第34話「ねっさへの、たびだち」

 灼熱の砂漠は今、赤い嵐に包まれていた。

 ここはリジャスト・グリッターズ四番艦よんばんかん、ピークォド……はるかなる遠未来えんみらいより次元転移ディストーション・リープしてきた巨大な人型戦艦、ウォーカーだ。激戦の中で戦列に加わったこの艦は、まだ内部の改装が進んでいない。最低限の居住区や格納庫の増設で手一杯であり、まだまだ未整理な区画が沢山存在していた。

 ラムちゃんが歩く砂の海は、そうした未整理区画の天井裏だ。

 時の果てで荒野と砂漠を踏破とうはしてきたピークォドの内部は、いたるところが砂地である。


「うう、この風……空調システムとサブジェネレーター系の排熱が干渉し合ってるんですね。それで砂嵐を……でも、負けません! このまま進みます!」


 ボロボロのアンチビーム用クロークをマントのように羽織はおり、ビームライフルとシールドを背負ってラムちゃんは歩く。だが、関節部には砂が入り混じって、まるでヤスリの中を歩いているようだ。

 けるような痛みにさいなまれながらも、ラムちゃんは前だけを見て進む。

 その脳裏に、つい半日前に別れた姉たちの顔が浮かぶ。ラムちゃんは姉たちに見送られ、マスターたちのいる一番艦いちばんかんコスモフリートを旅立った。

 しかし、彼女を待ち受けていたのは過酷な旅路だった。

 そして、時はしばし巻き戻る――




 宇宙戦艦コスモフリート……リジャスト・グリッターズの旗艦きかんである。運用する宇宙義賊うちゅうぎぞくと同じ名を持ち、一隻で一個艦隊級の戦力とみなされ『宇宙海賊の単独艦隊コスモフリート』と恐れられたふねである。

 物資搬入用のデッキは今、出入りする人とコンテナでごった返していた。

 大小様々な人型機動兵器が並び、フォトンカタパルトへ繋がる格納庫ハンガーのメインデッキとは明らかに違う。クレーンやフォークリフトが忙しく動く、狭い場所だ。

 ラムちゃんは旅支度たびじたくを終え、見送りの姉たちを待っていた。


「わあ……槻代級ツキシロシナさんがの時に使ったハッチ、ですね。こんな狭い場所を……やっぱり、それだけ警戒してたってことですね!」


 物陰から周囲を物珍しく見渡し、行き交うコンテナを眺めてラムちゃんは意気込む。

 機体のパーツや資材等と違って、生活に必要な食料や衣類、薬品等が搬入される小さなハッチである。勿論、普通の方法ではパンツァー・モータロイドやアーマーギア等、小型の機体でも通行は不可能だ。当然、レヴァンテインも例外ではない。

 ――だが、一人の男の機転が、この場所を使ってピンチを救った。

 その男は大きな代償を払って、恐るべきテロリストの被害を最小限に抑えたのだ。

 そして……記憶を取り戻してこの艦を去った少年の置き土産みやげが、今も見えない場所でリジャスト・グリッターズを脅かしている。その名は、幻獣げんじゅうカーバンクル……二番艦にばんかんサンダー・チャイルドに巣食すくい、己の王国を築いた闇の権化ごんげだ。

 そのことを思い出していると、不意に背後で声がした。


「ラムちゃん、待たせたのう! すまんすまん、ワシらしかこれなんだ」

「わっはっは! 向こうに言っても元気でやるんだぞ、ラムちゃん!」


 振り向くとそこには、二人の姉が立っていた。

 うみちゃんとブレイだ。二人共疲れが見えたが、笑顔で交互にわしわし頭をでてくれる。ラムちゃんにとっては、凄く上の尊敬する姉たちで、今も最前線で戦ってる戦士である。

 二人ともアーマーパーツは傷付き汚れて、所々破損していた。

 だが、太陽のような笑顔でラムちゃんを見送ってくれる。


「うみ姉様、ブレイ姉様。わざわざ私のために……なんだか済みません」

「なに、気にすることはなかろう? のう、ブレイ」

流石さすがです、姉上! 流石過ぎる心意気、私も見習わねば!」


 長身のブレイが、腕組みウンウンと頷く。うみちゃんもにんまりと笑って、ちらりと視線を走らせた。物資がせわしく出入りする中では、タブレットを手に目的地の責任者がチェックを行っている。

