第40話「あさやけのなか、たびだち」

 一つの戦いが終わった。

 ラグちゃんがネズミ達のために作った、オアシスの集落……その姿は無残にも破壊され、どの建物も廃墟に等しい。ラグちゃんが住んでいた教会も崩れ落ち、見る影もなかった。

 そんな時でも、夜明けと共に朝が訪れる。

 リジャスト・グリッターズの四番艦ピークォドの中に、外の朝日が差し込んだのだ。

 何度も屈折して漏れ出たような陽の光に、ラムちゃんはひたいの汗をぬぐう。


「ふう、これで全部かな? ……ゴメンね、急いでるからちゃんととむらってあげられない」


 皆が皆、片付けに追われていた。

 ラムちゃんも、あちこちに散らばったステーギアの亡骸なきがらを集める。広場に並べられたステーギアは皆、五体満足ではなかった。マスター・ピース・プログラムに支配されたピー子のクラッキングにより、彼女達はパーツ単位で使役され戦わされたのだ。

 表情のないうつろな目で、ステーギアは全て壊れて動かない。

 ラムちゃんはその一人一人の手と手を組ませて、ひとみを閉じさせてやった。

 そうしていると、背後に気配が立つ。


姉者あねじゃは優しいな。奴等はカーバンクルの傀儡人形くぐつにんぎょう……我々エンジェロイド・デバイスとは違うというのに」


 振り向けばそこには、アノイさんが立っていた。

 今の彼女は、たける炎の体現者ではない。戦闘が終わったからか、右肩に燃える炎も静かに揺れている。だが、彼女は腕組みラムちゃんの隣に並んで、おびただしい数の死骸しがいへ目を細めた。

 ラムちゃんは、自分より背の高い妹を見上げて言葉を選ぶ。


「なにも違わないですよ、アノイさん。彼女達はただ、戦う理由を選べなかっただけ。戦わされることしか選べなかった、それだけなんです」

「そうか……そうとも言えるな。どれ」


 アノイさんは小さく「ふむ」とうなって手を伸ばす。

 彼女が指をパチン! と鳴らすと……並んだステーギア達の遺骸いがいが全て炎に包まれた。弔いの火がそこかしこで揺れて、まるで灯籠とうろうのように並ぶ。

 アノイさんの炎はゆっくりと静かに、まるで浄化するように黒い少女達を消していった。

 ラムちゃんはそっと手を組み、敵だった者達に祈る。

 そして、戦いに散った者達への敬意を忘れないのは、ラムちゃんだけではなかった。


「ラム姉様、アノイさん……私も一緒に祈ります。どうか、こんな悲しい戦いが続きませんように。この娘達だって、カーバンクルに使い捨てられるための命ではないでしょうに」


 分離したラグちゃんは、既に修道服姿のルナリアへ戻っていた。

 そして、ラムちゃんの隣で膝を突いて十字を切る。

 おごそかな祈りが満ちて、白い煙が幾重いくえにも寄り添いながら天へと昇ってゆく。

 アノイさんも胸に手を当て、静かに黙祷もくとうささげた。

 ラグナスがふわふわとやってきたのは、そんな時だった。


「ルナリア、言われたものを探してきた。……これは大事なものなのだろう」

「まあ! 見つかったのですね、よかった。ありがとう、ラグナス」

「気にするな、我が契約者」


 ラグナスが持ってきたのは、ボロボロに擦り切れたマントだ。

 それは、先程ラムちゃんが脱ぎ捨てたアンチビーム用クロークである。姉の一人がのこしてくれた、いわば形見のようなものである。そして、それをまだ形見だとは思いたくない。

