第34話「ねっさへの、たびだち」
灼熱の砂漠は今、赤い嵐に包まれていた。
ここはリジャスト・グリッターズ
ラムちゃんが歩く砂の海は、そうした未整理区画の天井裏だ。
時の果てで荒野と砂漠を
「うう、この風……空調システムとサブジェネレーター系の排熱が干渉し合ってるんですね。それで砂嵐を……でも、負けません! このまま進みます!」
ボロボロの
その脳裏に、つい半日前に別れた姉たちの顔が浮かぶ。ラムちゃんは姉たちに見送られ、マスターたちのいる
しかし、彼女を待ち受けていたのは過酷な旅路だった。
そして、時はしばし巻き戻る――
宇宙戦艦コスモフリート……リジャスト・グリッターズの
物資搬入用のデッキは今、出入りする人とコンテナでごった返していた。
大小様々な人型機動兵器が並び、フォトンカタパルトへ繋がる
ラムちゃんは
「わあ……
物陰から周囲を物珍しく見渡し、行き交うコンテナを眺めてラムちゃんは意気込む。
機体のパーツや資材等と違って、生活に必要な食料や衣類、薬品等が搬入される小さなハッチである。勿論、普通の方法ではパンツァー・モータロイドやアーマーギア等、小型の機体でも通行は不可能だ。当然、レヴァンテインも例外ではない。
――だが、一人の男の機転が、この場所を使ってピンチを救った。
その男は大きな代償を払って、恐るべきテロリストの被害を最小限に抑えたのだ。
そして……記憶を取り戻してこの艦を去った少年の置き
そのことを思い出していると、不意に背後で声がした。
「ラムちゃん、待たせたのう! すまんすまん、ワシらしかこれなんだ」
「わっはっは! 向こうに言っても元気でやるんだぞ、ラムちゃん!」
振り向くとそこには、二人の姉が立っていた。
うみちゃんとブレイだ。二人共疲れが見えたが、笑顔で交互にわしわし頭を
二人ともアーマーパーツは傷付き汚れて、所々破損していた。
だが、太陽のような笑顔でラムちゃんを見送ってくれる。
「うみ姉様、ブレイ姉様。わざわざ私のために……なんだか済みません」
「なに、気にすることはなかろう? のう、ブレイ」
「
長身のブレイが、腕組みウンウンと頷く。うみちゃんもにんまりと笑って、ちらりと視線を走らせた。物資が
四番艦ピークォドを仕切っている、リリウムという才女だ。
彼女は積荷を確かめては、慣れない手付きでタブレットを操作していた。
その姿をラムちゃんもじっと見詰める。
「搬入作業、急いで
今、コスモフリートからピークォドへと物資が運び込まれている。
これに
目的は、新たなエンジェロイド・デバイスの姉妹……ラムちゃんの妹たちの捜索。戦力を再び集めるために、まだ未開の地であるピークォドに向かうのだ。その間、姉たちには過酷な戦いを
心の折れた姉がいる。
翼を失った姉がいる。
今も戦っている姉、戦う姉を支える姉がいる。
姉たちを
後ろ髪を引かれる思いだが、事態を打開するためには進むしかない。
これから荷物に便乗して旅立つラムちゃんに、うみちゃんは申し訳なさそうに
「せめてレイの奴がおればのう」
「強襲可変機"RAY"のレイ姉様ですね。確か――」
うみちゃんの顔が
悲しそうに
「カーバンクルの王国がサンダー・チャイルドにあり、我が姉メリッサが連れ去られたと知って……ワシは
だが、その作戦の成否は不明だ。
そして、そのあとどうなったかの情報は得られていない。
サンダー・チャイルドからは、誰も戻ってこなかった。
メリッサは勿論、フランベルジュの三姉妹も、レイも。
うみちゃんの作戦が失敗するというのは、初めてだった。メリッサに並ぶ次女として誰もが信頼を寄せる、その強い
今は劣勢の中で、ゲリラ戦を強いられている。
戦列は崩壊し、メリッサたちが広げた勢力図はネズミに奪い返されてしまった。
