第29話「ぐれんにもえて、ほのおとならん」
メリッサはひょーちゃんを背負ったまま、ネズミたちの中を歩く。
目の前には、並んで歩くアークとサンドリオン。手を
ここはカーバンクルの王国……メリッサが戦った王宮や
正直、地理的にどこにあるのかはわからない。
あのネズミの隠れ里との位置関係も不明だ。
何故なら……メリッサは視界が狭い中、アークの言うままに歩いてきたから。
「ねえ、アーク。これ、やばいよ……絶対これ、ばれるって!」
「ん? どうした、メリッサ。自分で言うのもなんだが、オレの策は完璧だ」
振り向き脚を止めるアークと、その隣でクスリと笑うサンドリオン。
今、メリッサは背負ったひょーちゃんごと……ネズミのハリボテを着せられていた。それがまた、アークの作ったものなのだが、酷い。どこがと言わず、全体が酷いデキだ。幼子が思うままに線を引いた落書きのようで、正直着る時にメリッサは絶句したものだ。
だが、しげしげと今のメリッサを見詰めて、アークは真顔で
「ふむ、やはりオレの作品は完璧だな。どうだ? サンドリオン。かわいいだろう? どこから見ても完璧にネズミにしか見えない」
「ふふ、そうですね……もう、アークったら。ちょっと、でも、その……ふふっ」
「なんだ、どうしたサンドリオン? ……ようやく笑ってくれたな」
「本当に貴女は、かわいい人。でも、ええと……これで処刑場まで行けるでしょうか」
「ネズミの格好をしていれば怪しまれんさ。メリッサ、そしてひょーちゃん。妙な気を起こすなよ……ここはとりあえず、オレに預からせてくれ」
メリッサは黙って頷くしかない。
今、王都では公開処刑が行われようとしている。メリッサの妹、フランが自らネズミの軍団に囚われたのだ。そして、カーバンクルの無慈悲な裁きで処刑されようとしている。
フランは普段はぽーっとしてるが、とても利発で賢い妹だ。
ただ、メリッサは心配でしかたがない。
そして、どう見ても酷いデキのハリボテの中というのも、不安でしかなかった。
だが、どういう訳かアークは出来損ないのネズミのハリボテに絶対の自信を持っている。
「大丈夫かなあ……ねえ、ひょーちゃん。あ、あれ? ひょーちゃん?」
「Zzz……らめぇ、んほぉ……も、もぉ、食べられ、まひぇん……」
「寝てる! もう、ひょーちゃんっ!」
アークとサンドリオンは再び歩き出した。
周囲には全く気付かれないのが、ハリボテの中のメリッサには不思議でたまらない。
そして、見る……王都のネズミたちは皆、虚ろな目で働いていた。本当にカーバンクルの魔力に毒され、洗脳状態にあるのだ。
だが、それを差し引いても不思議である。
どうして、アークのヘンテコなハリボテで、気付かれないのだろうか?
そうこうしている間に、メリッサたちは王都の中央広場につく。
そこには、異様な光景が広がっていた。
「なんだ……この熱気。アーク、サンドリオンも! ここは」
「黙っていろ、メリッサ。見ろ……中央を。シュンの奴が、笑っている」
多くのネズミたちが見守る中、広場の中央に巨大なギロチンがある。エンジェロイド・デバイスやガンプラなどの、いらなくなって廃棄されたランナーで組み上げられたギロチンだ。刺々しいパーツの残骸は今、鈍く輝く刃だけが金属製だ。
その横では恍惚にも似た笑みでシュンが周囲を見渡している。
そして……
瞬間、熱にうかされたように周囲のネズミたちが叫びだした。
「殺セ! 殺セ! 殺セ! 殺セ!」
「処刑! 処刑! 処刑! 処刑!」
「カーバンクル様ノ敵ニ、死ヲ!」
大合唱で響く叫びの声を張り上げ、ネズミたちは地面を踏み鳴らす。
その熱狂を受けて、ぞくぞくとシュンは身を震わせて空を仰いだ。
一方で、フランは鎖で繋がれて尚も、穏やかな笑みを浮かべている。
そして、セレモニーが始まった。
シュンが哄笑と共にフランを振り返る。
「ははっ、
「まあ……あなたがシュンですわね? はじめまして、ごきげんよう」
「……話、聞いてたのかなあ? 馬鹿言ってると、殺す前に壊すよ?」
「ふふ、わたくしに抵抗の意思はありませんわ。さあ、ネズミさんの国に連れてってくださいな。カーバンクルにも一度、お会いせねばなりません」
「ふっざけるなあ!」
ガン! とシュンが断頭台を蹴飛ばした。
しかし、フランはいつものマイペースだ。
おっとりとしてのんびり屋のフランは、常に会話のペースが周囲よりぐんと遅いのだ。彼女の中で時間は、ゆっくりと
それを知らぬ故に、シュンは苛立ちに美貌を震わせていた。
