第24話「いけにえのしょうじょたち」

 メリッサへと肩越しに振り返る、ラムちゃんがネズミたちの群れに飲み込まれてゆく。対峙するアークは、片腕になって尚も強力な闘気を発散していた。

 ジェネやシャルも今は、周囲と戦うので精一杯だ。

 多くの妹たちに背を押されて、メリッサは走り出す。

 その先では、シュンとシンの苛烈な戦いが遠ざかっていった。


「くっ、二人のスピードに追いつけない……それに、シン! それ以上は!」


 シュンとシンとの激闘は互角に見えた。

 だが、あざけるように表情を歪ませ笑うシュンは余裕そのものだ。無造作に狙いもせず繰り出す攻撃の一つ一つが、一撃必殺の痛打となってシンをかすめる。シンは集中力と精神力を研ぎ澄まして、緊張状態の限界の、その先の領域へと自分を放り込んでいた。

 いつ破綻はたんしてもおかしくない、危険な死の輪舞ロンド

 舞い踊る二人の間で、繰り出す刃と爪とが火花を歌った。


「はっ! ほらほら、シン! 少しスピードが落ちてきたよ! アハ!」

「うるせえっ! クソッ、負けねえ……負けられるかよっ!」

「いいねえ、最高にそそる顔だよ。ボク、興奮しちゃう」


 徐々に、均衡きんこうが崩れてゆく。

 限りなく加速するシュンのスピードは、いびつに繋がれた彼女の四肢に耳障りなノイズを響かせる。ただただ高性能なパーツを集めただけの、つぎはぎの身体。それが今、干渉するパーツのエッジ同士がこすれ嘆いているようだ。

 シンは徐々に押され下がる中で、フェンサーブレードにきざまれてゆく。

 急ぐメリッサは背後で、妹たちの声を聴いた。


「あっ、あれは! ねえ、あそこ! あの配管のとこ!」

「待って、アイリ! ……間違いない、お姉ちゃんだ!」

「くっ、アタイも、お姉ちゃんと一緒に……動け、動けっ! アタイの身体よ、動けってんだよぉぉぉっ!」

「あれは……ひょー姉さん!」


 その声が、銃声と砲声を連れてくる。

 突然の援護射撃で、シュンは咄嗟にシンから離れた。

 同時に、はじかれるように距離を取ったシンが崩れ落ちる。

 そして、シンに駆け寄り肩を抱くメリッサは見上げた……天井の配管に今、妹のひょーちゃんが立っていた。漏れ出る排熱の風にマントをはためかせ、両手にアサルトライフルを握っている。腰や脚にはグレネードやパンツァーファウストがぶら下がり、背中には数え切れぬバズーカやカノン砲が背負われていた。


「見つけた……シュン。わたし、お前……殺ス! いもーとの仇……絶対に殺ス!」

「ははっ、なんだい? やけに不格好じゃあないかあ。降りておいでよ、ひょーちゃん……そんなに死にたいなら遊んであげるよ?」


 排熱用の小さなダクトから、ひょーちゃんは飛び降りた。

 そして、着地と同時にぐらりとよろけて、そのまま前のめりに顔面から転んでしまう。どう見ても過積載ペイロードオーバー、あの小さな身体に持ちきれぬ武器を積んでいる。その証拠に、倒れたひょーちゃんは立ち上がろうとして手足をばたつかせるだけだった。

 歯ぎしりにうなりながら、殺気をみなぎらせるひょーちゃん。


「……えっと、いいの、かなあ? 立てないじゃないか! まるでカメだ。ねえ? ひょーちゃん……カメのまま死ぬ? 死んじゃう?」

「ちょっと、待って……今、行く……絶対、殺ス!」


 咄嗟とっさに飛び出そうとするシンを、メリッサは慌てて止める。それより速く、愉悦ゆえつの笑みを叫びながらシュンが走り出した。金切り声を叫ぶレッグスライダーのホイールが、火花を散らしてひょーちゃんに迫る。

 ジタバタ藻掻もがきつつ、ひょーちゃんは満載された武器を向けようとした。

 だが、次の瞬間……狙いもつけずに放たれた銃弾を、シュンが連続ターンで避ける。

 言葉にならない声を叫んで、ひょーちゃんが倒れたままライフルを撃つ。

 しかし、当たらない……火線はむなしく、シュンの残像を虚空こくうに縫い止めるだけだった。


「無様だなあ、ひょーちゃん! そのまま惨めに、死んでよおおおっ!」


 フェンサーブレードの一閃で、ひょーちゃんの身体が宙を舞う。

 彼女の全身から、バラバラと無数の重火器が散らばった。

 だが、ひょーちゃんは斬撃を浴びて浮いた反動で立つや……ありったけの火力をシュンに向けて銃爪トリガーを引く。マズルフラッシュと硝煙の中へと、絶叫するひょーちゃんが消えていった。

