第18話「しゅくてき、きょうてき、みちのてき」

 シュンが構えた陽電子砲から、光の奔流ほんりゅうが押し寄せる。

 視界を白い闇へと塗りつぶす輝きを、真っ直ぐにらんでメリッサは動かなかった。ただ、シャルの肩を抱き、矮躯わいくかばうように抱き寄せる。

 回避は無用、なぜなら……その息遣いはもう、すぐ側にいたから。

 暴力的な光はメリッサごと周囲を飲み込んだ……かに、見えた。

 瞬間、先を見据えるメリッサの眼差しが、舌打ちして下がるシュンを見送った。


「チィ! アンチビーム用クローク! お前は……ひょーちゃんっ!」


 メリッサたちの前に今、ゆらりとよどむ影が立っていた。

 その全身を覆うボロ布のマントが、白煙を巻き上げながら泡立っている。

 我が身を包んだ熱さえ感じていないかのように、割って入ったひょーちゃんが背の大剣を両手で身構えた。

 だが、様子がおかしい。

 すかさず横に並んだメリッサは、豹変した妹の暗い瞳に息を飲んだ。

 そこには、いつもの無表情も、時々見せるキモい笑みもなかた。

 瞬きを忘れた瞳は今、奈落アビスの深淵にも似た闇で満たされている。虚無きょむに満ちたほらのような双眸そうぼうは、その奥に憎悪の炎をみなぎらせていた。


「わたしの、いもーと……お前、わたしの……いもーとっ! いもーとを!」

「待って、ひょーちゃんっ! 無闇に飛び込んじゃ――」

「殺ス! お前っ、殺ス! 死ぬまで殺ス! 殺し尽くして、殺し消ス!」


 メリッサが止めようと伸べた手が、虚しく宙をつかむ。

 弾丸のように飛び出したひょーちゃんは、不規則な機動でジグザグにシュンへと吸い込まれていった。

 慌ててメリッサは後を追うべく踏み込む。

 踏み込もうとする。

 だが、その時……脚にガシリとシャルが抱き着いてきた。

 小さな小さなシャルが、全身でメリッサの細くしなやかな脚にしがみ着いてくる。


「メリッサねーちゃん、駄目……なんか、いる! なんか、肌にビリビリくるの……いる!」


 震えるシャルを見下ろした、その僅かな時間、一瞬の出来事だった。

 再びメリッサが顔をあげると……そこに信じられない光景が広がっていた。

 余裕の笑みで、陽電子砲を畳んで背負い直すシュン。

 その頭上を……ひょーちゃんが不自然な格好に折れ曲がりながら飛んでいた。そのまま吹き飛ばされた彼女は、何度も机の上にバウンドして転がる。

 まるでスローモーションのように、ズタボロになったひょーちゃんが弾んだ。

 彼女は机の端から落ちそうになって、ようやく停止する。

 ピクリとも動かなくなったひょーちゃんを見て、メリッサは我が目を疑った。

 愉快そうに笑うシュンの声へ、カツン! と遠くに落下した大剣グラスヒールの突き立つ音が重なった。

 瞬殺……なにが起こったのかさえわからぬ、常識の埒外らちがいとも思える現象。

 姉妹の中でも一、ニを争うほどの爆発力を持つ、ひょーちゃんの吶喊とっかんをシュンは一蹴した。否……シュンを守って、何者かがひょーちゃんを鎧袖一触がいしゅういっしょくの力で薙ぎ払ったのだ。

 そして、ゆらりとシュンの背から、もう一人の少女が現れる。

 それは、メリッサが見たこともない、しかし見覚えのある面影おもかげの少女だった。


「よぉ、シュン……話と違うじゃねーか。オレは、強い奴とやりあえるって聞いたから……こっちについてんだぜ? ……これじゃあ、戦いにすらならないだろうが」


 すらりと長身の、グラマラスな少女だ。ボーイッシュな言葉遣いは少しハスキーで、メリッサのよく知る妹……まだ出会えぬ妹に似ている。

 否、酷似こくじだ。

 だが、気高き闘志を純白に秘めた妹とは、違う。

 今、シュンの横には同じ顔をした厳つい装甲の美少女が立っていた。その両肩は大きく張り出て、無骨な直線で象られている。殆ど露出のない全身は、優美で女性的な曲線を内包してスマートに起伏を浮かび上がらせていた。

 そう、彼女と瓜二うりふたつの妹をメリッサは知っている。

 そして、妹とは似ても似つかぬ修羅しゅらの如き殺意の塊に、心当たりがあった。

 ようやく言葉を選んで絞り出せば、自分の声が震えているのが感じられた。


「君は……Gアーク、なの? どうして、そこに……」

「そう、オレの名はアーク。織田竜花オダリュウカが建造した、真道歩駆シンドウアルクの進む先を表現するもう一つのマシン……exSVエクスサーヴァント、Gアークをモデルに作られた。まあ、エンジェロイド・デバイスじゃねーが……お前たちには興味がある」


