第32話「そのへやに、ひかりを」

 その部屋は、静寂せいじゃく薄闇うすやみに閉ざされていた。

 綺麗に片付いた室内に、人の気配はない。

 リリに導かれるまま、ラムちゃんはそっと天井の通気口から舞い降りた。机の上にはまだ、作りかけのプラモデルが箱ごとすみに片付けて寄せられている。ニッパーやピンセットも、お気に入りの工具箱と一緒に散らばっていた。

 ここには、確かに人が暮らしていた痕跡がある。

 間違いなく、生活していた女性の匂いと体温が感じられた。

 ラムちゃんは机の上から周囲を見渡し、背後のリリに呟く。


「ここが……皇都スメラギミヤコさんの、お部屋。メリッサ姉様やレイ姉様、うみ姉様にひょー姉様が生まれた場所」

「左様。あのようなことになってから無人じゃがの」


 都は今、医務室で生死の境を彷徨さまよっている。

 再び敵として現れたロキから、味方の十六夜イザヨイかぐやをかばったのだ。機体は無残に砕けてひしゃげ、その中で圧縮された都は瀕死の重傷だった。

 そして、今も戦っている。

 リジャスト・グリッターズの一員として、死と戦っているのだ。

 その勝利を信じるからこそ、ラムちゃんは己に涙を禁じた。

 余りに寂寥せきりょうを誘うこの闇の中に、光を拾って進まなければならない。

 そう自分に言い聞かせていると、下で声がした。

 ちょうど机の影から、知ってる声がするのだ。


「あら、貴女あなたは……こんにちは、ラムちゃん、ですよね?」


 ボロボロのマントを棚引たなびかせて机から飛び降りると、その横に不思議な光景が広がっていた。カーテンを締め切った部屋は薄暗くて、その物陰は闇に閉ざされている。その中から踏み出したのは、十字に光の走るバイザーを被った姉だった。

 ラムちゃんは改めて駆け寄ると、その手に手を取る。


「アルジェント姉様! はっ、はじめまして!」

「はい、はじめまして。よかったですね、完成したみたいです。もう、未完成なのに無茶をして……みんな心配してました」

「す、すみません。それで、あの、うみ姉様は」

「今は前線に出てます。……本当は、うみ姉様は直接戦闘で前線に立つタイプではないんですけど。でも、今は状況がそれを許しませんから」

「そんな……うみ姉様まで。あっ、それより! あの、リリ様が」


 振り返ると、リリは壁に向かってなにかを見上げていた。

 そう、なにか……そう形容するしかできぬ巨体がそびえていた。

 光の差さぬ影の中で、まるでのようにそそり立つ巨躯きょく。それを眺めていたリリは、ニヤリと顔を笑みで歪めて振り返った。


「アルジェント、随分作業が進んでおるようだの?」

「は、はいっ。ええと、現状では六割でしょうか……あっ、ラムちゃん。この子は、。第二弾以降の姉妹が持つボーナスパーツを集めて生み出される、もう一人の私」

「こ、これが……あっ、そうでした! 私の持つパーツをお渡ししなければ! あうう……忘れてきて、しまいました」


 ラムちゃんは、うっかりしていた自分を恥じた。

 だが、アルジェントは優しく微笑み、そして我が子を見るような眼差しでズィルパーを見上げる。ぼんやりとしか見えぬシルエットは確かに人型で、しかしアチコチが欠けていた。

 ラムちゃんの思考に先回りするように、リリは細く形良いおとがいに指を当てて話した。


「既にシュンの奴めに、トゥルーデのパーツを破壊されておる。さらには、メリッサたちを探す乱戦の中で、数個ほど奪われてしもうた。じゃが、アルジェント」

「ええ……これからの戦い、絶対にこの子が必要になります。嫌な胸騒ぎがするんです」

「完成すれば、全高70cmの超巨大プラモデルぞ? お主の真の力、我らも期待しているしのう。そのためにも、第三弾の十人に会いにゆかねばなあ? さて、それより――」


 リリの表情が真剣味を帯びた、その時だった。

 不意にラムちゃんは、背後からヒョイと持ち上げられた。

 そのまま、なにかの上に乗せられてしまう。


「あ、あれっ? あ、あの!? ちょ、ちょっと、ええ!? あ、あなたは……あっ」


 それは、六本足の奇妙な肉食蟲アントリオンだった。敵意はなく、几帳面な動きでラムちゃんを奥へと誘う。そして、この従順な物言わぬ相棒バディが、誰の同志どうしなのかラムちゃんは知っていた。

