第20話「しろくまぶしく、くろくまばゆく」

 あの惨劇から数日、メリッサは新たな区画を目指して通気口を疾駆しっくしていた。

 先頭を走るのは、道案内を買って出たシャルだ。


「こっちだぞ! この奥、機関部区画にみんないるんだぞ!」


 今、シャルを送り出してくれた妹たちへとメリッサは急ぐ。一緒なのは、グランとメディ子、そしてアイリとリースの双子。少し遅れてるが、ひょーちゃんもついてきている筈だ。

 皆、言葉は少ない。

 あの日、自分の弱さとはサヨナラした。

 悲しみを胸に沈めて、それでも戦うと誓った。

 そんなメリッサたちエンジェロイド・デバイスを打ちのめしたのは、シュンたちの存在でも、ネズミたちの跳梁ちょうりょうでもない。幻獣カーバンクルの脅威よりも、身を切られるように痛かったのは、心だ。

 あの女の子の声が、耳に残っている。

 皇都スメラギミヤコの部屋に、母親と共に謝りに来た少女の涙が、メリッサたちには一番こたえた。

 今でもその声は、頭の中にリフレインする。


『あっ、あのね……都おねーちゃん、ごめんなさい……わたしのエンジェロイド・デバイス……わたしのトゥルーデちゃん、どっかに行っちゃったの』

『ごめんなさいね、皇さん。この子、私が艦内のボランティアをしてる間は、一人になっちゃって。あまり、食堂の子たちとも遊ばないみたいで。でも、あのプラモデルは皇さんが一緒に作ってくれてたから、凄く一生懸命で』

『ごめんなざい……う、ううっ! わたし、なくしちゃったの……上手く作って、えぐっ! あげられ、ないから……作るの、遅いから、ううっ!』


 少女の頭を撫でる都を、メリッサたちは物言わぬ彫像と化したまま、見ていた。人の前では動けない、それがかえって辛かった。ただ棚に並ぶプラモデルとして、見ているしかできないのだ。

 それでも、都は少女を優しく慰めながら微笑む。

 その言葉が今は救いで、実際に救われてて、だからメリッサは今も走っている。

 都は積みプラの山を崩して、少女に好きなものを選んでと笑った。


『私もねー、最近忙しくて。だから、貰ってくれると嬉しいな。どれがいいかな……そうそう、トゥルーデはね……きっと、旅に出たんだよ? そゆこと、あるんだー』

『……旅? プラモデルなのに?』

『そうそう、旅にね。ふらっと出て、いなくなることある。プラモデルだってね、そういうことがあるんだよ? 稀によくある、小さい部品なんかすぐに出ていっちゃうし。ポリキャップさんも、クリアパーツ君も、みんなね』

