第25話「げんじゅうの、ぎょくざ」

 闇の中で、メリッサは意識を取り戻した。

 そして、薄く開けた瞳が見たものは、暗黒ダークネス

 薄暗がりの中を歩く、シュンの背中だけが見えた。そして、片目が開かない。左目が潰れていることに気付いて、メリッサは痛みを思い出した。焼けるような激痛が、左目を中心に全身へと広がってゆく。

 すでに全てのアーマーを砕かれたメリッサは、両側から腕を拘束され、引きずられていた。

 ちらりと視線を走らせると、左右に見たこともないエンジェロイド・デバイスがいる。二人共、同じ顔だ。全く同じ顔の、黒いエンジェロイド・デバイス……額に一角獣ユニコーンのような角が生えていた。

 前を歩くシュンが、振り向きもせず小さく呟く。


「おい、人形。メリッサが目覚めたみたいだ。ふふ、気をつけなよ?」


 その瞬間、メリッサは全身の余力を振り絞って抵抗を試みる。

 身体を捻って左右の敵へと、交互に蹴りを見舞って拘束を解いた。

 手応えは、ない。

 弱くはないが、強さも感じない。

 だが、着地と同時にシュンの名を叫ぼうとした、その時だった。

 無数の黒い影が殺到して、あっという間にメリッサを組み伏せた。二人や三人ではない、十を超える人数で力任せにメリッサは押し潰される。やはり、虚ろな目をした黒いエンジェロイド・デバイスたちだ。

 辛うじて見上げて睨むメリッサを、シュンの冷たい笑みが睥睨へいげいしていた。


「元気じゃないかあ、メリッサ。いくら君が頑張っても……数には勝てないよ、数にはねえ!」

「くっ、シュン!」

「アハハ! こいつらはステーギア、母様が作った人形さ。百体をくだらぬステーギアが、この宮殿を固めているんだ。母様を守るためにね」

「宮殿、ここは……?」


 その時、シュンはメリッサの髪を鷲掴わしづかみにして、歩き出す。。

 痛みに顔をしかめながらも、床をずるずるとメリッサは引きずられた。

 そして、見る……左右にずらりと並んだ、無数のステーギアを。妹とは呼べぬ、闇の眷属けんぞくによって鍛造された黒き乙女たち。その目に光はなく、ただ機械のように儀仗兵ぎじょうへいとして並んでいる。

 そして、メリッサは乱暴に投げ捨てられて床を転がった。

 震えながら身を起こすと、頭上から声が降ってくる。


「ふむ、うぬがエンジェロイド・デバイス……人形たちの長姉か」


 酷く冷たい、凍れるような声音だ。

 身を起こして見上げると、高い位置に玉座があった。そこに、見るも美しい貴婦人がメリッサを見詰めている。薄い唇に微笑をたたえた、妙齢の女性……しかし、その体はあちこちが毛皮に覆われている。背には長い尻尾がゆるゆると揺れていた。

