛生上は病原菌媒体びょうげんきんばいたいとして煙たがられるのはしかたない。それでも、それぞれのふねに悪意を持って害をなすことは本来はないのだ。

 だが、カーバンクルに洗脳されたネズミ達は違う。

 リジャスト・グリッターズの壊滅を目論もくろむカーバンクルの尖兵せんぺいとして、彼等は戦艦の回路やケーブル、時には集団で巨大な駆動部分をも破壊するのだ。それを止めるために戦うのが、同じくカーバンクルの魔力で自我と意識を持ったエンジェロイド・デバイスだ。

 共に戦う妹達へと視線を滑らせれば、アノイさんはラグナスと盤上ばんじょうにらんでいる。

 それを見守るルナリアも優しい笑みで、船旅を彼女なりに満喫まんきつしているようだった。


「……待った。アノイさん、待っただ」

「フッ、そろそろ投了とうりょうしたらどうだ、ラグナス。われには勝てんぞ?」

「待った……一手いって戻してくれ。別の道を探そう」

存外ぞんがいあきらめの悪い奴だな。よかろう、待ったしてやろうではないか」


 二人は今、マス目がきざまれた盤の上でこまを動かしている。人間がやるチェスや将棋しょうぎに似てるが、これはネズミ達が考えだしたゲームだという。先程船長が教えてくれて、それで二人は対戦しているのだ。

 改めてラムちゃんは驚く。

 ネズミ達は文明ばかりか、

 自ら豊かさを求めて、娯楽にまで気が回る程に進化しているのだ。

 それも、急激なスピードで。

 改めて事態の深刻さを知るラムちゃんに、隣のルナリアが微笑みかけてくる。


「ラム姉様? どうかされましたか」

「ああ、うん……ネズミ達のことをもっと知らなきゃ、って」

「そうですね。こうした娯楽があれば、オアシスのネズミさん達も楽しめますし。それに、人はパンのみで生きるにあらず……」

「そう、パンだけじゃ生きていけないから。ネズミ達も今は、艦隊のあちこちで生きてるから」

「はいっ! ですから私、ネズミさん達にはお米もちゃんと食べるようにと。しゅめぐみに感謝して、パンとごはんをバランス良く食べるのが理想です」

「……や、そういう意味じゃないと思うよ、ルナリア……パンのみで生きるにあらず、っていうのは」


 ほわほわと笑うルナリアからは、おひさまの匂いがする。

 ラムちゃんは、彼女が姉を気遣きづかってわざとこんなことを言ってくれたのだと察した。優しい妹だ……ルナリアとラグナス、そしてアノイさん。姉妹のきずなで結ばれし、リジャスト・グリッターズのために戦うエンジェロイド・デバイス。

 そうこうしていると、かじを切りつつ船長がラムちゃんを見て豪快に笑う。


「あんた、面白いねえ! オイラ達ネズミのことが知りたい、か……じゃあ、少し話してやろう。これからあんた等が向かう港街からは、三番艦愛鷹アシタカに渡れる。なんつったかなあ、ないかてー?」

内火艇ないかてい、ランチのことですね」

「そう、それが各艦を定期的に行き来してるんでい」

「きっと定例の艦長会議かんちょうかいぎとかでしょうか。あとは、部隊長クラスのミーティングとか」

「そのランチってのに便乗させてもらうのさあ」


 聞けば、これから向かう港町は砂漠の外れにあるという。

 砂の海が途切れる先は、パイプを昇ればピークォドに新設された連絡用デッキに通じている。そこでは、小型のランチやコンテナのたぐいが出入りするのだ。

 デッキへ上がれば、あとはタイミングよく他の艦へ向かうランチに飛び乗ればいい。

 ゆえに、これから向かう場所は港町と呼ばれているのだった。


「以前、オイラも三番艦愛鷹にいてねえ……あそこは、いうなればゴロツキやチンピラのまり。だが、そうした手合てあいにだって仁義じんぎ任侠にんきょうすじってもんがありまさあ」

「わかる気がします……生きてる限りは、エンジェロイド・デバイスもネズミ達も一緒だと思うから。生命いのちが心をはぐくむなら、その土地や集団の中に道理とかっていうの、あるんですよね」