 そして、メリッサの手を弱々しく握ってくるシン。


「姉貴……メリッサの、姉貴……ひょーちゃんを」

「シン! ……くっ、シュン! これ以上……これ以上っ、私の妹はやらせない!」


 ありったけの銃弾が飛び交う中で、シュンは笑っていた。その身体はまるで生きた死体のように、あり得ない方向へと曲がってしなりながら、全ての攻撃を避けてゆく。

 その無軌道な回避に、ひょーちゃんは自分の重さで全くついていけない。

 そして、シュンは残虐さの浮かぶとろけた笑顔で、フェンサーブレードを構える。


「じゃあ、こんどはボクの番……ばいばい、ひょーちゃん」


 疾風かぜが走った。

 メリッサにも見えぬ動きが、光の線を引いてゆく。

 その都度、ひょーちゃんは見えない糸で踊る操り人形マリオネットのように弾けて、折れ曲がり、叩きつけられる。何度も何度もバウンドしながら、鮮血の代わりに無数の武器をばらまきながら激痛に踊る。

 容赦なくシュンは、ひょーちゃんをなで斬りにしていった。

 細切こまぎれになったマントの切れ端が舞う中で、倒れることも許されずにゆらゆらとひょーちゃんが揺れる。その周囲で、シュンは無数の残像を引き連れなぶり続けた。

 だが、メリッサの中になにかがひらめく。

 一方的な戦いに秘められた、わずかな可能性が輝いて見える。


「くそっ、オレが……待ってろ、ひょーちゃんっ! 姉貴の癖に弱すぎんだよ……オレが、オレたちが助けなきゃ!」

「待って、シン! あれは――」


 次々とひょーちゃんから、マウントされた武器がこぼれてゆく。カムカちゃんから借りた滑空砲かっくうほうも、サバにゃんがくれたバズーカ砲も。みんなの余った武器が、つぎつぎと宙を乱舞する。