 どこかでまだ、行方不明の姉達は生きているような気がした。

 トゥルーデとシンがって、メリッサとひょーちゃん、レイも行方不明。

 探しに出たフランベルジュの三姉妹も消息を絶っている。

 それでも、ラムちゃんの信じる心は揺るがない。

 そんな彼女に、ルナリアは受け取ったマントを差し出した。


「ラム姉様、これを……でも、もうボロボロですね」

「ありがとう、ルナリア」

「あの、よければ私が直します、けど」


 対ビーム用クロークは、ビームやレーザー等の光学兵装による攻撃を無効化する。蒸発することで照射された熱エネルギーを打ち消すのだ。当然、何度も攻撃を受けると穴が空いてしまう。

 ラムちゃんが手にするそれは、あちこちげてほつれたボロ布だった。

 だが、その大半は姉のひょーちゃんが戦いの中できざんできた傷だ。

 だからそのまま、その全てを羽織はおってラムちゃんは進む。


「ん、大丈夫だよ。このままで大丈夫。もうボロボロだけど、私は預かってるだけだから。これは、ひょー姉様のマントだから」

「そう、ですね……きっと、いつか返せると思います。私も信じます、ラム姉様」

「うん。だから、そうだ。ちょっと待っててね」


 ラムちゃんはマントのすそつかみ、破れかけた場所を小さく千切ちぎった。そしてできた端切はぎれを、ルナリアの手首に巻いて結んだ。

 それをじっと見詰めて、ルナリアは目を丸くする。


「ラム姉様……これは」

「お守りだよ、ルナリア。ひょー姉様は無駄に悪運が強いって、うみ姉様が言ってたから。きっとひょー姉様の強運きょううんが、ルナリアを……姉妹達を守ってくれるんです。ね、アノイさん? これはだから、アノイさんの分」


 もう一つ千切って手を伸ばすが、アノイさんは鼻で笑って首を横に振った。


われには不要だ……大切なものなら、尚更なおさら。己の炎で大事なお守りを、一瞬で焼き尽くしてしまうからな」

「そうですか……」

「ラグナスにやってくれ、姉者。預かってもらうとしよう」

「わかりました、じゃあそうしましょう」


 腕組み頷くアノイさんに、自然とラムちゃんも笑顔になる。

 そうして「では、お預かりする」と進み出てきたラグナスの腕に巻いてやる。ルナリアとラグナスは、普段はこうして別々に行動し、別個の自我と意思を持っているようだ。戦う時は二心合一にしんごういつ、エンジェロイド・デバイスとしての真の姿になる。

 その片割れのルナリアは、清楚せいそな乙女の笑顔でアノイさんを覗き込んでいた。


「アノイさんは優しいですからね。私の自慢の妹です」

「ふふ、ルナリア。それを言うなら、私達の、ですよ? アノイさんは本当に、優しくて頼もしくて、とってもいい子です」


 ルナリアとラムちゃんがそろってめた、その瞬間。

 顔を真赤にしたアノイさんは、頭からボシュン! と湯気を吹き出した。さながら噴火した活火山のように、彼女はあわわと手を振りながら遠ざかってゆく。


「わ、わわ、わっ、我は違うぞ! うむ、違う! その、姉者達に比べれば我など……炎は炎でしかなく、我は全てを焼いて燃やす業火に過ぎん。破壊の権化ごんげだ。ゆえに――」


 必至で謙遜けんそんするアノイさんがかわいくて、気付けばラムちゃんも笑顔になっていた。

 だが、戦死したステーギア達の弔いが終わっても、前途は多難だ。

 改めて見渡すと、このオアシスの集落は壊滅的に思えた。

 水があって空気が循環じゅんかんし、たまたま同じ場所を通るケーブルからは電気だって借りることができる。それでも、ルナリアとラグナスがこつこつ作り上げてきたネズミ達の村は、破壊の限りを尽くされたあとだった。