「そうさ……そして、ああいう渡世とせいでしか生きられないネズミ達は、自らを非日常の価値観でしばらねえと生きられねえ。それを共有しないと、組織を維持できないんでさあ」

「えっと……ヤクザさん、みたいなものですか?」

「それでさあ、お嬢さん。……ちょいと前、派手な一件があってなあ。あの街も今はどうなってるか。だが、オイラは見たぜ? あんた等と同じえんぜろいど・でばーすを」

「私達姉妹を!?」


 ラムちゃんが驚くと「詳しく聞こうか」とラグナスが向き直る。

 彼はちゃっかり、真剣な顔をしながら盤上の駒をガラガラと箱にしまった。どうやら圧勝間近だったらしく、アノイさんが「むむむっ!」としぶい顔をする。

 だが、構わずラグナスが話をうながせば、船長は語ってくれた。


「黒コートの奇妙なねえさんでなあ。長ドス一振りで先生って呼ばれてて……まあ、用心棒みたいな女でさあ。子供達を守ってるって話もあったが、ありゃどうなったか」

「黒コート……長ドス……も、もっと情報はないでしょうか! もしかしたら、その方……私達の姉様、一番上のメリッサ姉様じゃ」

「あいにくと、今は話をとんと聞かねえ。あの街も変わっちまったのさあ。……おっといけねえ! 長話で忘れちまうとこだった」


 不意に思い出したように、船長は舵輪を離れる。

 彼は奥から、大きな荷物を取り出してきた。

 それはよくみれば、ネズミだ。

 ネズミの姿を象った、である。


「お嬢さん方、こいつを着たほうがいいな。これから行く港町じゃあ、えんぜろいど・でばーすがそのまま歩いちゃ物騒でね。なに、サービスだ……つけとくぜえ?」

「あ、ありがとう、ございます。でも、なんで」

「なぁに、立場違えどネズミはネズミ。ネズミを助けるお嬢さん方になら、恩を売ってもみたくなるってもんさ、ガッハッハ!」


 四人分の着ぐるみを出してくれたので、ラムちゃんは皆と手にとってみる。

 だが、そのデキがひどい。

 まったくネズミに似ていない。

 悪い意味で前衛的アバンギャルドな外観は、ネズミというよりは怪獣か宇宙人だ。

 タジタジになってラムちゃんが「え、えっと……」と言いよどむと、船長が教えてくれる。


「こいつは、カーバンクル親衛隊で最強の女、アークって奴が作ったんだ。例の事件、カーバンクル様の住む二番艦サンダー・チャイルドで騒ぎがあった時になあ……こいつが噂になって、ご禁制のレプリカが出回ってんのよ」

「どうしてこれを……あ、アノイさん? あの」


 アークの名を聞いたアノイさんが、不意に緊張感をみなぎらせる。

 彼女は着ぐるみを手に取ると、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。


「アーク……現在最強の戦士。だが、奴を倒すのは我ではない。そう、アークを倒すのは……繋がりはなくとも姉妹の絆を結んだ、白亜の闘志を燃やす皆の妹」

「アノイさん、それって」

「フッ、姉者……ひとごとだ。それより、見ろ。これは……!」


 思わずラムちゃんは「えっ」っと言ったまま絶句してしまった。

 そうだろうか?

 かわいい?

 本当だろうか?

 かわいい……?

 だが、気に入ったのかアノイさんはすずしげに笑う。

 そして振り向けば、


「ラム姉様、着てみました……どうでしょう、似合うでしょうか」


 ルナリアはすでに着ぐるみを身に着けていた。目の前に今、ネズミと思しきなにかにふんしたルナリアが笑っている。どうやらラグナスも気にした様子がなく、もぞもぞとその身を着ぐるみで包んでゆく。


「……着るしかない、みたいですね!」


 観念してラムちゃんも、珍妙極まりない着ぐるみを着込む。

 その頃にはもう、地平線の向こうに巨大な柱が見えてきた。

 それが連絡用デッキに通じる通気口のパイプだ。その下に広がるにぎやかで雑多な港町が、新たな冒険とともにラムちゃん達エンジェロイド・デバイスを待ち受けているのだった。

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