 その人物は、部屋の隅のコンセント前に立っていた。

 ゆっくり止まった機行戦車ヴィフラの背中から、ラムちゃんは降りる。

 そして、振り向く二人の姉に頭を下げて挨拶した。


「あのっ、はじめまして! 私っ、オーラムのラムちゃんです」

「ん? おお、見ろ同志ヴァルちゃん。はは、完成したじゃないか」

「おー、ちゃんとできてるッスね! カグヤちゃんグッジョブ! GJッスよぉ」


 迎えてくれたのは、サバにゃんとヴァルちゃんだった。

 だが、顔を上げたラムちゃんは、二人の異様な姿に絶句する。

 なついた様子でるヴィフラをでるサバにゃんは、全身が傷だらけだ。つや消しを吹いた綺麗な素体の柔肌は、あちこちで削れてえぐられている。無数の裂傷と銃痕じゅうこんだ。そして、その隣のヴァルちゃんは憔悴しょうすいしきってフラフラで、目の下に大きな大きなクマができていた。

 二人共もう、ボロボロだ。

 しかし、笑顔でラムちゃんを交互に撫でてくれる。


「あれだろ、同志リリねーちゃんの奴に言われて装備を取りに来たんだろ? ここなら色々あるからなー。ぜーんぶ、同志ヴァルちゃんが作ってっからさ」

「全部が全部、まるっと自信作ッスよ! どれでも持ってけドロボー! ッス!」


 確かに、あちこちでヴァルちゃんが構築ビルドした武器が転がっている。

 恐らく、ヴァルちゃんは不眠不休で作っているのだ。もう何日も休んでなさそうで、それでもサバにゃんと熱心に話し込んでいる。ラムちゃんは周囲の武器を見せてもらって、そのいくつかを手にとって見た。

 どれも恐ろしい程の完成度だ。

 ラムちゃんはようやく本体が完成したものの、まだマスターのかぐやにバックパックや武器、シールドを作ってもらっていない。今のままでは、格闘戦をメインで戦うしかないのだ。リリが真っ先にここに連れてきたのは、これを見せるためだったのだ。

 真剣に武器を吟味ぎんみしつつ、ラムちゃんは二人の姉が気になった。


「なあ、同志ヴァルちゃん。とりあえずもっとパンチのあるやつを頼む。実機換算で20mmミリや30mmなんか撃ってても、もぉあのクルィーサネズミ共にゃ全然効かねえんだ」

「最近はいい防具を付けてるネズミ、増えたスからねえ」

「半月前にとうとう、。それも火打ち石方式フリントロックだったが、今じゃまれ遊底装填方式ボルトアクションの銃を見たって話もある。しかも、重心に旋条痕ライフリングがあるやつだぜ?」

「やーな話スねえ……どんどん賢くなるし、武器も立派になってくッスよ」

「ま、とりあえずこいつを使ってみるかな? 60mmガトリング砲、いけんだろこれ」

勿論モチロンッスよ、毎分8,000発の弾頭が容赦なく標的をズタボロに切り裂くッス」

「ハラショー! パーフェクトだ、同志ヴァルちゃん。あとはまあ、ありったけの火力で当たって砕けろ、ってか? 対鼠地雷クレイモアもくれ、使ってみる」


 巨大なガトリング砲を背負って、ロケットランチャーやグレネードを手にサバにゃんは笑った。そして、ラムちゃんの視線に気付いてやってくる。

 サバにゃんは不敵ふてきな笑みで、わしわしとラムちゃんの頭を撫でた。


「んじゃまあ、ちょっと行ってくる。お前も無理すんなよ? 同志ラムちゃん」

「は、はいっ! あの、私もすぐに御一緒します! サバ姉様だけを行かせては――」

「お前はまず武器を選べ、なにか装備しなきゃ今のネズミにゃ勝てねえぞ? あたしはな、同志ラムちゃん……姉妹の誰かがやられんのと、冷えたボルシチがいっちゃん嫌いなんだ」

