第38話「もえるあかいつきに、かげ」

 燃え散る修道服しゅうどうふくを脱ぎ捨て、ラグちゃんは再び戦うための姿になった。

 祈り願うだけでは今、本当に大切なものを守れないから。

 ラムちゃんは改めて、自分の妹の横顔を見やる。

 悲壮な決意と共に、強い光が大きな瞳に宿っていた。


「ラム姉様、アノイさんと一緒にネズミさん達をお願いします。私はもう、戦いを恐れません!」


 同時にラグちゃんは地を蹴った。

 輝く彗星すいせいのように、真っ直ぐディエストへと吸い込まれてゆく。

 ディエストもまた、逆手さかてに握った左右の刃をひるがえした。二人は激しくぶつかり合って、燃え盛るオアシスの集落に星座を描く。火花を星々のように散りばめて、ラグちゃんとディエストは加速していった。

 ネズミ達を誘導するラムちゃんの目が、徐々に二人のスピードに置いていかれる。

 だが、隣で腕組み見守るアノイさんは余裕の笑みを浮かべていた。


流石さすが姉者あねじゃだな、フッ……あのディエストを相手に、力も技も全く負けていない」


 満足気に頷くアノイさんを見上げて、ラムちゃんも自然と笑顔になった。


「ありがとう、アノイさん。貴女あなたの勇気が、ラグちゃんの凍った心を溶かしました。私も姉として誇らしい……素敵な妹を持てて幸せです!」


 その時だった。

 くゆる炎で身を飾ったアノイさんが、固まった。泰然たいぜんとして揺るがぬ強気な笑みのまま、揺れる炎の照り返しの中で動かなくなる。彼女のアーマーパーツは大半がクリアパーツで、燃え盛る炎そのものが鉄壁の鎧だ。

 だが、紅蓮ぐれんに燃える装甲よりも赤く……アノイさんの顔が、ボシュン! と赤面に染まった。


「わっ、わわ、我は、ととと、とっ、当然のことをしたまでだ!」

「……アノイさん?」

「姉者は心の強い人だ、そ、それに、優しい! だが、優しいだけではなにも守れん。それに優しさがなければ、なにかのために戦っても……守りたいものさえ壊してしまう」

「はいっ! そうですね、アノイさんは立派です」


 今度はアノイさんは、プシュー! と脳天から白い煙を吹き出した。

 そのまま彼女は、そっぽを向いてしまう。

 周囲ではネズミたちが誘導に従って逃げているが、その先にステーギア達が回り込んでいた。黒き人形兵のむれは、多少の損傷では止まらない。まさしく、操り人形のような不死体アンデッドの軍団だ。