『……なくしたとかじゃ、なくて?』

「ニハハ、そうとも言うかなあ? でも、大丈夫だよ。トゥルーデが戻ってきた時、妹が君の家にいたら、きっと喜ぶよ? ね、また一緒に作ろ?」


 メリッサのマスター、皇都は嘘が下手だ。

 子供にでもわかるような嘘を、一生懸命に演じてしまう。

 そんなマスターが好きだから……さらなる悲劇の連鎖を断ち切るために、疾走はしる。

 初めて進んだ未踏破の区画では、すぐにネズミたちの迎撃が始まった。既にもう、ここはカーバンクルたちの支配に沈んでいるのだ。

 だが、阿吽の呼吸で妹たちがメリッサをフォローする。

 真っ先に飛び出したのはグランで、その背をアイリとリースが追う。


「アイリちゃん、リースちゃんっ! 今日はレイ姉さんがいないけど……私を信じて、ついてきて! 私のぶ先、姉さんたちの道を切り開くっ!」

「がってーん! がってんがってん、大がってん! つまり……突撃だぁーっ!」

「アイリ、バカ……フォローする身にもなってよ、もう。という訳で、メリッサお姉ちゃん、先に進んで。ここは、引き受けるから」


 あっという間に空戦三姉妹が、光の尾を引き敵陣へ消える。

 だが、後を追って突っ切ろうとしたメリッサは驚愕の光景を目にした。

 以前にも増して、ネズミたちの装備は充実している。久々に接敵エンカウントしたネズミたちは、皆が皆ちゃんとした鎧を着ていた。

 その手に握る武器も、格段に進化している。

 廃材とゴミのビニールやプラスチックで作った、それは弓だ。

 番える矢に光るやじりも、ちゃんと研磨されていて鋭い。

 やはり、もの凄いスピードでネズミたちの文明は進化していた。


「くっ、とうとう武器らしい武器を。自分たちで作り始めた! ……でもっ!」


 既にもう、メリッサに迷いは、ない。

 無数に飛び交う矢の中を、舞い踊るようにターンの連続で切り抜ける。

 それでも避けきれぬ殺意には、光が走って盾となった。

 メディ子が腰のスカートを分離させ、自在に操りメリッサを守る。赤いシルエットの少女は、十字に輝く瞳で敵を見据えて小さく叫んだ。


「メリッサお姉ちゃん、行って! ……たけ紅蓮牛アルデバランの一撃で、お姉ちゃんの道をこじ開ける!」


 重なり連なっては盾となり、散って瞬いては刃となる。周囲を縦横無尽に舞っていたメディ子の下僕スレイブレイドたちが、不思議なフォーメーションをかたどる。

 互いに回転しながらの円運動で、その軌道が丸い輪を描く。

 それはまるで、異なる世界へと開いたゲートだ。

 メディ子はフルブーストで加速するや、その中央を突き抜け……攻防一体の下僕が持つ力を得て、さらに増速する。

 赤い光に包まれ流星となったメディ子は、群がるネズミたちを次々と吹き飛ばした。

 その後を進むメリッサは、改めて妹たちの力に感謝した。

 負けられないのは、自分だけじゃない。

 自分だけのために戦ってる訳じゃない。


「メディ子っ、無理しないで! ここまでで大丈夫、空戦組をフォローしたげて」

「でもっ、メリッサお姉ちゃん! ……べっ、別に……こんなの、頑張ってるうちに入らないし。でも、メリッサお姉ちゃんが言うなら……ッ!? 危ない、お姉ちゃんっ!」


 突然、急激な減速でメディ子が急反転。

 それは、突然空間が歪んで、ゆらめく虹のような次元転移ディストーション・リープの光が満ちるのと同時だった。

 そして、突然頭上に現れた渦の中から……腕組みで一人のエンジェロイド・デバイスが現れた。否、正規品の姉妹ではない。極めて特殊な趣向のために、過剰なまでのクオリティで造られた、鬼神。戦いのために戦う修羅だ。

 アークは、敗走し始めたネズミたちを、まるで守るように立ち塞がる。


「よぉ、メリッサ……いいツラになったじゃないかあ。……じゃあ、ヤろうか?」

「アークッ! どうしてシュンに、カーバンクルに手を貸す!」

「……オレは、強い奴と戦えれば、それでいい」

「嘘だっ!」

「嘘なものか。なら、こう言えば納得するのか? メリッサ。オレは、オレの女のために戦う……それなら、どうする!」


 全速力で突っ切ろうとするメリッサの前に、着地したアークが動かない。構えることすらしない、しかし圧倒的な威圧感……まるで壁のようにそそり立つ山脈だ。メリッサには、自分と同サイズのアークが巨大な障害に見えた。

 真っ先にメディ子が、メリッサに速度をキープするように言って追い抜いてゆく。

 赤い流星は真っ直ぐ、アークへと全力でぶつかっていった。

 だが、億劫そうにアークは片手を伸べると、安々とメディ子の全力全開を弾いた。


「っ! あたしの全開突破を、片手で!?」

「……いい気迫だ。お前もまた、オレが認めるに値する戦士。なら、ヤろうぜ……来いっ! 真っ向勝負!」

「望むところよ! ……お姉ちゃんと妹たちのために、あたしは負けないッ!」

「一人じゃ戦う闘志も燃やせないのか? 闘争本能こそが力!」

「一人じゃないから戦える、誰かのために戦える者こそっ!」


 激しい激突の二人へ向けて、メリッサは馳せる。

 その横を通り過ぎることもできるし、ターンしてアークの背後を襲うことだって選択肢の一つだ。だが、先程からメリッサたちを先導するシャルは、迷わず走っている。

 あの小さな背中についていくことが、今のメリッサにとって一番大事だ。

 だが、アークの強さは、そんなメリッサの判断を許さない。


「お前の妹、いいぜ……あの女の次に、気に入った! ……ほら、返す、ぜっ!」


 激しくぶつかり合っていた二人が、勝者と敗者へ振り分けられる。無軌道に飛び交いながら連撃を浴びせるメディ子を、なんなくアークは片手で掴まえた。造作もなく首を鷲掴みにして、それをメリッサに投げつけてくる。