「は、はあ」


 それだけ言うと、ニシシと笑ってサバにゃんは立ち去ろうとする。恐らく、再び戦場へと飛び込むつもりだ。そして、サバにゃんが向かう先で誰もが戦っている。

 今はなにもできずに、見送るしかないラムちゃん。

 だが、意を決した彼女はサバにゃんを引き止めた。


「サバ姉様! ……あの、これを」

「あん? お、おいおい、同志ラムちゃん」


 ラムちゃんはボロボロのアンチビーム用クロークを手に、はし千切ちぎって引き裂く。そして、できた布切れを傷だらけのサバにゃんの腕に巻いた。


「ごめんなさい、サバ姉様……これくらいしか。でも、常にみんな気持ちは一緒です! 一人じゃありません……私たちは、常に一つですから!」

「おうっ! ……だな。ありがたくもらっとくよ。ヘヘ……頼りなくてキモくてぺしゃーんとしてて、でも……ひょーねーちゃんはなにやってんだろな、今頃。ぜってー生きてるとは思うんだが。……そう感じるんだがよ」


 それだけ言って、ポンとラムちゃんの頭に触れてサバにゃんは行ってしまった。

 その背中を、弾薬や武器を満載したヴィフラが追従する。一人と一匹は今、再び戦場の犬サバーカとなって戦うつもりだ。それを見送り、ラムちゃんも武器選びを再開する。

 ふと、見渡す武器の中に奇妙なものを発見した。


「こ、これは……? あの、ヴァル姉様、この剣は」

「んー? ああ、いいとこに目をつけたッスね」


 そう、それは剣だ。

 だが、酷く巨大で禍々まがまがしい刀身がズシリと重い。

 ラムちゃんの身長に匹敵する、まるで大鉈おおなたのような蛮刀ばんとう……例えるならそう、魔をほふ破邪はじゃ断頭台ギロチン。無数のパーツで編み上げられた片刃の刀身は、どうやらビームの刃が形成されるようにできているらしい。


「おっ、重い、ですね。私ではちょっと……振るえそうもありません」

「はは、気にすることないッスよぉ! それは、ある人の……自分の姉の、みんなの姉の新しい力ッス。その名も……號装刃ごうそうじんバルムンク! 格好良くないスか? 因みにマスターのチクタクマンこと、ケイちゃんが考えたッス! このネーミング、イェスだね! ッス!」


 ――號装刃バルムンク。

 その名は、太古の神話に登場する竜殺しの宝剣だ。

 確かに、異形ですらある威容に相応しい名だとラムちゃんは思った。


「さーて、じゃあサクッとラムちゃんの装備も構築するスかね!」

「あ、あの……ヴァル姉様。寝て、ませんよね? ずっと……お休みになられてないのでは」

「はは、大丈夫ッスよぉ! 四徹五徹なんのそのッス! ……これが自分の戦いスから。自分にしかできないことを今、自分は全力でやってる……それだけッス。それが後悔しない秘訣! 後悔させない秘密ッスゥ!」


 ヴァルちゃんは常に笑顔だ。

 きっと、補給や補充に訪れる姉妹の誰にも、この笑顔を向けているのだろう。

 辛さも涙も見せない、溜息すら零さず、無敵で最強なスマイル。

 疲労が色濃く、すでにフラフラなのに……ラムちゃんを前に笑顔を絶やさない。そして、彼女が取り出す魔生機甲設計書ビルモアが光り出す。

 ラムちゃんのバックパックと武器が、おぼろげながら姿を現そうとしていた。

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