 そしてなにより……額に巨大な宝石が輝いている。

 人の姿をしているが、人ならざる魔の気配にメリッサは呟いた。


「お前は……カーバンクル!」

「いかにも。わらわが幻獣カーバンクル……偉大なるあるじの意思を継ぎ、この方舟はこぶねを混沌へと誘う者。見知りおけ、人形」


 玉座にしどけなく腰掛けるカーバンクルは、屈んで膝の上で甘えるシュンの髪を撫でていた。左右にはやはり、ステーギアが酒と扇を持って並んでいる。

 ここは、敵の中心地だ。

 シュンが宮殿と言った通り、カーバンクルの玉座なのだ。

 自分たちが敗北し、この場所に連れてこられたことをメリッサは悟った。

 だが、すぐに妹たちのことが気になって叫ぶ。


「みんなは……私の妹たちは! なにかあったら、ただではおかない……私が!」


 その声が、奇妙な物音を呼んだ。

 背後で、なにかが床に転がる音だ。

 そして、振り返ったメリッサは……目に飛び込んだ光景に絶句する。

 そこには、アーマーと腕の戻ったアーク、そしてサンドリオンの姿がある。

 今にも泣き出しそうなサンドリオンをかばうように踏み出て、アークが口を開いた。


「メリッサ、お前の妹たちは皆……勇敢な戦士だった。オレは一人の戦士として、敬意を表する。アルタ……奴もまた、よき姉を得たようだな」

「あ、ああ……アーク、そ、それは……」

「……シュン、これで満足か? お前の言う通り、奴らを敗走へと追い込んだ。後はネズミたちの物量でなんとでもなる」


 アークの足元に、根こそぎ引っこ抜かれた手足が転がっていた。

 それは、右腕と右脚、左腕と左足。

 見覚えがある紫炎色フレアパープルのアーマーに、オレンジ色の包帯。

 慌ててメリッサは、アークの足元にって行き、それを拾い上げる。間違いなく、それはひょーちゃんの手足だった。基部のボールジョイントごと、力任せに引っこ抜かれたあとが見て取れた。

