第22話「はこぶねの、しんぞう」

 宇宙戦艦コスモフリートの、巨大な動力炉が唸りをあげる。その振動と熱量までもが伝わる中を、メリッサはシャルと共に走っていた。

 奥へと続く通気口の先が、徐々に明るくなってゆく。

 そして、先程から目を覚ましたジェネが、シャルの背中でぽつりぽつりと事情を教えてくれる。マスターたちが使う士官室の配置の都合と、ICアイシーチップに自我が生じたタイミング故……シャルたち五人は、メリッサたちとの合流より、機関室の防衛を選んだ。

 そして、トゥルーデという犠牲者を出しながらも、ネズミたちから今も守っている。

 喋り出したらジェネは止まらず、その言葉はおかしげな方向に進んでいった。


「ああ、でも夢のようです……メリッサ姉様がきてくれるなんて。シャル姉様、ちゃんと合流できたんですね」

「大丈夫だぞ! あたしもやればできるんだぞ!」

「それに、メリッサ姉様……想像してた通り、凛々りりしくていらっしゃるわ……素敵です。ずっと恋い焦がれた、夢にまで見ていたメリッサ姉様。どうしましょう、わたくしったらずっと胸が高鳴りっぱなし。だって、メリッサ姉様はずっとわたくしの……」


 なんか、すごーいれた瞳で、湿しめった視線をジェネが注いでくる。

 ちょっと、姉妹の親愛と敬愛を通り越した、度を越したような熱を感じる。

 苦笑しつつメリッサは、つらつらと『わたくしの最高のメリッサ姉様』を語るジェネの声を聴いていた。少し元気になったようで、妄想の世界で頬を染める余裕があるようだ。

 そして、不意に通気口のダクトが下へと折れ曲がる。

 その先へ飛び込んだメリッサたち三人は、広い広い空間に躍り出た。


「ここは……!」

「ついたぞ、ここが機関室……よかった、まだ無事だぞ!」


 当直の人間たちが、下を忙しく行き来して働いている。

 メリッサたちが降り立ったのは、並ぶ機材の上だ。巨大な装置が等間隔で並び、巨大な宇宙戦艦の全電源を送り出している。それらは全て、奥の巨大なリアクターから絞り出されていた。

 本来、宇宙戦艦であるコスモフリートに大気圏内の航行能力はない。

 ドバイでの短い時間で改修されたため、機関室のパイピングや、増設された機器は雑然としていた。床にも大小様々なケーブルやコードが走り、特務機関ウロボロスから提供された反重力システムをフル稼働させていた。

 宇宙戦艦コスモフリートは、急造仕様のままでずっと戦ってきたのだ。

 メリッサはそっと、下の機関部の作業員たちを覗き込む。

 朝も昼もなく、この場所ではクルーたちが日々奮闘していた。


「凄い熱気……ここが艦の心臓部」

「そうですわ、メリッサ姉様。わたくしたちが死守すべき、大事な場所。人間たちのためにも、姉様や妹たちのためにも……絶対にカーバンクルに渡してはならぬ場所」

「そうだね。でも、そのことでジェネやシャルたちに苦労をかけてしまった」

「いいんですの……こうしてメリッサ姉様が来てくれましたもの。これからは、ずっと一緒です……わたくしもまた、姉妹のために戦いますわ。そして、メリッサ姉様といつか……ぽっ」


 うるんだ瞳で見上げてくるジェネが、妙に近くてメリッサも苦笑い。

 だが、そんな三人の背後で突然声が響いた。

 初めて聴くのに懐かしい、それは妹の声。


「よぉ、シャル。ジェネも。苦労かけたな……こっちは大丈夫だ。今、ラムがマスターの部屋に帰っていったとこだ」


 振り向くとそこには、一人のエンジェロイド・デバイスが立っている。

 黒い装甲はしなやかな強靭さをたたえつつも、細く引き絞られて優美な曲線を描いている。黒く伸びた尻尾が、彼女の背後でゆるゆると揺れていた。そして、大きなパーカーを着て両手をポケットに突っ込んでいる。目深めぶかにかぶったフードは、まるで怪獣のような双眸そうぼうがあしらわれていた。


「君は……シン、だね。神牙シンガのシン」

「おうよ! へへ、メリッサの姉貴、わざわざすまねえな……ちょっと手こずっててよ。流石さすがに五人じゃもう、守りきれねえ。……四人に、なっちまったしな」

「シン、トゥルーデは」

「オレの責任だ。あの日、部屋に帰してなければ」


 強気な声に、僅かに苦悩と慙愧ざんきの念がにじむ。

 そんなシンとメリッサとを交互に見やって、シャルが「おお!」と手を拳で叩いた。


「そだ、シンねーちゃん! メリッサねーちゃんと沢山話すといいぞ! あたしはジェネを休ませてくるぞ! ジェネの壁がなくなって、ネズミたちも入ってくるかもしれないんだな」

