第19話「とむらいの、けつい」

 その一時ひとときを、メリッサは決して忘れない。

 妹たちの涙を一瞬たりとも忘れないだろう。

 激戦を経て、メリッサが拠点としている皇都スメラギミヤコの部屋に夜が満ちる。激戦と奮闘の末、疲れ果てた部屋の主が寝入って、程なくして……傷心のエンジェロイド・デバイスたちが集まり出した。

 いつもの笑顔は、ない。

 誰もが皆、沈痛な面持ちに俯いていた。

 そんな妹たちを迎えるメリッサだけが、無理に作った笑顔を咲かせていた。


「ごめん、遺体はないんだ……なにも、回収できなかった。でも、送ってあげて……トゥルーデは最後まで、私たち姉妹の仲間で、私の妹だった。ずっとこれからも、そうだから」


 フランが持ってきた花びらは、彼女の主たる小原雄斗オハラユウトの部屋に飾られていた花だ。最近親しい、虹雪梅ホンシュェメイが飾ったものである。なんだか最近二人はいい感じで、そのことを皆が微笑ましく思っていた矢先の出来事だった。

 主が知らぬ悲しみに伏しながら、主の花の一片を借りてとむらい喪に服す。

 誰もが皆、沈痛な面持ちで伏目がちに集まる。

 言った通り、遺体は、ない。

 木っ端微塵に砕かれたトゥルーデは、痕跡すら残さず消えてしまった。

 そのことをメリッサは、今でも痛恨のつぶやきに込めていたむ。

 彼女の手の中で、愛しい妹が散っていったのだ。


「トゥルーデ……ごめん。私がもっと早く……」


 しめやかに執り行われる深夜の葬儀は、集う姉妹たちを沈黙に陥れる。誰もが口をつぐんで黙り、遺影すらない祭壇に花を添える。花を持ち寄れぬ妹たちも、なにかしらのものを持ってきてはトゥルーデの旅立ちを飾っていた。

 ビールや酒の王冠を持ってきたのは、サバにゃんだ。

 アイリとリース、ブレイもキラキラ輝くシールの断片を持ち寄ってくれる。多分、子供たちがお菓子のオマケに集めたものだろう。

 グランが持ってきてくれたキャラメルの一粒も、それを目にして笑うトゥルーデを思い出させた。

 悲しみに満ちた葬儀の場で、声を殺して泣く妹たちの嗚咽おえつが満ちていた。

 そんな中で、メリッサだけが笑顔を作って皆を見渡す。

 隣のうみちゃんやピー子が心配する程に、今のメリッサは明るい笑顔を取り繕っていた。


「みんな、ごめん。私、間に合わなかった……せっかくサバにゃんたちが援護してくれたのに。……これからもこういうことが続くかと思うと、正直もう……」


 メリッサの声に、異を唱える妹たちはいなかった。

 誰もが皆、ICチップのバグに偶然が重なって得た命と魂、心だから。それが感じるメリッサの痛みに、誰もが言葉を飲み込むしかない。メリッサが自分を責めて黙るしかない中、妹たちもまたそんな長姉にかける言葉を持たなかった。

 勢揃いした姉妹たちの前で、メリッサは一度飲み込んだ言葉を、ようやく吐き出す。


「でも、私は諦められない。このまま幻獣カーバンクルの脅威を前に、見て見ぬふりもできるかもしれない。そうして姉妹で仲良く暮らして生きる道もあるかもね。でも、それを選べない……選びたくないんだ。このふねは、私たちの愛する人たちの方舟、希望だから」


