第39話「そのはなを、つまないで」

 死せる亡者もうじゃごとく、無数のステーギアがうごめく。半壊した個体も、くだけた手足を引きずりながらラムちゃん達へと迫った。すでにディエストの命令を受け付けず、ただ操られるままに襲い来る。

 うつろなる黒き戦士達を操るのは、あかい月に浮かぶ影。

 姉のピー子の変わり果てた姿に、ラムちゃんは戦慄せんりつした。


「あれは……ピー子姉様! ……やはり、あの時!」


 ラムちゃんの脳裏を、にがい記憶がよぎる。

 長姉のメリッサが行方不明となり、エンジェロイド・デバイス達は各地で危機におちいった。精神的な支柱を失った姉妹達は、一人、また一人と倒れていった。

 そんな妹達を逃がすため、血気にはやる片腕のラムちゃんを守るため……ピー子は決断したのだ。

 自らの自我と意思を放棄し、禁忌きんきのシステムを発動させることを。

 ――マスター・ピース・プログラム。

 それは、ピー子のデザインの元となったピージオンに搭載された、全てをべる支配の力。ユナイテット・フォーミュラ規格のあらゆる兵器を掌握する、恐るべきプログラムである。その力は既に、多くの戦いを経て独自に進化し、今ではあらゆる兵器へと接触、感染し侵蝕する。

 ピー子が持つ力も同じだ。

 己の限界を超えた力を引き出し、全てを強制的に下僕しもべとして従える。

 それは、優しく慈愛じあいに満ちたピー子とは真逆まぎゃくの力だった。

 ラムちゃん達の頭上に、冷たく凍った声が降り注ぐ。


殲滅センメツ……剿滅ソウメツ! ネズミ共ヨ、滅ビヨ……ネズミ共ノ駆逐ヲ最優先スル!」


 ステーギア達は、先程とは違って統制を失い暴れだした。まるで暴走しているようだ。身を震わせて雪崩なだれのように、黒い影が踊り狂う。

 咄嗟とっさにラムちゃんは、負傷したディエストに駆け寄り肩を貸す。

 アノイさんもラグちゃんも、ネズミ達を守りはじめた。

 ラムちゃんの意外な行動に、ディエストは目を見開いて驚きを隠さない。


「なっ、なにを……私は敵だぞ!」

「知ってます! でも、今のステーギアは無差別に全てを狙ってきます。このまま貴女あなたを放ってはおけません!」

「馬鹿な」

「それも知ってます。でも、考えてる暇なんてないから」


 ラムちゃんが見上げる空は、風が砂塵さじんを渦巻かせている。

 舞い上がる砂煙は、月を血のような赤に染めているのだ。

 そして、真紅の月光に薄い笑みを浮かべて……ピー子が優雅に手をかざす。呼応するように、おぞましい声を張り上げながらステーギアが押し寄せた。

 己をいとわぬ黒い敵意に、妹達も驚きを隠せない。


姉者あねじゃ、気をつけろ! こやつ等、捨て身か……われの炎で焼かれながらも止まらん!」

「アノイさんっ、ネズミさん達をオアシスの外へ! ここは私が食い止めますっ!」

「承知っ! ほのおよ、闇夜をがして壁となれ……皆、この奥から外へ!」


 アノイさんの声が巨大な炎の壁を屹立きつりつさせる。

 だが、ステーギア達は躊躇ちゅうちょなく業火の中へと飛び込んできた。あっという間に数体が溶け消える。アノイさんの焦熱しょうねつは、触れる全てを蒸発させた。だが、ステーギアは揺らめく炎を飲み込むように圧倒的物量で襲い来る。