 それが当然の選択であると察して、咄嗟にメリッサは急停止。

 薄暗い通気口に火花が散り、レッグスライダーが悲鳴を歌って白炎を巻き上げる。

 メリッサはメディ子を受け止め抱きしめると、そのままアークの前に止まった。

 満足そうにアークが、構えもせずにゆっくり近付いてくる。


「よお、メリッサ……お前はなんのために戦っている? 妹のためか? このふねのためか? それとも」

「その、全部っ! 全てだよ!」

「……欲張りだな、ハッ! 下を見ろ……お前の守りたいものの一つ、人間たちの暮らしがある。オレには、あんなふうに笑うことはできない。でも、戦いの中にオレの喜びがある!」


 ちょうどアークが立つ場所は、ダクトのメンテハッチがある。格子状の網目になったその下には、うっすらと漏れる光が人の営みを照らしていた。床一枚隔てた場所では、二つの地球を守るべく、誰もが戦っている。そして、この宇宙戦艦コスモフリートに閉じ込められた民間人たちも、危険な中で自分のできることにベストを尽くしていた。

 そんな人間を、アークは心のどこかでうらやんでいるのかもしれない。

 何故なら、常に相手を認めて敬意を払う、アークの姿はまるで求道者だから。

 だが、ゆっくりとシャルにメディ子を託して、メリッサは向き直る。


「アーク、君が力で語るなら、私も力で応える。それで君が満足するなら、何度でも。だから、シュンに、カーバンクルに従っちゃ駄目だよ!」


 だが、返事はない。

 そして、アークの代わりに叫ぶ声が高らかに響いた。

 咆哮にも似た、絶叫。


「メリッサ! そいつは言って聞くような奴じゃないッ……アタイにはわかる。自分のことのように、わかるッ! そしてェ、わかりィ、あうッ!」


 突如、アークが背後へ飛び退いた。

 それは、足元のメンテハッチに光の筋が入るのと同時。

 不意に、無数の鋭利な断面を踊らせながら、メンテハッチが吹き飛んだ。

 そして……湧き上がる光の中心から、腕組み浮かび上がる白亜の乙女。

 その名を叫べば、メリッサを肩越しに振り返る少女が不敵に笑った。


「君は……もしかして、アルタ!? ゴーアルターのアルタ、なの?」

「……なあ、メリッサ。アタイもアークと一緒、純正品じゃないけど……アタイも、お姉ちゃんって呼んでも、いいのかな……許されるのかな」

「アルタ! 当たり前だよ! 私とみんなが、アルタのお姉ちゃんに、なるっ!」


 ゆっくりと通気口へ上ってきたアルタに、アークは身構えた。

 初めてアークは、構えらしい構えをアルタにだけ見せた。

 アルタもまた、宿命であるかのように呼応する。


「よぉ、待ちわびたぜ……やるかい? アルタァ!」

「アタイが相手だッ――人の手を借り心を宿して、よそおう姿は新たなり! 神威しんいを満たしたうつわとなりて、今ァ! 全てのお姉ちゃんのためにッ! うおおッ、燃えろォォォォォ!」


 アルタから白い炎が吹き出し、膨れ上がってゆく。

 同時にアークも、口元のパーツが閉じてマスクの奥に表情を消した。

 圧倒されるメリッサは、シャルにグイグイと腕を引っ張られた。


「あいつ、いい奴! 絶対、いい奴! あたし、わかるぞ!」

「シャル……」

「あいつのためにも、急がないと! あたしらがここにいたら……あいつ、本気で頑張れないんだぞ!」


 シャルはそう言って、走り出す。小さな体で、懸命に仲間の元へ……メリッサたちと合流するため、送り出してくれた姉妹たちの元へ駆け出す。

 それを追うメリッサの背後で、膨らむ闘気と覇気が光となってぜた。

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