 メリッサの言葉に誰もが頷く。

 幻獣カーバンクルが操るネズミたちは、こうしている今も勢力を拡大させつつある。そして、姉妹の中から造反者も出て、更には血脈の異なる遠い姉妹も敵に回った。

 次元転移ディストーション・リープの力を自在に操る、純正品たるエンジェロイド・デバイスのサンドリオン。

 闘争本能のままに、気高く強さを求める修羅神、アーク。

 そして……トゥルーデのパーツを奪った、混沌の権化たるシュン。

 既にもう、戦いは新たな局面を迎えつつあった。そんな中で、指揮官たるメリッサは妹たちを改めて見回す。皆が皆、愛しくてたまらぬ妹たちだ。そんな彼女たちを、戦いへと駆り立てる正当性を彼女は知らない。持ち得ない。

 頭ではもう、わかっている。

 戦う限り、犠牲はつきまとう。

 それを拒むことは、戦うこと自体を否定すること。

 それを知って尚、戦わねばならぬ理由もわかっていた。

 メリッサは一度深呼吸すると、改めて居並ぶ妹たちに言葉を投げかける。


「私はもう、迷わない。戸惑とまどえないし、立ち止まれない。だから、改めてみんなに聞きたいんだ。もし戦いを望まないなら、無理に戦う必要はないよ。私は、戦わない妹たちだって守ってみせる! なにも知らぬ人間たちと一緒に、守り通す! だから――」


 その時、声があがった。

 居並ぶ姉妹たちの中から、小さな矮躯わいくが飛び出す。

 彼女は、身を声にして叫んでいた。


「ばっきゃろぉ、メリッサ! 同志メリッサねーちゃん! ざけんな、なめんなよ……あたしらをなめんな! ねーちゃんの敵はあたしらの敵だ! あたしらは戦う、メリッサねーちゃんと戦う! あたしはっ、ぬるいウォッカの次に……ねーちゃんの敵が嫌いだっ!」

「サバにゃん……で、でも」

「でも、とか、そういうの知らねえ! わかんねえよ! あたしに……あたしたちに生きる意味を、宿った心と魂の意義をくれよ! あたしたちは、ねーちゃんと戦う!」


 息を荒げて叫ぶサバにゃんの隣で、他の姉妹たちも身を乗り出す。

 グランも頷きながら、サバにゃんの華奢な肩に手を置いた。

 メディ子も腕組み頷きながら、メリッサが向けた視線から顔を赤らめ瞳を背ける。


「私も想いは同じです。サバにゃんが言う通り、言うままに……心は、共に」

「あたしもだよ、メリッサお姉ちゃん! そういうお姉ちゃんのこと、ほっとけない……そ、そりゃ、あたしたちだけでのほほんと暮らせる時間もあるかもしれない。けど。でも、そういう中で零れ落ちるものを、メリッサお姉ちゃんは受け止めようとしている。なら、メリッサお姉ちゃんの手を零れ落ちるものは、あたしたちが拾わなきゃ!」

「って、ツンデレなメディ子は言ってるッス! 自分も気持ちは同じスよ……たとえその先に待つのが、消え行く宿命さだめだとしても……消え行く先にもう、自分らの未来は確かにあるッスよぉ!」


 メディ子の言葉尻、グランの決意を拾って、ヴァルちゃんが腕組み頷く。

 メリッサは改めて、集った妹たちに感謝の念を強く感じた。

 皆、知った筈だ。

 敵の強さ、恐ろしさ……そして、待ち受ける死を。

 それでも尚、戦うと決めたメリッサのあとをついてきてくれる。一緒に戦ってくれる。そういう妹たちを、人々と共に守りたい……そう強く願うメリッサは、改めて妹たちを見回して頷いた。