 そして、とうとうひょーちゃんはその場に崩れ落ちた。

 トドメの一撃を振りかぶって、シュンが哄笑こうしょうに身を揺する。

 圧倒的な力による、鏖殺おうさつの瞬間。

 決着かに、見えた。


「さぁて、おーわりっ! お前、つまんないパーツばっかで全然欲しくならない……ゴミはゴミらしく――っ!? な、なにっ!? こ、これは……なんだこれは!?」


 最大の一撃を放つべく、加速距離を取るためにバックステップしたシュンが……硬直した。彼女は下がった先で、背をなにかにはばまれる。

 それは、


「こ、これは!? まさか……ひょーちゃんっ、わざと!?」


 初めてシュンが、焦りに表情を強張らせる。

 無数の重火器がそこかしこで、まるで墓標ぼひょうのように突き立っている。それはちょうど円状に広がって、その中央にシュンをひょーちゃんごと閉じ込めていた。

 次第に硝煙が晴れてゆく中で、シュンは火砲のおりに囲まれていたのだ。

 慌てて空に逃げようと跳躍したシュンの、細い脚をなにかが掴む。

 同時に、奈落アビスの暗黒より響くような声で、静かに言葉が空気を震わせた。


「……つかまえ、た……これ、考えたの……うみちゃん。脚、殺す……うみちゃん、頭いい。だから……わたし、は、お前を……完全、に……掴まえた」

「くっ! 離せひょーちゃんっ!」

「殺ス……トゥルーデの仇、シンをいじめた仕返し……いもーとを泣かせた、お返し……わたしは、お前をっ、殺スッ!」


 追いすがるようにシュンの脚を掴んで、そのままひょーちゃんは地面へと叩きつけた。同時に、周囲の武器の一本を手に取り……全力でその銃口をシュンへと突き立てる。

 メリッサは以前、うみちゃんから聞いたことがある。

 それぞれの妹たちに特殊な力があるように……ひょーちゃんもまた、尋常ならざる能力を秘めていると。それは、ひょーちゃんが命を削って瀕死になることで解き放たれる。

 今、シュンの身体にメリメリと巨大な銃身が突き刺さった。


「がああっ! あ、ああ……ボクの、ボクのっ! 身体に!」

「……まず、一つ……ふふ、ふ、ふはははっ!」

「ひょーちゃんっ、できそこないが、このボクに!」


 シュンの反撃の剣閃が空を切る。

 その瞬間には死角に回ったひょーちゃんが、再び拾った大砲を突き刺した。その動きは加速してゆき、あっという間に攻守が逆転した。

 次々とシュンの身体が、無理矢理の力押しで穿うがたれてゆく。

 不気味な笑みを浮かべて、ひょーちゃんは容赦なく武器を拾っては叩きつけ、押し貫いてゆく。あっという間にシュンは、全身から無数の重火器を生やしたまま動けなくなった。

 そして、シンがそっとメリッサを押し出す。


「メリッサの姉貴! 今だ……! みんなもっ! 今こそ、シュンにトドメを!」


 瞬間、メリッサは全身の力を爆発させた。

 それは、倒れた妹たちが最後の力を振り絞るのと同時だった。

 ジェネがシャルを送り出しつつ、強力な障壁でネズミたちを食い止める。

 初めて驚愕の表情を見せるアークを、ラムちゃんが必死でその場に足止めした。

 グランが、アルタが、メディ子が、アイリとリースが……そして、メリッサが。

 皆が皆、最後の力でシュンを取り巻く。

 倒れて動かなくなったひょーちゃんの代わりに……無数に生える火器の銃把グリップを全員で握る。今いる全員の姉妹で、シュンを包囲する。

 全身を刺し貫かれた痛みで、震えながらシュンが目を見開いた。


「馬鹿な……嘘だ。嘘だっ! 嘘だ、こんなことが!」

「嘘なものか、シュン……君の負けだ。みんなっ!」


 メリッサの声と同時に、全員が一斉に銃爪を押し込んだ。

 ひび割れ穴だらけになったシュンは、自分に突き刺さる全銃口が火を吹いた瞬間……のけぞり痙攣に身を震わせる。メリッサと妹たちの手で、容赦なく全ての重火器が吼え荒ぶ。

 そのまま離れると、ふらふらとシュンはその場に倒れた。


「やった、か……?」

「それより、メリッサねーちゃん! ひょーちゃんが先だぞ!」

「ほら、アイリ! そっち持って!」

「おーらいっ! うわ、ひょーちゃん……だ、大丈夫かな」


 妹たちがすぐに、倒れて動かなくなったひょーちゃんへと駆け寄る。続こうとしたメリッサは、背後で強力な殺気が立ち上がるのを感じて振り向いた。

 そこには……穴だらけになったシュンが立っていた。

 その目が、異様な光を湛えて見開かれてる。


「このっ、ゴミクズがぁ! 母様の、カーバンクル様のこぼれ出る魔力の、そのおこぼれで力を得たガラクタ風情が……! !」


 絶叫と同時にシュンが消えた。

 瞬間、メリッサは衝撃で宙へと巻き上げられる。待ったく見えない攻撃が、メリッサの力を奪いながら全身を砕いてゆく。まるで巨大な竜巻の中にいるようで、あっという間に装甲が粉々になった。素体だけのインナー姿になったメリッサは、必死で目を凝らしてシュンを追う。

 その時、背後に密着する声が耳元でささやいた。


「あは、本気……出しちゃった。見えたかい? ボクが。見えないよねえ……見えないなら、その目! いらないよねえ!」


 フェンサーブレードの刃が走って、それがメリッサの見た最後の光景になった。あられもない悲鳴をあげて、片目を抑えたままメリッサは地面に叩きつけられる。焼けるような痛みは、流れる血も涙も伴わない。ただただ叫んで、メリッサはそれでも応戦しようとした。

 どうにかもう片方の目で、ぶれて歪む中にシュンの滲んだ姿を見る。

 シュンは狂気をはらんだ瞳で、粒子砲の代わりにトゥルーデから奪った陽電子砲を構えた。


「ひょーちゃんはもう助けてくれないよ……消えちゃってよ、メリッサ。ボク、すっごい腹が立ってるんだ。だからさあ!」


 光がメリッサを包んで、苛烈な熱の奔流ほんりゅうが全てを溶かしてゆく。

 その中でメリッサは……目の前に妹の背中を見た。咄嗟に割り込んできた影が、両手を前へと突き出す。彼女の手と手がかたどる竜の顎門アギトから、レーザーブレスの光芒が迸った。

 対消滅ついしょうめつする光と光の中で、メリッサは見た。

 押し負けて消えゆく、シンの姿を。

 肩越しに振り返った彼女が、笑う。


「メリッサおねーちゃん、オレ……ダイスキだぞ! メリッサ、おねーちゃ――」


 次の瞬間、荒れ狂う光の濁流だくりゅうぜた。

 その中へとシンが溶け消える中……メリッサの世界は暗転し、冷たい闇の中へと落ちていった。

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