だが、うみちゃんの背をバシバシ叩いてブレイは白い歯を
「流石です、姉上! このブレイ、やはり感服しました!」
「よせ、ブレイ。ワシの失態じゃあ……痛恨の極みよのう」
「しかし、誰もが思いつかないことを姉上はやってのけたのです! ならば、結果が知れてないということは……これはいわゆる、『
「……そうかのう。ふふ、ブレイはいつも竹を割ったような気持ちのいい奴じゃなあ」
うみちゃんは全ての姉妹の知恵袋、軍師にして参謀だ。メリッサというカリスマを影で支える、知恵と思考の存在なのである。一方で、ブレイは最前線で戦う攻防の
ブレイは相変わらずの笑顔で胸を張る。
「信じることです、姉上! ラムちゃんも! 信じ切ることは難しい、不安に襲われ気持ちが弱る。でも、だからこそ信じ抜くのです! 自分と姉妹を信じる気持ち、最後まで信じて貫く勇気を持つのです! あらゆる疑念に負けない勇気を!」
ラムちゃんは思わず「おおー」と目を輝かせて手を叩いた。
若干
「お主は……相変わらず
「はい、姉上っ! 姉上が難しいことを全部考えてくれるので、私は勇気だけに従って戦うことができます。それはラムちゃんも同じなんです」
ラムちゃんは二人を交互に見やって、身に纏うボロ布を
お互いに顔を見合わせ、二人は大きく
「これを……お守りです。では、私は行ってきます。姉様方も、どうかご無事で」
「うむ、任せろラムちゃん!
「まあ、あとは任せて行くがよいぞ? 気をつけてのう」
物陰から顔を出せば、チャンスが訪れていた。リリウムの元に一人の少女が現れる。彼女はエプロン姿で、大きなカートを押しながら歩いていた。
二人が互いを見て会話を交わす隙に、ラムちゃんはカートに飛び乗る。
後ろは、振り返らない。
きっと、泣いてしまうから。
ただ前だけを見て、進む先を
「お疲れ様です、リリウムさん。これ、ピークォドの作業班に差し入れのサンドイッチ。ちゃんと人数分あると思います」
「あら、
「それと、これ。
「助かるわ。今の本を読み終えちゃったとこだから。これは……? なにかしら」
「あ、プラモデルって言って、要するに
「まあ……この時代には不思議なものがあるのね。でも、嬉しいわ。少し部屋が殺風景だったから。なるほど……女の子なのね。ふふ、黒く塗れないかしら」
こうしてラムちゃんは、食料に紛れてピークォドへと渡った。
戻る場合もきっと、こうして荷物の行き来を利用することになるだろう。
だが、この時は思いもしなかった……想像だにしなかったのだ。
向かう先、ピークォドの内部に灼熱の砂漠が待ち受けているなどとは。
砂漠を
灼けた砂の熱が、アーマーパーツを突き抜けて肌を刺した。
いかなエンジェロイド・デバイスとはいえ、休息もなく
それが、カーバンクルの魔力の余波で得た、ラムちゃんの
だが、それも今は燃え尽きる寸前だった。
「こ、こんな、ところで……駄目、進まなきゃ……前に、先に……みんなの、ために!」
倒れて尚も、手を伸ばす。
猛烈な砂嵐の中で、視界は限りなくゼロに近付いてゆく。
徐々に暗く狭くなる視界が、ラムちゃんの意識を奪おうとしていた。
だが、不意に走る声。
「……
それは、まるで
なんとか顔をあげたラムちゃんは、見た。
目の前に今、腰に手を当て自分を見下ろす
「ふむ、まあよい。この砂漠を渡って来る者がいるとはな……お前の命は我が預かろう。たしか、近くに教会が。フッ、この出会い……我の中に炎と
不意に炎の魔神は、片手で軽々とラムちゃんを持ち上げた。
身体が軽くなるのを感じながら、そこでラムちゃんの意識は
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