「わたくしは平気ですわ、シャル姉様」

「駄目なんだな、ちゃんと休むんだぞ!」

「……わかりましたわ。では、メリッサ姉様、失礼しますの。……ベッドで、お待ちしてますわ。嗚呼、わたくしってばはしたない! で、でも、待ち焦がれてましたの……だって、だってメリッサ姉様はわたくしの」

「いいから行くんだぞ! ほら!」


 しなしなと身をくねらせるジェネを、シャルはメリッサから引っぺがすや行ってしまった。それを肩越しに振り返って見送りつつ……やはり苦笑にポリポリと頬を指でかくメリッサ。

 シンはそんなメリッサの隣に来ると、フードの奥からおずおずと上目遣うわめづかいに見詰めてくる。周囲では光る計器やモニタが室内を照らして、まるで夜景のような煌めきがそこかしこに広がっていた。

 それを見下ろすコンデンサ群の上で、メリッサはシンに振り返る。


「来るのが遅くなってごめん、シン」

「お、おう。いいんだよ、そりゃ……そ、そうだ! 一応、状況を説明しとくぜ。シュンの野郎、ってか野郎じゃねえけど……あいつ、ねちねちしつこいんだよ。それで――メリッサの姉貴?」

「うん。大変だったね……シン」


 そっとメリッサが、フードの中の頭を撫でる。

 ビビビと震えて固まったシンが、おとなしくなってしまった。


「本当は、みんなで来たかったんだけどね、シン。そのみんなが、私をこの場所へ送り出してくれた。フランも、レイも、勿論アルカちゃんやケイちゃんも」

「うん……あ、あのよ、姉貴」

「ん?」


 突然、シンは周囲をキョロキョロしだして、人がいないことを確認する。ジェネを連れてシャルは行ってしまったし、ラムは部屋に戻っているらしい。

 それで今、高層ビルを思わせる機械群の上に、二人きりだ。

 それを改めて確認すると……おずおずとシンはパーカーのフードを脱ぐ。

 すると、自然とシンの姿が縮み始めた。


「あ、あれ? シン……ちっちゃく、なって……ええーっ!?」

「うわーん! メリッサおねえちゃん! 怖かった! すっごい怖かったよぉ!」


 見下ろすほどに小さくなってしまったシンが、幼子のようにメリッサに抱きついてきた。飛びつく彼女を胸に抱いて、驚きつつもメリッサが背を優しく撫でてやる。

 小さな小さなシンは、メリッサの胸に顔を埋めて泣きじゃくった。


「マスターが、美央が意外とぶきっちょだから……オレは三箱目で、一箱目と二箱目は作るのに失敗して、香奈が引き取ってったんだ。それでオレ、来るの遅くて、だからラムとか大変で」

「うんうん」

「でも、ここじゃオレとトゥルーデおねえちゃんが、しっかりしなきゃって」

「うん」

「でも、すっげえ怖かった……ネズミはわらわら出るし、シュンは粘着質だし、アークはおっかないし……でも、でもオレ」

「頑張ったね、シン。もう大丈夫だよ、私がここにいるから」

「うんっ! うん……オレは駄目なおねーちゃんだ。おねーちゃんをやってみたら、メリッサおねーちゃんに全然かなわない。メリッサおねーちゃんはみんなのおねーちゃんなのに、オレは……妹を、死なせてしまって」

「そんなことないよ、シン」


 先程の強キャラオーラもどこへやら、小さなシンは泣き続ける。その矮躯わいくを抱き締めながら、メリッサは赤子をあやすように優しく語りかけた。


「トゥルーデが見てたら、きっと笑うよ? そんなことない、って。今はいないあの子のためにも……なにより、生きてる姉妹たちとこのふねのためにも。シンは立派なおねーちゃん、私の誇れる妹だよ?」

「メリッサおねーちゃん、オレ……オレ」

「さ、涙を拭いて。……もう誰も泣かせない。私が、かわいい妹たちを泣かせるもんか」


 ぐしぐしと鼻を鳴らしていたシンが、ようやく泣き止む。

 その額に額をつけて、メリッサは静かに頷いた。

 人類の希望、二つの地球を守るリジャスト・グリッターズと、その旗艦フラッグシップたるコスモフリート……それを共に守る妹たちもまた、メリッサが守るべきかけがえのないものだった。