 四番艦ピークォドを仕切っている、リリウムという才女だ。

 妙齢みょうれいの美しい女性で、理知的だが度胸もある。

 彼女は積荷を確かめては、慣れない手付きでタブレットを操作していた。

 その姿をラムちゃんもじっと見詰める。


「搬入作業、急いで頂戴ちょうだい! チェック済みのコンテナからわたくしのピークォドへ。向こうではフローラさんとドクに声をかけてください。手早く願いますわ」


 今、コスモフリートからピークォドへと物資が運び込まれている。

 これにまぎれて、ラムちゃんは旅に出るつもりだ。

 目的は、新たなエンジェロイド・デバイスの姉妹……ラムちゃんの妹たちの捜索。戦力を再び集めるために、まだ未開の地であるピークォドに向かうのだ。その間、姉たちには過酷な戦いをいてしまう。そのことだけが気がかりだったが、もう決めたのだ。

 心の折れた姉がいる。

 翼を失った姉がいる。

 今も戦っている姉、戦う姉を支える姉がいる。

 姉たちをひきいる姉、最前線で勇気を振るう姉が目の前にいる。

 後ろ髪を引かれる思いだが、事態を打開するためには進むしかない。

 これから荷物に便乗して旅立つラムちゃんに、うみちゃんは申し訳なさそうにつぶやいた。


「せめてレイの奴がおればのう」

「強襲可変機"RAY"のレイ姉様ですね。確か――」


 うみちゃんの顔がうれいにかげる。

 悲しそうにうつむく彼女は、責任を果たすように真実をラムちゃんに告げた。


「カーバンクルの王国がサンダー・チャイルドにあり、我が姉メリッサが連れ去られたと知って……ワシは一計いっけいを案じた。フランたちをおとりとして陽動し、その影でレイをつかわした。レイの飛行モジュールならば、全員で乗って帰ってこれるからのう」


 だが、その作戦の成否は不明だ。

 そして、そのあとどうなったかの情報は得られていない。

 サンダー・チャイルドからは、誰も戻ってこなかった。

 メリッサは勿論、フランベルジュの三姉妹も、レイも。

 うみちゃんの作戦が失敗するというのは、初めてだった。メリッサに並ぶ次女として誰もが信頼を寄せる、その強いきずなと想いが反作用を生む……あのうみちゃんですら読み違えると知って、エンジェロイド・デバイスたちの士気はわずかに揺らいだ。

 今は劣勢の中で、ゲリラ戦を強いられている。

 戦列は崩壊し、メリッサたちが広げた勢力図はネズミに奪い返されてしまった。

 だが、うみちゃんの背をバシバシ叩いてブレイは白い歯をこぼす。


「流石です、姉上! このブレイ、やはり感服しました!」

「よせ、ブレイ。ワシの失態じゃあ……痛恨の極みよのう」

「しかし、誰もが思いつかないことを姉上はやってのけたのです! ならば、結果が知れてないということは……これはいわゆる、『便たよりがないのは良い便り』というやつです!」

「……そうかのう。ふふ、ブレイはいつも竹を割ったような気持ちのいい奴じゃなあ」


 うみちゃんは全ての姉妹の知恵袋、軍師にして参謀だ。メリッサというカリスマを影で支える、知恵と思考の存在なのである。一方で、ブレイは最前線で戦う攻防のかなめだ。姉妹でも随一の防御力を誇り、盾となり壁となって戦う。彼女の勇気、そして想いが皆をふるい立たせるのだ。

 ブレイは相変わらずの笑顔で胸を張る。


「信じることです、姉上! ラムちゃんも! 信じ切ることは難しい、不安に襲われ気持ちが弱る。でも、だからこそ信じ抜くのです! 自分と姉妹を信じる気持ち、! あらゆる疑念に負けない勇気を!」


