Act.02 エンゼル・リベリオン

第31話「はんげきへの、たびだち」

 ――エンジェロイド・デバイス。

 それは、二つの地球を守る超法規的独立部隊ちょうほうきてきどくりつぶたい『リジャスト・グリッターズ』の広報部が生み出した夢と浪漫ロマン。部隊で運用される機体を美少女化し、ICアイシーチップによるVRヴァーチャルリアリティ空間でのバトルゲームを可能としたプラモデルだ。

 補給や兵站へいたんの弱い部隊にとって、貴重な収入源でもある。

 そして、それを手にする世界中の子供たちが祈り、願う。

 本当の平和を探して求め、日夜戦う戦士たちの未来あすを――


 そんなエンジェロイド・デバイスが、この士官用個室にも一人。

 自分のマスターが不安げに、彼女の最後のパーツをはめ込んでくれる。以前は欠けていた左腕も、すでに備わっていた。

 金色のアーマーパーツは、胸に輝く獅子の心ライオンハート

 人間の前ではプラモデルとしての姿を崩さず、少女は笑顔でマスターたちを見上げていた。名は、ラムちゃん。今やリジャスト・グリッターズの中核をなすエースパイロット、御門晃ミカドアキラの駆るVDヴェサロイド、オーラムを元に作られたエンジェロイド・デバイスだ。

 だが、彼女の制作が一段落したのに、マスターの十六夜イザヨイかぐやは溜息を零す。

 かたわらで見守るアキラも、恋人を心配そうに見詰めていた。


「カグヤ、綺麗にできたね。少しなにかに没頭すれば、昨日の戦いを忘れられると思って」

「アキラが手伝ってくれたから……アタシ、結構ぶきっちょなんだから。……ねえ、アキラ」

「ん?」

ミヤコさん、助かるよね……」

「バウリーネ先生の話では、今夜がとうげだって。むしろ、生きてるのが不思議だって」


 かぐやの大きな瞳にあふれた涙が、ラムちゃんの頬に落ちる。

 大粒のしずくれたまま、ラムちゃんは動けない。

 このリジャスト・グリッターズを、誰にも気付かれず破滅へみちびこうとしている敵……幻獣げんじゅうカーバンクル。その魔力の余波で、偶然にもエンジェロイド・デバイスの一部が自我と感情を手に入れた。

 だが、自由に動けることを人間たちに知られてはならない。

 ラムちゃんは、胸の奥に湧き上がる感情を押し留め、黙って立ち尽くす。

 今すぐにでも、マスターの涙をぬぐってあげたい。

 そんな彼女の想いを汲み取るように、無言でアキラがハンカチを差し出した。


「ありがと、アキラ……都さん、アタシをロキからかばって」

「大丈夫、カグヤのせいじゃないよ」

「アタシ、美央ミオさんにもそう言われた。でも……アタシが敵を裏切ってこの部隊を、アキラを選んだのは事実。そして、ロキも以前はこの艦に――」

「そのことで美央さんは、他になにか言ったかい?」

「……ううん。ただ、抱き締めてくれただけ」

「なら、それが全てだよ。ね? だから、カグヤ……泣かないで」


 牙なき者の牙となり、その身をやいばに変えて皆が戦っている。

 そして、傷付き血を流している。

 それでも、立ち止まれない。

 二つの地球のために、前へ。

 それは、黙って見上げるしかできないラムちゃんも同じだった。

 そんな時、部屋のドアをノックする音が響いた。

 アキラが出ると、意外な人物が顔をのぞかせる。どういう訳か彼は、拝み倒すように両の手を合掌がっしょうで向けて、心底困ったような顔をしていた。


「あれ、統矢トウヤさん……どしたんですか?」

「おう、アキラも一緒か。スマン! ちょっと手伝ってくれ……捜し物をしてんだが」

「いいですけど。うん、手伝います。カグヤも行こう? 少し、外の空気も吸わないと。多分、統矢さんも心配して、こうして顔を見にきてくれたんだし」

「んな訳ねーし。ま、まあ、実は……あのプラモ、あるよな? なんか……千雪チユキからもらったアレがないんだよ。多分、子供たちに貸して、そのままなんだと思う。ほら、ピージオンの」


 このふねの誰もが知らない。

 人間たちはまだ、気付いていない。

 カーバンクルの強大な魔力で、洗脳されたネズミたちは今も勢力を拡大している。既に旗艦きかんの宇宙戦艦コスモフリートのみならず、宇宙戦艦愛鷹あしたかや、ウォーカーのサンダー・チャイルド、ピークォドへも版図はんとを広げているかもしれない。

 カーバンクルの本拠地は、未だ不明だ。

 そして、エンジェロイド・デバイスたちは、長姉メリッサの行方不明で散発的なゲリラ戦を強いられていた。恐らく、次姉のうみちゃんが知恵を絞ってくれてなくば、今頃は各地で戦線を寸断され、各個撃破かっこげきはされていただろう。

 ラムちゃんをちらりと見てから、統矢はバツが悪そうに頭をバリボリとかいた。


「千雪とれんふぁにばれたらマズイんだよ。千雪はぶつしさ、しかもグーでだぜ? 考えられねえ……れんふぁはフォローしようとしてくれるけど、トドメの言葉をくれるしよ」

「二人共、統矢さんのことが心配なんですよ。色々ありましたから」

「ま、そうかもな。でも、俺もお前が羨ましいよ、アキラ。カグヤみたいな女の子らしいのが一番だって、ホントにさ」


 そんなことを言い合う男子二人を見て、少しかぐやが笑った。彼女は自分でも、陰気に落ち込んでいることをよしとは思わない娘だ。気丈きじょうしんの強いマスターが、ラムちゃんも好きだ。