 溜息ためいきを一つこぼして、ルナリアは悲しげにつぶやく。

 そんな彼女に、ラグナスは静かに守護者のように寄り添った。


「この場所はもう駄目だな、ルナリア。時期に砂へ沈む」

「ええ……エアバリアのシステムも壊されてしまったわ」

「週に一度の定期便が明日来るのが、不幸中の幸いか。ネズミ達は砂海船サンドシップで港まで……あの町まで連れて行くしかないだろう」

「……でも、あの場所はまだカーバンクルの支配圏。私達もネズミさん達も」


 ラムちゃんの視線に気づいて、ルナリアが説明してくれる。

 この集落は今まで、立地上の利点を活かしたコロニーとして機能していた。砂嵐からはエアバリアで守られ、ケーブルから借りた電気でインフラも整理されていた。なにより、ピークォドの冷却水を濾過ろかした真水がふんだんに使えたのだ。

 だが、その全ては破壊されてしまった。

 ここでの生活を続けるのは、難しいというのが皆の判断だった。

 幸運なのは、週に一度物資を運んでくれる砂海船が明日到着することだ。ルナリアがネズミ達と作った工芸品や作物等を買い上げ、必要な物品と交換してくれる。頼めば港町へも連れて行ってくれるのだ。

 ラムちゃんは説明を聞いて、腕組み考え始める。


「その定期便の砂海船というのは」

「カーバンクルに支配されているネズミさん達の中には、洗脳されてなくても自ら付き従っている者達もいるんです。そうした方々は、利のある取引には必ず応じてくれました」

「じゃあ、港町というのも」

「この砂漠の外れに、ピークォドの格納庫へ通じるダクトがあります。そこが、港町……住んでいるのは、先程も言った利害の関係でカーバンクルに従う無法者達と」

「無法者達、と?」

「三番艦愛鷹アシタカから来ているネズミ達です。ええと、ゴクドー? というのでしょうか……ニンキョーともいうらしくて、その……縄張り意識が強いネズミ達も少なからずいます」


 ラムちゃんはとりあえず、隣の艦である愛鷹の情報もルナリアから教えてもらった。愛鷹の中ではマフィア同士が、暴力的な抗争を繰り広げているという。

 そんな時、多くの声があがって皆を振り向かせる。

 見れば、瓦礫がれきの撤去などをしていたネズミ達が並んでいた。

 その一人が歩み出て、ルナリアの前でこうべれる。


「シスター、シスタールナリア! ……ワシ等はここに残りますじゃ」

「まあ……でも、もうこの集落は」

「皆で話し合いましたんでさあ。逃げて逃げ延び、この土地でシスターに助けて頂いて今がありましょう。ここから更に逃げることは、できまへん。逃げたくねえのです」


 ルナリアの手を取り、ネズミ達はすぐに彼女を囲んだ。皆が皆、ルナリアを母のようにしたっている。自然とルナリアも、目をうるませてまなじりに光を集めていた。


「シスタールナリアはこれから、姉さん達と旅立つでしょう。ですが、覚えててくだせえ! ワシ等はここでシスターの帰りを待ちます」

「んだんだ! 教会も立派に立て直してみせまさあ! なあ、みんな!」


 感極まって泣き出すルナリアに、ネズミ達は優しく代わる代わる声をかける。

 それを見て、ラムちゃんの隣でアノイさんがきびすを返した。


「……どれ、我はエアバリアのシステムを見てくるとしよう」

「アノイさん、私も行きます」

「姉者は休むのだ。なに、我とて簡単な修理くらいならできよう。……こ、これは、そう、あれだ! あれなのだ! わ、わわっ、我も、その、うむ、この場所は嫌いではないからな」


 逃げるように去ってゆくアノイさんを見送り、ラムちゃんも笑顔になる。

 もうすぐまた、旅立ちの時が訪れようとしていた。

 今度は妹のアノイさんとルナリア、そしてラグナスが一緒だ。

 その先になにが待ち受けていようとも……ラムちゃんにはもう、止まるつもりはない。静かに吹く砂海の風が、ラムちゃんのマントをわずかに棚引たなびかせた。

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