 ラムちゃんは思わず「おおー」と目を輝かせて手を叩いた。

 若干あきれたように肩をすくめたが、うみちゃんもようやく笑ってくれる。


「お主は……相変わらず単純シンプルでいいのう、ブレイや」

「はい、姉上っ! 姉上が難しいことを全部考えてくれるので、私は勇気だけに従って戦うことができます。それはラムちゃんも同じなんです」


 ラムちゃんは二人を交互に見やって、身に纏うボロ布を千切ちぎる。二つの端切はぎれをそれぞれ、うみちゃんとブレイの腕に結んだ。

 お互いに顔を見合わせ、二人は大きくうなずく。


「これを……お守りです。では、私は行ってきます。姉様方も、どうかご無事で」

「うむ、任せろラムちゃん! 森羅万象しんらばんしょう、あらゆる事象は勇気でなんとかなる! 勇者とならば、誰もが無敵だ! わっはっは」

「まあ、あとは任せて行くがよいぞ? 気をつけてのう」


 物陰から顔を出せば、チャンスが訪れていた。リリウムの元に一人の少女が現れる。彼女はエプロン姿で、大きなカートを押しながら歩いていた。

 二人が互いを見て会話を交わす隙に、ラムちゃんはカートに飛び乗る。

 後ろは、振り返らない。

 きっと、泣いてしまうから。

 ただ前だけを見て、進む先を見据みすえてカートに潜入する。


「お疲れ様です、リリウムさん。これ、ピークォドの作業班に差し入れのサンドイッチ。ちゃんと人数分あると思います」

「あら、篤名アツナちゃん。ふふ、ありがとう」

「それと、これ。アサヒさんから預かってきました。本と、なんかプレゼントだって」

「助かるわ。今の本を読み終えちゃったとこだから。これは……? なにかしら」

「あ、プラモデルって言って、要するに模型もけいです。作って飾るんです」

「まあ……この時代には不思議なものがあるのね。でも、嬉しいわ。少し部屋が殺風景だったから。なるほど……女の子なのね。ふふ、黒く塗れないかしら」


 こうしてラムちゃんは、食料に紛れてピークォドへと渡った。

 戻る場合もきっと、こうして荷物の行き来を利用することになるだろう。

 だが、この時は思いもしなかった……想像だにしなかったのだ。

 向かう先、ピークォドの内部に灼熱の砂漠が待ち受けているなどとは。




 砂漠を彷徨さまよう内に、消耗が限界に達してラムちゃんは倒れ込む。

 灼けた砂の熱が、アーマーパーツを突き抜けて肌を刺した。

 いかなエンジェロイド・デバイスとはいえ、休息もなく強行軍きょうこうぐんを続ければ限界を超えてしまう。飲食で多少は回復するし、心身を休めることはプラモデルにも必要なのだ。

 それが、カーバンクルの魔力の余波で得た、ラムちゃんの仮初かりそめの命。

 だが、それも今は燃え尽きる寸前だった。


「こ、こんな、ところで……駄目、進まなきゃ……前に、先に……みんなの、ために!」


 倒れて尚も、手を伸ばす。

 ってでも進もうと、重い身体で歯を食い縛る。

 猛烈な砂嵐の中で、視界は限りなくゼロに近付いてゆく。

 徐々に暗く狭くなる視界が、ラムちゃんの意識を奪おうとしていた。

 だが、不意に走る声。


「……われの助けが必要か? どうやら我と同じ眷属けんぞくと見たが」


 それは、まるでほむらぜて揺らぐような声音だ。重く熱いのに、不思議と炭火のような暖かさが感じられる。

 なんとか顔をあげたラムちゃんは、見た。

 目の前に今、腰に手を当て自分を見下ろす紅蓮ぐれんのエンジェロイド・デバイスが立っていた。

 泰然たいぜんとして揺るがぬ覇気で、右肩からは真っ赤な業火があふれ出ている。まるで、灼熱の獄炎インフェルノをその身に宿した魔神のようだ。


「ふむ、まあよい。この砂漠を渡って来る者がいるとはな……お前の命は我が預かろう。たしか、近くに教会が。フッ、この出会い……我の中に炎とともるか、それとも――」


 不意に炎の魔神は、片手で軽々とラムちゃんを持ち上げた。

 身体が軽くなるのを感じながら、そこでラムちゃんの意識は途絶とだえるのだった。

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