 やがて、カグヤはアキラや統矢と一緒に部屋を出ていった。

 そして、照明の落ちた室内に静かな声が響く。

 ようやく人の目が去って、ラムちゃんは動き出した。


「ようやく完成だネ! おめでと、ラムちゃん☆」

「君もまた、戦いへと戻るのかね? ザッツライト、愚問であったな」


 薄暗がりの中、机の上に二人の少女が舞い降りる。アルカシードを模した可憐な女の子は、精霊であるアルだ。そして、妖艶ようえんな魅力のロングドレスは、ケイオスハウルのチクタクマン。エンジェロイド・デバイスたちをいつも見守ってくれる、外部の協力者である。

 同時に、姉妹で仲間、アルカちゃんとケイちゃんだ。

 二人はラムちゃんの左右に舞い降りる。

 改めて礼儀正しくこうべれ、顔を上げると同時にラムちゃんは決意を語った。


「ようやく全力で戦える姿になりました。バックパックはまだですけど。でも、戦えます! 今、戦わないと……きっと後悔してしまいますから」

「ラムちゃん、気負い過ぎだヨー!」

「うむ、メリッサが行方不明で士気も低下しておる。状況は極めて困難であるな」

「それでも、戦います。私、姉妹のみんなが好きだから……マスターのこと、大好きだから。好きな気持ちに甘えてしまう前に、今できることを全力でやっておきたいんです」


 アルカちゃんとケイちゃんは、互いに顔を見合わせ肩をすくめる。

 二人は、少し悲しそうに笑って、誇らしげに胸を張った。

 そして、交互にラムちゃんの頭を撫でてくれる。


「止めはしないヨ。ただ、覚えておいて欲しいナー?」

「私たちは常に、君たち姉妹に寄り添う。いつでも、いつまでも支える」

「マスターたちは今、最後の戦いに挑みつつあるからネ☆」

「リジャスト・グリッターズの母艦は全て、希望の方舟はこぶね……オフコース! 絶対に邪悪へ渡してはならない」


 二人の言葉に、ラムちゃんも強くうなずきを返した。

 その時、通気口に通じる天井の小さなハッチが開いた。

 舞い降りる光の中を、見たこともないエンジェロイド・デバイスが優雅に飛んでくる。その姿はまるで、神楽かぐらを舞う天女てんにょのようだ。

 彼女はアルカちゃんとケイちゃんの間に降り立つと、その流麗な顔をあげた。

 その人をラムちゃんは知っていた。


貴女あなたは……」

われはリリ、まつろわぬとき運命さだめを生きる者ぞ。故に今、お主たちの力となろう」


 それは、スサノオンに御門響樹ミカドヒビキと共に乗る少女だ。サイズこそエンジェロイド・デバイスになっているが、間違いなくアカツキリリスその人だった。

 恐らく、アルカちゃんやケイちゃんと同じだ。

 人ならざる力を持つリリスは、その何万分の一かを凝縮してリリを生み出しつかわしたのだ。美しい声でリリは語る。今のリジャスト・グリッターズの現状を。


「カーバンクルの本拠地、これは我にもさぐれぬ。よほど強い結界を張ってるとみえるな。メリッサの行方についても同様じゃ。ひょーちゃんは、多くの者が目撃しておる……アークと戦い、バラバラにされたと。これがその証拠らしいが……どうかのう?」


 リリは肩にかけていた、ボロボロの薄汚れたぬのを突き出してくる。

 それは、穴だらけですすけてしまった、ひょーちゃんのアンチビーム用クロークだ。これを身に着けていたひょーちゃんもまた、妹たちの前で倒されたという。このマントだけが、他ならぬアークの手によって戻ってきたらしい。

 リリは静かに、厳しさを込めて凛冽りんれつたる声をとがらせる。


「お主に覚悟があるかや? 二つの地球の命運を背負った、リジャスト・グリッターズの全てを背負う覚悟が!」


 答は決まっていた。

 だから、静かにラムちゃんは微笑ほほえむ。


「全てを背負って、私は進みます。例えってでも前へ、その先へ……みんなの未来へ。私が愛する姉妹たちへ、道をしめします」

「ハッ! よう言うたわ……過酷な戦いとなるぞ?」

「それこそ、覚悟の上です。この胸に輝く獅子の誇りに賭けて……全ての艦を守ります!」


 戦いの旅が再び始まる。

 千切ちぎれかけたマントを羽織はおり、決意も新たに戦いへとおもむく。

 リリたち三人の賢人けんじんは、引き続き情報を集めつつ、姉妹の連絡役を買って出てくれた。そして、最初の目的地が示される。

 ケイちゃんをマスターとする、ヴァルちゃんが会いたがっているとのことだ。

 ヴァルちゃんはいまだに戦い続けている……彼女にしかできない戦いで、姉妹たちの戦いを支えている。人知れず彼女が命を賭け続ける戦場へ、ラムちゃんは踏み出した。

 今、天使たちの反撃エンゼル・リベリオンが始まる――その苛烈かれつな戦いは、他の艦へと広がってゆく。

 破れて引き裂かれた姉妹たちは、舞い散るきずな欠片かけらを拾い始めたのだった。

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