 そして、ラムちゃんは見た。

 必死に敵を食い止め戦う、ラグちゃんの周囲でステーギアは再起動していた。


「ラグちゃん、アノイさんも! このステーギアは……破壊されたそばから、互いにパーツを奪い合って再生します! 半端に倒せば、そこから他の個体と融合して――」


 それはさながら、死者の軍団。

 ピー子はステーギアに、死して破壊されることすら許さない。

 中には、アノイさんの炎で焼かれながらも、燃え尽きる前に仲間へとパーツを分散させるステーギアまでいる。そして、全ての殺意はネズミ達を狙って殺到した。

 たった三人では、これだけの数をさばくのは無理だ。

 なにより、ビームライフルとシールドだけのラムちゃんはもどかしい。

 こんな時、本当の力が使えれば……だが、声が走ったのはそんな時だった。


「ラムちゃんっ! お待たせ、これを使って!」


 パナセア粒子の光が空を引き裂く。

 振り返って見上げれば、空を一陣の疾風かぜが突き抜けた。

 思わず姉の名を叫んで、ラムちゃんは驚きに目を見開く。


「リース姉様! そ、それは!」


 アイリスの双子の片方、リースが光の尾を引いて飛ぶ。その両手には、ラムちゃんと同じ金色に輝くバックパックが吊り下げられていた。

 ラムちゃんの元となったヴェサロイド、オーラムの大きな特徴……それが、各種バックパックをミッションに応じて換装する汎用性はんようせいである。バックパックを装着して初めて、オーラムもラムちゃんも真の力を発揮できるのだ。

 空を舞う姉を見上げていると、不意にラムちゃんは背を押される。

 よろけつつ振り返れば、くやしげな声が彼女を走らせた。


「走れ、ラムちゃん! 私は敵の情など受けない。だが、借りは返す……早く合体しろ!」

「ディエストさん」

「ふん、10秒だけ援護してやる。……それ以上は、私でも恐らく今のピー子には……走れ!」


 ラムちゃんの背を叩いて、ディエストは最後のナイフを抜くなり走り出した。

 その動きを見下ろし、ゆっくりとピー子がベイオネットライフルを向けてくる。

 だが、ディエストは唯一の武器を投擲とうてきし、その射撃のタイミングを奪った。きらめく白刃はくじんは、最小限の動きで避けたピー子のほおに紅い筋を引く。

 全く動じた様子も見せず、ピー子は走るディエストに再度照準を定めた。


「カーバンクル麾下きかノ戦力ト断定……排除、開始」

「さあ来い、私はここだ! ……アインド、フラフマ……そして、カーバンクル様。おさらばです!」


 冷徹な瞳でディエストをめつけ、ピー子が銃爪トリガーを引こうとした、その時だった。

 絶叫と共に、リースを追い抜き加速する光がえた。

 夜空を切り裂く彗星すいせいのように、まばゆい輝きが両者の間に割って入る。

 その姿を見て、ラムちゃんは歓喜に震えて走り出した。

 自然と漲る力を振り絞って、闇夜を照らす星を追いかける。

 それは、カーバンクルの力に屈して折れた心が、再び羽撃はばたく光だった。


「ピー子姉ちゃんのおおおおおっ、ぶぁぁぁぁぁっ! かあああああっ!」


 咄嗟にピー子はベイオネットライフルを向け直した。

 その銃口をかすめるように飛ぶのは、アイリだった。

 デタラメな軌道で夜空に光の幾何学模様きかがくもようえがきながら、アイリは真正面からピー子にぶつかってゆく。驚異的な加速を爆発させ、あっという間に距離を食い潰した。

 ピー子に体を浴びせて突進すると、そのままアイリは絶叫と涙をほとばしらせる。


「アタシはっ、馬鹿だった! 怖くて、恐ろしくて、すくんでた!」

「!? データ不一致、№008ニ不確定要素……コレハ、コノチカラハ!?」

「みんな戦ってる、頑張ってるっ! それに甘えて、一人でいじけて! 飛べないカムカちゃんを言い訳にして! それで、逃げてた……でもっ、もう終わりにするっ!」

「計測不能……原因不明ノ出力上昇ヲ確認……!?」


 そのままアイリは、ピー子の細い腰を抱きながら大地へとフルブースト。砂柱が天高く突き抜ける中で、砂の海が沸騰ふっとうしたように波打った。

 アイリはピー子と一緒に砂漠をえぐるように泡立たせる。

 ようやくアイリを振り解いて上昇するピー子は、端正な無表情に唇を歪ませていた。

 明らかに動揺し、想定外の敵に狼狽うろたえている。

 そして、そのチャンスを見逃すアイリではなかった。抜き放ったパナセアソードが、特殊カーボンの刀身にビームを走らせる。パナセア粒子の光が、周囲の闇を真昼のように照らした。


