第40話「あさやけのなか、たびだち」
一つの戦いが終わった。
ラグちゃんがネズミ達のために作った、オアシスの集落……その姿は無残にも破壊され、どの建物も廃墟に等しい。ラグちゃんが住んでいた教会も崩れ落ち、見る影もなかった。
そんな時でも、夜明けと共に朝が訪れる。
リジャスト・グリッターズの四番艦ピークォドの中に、外の朝日が差し込んだのだ。
何度も屈折して漏れ出たような陽の光に、ラムちゃんは
「ふう、これで全部かな? ……ゴメンね、急いでるからちゃんと
皆が皆、片付けに追われていた。
ラムちゃんも、あちこちに散らばったステーギアの
表情のない
ラムちゃんはその一人一人の手と手を組ませて、
そうしていると、背後に気配が立つ。
「
振り向けばそこには、アノイさんが立っていた。
今の彼女は、
ラムちゃんは、自分より背の高い妹を見上げて言葉を選ぶ。
「なにも違わないですよ、アノイさん。彼女達はただ、戦う理由を選べなかっただけ。戦わされることしか選べなかった、それだけなんです」
「そうか……そうとも言えるな。どれ」
アノイさんは小さく「ふむ」と
彼女が指をパチン! と鳴らすと……並んだステーギア達の
アノイさんの炎はゆっくりと静かに、まるで浄化するように黒い少女達を消していった。
ラムちゃんはそっと手を組み、敵だった者達に祈る。
そして、戦いに散った者達への敬意を忘れないのは、ラムちゃんだけではなかった。
「ラム姉様、アノイさん……私も一緒に祈ります。どうか、こんな悲しい戦いが続きませんように。この娘達だって、カーバンクルに使い捨てられるための命ではないでしょうに」
分離したラグちゃんは、既に修道服姿のルナリアへ戻っていた。
そして、ラムちゃんの隣で膝を突いて十字を切る。
アノイさんも胸に手を当て、静かに
ラグナスがふわふわとやってきたのは、そんな時だった。
「ルナリア、言われたものを探してきた。……これは大事なものなのだろう」
「まあ! 見つかったのですね、よかった。ありがとう、ラグナス」
「気にするな、我が契約者」
ラグナスが持ってきたのは、ボロボロに擦り切れたマントだ。
それは、先程ラムちゃんが脱ぎ捨てた
どこかでまだ、行方不明の姉達は生きているような気がした。
トゥルーデとシンが
探しに出たフランベルジュの三姉妹も消息を絶っている。
それでも、ラムちゃんの信じる心は揺るがない。
そんな彼女に、ルナリアは受け取ったマントを差し出した。
「ラム姉様、これを……でも、もうボロボロですね」
「ありがとう、ルナリア」
「あの、よければ私が直します、けど」
対ビーム用クロークは、ビームやレーザー等の光学兵装による攻撃を無効化する。蒸発することで照射された熱エネルギーを打ち消すのだ。当然、何度も攻撃を受けると穴が空いてしまう。
ラムちゃんが手にするそれは、あちこち
だが、その大半は姉のひょーちゃんが戦いの中で
だからそのまま、その全てを
「ん、大丈夫だよ。このままで大丈夫。もうボロボロだけど、私は預かってるだけだから。これは、ひょー姉様のマントだから」
「そう、ですね……きっと、いつか返せると思います。私も信じます、ラム姉様」
「うん。だから、そうだ。ちょっと待っててね」
ラムちゃんはマントの
それをじっと見詰めて、ルナリアは目を丸くする。
「ラム姉様……これは」
「お守りだよ、ルナリア。ひょー姉様は無駄に悪運が強いって、うみ姉様が言ってたから。きっとひょー姉様の
もう一つ千切って手を伸ばすが、アノイさんは鼻で笑って首を横に振った。
「
「そうですか……」
「ラグナスにやってくれ、姉者。預かってもらうとしよう」
「わかりました、じゃあそうしましょう」
腕組み頷くアノイさんに、自然とラムちゃんも笑顔になる。
そうして「では、お預かりする」と進み出てきたラグナスの腕に巻いてやる。ルナリアとラグナスは、普段はこうして別々に行動し、別個の自我と意思を持っているようだ。戦う時は
その片割れのルナリアは、
「アノイさんは優しいですからね。私の自慢の妹です」
