第37話「せいなるほのお、よるをさく」
かくして、
ステーギアたちが向ける銃口の先で、アノイさんはゆっくりと舞い降りる。
ビームの
「彼女も……私の妹。アノイさん」
ラムちゃんは今、逃げ惑うネズミたちを守りつつ……その場で動けないルナリアを背に
小さなオアシスの聖地は今、鉄火の舞う戦場と化していた。
その悲劇を演出した黒き風が笑う。
「反乱分子は、これを全て
ディエストは手にしたライフルを捨てると、両手に大型のダガーナイフを抜き放つ。ステーギアたちが無言の殺意で取り囲む中、彼女とアノイさんを閉じ込めた円形の
だが、アノイさんは相変わらず腕組み黙ったままだ。
ラムちゃんも気付けば、
ディエストは冷たい殺気を放ちながら、じりじりとアノイさんに迫った。
「どうした、アノイさん……
アノイさんは黙って動かず、腕組み
だが、ディエストはなにかを悟ったのか、周囲を円の動きで回りながらも攻め込まない。
見守るラムちゃんの肌を、ひりつくような緊張感が
アノイさんはただ静かに、身動き一つせず言い放った。
「我に構えろと? フッ、遠慮は無用だ。構えるに値する敵かどうかは、我が決めること……どこからでも掛かってくるがいい」
そして、アノイさんから迸る闘気がそれを裏付けていた。
ディエストにもそれがわかるのか、彼女もまた一定の距離を取ったまま動かない。
腕組み
緊迫の
「ルナリア、しっかりして。ネズミさんたちを……ルナリア?」
「……ラム姉様、私は……」
「大丈夫です。私が、私とアノイさんが教会を守ります。ルナリアはネズミさんたちを逃してあげてください。ラグナス、お願いできますか?」
ルナリアの隣で、宙に浮かぶ相棒が
こんな時、ビームライフルとシールドだけの武装では少し心もとない。接近戦用のビームサーベルと、この三つだけが今のラムちゃんの全てだ。
だが、
既に百、二百と増えたステーギアは、まるで精密機械のように無駄のない動きで包囲してくる。この小さなオアシスの集落は制圧され、黒き殺意の中に圧殺されようとしていた。
だが、そんな
「我は己の認めし
ディエストは無言で動かない。
だが、彼女たち二人を取り囲むステーギアに異変が
ラムちゃんも、肌をひりつかせる強烈な気迫に武者震いが止まらない。
ステーギアの軍団は徐々に、
それを察したのか、唯一冷静さを保つディエストだけが声を荒げた。
「どうした、なにを動じているっ! 包囲は完璧だ、現状を維持しろ。奴は私が――」
次の瞬間だった。
アノイさんから発する熱に
すぐにラムちゃんにはわかった。
それは、圧倒的な敵を前に広がった、
アノイさんの圧倒的な覇気にあてられ、ステーギアたちは普段は見せない顔で絶叫を張り上げる。絶対的な戦場の支配者を前に、恐怖に負けた者から突撃を開始した。
個にして全、全にして個……それがカーバンクルの作り出したステーギアの姉妹。ただただ感情もなく、無言で任務を全うする黒き機械人形。それが今、恐怖にかられて武器を振り上げる。アノイさんを前に、戦わずにはいられないのだ。
そして、アノイさんは広がる恐怖の渦中で小さく鼻を鳴らす。
彼女の右肩に揺れる炎が、大きく膨れ上がるや
言葉にならない悲鳴をあげて、無数のステーギアが消し飛ぶ。
文字通り、骨も残らず燃え尽きる。
「くっ、静まれ! 落ち着くんだ! 奴は一人だ、統制を乱すな!」
「無駄だ。我は降りかかる火の粉を払うまで……我が姉の聖地を汚す者よ。我が
「おのれっ! ……ふっ、そうか。ステーギアたち!」
ディエストは不意に、冷徹な指揮官の表情を取り戻した。
そして、油断なく
「ステーギアたち、ネズミ共とそこの
混乱の中で