 瞬間、言葉を失いメリッサは声にならない悲鳴をあげた。

 その背に、法悦ほうえつ愉悦ゆえつとろけるようなカーバンクルの声が浴びせられる。


「ふむ、人形もよい声で鳴くものよなあ。どれ……うぬの妹たちの末路を見せてやろう。その目に刻むがいい……妾に逆らった者たちの死に様をな」


 玉座に座ったまま、カーバンクルが手を伸べる。

 怪しげな光が広がって、その中に映像が浮かび上がった。

 それは、今もメリッサを信じて戦う妹たちの姿だ。しかし、薄暗い通気口の中で、苦戦している。彼女たちを徐々に、無数のネズミたちが追い詰めていた。

 既にネズミの一部は機械式のクロスボウを手にしている。

 どんどん近代化され、文明の力をつけてゆくネズミたち。

 映像の中で揺れながら、妹たちが一人、また一人と倒れてゆく。


『くそーっ! ヴァルちゃん! たま持ってこいっ、弾ぁーっ!』

『サバにゃん、これで看板かんばんッス! 流石にもう、自分たちも限界ッスよ』

『ケイちゃんとアルカちゃんが、退路を確保してくれてる。急いで!』


 皆、血も流さずに倒れてゆく。

 それでも立ち上がって、戦い続ける。

 悲壮な撤退戦の中で、妹たちが傷付き、苦しんでいる。

 それを今、メリッサは見ていることしかできない。

 そして、カーバンクルとシュンの喜悦に満ちた笑いが木霊こだまする。

 映像は次第に鮮明になりながら、リアルタイムで今を映し続けた。


『ブレイ姉様、みんなも! 下がるぞ、これ以上は無理だ』

『ほら、アルジェント。このマント、持って……ね? ひょー姉様の形見なんだから』

『うみ姉様の作戦と戦略では、まだまだ私たちは負けてません! 今は負けて下がっても、このままじゃ……メリッサ姉様を助け出すまでは終われません!』

『ラムちゃん! 一人では無理だ!』


 ラムちゃんは、今も片手で戦っていた。

 きらめくビームサーベルが、粒子の刃で次々とネズミたちを薙ぎ払ってゆく。

 どうやら妹たちは、今まで確保し制圧してきた場所を奪い返されているようだ。このままでは、各部屋を繋ぐ通気口を制圧され、分断される。

 メリッサの焦りを知るかのように、ラムちゃんが限界を超えて剣舞に踊る。

 だが、あっという間に数の質量に押し潰されて、彼女は無数のネズミたちに突破された。落としたビームサーベルが光を失い、小さな音を立てて転がる。

 妹のピンチに、思わずメリッサは絶叫していた。

 その声に応えるかのように、光が通気口の迷宮を照らす。


『ラムちゃん、下がって……うみ姉様の言葉をみんなに伝えるわね』


 背の光輪に輝きを湛えて、ピー子が舞い降りる。その表情は、いつもの優しげな雰囲気がない。悲壮な決意を滲ませ、彼女はペイオネットライフルでネズミたちを追い払った。

 解放されたラムちゃんを抱き上げ立たせると、その顔を覗き込んで微笑む。


『ラムちゃん。みんなも。いい? マスターの元へ戻って、次の戦いに備えて』

『ピー子姉様! しかしそれでは』

『今、フランがメリッサ姉様を探しに出てます。あの子なら、必ずやり遂げる。だから……ここは任せて、逃げて。いい?』

『私は……嫌です! ピー子姉様を置いて逃げるくらいなら、死ぬまで戦います!』

『それは、駄目。いい子だから聞き分けて頂戴。捨てる命があるなら、その命を姉妹のために……この艦の人たちのために使って。ね、いい子だから』


 泣き出すラムちゃんを逃して、ピー子は一人でネズミたちの前に立つ。

 その背の光輪が、天使の輪のように頭上に輝いて……そして、広がった。

 それを見た瞬間、メリッサは絶叫をほとばしらせる。


「ピー子、それは駄目だっ! その力を使っちゃ、いけない!」


 ますます強い光を放つ光輪が、大きく広がる。

 そして……ピー子を包んで飲み込むように、輪の中心に迎えていった。

 まるでピー子の全てをスキャンするように、光の輪がゆっくりと降りてゆく。

 それが足元まで彼女を読み終えると、異変が始まった。

 静かに目を閉じ、小さく呟くピー子の声が消えてゆく。


『私は……一度だけ、悪夢を見ましょう。さよなら、メリッサ姉様。さよなら、うみ姉様。さよなら、妹たち。さよなら……マスター』


 瞬間、苛烈かれつな光がピー子を包む。

 そして、戦慄をもたらす冷たい声が響いた。


『マスター・ピース・プログラム、作動……殲滅モード、リリース。プログラム、ドライブ。……死ヲ。命ヲ賭シテ、アガナイナサイ。ココハ誰モ、通サナイ』


 ピー子だったなにかが、宙を舞う。

 ネズミたちが次々と、頭上を仰いで矢を放った。

 だが、それは全てピー子の残す残像をむなしく射抜いてゆく。

 あっという間にピー子は、群れなす敵の中へと消えていった。

 そして、そのまま映像が閉じてゆく。

 封じられし力を今、解き放って……ピー子は消えてしまった。彼女にその選択をさせたのは、メリッサだ。自分の不甲斐なさが許せなくて、立ち上がれぬままメリッサは床を拳で叩く。

 そんな彼女のすぐ横に、突然気配が現れた。


「へえ、オリジナルも気合入ってんじゃん。女神飾りは伊達じゃない、ってとこかな?」


 見上げると……そこにも、ピー子が立っていた。

 全くピー子と同じ顔立ち、そして姿……額に飾られた悪魔象だけが、全身を覆う黒いアーマーと共に違いを告げてくる。


「き、君は……ピー子? じゃない!」

「残念、あたしはウォー子。カーバンクル様に造られた、ステーギアたちと同じ人形さ。多分、ピー子より強いよ? やってみる? ふふ、早く戦争がしたいなあ」


 ウォー子だけではない。

 気付けば周囲に、二人のエンジェロイド・デバイスがいる。

 二人共、黒い。

 ウォー子の他に、二人。

 その片方にも見覚えがあった。


「ふふ、メリッサ様……そんなに傷付き震えて、怒りに燃えて。綺麗ですわ……壊してしまいたいくらい、綺麗。わたくし、身体が火照ほてってしまいますの」

「ジェネ? いや、違う。君は」

「わたくし、エルと申しますの。ジェネなんかと一緒にしないでくださいまし……わたくしの方が、もっと! もっともっと! もぉーっと! メリッサ様を愛してますの」

「あっ、愛!?」

「ええ。ちぎりを交わして愛し合いたいですわ……滅茶苦茶にしたくて、うずきますの」


 メリッサを挟むように、ウォー子とエルが迫ってくる。

 そんな二人を引き剥がす長身の少女も、やはり黒いアーマーに身を包んでいた。それは、見たこともないエンジェロイド・デバイスだった。

 彼女は「おろろ」「あらら」と呟く二人を、それぞれ片手で吊し上げた。


「カーバンクル様の御前だ。二人共、それくらいにしておけ」

「ちぇっ、フラグマは真面目だなあ」

「まあ……フラグマ様。アインド様とディエスト様は」

「二人は作戦行動中だ。だが、直に来るだろう」


 メリッサは敵陣深くに孤立したまま、妹たちの絶望を見せつけられ……そして、新たな敵たちを知った。その誰もが、妹たちにまさるとも劣らぬ強さを秘めている。それがはっきりと分かるほどに、強大な敵だった。

 それでも、希望を捨てずに信じるメリッサへと、カーバンクルの裁きが下る。

 処刑を宣告されて尚、メリッサは諦めに抗っていた。

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