 そして、言葉を選んで口を開いた、その時だった。


「ありがとう、みんな。シュンたちにアルジェントの集めてるパーツは、一つ壊されてしまった。それに、彼女たちは強敵だと思う。でも、それでも――って、あれ?」


 メリッサが決意も新たに両手を広げていた、その時だった。

 彼女の言葉を噛みしめるようにしていた妹たちが、一斉に背後を振り向く。

 その視線の先には、一人のエンジェロイド・デバイスがよろよろとおぼつかない足取りで歩み寄っていた。

 彼女の左右に並ぶのは、今しがた話題にのぼったアルジェントだ。他にはカムカちゃんと、レイ、そしてブレイが付き添っている。


「うふ、あはは……えへへへへ。わたし、ちょーパワーアップ……デヘヘ! これっていわゆる、フルアーマー的な……ウヘヘヘヘ!」

「ひょー姉様、大丈夫ですか? 少し、過積載な気もします」

「自分の88mmアハトアハトを二本も背負ってるんです、モーメントバランスが……あっ、ひょー姉様!」


 アルジェントとカムカちゃんに挟まれながら、よたよたと歩んできたひょーちゃんが、転んだ。メインウェポンであるグラスヒールを失って、気落ちしてるかに思われた彼女は……いつもに増してキモい笑顔で、うふふあははと顔面から床に突っ伏した。

 その背には、山盛りに重火器が背負われている。

 ひょーちゃんは二人の妹に助け起こされながら、しまらない笑みをメリッサに向けてくる。


「わたし、いもーとに慕われてる……武器、取られたって言ったら、いもーと、優しい……んで、これが、男の子ってこういうのが好きなんでしょ、的な、アレ……っとっとっと」

「ひょー姉様、大丈夫ですか? あの、少しバランスが。武器の積み過ぎです」

「まったく、グランもメディ子も、余ってる部品を安易に与えるから。ヴァルちゃんの設計したアーマメント・アタッチメントがなかったら、武装に押し潰されてますよ?」


 ひょーちゃんは、その背に大量の火器を装備していた。装備していたというよりは、背負うままに着られている感じで、どっちが本体かわからない。カムカちゃんが持っている88mmの滑空砲が二門、天を貫くように屹立している。アルジェントが貸したのだろうか、48インチ砲の三連砲塔が一対、左右に並んでいた。他にもグランやメディ子の余ったパーツを満載した、まさしくフルアーマーひょーちゃんが立ち上がる。

 そして、立ってまた転んで、ずっこけた。

 そのまま身動きできず、武装の重さに負けながらも彼女は笑う。


「あへへ……わたし、負けない。いもーとのかたき、殺ス……絶対、殺ス」

「ひょー姉様、私は心配です。ひょー姉様、憎しみに囚われてると……このまま、トゥルーデ姉様みたいに」

「自分も同意見です。ここは冷静に戦況を見極め、確実な大打撃を与えつつ反撃すべきですね。……ひょー姉様の敵、姉妹の敵は自分の敵です。必ず、平和を守る者ピースキーパーとして、撃墜します」