そして、圧倒的なアノイさんの存在感を前に、ディエストだけは全く動じずに身構えた。鋭い刃は月の光を反射し、ゆらゆら揺れるアノイさんの炎を映す。
すぐに
だが、背後でラグナスに守られたまま、ルナリアは動けない。
彼女が守りたかったネズミたちは、一匹、また一匹とオアシスを逃げてゆく。彼らにとって唯一の安息の地は、不当な暴力で全てを奪いつくされようとしていた。
ラムちゃんは放たれるビームをシールドで受けつつ、背のルナリアに語りかける。
「ルナリア、立ってください! このオアシスを守らなければ。……ううん、私が守ります! ラグナス、彼女をお願いしますね」
冷たい砂漠の空気を灼いて、無数の火線が走る。
シールドで受け損ねたビームが、
だが、数が違い過ぎる。
圧倒的な物量差の中で、オアシスの集落は炎に包まれようとしていた。
そして、肩越しに振り返れば……腕組み動かぬアノイさんが、ラムちゃんを見ている。ラムちゃんを通して、その場に動かずへたりこんだルナリアを見ている。
自分を素通りする視線に、ディエストはわずかに声を
「アノイさん! 構えぬばかりか、私を見ようともしないのか。どこまでも馬鹿にしてくれる!」
「……
「私を無視するなっ!」
ディエストは不満も
彼女の右肩で今、燃え盛る炎が集束してマグマのように燃え盛る。
アノイさんはゆっくりと、ルナリアを見て言の葉を
その落ち着いた声に、ルナリアは初めて顔をあげた。
「わ、私は……もう、戦えない。戦いたく、ない……」
「姉者がそう望むなら、我がラムちゃんと共に戦おう。だが……それでよいのか? 祈りと願いだけで、ネズミたちが救えるのか。それは、姉者が一番よく知っている
「ネズミさんたちを……守りたい。でも、私は」
「……姉者、ならば! 我が
アノイさんから一際
炎に包まれ修道服が燃え散る中……ゆっくりとルナリアが立ち上がる。
その少女はもう、モチーフとなった人気漫画『
そして、妹の炎に清められた少女は、隣に浮かぶラグナスに静かに言い放った。
「……夢を、見ていました。私は、誰かのオアシスになりたかった」
ゆっくり、白い肌を炎で包んで彼女が歩み出す。
周囲のステーギアが、先程のアノイさんとは違う迫力を感じて静止した。ラムちゃんも息を飲み、呼吸を忘れて押し黙る。
そこにもう、ルナリアという名の優しい修道女はいなかった。
このオアシスで誰をも許して
神の祝福を脱ぎ捨て、その教えを胸に戦いを選んだのだ。
「己の元となった物語のように、守りたかった……そして、その想いを今、力に。……ラグナス!」
叫ぶ少女の気迫が、全身で燃え盛る炎を掻き消す。
同時に、そのしなやかな裸体が光だした。それは、宙を舞うラグナスが少女の影となって寄り添うのと同時。ラグナスは少女の発する光の中で、無数のパーツへと分解して舞い散る。
「我が
己を取り巻くアーマーパーツの中で、彼女はしっかりと己の名を叫んだ。
そこには、一人のエンジェロイド・デバイスが生まれ直していた。その力を封じて捨てた少女は、己の元となった物語の少女を名乗った。優しく強い、巡礼の旅の中で祈りを捧げる聖女……その名でこのオアシスに、ネズミたちの聖地を築いたのだ。
だが、再び彼女は選択した。
自らが生み出した居場所を守るため……ネズミたちの居場所を探すため。
光が収束すると、そこにはラグナスと一体化したエンジェロイド・デバイスが立っていた。
「私は……No.024、ラグちゃん。アノイさんが思い出させてくれました……今、本当の自分として、全てを守るために戦いましょう」
とても静かな、
ラムちゃんの前で今、聖火に包まれた中から……
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