 だが、居並ぶうつろな瞳を見渡して、アノイさんは拳を握る。


「では……我が姉者達のために道を作ろう。炎のしるべよ、立ち塞がる全てを今……灰燼かいじんしてぜ狂え!」


 アノイさんの右肩に燃えていた炎が、まるで意思ある生き物のように膨れ上がる。巨大な龍にも似た炎蛇えんじゃが、夜空を舞い踊って周囲に満ちた。

 的確な反撃を試みるステーギア達。

 だが、一人、また一人と飲み込まれてゆく。

 素体のフレームすら残さず、アノイさんの獄炎ごくえんは全てを消滅させてゆく。

 その炎が等間隔に灯って守る中を、ラムちゃんはネズミ達と走った。

 振り向けば、炎に包まれる教会の屋根に二つの影が飛び上がる。

 ラグちゃんとディエストは、互いをにらみ合って対峙たいじしていた。その声が、火の粉が舞う中で夜風に乗って伝わってくる。


「大したものだな! それだけの力を隠し腐らせ、今まで眠らせていたとは! ラグちゃん!」

「本当なら……私はネズミさん達の心の支えでいたかった。戦う力なんていらない、この教会の修道女シスターとして終わりたかった」

「残念だったな。お前はここで私が倒す! カーバンクル様のために!」


 燃え落ちつつある教会を炎が包み、十字架の立つ塔が傾く。

 それでも二人は全く動かなかった。

 互いに今、必殺の一撃をもって相手の圧力に耐えている。

 先に根負けして動いたほうが、負ける。

 緊張感が高まる中で、先に動いたのは……ディエストだった。


らちが明かんな……ならば!」


 ディエストは身を低くうように、一瞬で距離を詰める。

 彼女が通り過ぎたあとに、遅れて吹き荒れた風が炎を揺らした。

 振りかぶられた左右のダガーナイフがひらめき、二人の間に立っていた十字架を真っ二つにする。同時にラグちゃんは、ゆらりと大きくよろけた。

 業火の明かりが浮かび上がらせるシルエットを見上げて、ラムちゃんは息を飲む。

 ディエストのナイフは、ラグちゃんの胸に深々と突き刺さっているように見えた。

 だが、意外な声が悔しげに呟かれる。


「……ッ! 流石だな、ラグちゃん。肉を切らせて骨を断つ、か」


 目を凝らすラムちゃんは、見た。

 ディエストの突き出した二振りのナイフは、ラグちゃんに突き刺さっている。

 ラグちゃんの両腕を覆うように膨れた装甲の、巨大なてのひらへと吸い込まれていた。

 それ自体が格闘用の副腕ふくわんであり、半身を覆うほどの鎧。

 ラグちゃんは左手一本でディエスとを受け止め……食い込む刃を握り締める。


つかまえました……もう逃しませんっ! 聖なる地を踏み荒らし、多くのネズミさん達から安住の地を奪った。その罪、しゅが許しても私が許しません!」

聖女ラ・ピュセルを気取るかっ、小賢しい!」

「安らぎを求める者がいるならば……私は聖女にも魔女ストレーガにもなります! ――暗澹あんたんて、曙光しょこうのグラーボ!」


 右の剛腕が振りかぶられると共に、教会の鐘が鳴り響く。

 炎の中へと崩れ始めた中、ラグちゃんの副腕に光が集ってつるぎかたどった。聖なる乙女の祈りは今、鋭い刃となってディエストを襲う。

 炎が教会を完全に飲み込み、二人の姿は天を焦がす業火の中へ消えた。

 そして……ラムちゃんの前に黒い影が吹き飛ばされて落ちる。

 何度もバウンドして大地にわだちを刻みながら、それでも立ち上がったのはディエストだった。だが、彼女の手にすでに武器はなく、満身創痍まんしんそういで片膝を突く。


「おのれ、エンジェロイド・デバイスがっ! この力……眠れる騎士が目覚めたか」


 そして、逆巻く炎の中からラグちゃんが現れる。

 ゆっくりと歩いてくる。

 彼女は一度だけ、自分がどころとした教会を振り返った。既にその姿はなく、全てが燃え盛る中へと消えていた。煌々こうこうと夜空を照らす炎に、瞳から一雫ひとしずくの光が零れる。

 だが、それをぬぐってラグちゃんはディエストへと向き直った。


「戻ってカーバンクルに伝えてください。今すぐ暴挙をやめ、ネズミさん達を解放してください、と」

「くっ、いい気になるなよ……ステーギア達! 撤退する、援護を! ……な、なんだ? 命令が……コマンドを受け付けない!? なにをした……ラグちゃん、なにをした!」


 突然、異変が襲った。

 そしてディエストは勿論もちろん、ラグちゃんも周囲の光景に驚いの表情を浮かべる。

 周囲のステーギアは全て、ガクガクと震えながら奇妙な立ち姿で停止した。まるで、悪霊に取りつかれたように身体をねじって両手を彷徨さまよわせながら、亡者の密林となって立ち尽くす。そして、アノイさんがラムちゃんと倒した残骸すらも、立ち上がっていた。

 全てのステーギアの目から、光が消える。

 そして、同じ顔の人形兵たちは同時に呟いた。

 地の底から響くような、低い声だ。


「……殺ス……カーバンクル、および……ネズミ共を、殺ス」

「目標設定、攻撃、開始……」

……Ver2.07更新……全てのネズミ共、を……殲滅せんめつスル」


 突然、ステーギアたちは暴れ出した。

 それは、丁度ラグちゃんを心配して戻ってきたネズミ達に襲いかかる。まるで操られているようだ。今までが操り人形ならば、今はそう……死せる亡霊の軍勢だ。関節があらぬ方向に曲がっても、ステーギアたちは表情を変えずに破壊を広めてゆく。


「いけないっ、アノイさん! ラグちゃんも! ネズミさん達を守ってください!」


 叫ぶと同時に、ラムちゃんは倒れかけたディエストを支えてやる。ラグちゃんの必殺の一撃を受けて、彼女は既に戦闘不能だ。そのディエストの命令を一切無視して、無秩序に暴れるステーギア。

 そして、ディエストの呟きは戦慄に震えていた。


「や、奴か……そうか、奴が来たのだな。探す手間が……しかしっ!」

「しっかりしてください、ディエスト。教えて、なにが」

「カーバンクル様の勝利は揺るがない……メリッサは既に生死不明で、エンジェロイド・デバイス達も防戦一方。だが……その絶望が生んだ悪魔が、来る!」

「悪魔? ……もしかして、それは!」


 ラムちゃんは不意に、気配を感じて空を見上げた。

 砂塵さじんが舞う中で、月が赤く染まってゆく。

 砂漠を吹き抜ける風が巻き上げた砂は、まるで月を風化のさびむしばむよう。そして……血の色の光をたたえた月に、見知ったシルエットが浮かんだ。

 それは、エンジェロイド・デバイスの三女。

 いつでも気品に満ちて優しく、優雅で芯の強い憧れの姉。

 だが、全てを睥睨へいげいするように見詰める瞳は、冷たい光に満ちていた。

 思わずラムちゃんは姉の名を叫ぶ。


「ピー子姉様っ! ……姉、様、ですよね? みんな心配してます、姉様が、禁断の力を」


 あの時、逃げろと言ってくれた。

 死ぬ気で戦うのではなく、真に命をして戦うために……ラムちゃんを逃してくれた。

 その姉は今、凍れる機械音声でラムちゃんを睨んだ。


「個体識別、No.020……戦術レベル、影響ナシ。……邪魔ヲスレバ殺ス。失セナサイ、無力ナ妹ヨ。全テノフネノタメ、ネズミ共ハ駆逐、抹殺スル!」


 ピー子の頭上で回る天使の輪が輝く。

 同時に、ステーギア達は自分のダメージも顧みず暴走し始めた。

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