 それを再確認していると、不意に乾いた音が響く。

 空虚くうきょな拍手と共に、耳障りな哄笑《こうしょう。


「ははっ、笑えるね……感動の再会は堪能したかい? メリッサ。滑稽こっけいだ、最高の見世物だよ! あは、おかしいや!」


 振り向くと、いつのまにか……腹を抱えて天を仰ぐ少女が立っていた。いびつに装備された装甲が、身を揺すって笑う彼女と共にカタカタ鳴る。


「……シュン!」

「ジェネの奴はくたばったのかな? バリアが消えてたからね……アークは雑魚相手に手こずってるみたいだけど、もうすぐ来るだろうさ。来ないなら、そうだなあ。ボク、言うことをきかないオモチャって嫌いなんだ」


 背をらして笑ったまま、シュンの瞳だけがメリッサとシンを射抜く。

 奈落アビスの深淵のような目が、にごよどんだ中で狂気をはらんでいた。


「アークは強いけど、使い勝手がね……あんまり誇りだとか挟持きょうじだとか、眠いこと言ってると……サンドリオン、解体ばらしちゃおうかなあ? いいパーツ持ってそうだしさあ、アハハハハ!」

「……メリッサおねーちゃん、降ろして。オレを……降ろしてくれ、姉貴」


 無防備にゲラゲラ笑いながら、シュンが近付いてくる。

 メリッサから飛び降りたシンは、再びパーカーのフードをかぶるや……すらりと普段の姿に戻って尻尾をしならせた。その表情を奪う怪獣のノーズアートは、怒りにすさ怒龍ヒューベリオンのよう。

 二人は互いに密着の距離、鼻と鼻が触れ合う近さへ歩み寄る。

 にらう二人の間で凝縮されてゆく空気の圧迫感に、そのプレッシャーにメリッサは動きを忘れた。危険な一瞬の、その刹那せつなを圧縮してゆくかのように、二人は睨み合う。


「よぉ、シュン……手前ぇ、今日こそケリつけてやるよ。そのツギハギだらけのダセェ身体、バラバラに引き裂いてやる」

「アハッ、いい殺気だねえ? でも……弱い犬ほどよく吠えるってしさ」

「言ってろ、クソが。粉々にしてやんぜ……あの世でトゥルーデの姉貴にびてこい」

「できるかなあ? シン……最高のパーツだけを集めて生まれたボクに、たかが市販品のパチ組が……勝てると思ってるんだ、! ……フフ、生きたままきざんであげるよ」


 周囲には既に、人間の作業員たちが驚きの声をあげている。この機関室にとうとう、大挙してネズミたちが集まり出した。

 ジェネが自らを削っていた命の障壁が消え、ついに敵が本格的に侵入してきた。

 すぐにフェンサーブレードを抜刀しつつ、もう片方の手でアサルトライフルを構えるメリッサ。圧倒的な物量で迫るネズミたちは、剣や槍、弓矢を手にしている。身体にもちゃんとした鎧を着込んで、さらに文明度が以前より高まっていた。

 そんな中で、一人シュンに相克そうこくするシンが心配だ。

 だが、ネズミたちが邪魔をして助けにいけそうもない。

 絶望的な中で、しかし……シンが鼻を鳴らして笑う。


「シュン、手前ぇはオレに勝てねえ。オレとメリッサの姉貴たち、オレの姉妹たちは絶対に負けねえ!」

「……ムカつくなあ、気が変わったよ。ひたすらなぶって、死ぬ寸前まではすかしめてあげるね。ボク、興奮するなあ……少しずつ全身を砕きながら、ネズミたちに死ぬまで陵辱りょうじょくさせてあげるよ。……このボクが、お前たちみたいなのに負ける訳ないだろう?」

「いくらパーツを盗んで奪っても、選りすぐりの部品を集めても……手前ぇはオレに、勝てない」

「なにっ! まだ言う……ボクはさあ! 完璧なんだよ!」

「ハッ、笑わせるぜ……シュン! 手前ぇには、いっちゃん大事なパーツが……欠けてんだ、よぉっ!」


 シュンの抜刀が光と走る。

 その斬撃をかいくぐるシンが、密着の距離で離れず、さらに前へと自分を押し出した。

 同時に、雪崩のようにネズミたちが包囲の輪を縮め、全てを飲み込むように殺到する。

 シュンとシンは、そのネズミたちを蹴散らしながら互いを削り始めた。

 援護のしようもないほどに、苛烈かれつを極める攻防が遠ざかってゆく。

 メリッサは周囲のネズミを相手しながら、必死でシンの背中を追って走った。

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