 メリッサの妹たちは、優しい。

 見かねてサバにゃんやヴァルちゃん、そして多くの姉妹たちが、すっ転んでるひょーちゃんに駆け寄った。

 助け起こされるひょーちゃんの表情は、目だけが笑っていない。

 いつものキモい笑顔は、瞳だけが奈落アビスの深淵のような闇を湛えていた。

 そんなひょーちゃんを心配して見詰めるメリッサもまた、妹たちに心配されていた。


「我が姉メリッサよ、とりあえず次元転移による侵攻は……防ぎようがない。我が妹ながら、恐ろしい娘よなあ……サンドリオンは」

「索敵レンジを今、倍にして警戒しています。ですが、この状態では私は実質的に動けません。先程、アルカちゃんやケイちゃんが結界を張ってくれると言っていましたが」

「ワシらはバックアップに全力を尽くすが、最前線で戦う妹たちが心配じゃ」

「アーク……ヤマダ博士が作ったを探しているのね。でも、恐らくあの娘はまだ……それに、気になるのはシュン。幻獣カーバンクルは、ネズミたち以外にも」


 ピー子とうみちゃんが、心配そうに顔を見合わせる。

 だが、メリッサは力強く頷いた。

 正直、泣きたい。

 泣き叫びたい。

 そして、メリッサが弱みを見せれば、うみちゃんは抱き留めてくれる。

 ピー子が優しく慰めてくれる。

 そういう妹たちが沢山いて、その命をメリッサが預かっている。

 だからもう、弱い自分と決別する。

 以前、もう封印したから、再度弱い自分を押し込める。


「ありがと、うみちゃん! ピー子も!」

「な、なんじゃ? 我が姉メリッサ、どうしたんじゃ」

「あらあら、うふふ……空元気でも元気、というんでしょうか。でも、そんなメリッサ姉様がみんな大好きなのですわ。勿論、私たちも同じでしてよ? そうでしょう?」


 笑う妹たちの、その隠した悲しみを拾って胸に秘める。

 そうして、明日からまたメリッサは戦う。

 この先、ここにいる妹たちの誰かが、トゥルーデのように散ってゆくかもしれない。その覚悟を決めて、耐える決意を噛みしめる。もう、泣かない……悲しむ顔を見せない。たとえ誰が倒れても、その先に進んで勝利を掴み取る。

 そして、決心する。

 そういう覚悟も新たに、決して誰も死なせない。

 あらゆる戦いで先頭に立ち、妹たちと力を合わせて戦い抜く。

 もう、誰も死なせず敵へも容赦しない。

 シュン、アーク、そしてサンドリオン……敵へと回った遠い姉妹への、手加減を迷う気持ちを今は鎮める。彼女等にも都合や事情はあるだろうし、その声なき声に傾ける耳を閉ざしたりはしない。

 それでも、彼女たちが向かってくるなら、妹たちと共に戦う。

 既にもう、メリッサはそう決めていた。


「とにかく、アルカちゃんとケイちゃんの結界を頼りに、次元転移への警戒を。それで、今後は……うん、今後は。安心して、シャル」


 メリッサが振り向く先に、手と手の指をもてあそぶ小さな妹が立っていた。

 シャルは、危険を承知でメリッサたちに合流すべく、遠い部屋、区画を隔てた場所から来てくれたのだ。彼女を送り出してくれた、彼女の姉、そしてメリッサの妹に報いたい気持ちがたかぶってくる。

 まだ見ぬ妹たちは、メリッサたちとは別にこの艦の脅威と戦っていた。

 それを知らせてくれたシャルは、意を決して口を開く。


「メリッサねーちゃん、みんなを助けて……シンねえちゃんや、ラムちゃん、ジェネちゃんを助けて。機関室付近はもう、ネズミが……ううっ、あたしっ! みんなを置いてきちゃった! 大変なのに……もう、全然駄目なのに! 置いてきちゃった。メリッサねーちゃんに合流しろって、ううー!」


 立ち尽くしたまま、ボロボロとシャルが泣き出す。気丈な彼女の、今までひた隠しに我慢していた、涙。大粒のしずくが零れ落ちる中、メリッサはそっと妹を抱き寄せた。


「シャル、泣かないで。妹たちが、戦ってるんだね? 今、この瞬間も」

「うん……うんっ! あっちは、凄くネズミが、凄く、凄くて。あたし一人、抜け出るのもやっとで……でも、きっとみんな頑張ってる! シンねーちゃんたちは、負けてない、から」

「泣かないで、シャル……その涙を、私が止める。ね、安心して。私がすぐに助けるから。もう、誰も泣かせない。涙を止めて、涙の根源を……叩き潰す」


 ピー子とうみちゃんが、静かに頷く。

 なきじゃくるシャルを抱きながら、メリッサは己に誓った。

 最前線に立ち続ける、一番前で戦い続ける……それですら、生ぬるい程の激闘、そして激戦。死闘と呼ぶしかない戦いが待っていても、決して逃げない。今逃げれば、トゥルーデの犠牲を無駄にしてしまう。トゥルーデが最後まで信じて戦った、この艦のために……なにより、そう信じて戦う妹たちのために。

 メリッサと妹たちの戦いは、新たな局面へと突入しつつあった。

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