メリッサは見ていられなくて、ハラハラしながら目を背ける。
しかし、そんなメリッサの耳に声が飛び込んできた。
それは、広場を満たすネズミたちの中から凛として響く。
「愚かなり、シュン! 実に愚か!」
「
聞き覚えのあるあの声だ。
フランの左右に控えて、常に寄り添っていた少女たちの声。
それが、このネズミたちの大観衆のどこからか響いてくる。
シュンは殺気立った目で周囲を見渡した。
そして、メリッサは見た。
処刑を行うギロチンの周囲で、突然警備のステーギアたちが次々と吹き飛ばされた。一律同じ顔で並ぶ、意思を持たぬ人形の兵士……彼女たちが悲鳴も許さず蹴散らされる。
そして、
頭からボロ布を被った少女二人組に見下され、シュンの顔に血管が浮かんで脈打つ。
そう、少女だ……二人の少女が、そろってボロ布を脱ぎ捨てる。
思わずメリッサは叫んでしまった。
「あれは……ツヴァイ! ドライも!」
そう、フランの従者にして守護神、二人の少女はツヴァイとドライだ。
彼女たちは、ギロチンの上からシュンを
「フラン様を守護する紅き
「フラン様をお世話する蒼き
「まんまと策にはまりましたね、シュン!」
「さくっと策にはまりましたね、シュン!」
そして、シュンは背中で連なる悲鳴を聴く。
彼女が振り返るとそこには……左右のステーギアを倒した、フランがニコニコと微笑んでいる。彼女の手の鎖は、既に砕かれていた。
メリッサは初めて見た。
フランは、怒っている。
あの優しくて愛らしい妹が、笑顔のままで
彼女の気迫で、白地に
「シュン、わたくしをここに連れてきてありがとう。そして、わたくしだけに目を囚われすぎましたね」
「そう! フラン様が敢えて捕まることで注意を引き!」
「我ら二人が
さらに、ツヴァイとドライは「はっ!」「たぁ!」と……足元のギロチンを木っ端微塵に粉砕する。そして、彼女たちはゆっくりとシュンを包囲した。
三人のエンジェロイド・デバイスに囲まれ、シュンは
だが、すぐに狂気の笑みを取り戻して肩を
「なるほど……手の込んだことをしてくれたね。それで? 収穫はあったかい? フランとその
「勿論! 我らはメリッサの無事を確認し、その所在を突き止めた」
「当然! 今、レイが迎えにいっている! 我らが長姉メリッサは、お前には負けない!」
そして、
「シュン、ここであなたを倒します。今、わたくしも秘められた力を解き放ちましょう……ピー子姉様が己の中から、
刹那、紅と蒼の光が空へと舞い上がる。
ツヴァイとドライの身体から、アーマーが全て弾けて宙を乱舞した。
そして、全てのパーツが流星となってフランに注ぐ。
幼く
それが、フランに隠された本当の力。
エール・フランベルジュの力。
シュンに勝るとも劣らぬ美貌の女神が、新たな鎧で立ちはだかった。
「さあ、シュン。まずは訂正なさい……ツヴァイとドライはわたくしの下僕などではありません。我ら姉妹は皆、リジャスト・グリッターズの皆様を
「フラン! お前はああああっ! 面白くしてくれるぅ! ハハッ!」
「ツヴァイ、ドライ……レイ姉様と合流してメリッサ姉様を救出なさい。わたくしは、ここでシュンを
そして、広場は戦場となる。
冷たい殺意を漲らせて、シュンの全身から戦慄の空気が広がった。
その荒ぶる気迫に、周囲のネズミたちは混乱して逃げ惑う。
だが、アークは「ほう」と腕組み楽しそうに笑みを浮かべていた。そんな彼女に身を寄せ、悲しそうにサンドリオンは目を伏せる。
そして、メリッサは……ハリボテを脱ぎ捨てるや叫んだ。
「フラン! 私はここにいるよっ! 気をつけて、シュンは強い! 危険な
ゆっくりとシュンへ歩むフランは、全く身構えていない。無防備に接近する中、彼女は肩越しにメリッサを振り向き微笑んだ。
そして、フランがシュンの前へと立つ。
まるで彼女自身が燃え盛る炎のようで、周囲の空気が
「ツヴァイ、ドライ! メリッサ姉様はあそこです。レイ姉様を呼んで離脱なさい」
「はっ! ……フラン様」
「心得ました、フラン様」
「……大丈夫です。このエール・フランベルジュの力を使うからには……わたくしは負けません。さあ、行ってください!」
氷河のごとく凍てつく邪神と、烈火の炎にも似た女神が激突する。
そしてメリッサは、逃げ惑うネズミの中から聴き慣れたジェット音を見上げた。
高い高い天井の空に今、レイの飛行モジュールが飛んでいた。
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