「ピー子姉ちゃんっ、アタシは今でも怖い! すっごく怖いよ! でも……それでも!」

「コ、コノチカラ……危険、排除……シカシ、コノ温カサハ……!?」

「リースッ、あれをやるよ! アタシが……アタシ達がっ、ピー子姉ちゃんを止めるんだ!」


 走るラムちゃんの進む先で、運んできたバックパックがパージされる。

 身軽になったリースは、急加速でアイリの真上へと飛び上がった。

 アイリとリース、夜空を舞う双子星が一つに重なる時が来たのだ。


「受け取って、アイリッ! 私の、私達の本当の本気っ!」

「よしきたぁ! ピー子姉ちゃん……いつもの優しい姉ちゃんに、戻って! このっ、一撃でっ!」


 アイリが両手で握ったパナセアソードを天高くかざす。

 光をまとう刀身は、リースから放たれたパナセアホーミングレーザーを。そして、いよいよまぶしく光る巨大な光芒こうぼうが膨れ上がる。

 リースの全ての力を受けて、アイリは巨大な光の剣を振り下ろした。


「届けえええええっ、アタシの……アタシ達姉妹の、想いっ!」

「緊急回避ヲ選択、危険……危険! №008ニ想定外ノ能力ガ――」

「んんんっ、ねりゃあああああああっ!」


 ピー子は真っ直ぐ振り降ろされた斬撃を紙一重で避けた。

 たなびく彼女の金髪が、わずかに毛先をジュウと消滅させる。

 だが、アイリは力任せに大地を断ち割ると同時に……そのまま腕力にものを言わせて切り返した。巨大なVの字を描いて、光が夜空をも切り裂く。

 光の軌跡は、まるで月光に咲く花のように広がっていった。

 そして、同時にラムちゃんは地を蹴った。

 真っ直ぐ目の前に、リースが運んできてくれたバックパックが飛んでいた。


「軸線同調、ドッキングセンサー! お願い、ネイクリアスパック!」


 対ビーム用クロークを脱ぎ捨て、あらわになった背中のコネクターへと力を招く。ネイクリアスパックは、長射程の強力なレールガンと巨大な振動剣ヴァイブロブレードを搭載したものだ。あらゆる敵に対処可能な、オーラムの御門晃ミカドアキラもよく使っていた武装である。

 跳躍ちょうやくして空中で合体するや、そのまま落ちながらラムちゃんはレールガンを構える。

 アイリが巻き起こした砂煙が逆巻く中から、ピー子が姿を現すと同時に、スイッチ。

 電磁加速でプラズマを帯びた弾頭が、彼女の握るベイオネットライフルを粉砕した。

 見守るアノイさんやラグちゃんからも声があがる。


「やったか! フッ、流石だな……ラム姉者!」

「アノイさん、見てください。ステーギア達が……コントロールを失ったのでしょう」


 地を埋め尽くすかのようなステーギア達は、全て停止した。

 そして……辛うじて浮いているピー子は、妹達を見て弱々しく微笑ほほえんだ。だが、すぐに悲壮感で表情をかげらせる。その頬をあふれる涙がとめどなくらした。


「ラムちゃん……アイリ、リース……アノイさんも、ラグちゃんも」

「ピー子姉様!」

「逃げ、て……私に、私の中の、このシステムに……立ち向かっては、駄目……うっ!」

「そ、そんな」

「逃げて……早く。私が私で、いられ、ル、間ニ……ウ、アァ! ――システム、再起動。データ更新」


 そして、ラムちゃんは衝撃に言葉を失う。

 飛び去ろうとするピー子に従うように、アイリとリースが左右へと浮かび上がった。その目には、先程の強い意思が見られない。絶句するラムちゃんの声が、夜空を貫きこだました。

 だが、返事はない。

 ただ冷たく言い放つと、アイリとリースを新たに支配し……ピー子は飛び去った。


「掌握完了、以後ハ直掩戦力チョクエンセンリョクトシテ運用……手駒テゴマノ増強ニヨリ、ネズミ共ノ命運ハ尽キタ。死ヲ……全テノネズミ共ヘ死ヲ!」


 力なく飛ぶアイリとリースを連れたまま、ピー子は飛び去った。

 ふと気付けば、ディエストも気配を殺して引き上げたらしい。

 ラムちゃんはただただ、むなしい無力感に打ちひしがれて膝を突く。だが、手を伸べ立たせてくれるアノイさんとラグちゃん、そして背に備わった新たな力は確かだ。それだけは、ラムちゃんとともにある力で、きずながもたらした明日へのしるべだと信じられるのだった。

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