「ふふ、ルナリア。それを言うなら、私達の、ですよ? アノイさんは本当に、優しくて頼もしくて、とってもいい子です」
ルナリアとラムちゃんがそろって
顔を真赤にしたアノイさんは、頭からボシュン! と湯気を吹き出した。さながら噴火した活火山のように、彼女はあわわと手を振りながら遠ざかってゆく。
「わ、わわ、わっ、我は違うぞ! うむ、違う! その、姉者達に比べれば我など……炎は炎でしかなく、我は全てを焼いて燃やす業火に過ぎん。破壊の
必至で
だが、戦死したステーギア達の弔いが終わっても、前途は多難だ。
改めて見渡すと、このオアシスの集落は壊滅的に思えた。
水があって空気が
そんな彼女に、ラグナスは静かに守護者のように寄り添った。
「この場所はもう駄目だな、ルナリア。時期に砂へ沈む」
「ええ……エアバリアのシステムも壊されてしまったわ」
「週に一度の定期便が明日来るのが、不幸中の幸いか。ネズミ達は
「……でも、あの場所はまだカーバンクルの支配圏。私達もネズミさん達も」
ラムちゃんの視線に気づいて、ルナリアが説明してくれる。
この集落は今まで、立地上の利点を活かしたコロニーとして機能していた。砂嵐からはエアバリアで守られ、ケーブルから借りた電気でインフラも整理されていた。なにより、ピークォドの冷却水を
だが、その全ては破壊されてしまった。
ここでの生活を続けるのは、難しいというのが皆の判断だった。
幸運なのは、週に一度物資を運んでくれる砂海船が明日到着することだ。ルナリアがネズミ達と作った工芸品や作物等を買い上げ、必要な物品と交換してくれる。頼めば港町へも連れて行ってくれるのだ。
ラムちゃんは説明を聞いて、腕組み考え始める。
「その定期便の砂海船というのは」
「カーバンクルに支配されているネズミさん達の中には、洗脳されてなくても自ら付き従っている者達もいるんです。そうした方々は、利のある取引には必ず応じてくれました」
「じゃあ、港町というのも」
「この砂漠の外れに、ピークォドの格納庫へ通じるダクトがあります。そこが、港町……住んでいるのは、先程も言った利害の関係でカーバンクルに従う無法者達と」
「無法者達、と?」
「三番艦
ラムちゃんはとりあえず、隣の艦である愛鷹の情報もルナリアから教えてもらった。愛鷹の中ではマフィア同士が、暴力的な抗争を繰り広げているという。
そんな時、多くの声があがって皆を振り向かせる。
見れば、
その一人が歩み出て、ルナリアの前で
「シスター、シスタールナリア! ……ワシ等はここに残りますじゃ」
「まあ……でも、もうこの集落は」
「皆で話し合いましたんでさあ。逃げて逃げ延び、この土地でシスターに助けて頂いて今がありましょう。ここから更に逃げることは、できまへん。逃げたくねえのです」
ルナリアの手を取り、ネズミ達はすぐに彼女を囲んだ。皆が皆、ルナリアを母のように
「シスタールナリアはこれから、姉さん達と旅立つでしょう。ですが、覚えててくだせえ! ワシ等はここでシスターの帰りを待ちます」
「んだんだ! 教会も立派に立て直してみせまさあ! なあ、みんな!」
感極まって泣き出すルナリアに、ネズミ達は優しく代わる代わる声をかける。
それを見て、ラムちゃんの隣でアノイさんが
「……どれ、我はエアバリアのシステムを見てくるとしよう」
「アノイさん、私も行きます」
「姉者は休むのだ。なに、我とて簡単な修理くらいならできよう。……こ、これは、そう、あれだ! あれなのだ! わ、わわっ、我も、その、うむ、この場所は嫌いではないからな」
逃げるように去ってゆくアノイさんを見送り、ラムちゃんも笑顔になる。
もうすぐまた、旅立ちの時が訪れようとしていた。
今度は妹のアノイさんとルナリア、そしてラグナスが一緒だ。
その先になにが待ち受けていようとも……ラムちゃんにはもう、止まるつもりはない。静かに吹く砂海の風が、ラムちゃんのマントを
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