 メリッサは今、金縛りにあったかのように動けない。

 脚に抱きつくシャルの震えだけが、時の止まったかのような自分が感じる全てだった。余りにも強大、そして強力なプレッシャーが目の前で牙を剥いている。

 ドス黒く、純真なまでに無邪気な殺意を垂れ流しにしたシュンとも違う。

 まるで、雄々しい孤高の百獣王ライオン……真の強者の威厳があった。

 アークと名乗った少女は、実力の片鱗へんりんすら見せずにひょーちゃんを圧倒したのだ。


「メリッサ、だったな……お前の妹に、アルタに伝えろ。その気があるなら、決着をつけてやる……オレは逃げも隠れもしねえ。それと、だ」


 不意にアークが視線を外した。

 それでメリッサは、全身から力が抜けるかのような錯覚を覚える。

 だが、足元のシャルを庇いながらも、彼女は腰に力を入れて立ち続けた。もはや、しがみつくシャルが震えているのか、自分の震えがシャルに伝わっているのかもわからない。

 ただ、アークがツイと形良い細面ほそおもてを向ける先で……うなるような声と共に立ち上がる姿があった。


「いもーと、殺した……お前ら、殺ス。絶対……殺ス!」

「ひょーちゃん、まだ動くとは驚いたな。オレも一応、結構な本気の一撃で穿うがったんだけどよ……そうそう、それと」

「お前も……殺ス!」


 おぼつかない足取りで立ち上がるや、ひょーちゃんが走り出した。その疾駆の先に、深々と突き立った大剣グラスヒールが傾いている。

 だが……信じられないことが再び起こり、それを眼前に見たひょーちゃんが表情を失った。

 メリッサは、今度は片時も目を離さず見ていたのに、なにも見えなかった。

 瞳が映す光と影の陰影を、反射神経が知覚できなかったのだ。

 グラスヒールの鍔元つばもとにあるハンドガンを抜き放ったひょーちゃんは……その瞬間には、もう片方のハンドガンをアークに突きつけられていた。

 先程までシュンの傍らにいたアークは、神速でグラスヒールに先回りし、駆け寄るひょーちゃんより早く銃を抜いたのだ。


「言い忘れてたぜ、ひょーちゃん……だったな」

「う、うう……」

「抜き身の刃みてーにギラついた眼、いい殺意だ。だが、それだけじゃオレには……オレたちには、勝てない。それと……。返してもらうぜ?」


 銃声が響いた。

 手を抑えつつ下がったひょーちゃんは、そのまま気圧けおされてへたり込む。そんな彼女の手からハンドガンを奪い返し、自分のも添えて二丁拳銃を元に収めると……アークは単分子結晶たんぶんしけっしょうの刀身を持つガラスの靴を肩に担いだ。

 深々と突き刺さっていた巨大な剣を、まるで小枝のように軽々と扱う。

 そして、シュンの哄笑こうしょうが響き渡った。


「あっはっは! はあ、おかしいや……最高のショーだね。アーク! 君とは気が合いそうだ、仲良くやっていけるね?」

「さあな……オレはただ、強いやつとやれればいい。さて、次は」

「おっと、メリッサはいけないよ? あれは……ボクが解体ばらすんだから。ふふ、喜悦と興奮に身が震えるよ。


 妹のパーツを奪い続けて現れた、狂気の邪神ロキシュン。そして、戦いだけを求めてあちら側についた鋼鉄の修羅神ラクシャーサ、アーク。強敵の出現に、メリッサは怖気おぞけが止まらない。凍えたように縮こまる身体が、まるで言うことを聞かない。

 だが、そんな時……ようやく足元からシュルが離れた。

 彼女は恐怖に震える自分を自分で叱咤しったし、我が身に鞭打って叫んだ。


「ねーちゃんのこと、バカにすんなっ! あたし、知ってるもん……ねーちゃんは、ねーちゃんたちは強いんだもん! お前たちなんかに……ネズミたちなんかに負けない! あたしと、あたしたちと一緒に……メリッサねーちゃんは、カーバンクルもやっつけるんだ!」


 なけなしの勇気を振り絞るシャルの背中が、メリッサの目に焼き付く。彼女は小さな翼を開いて、両手に光る爪を身構えた。

 こんな小さな妹が今、恐怖と戦っている。

 メリッサを屈服させんとあっしてくる、発狂しそうな程の恐慌状態にあらがっている。

 そして、シャルだけではない……撃たれた手を抑えながらも、いよいよひょーちゃんの憎悪ににらいだ表情が狂気を帯び始める。既にその姿は、獣へとした復讐者アヴェンジャーだ。


「いもーとの、仇……トゥルーデの、仇! 殺ス、わたしごと、殺ス! 命にかけて、殺し尽くス!」


 今、シャルと共に戦ってやれる者。

 この瞬間、ひょーちゃんを止めて守ってやれる者。

 それが誰かを、メリッサは思い出した。忘れることさえ忘れていた筈の、本当の自分を取り戻した。だからもう、震えて竦む己の弱さを、克服する。

 弱さを知って強くなる……それは、姉妹たちの全てがパラメータとは別に持つ本当の力。この身に宿ったハートソウルが、マスターたる多くの人間たちに感じて共感する気持ちだ。

 それが勇気なんだと思った時には、メリッサは二人の前に颯爽さっそうと歩み出る。


「シュン、そしてアーク……私は、私たちは絶対に退かない! リジャスト・グリッターズが世界の明日を守るなら、そんなみんなの未来を私たちは守る……このふねは絶対に渡さない! ここは、二つの地球を守る戦士たちの、唯一安らげるホームなんだから!」


 シュンが背を反らしてわらった。

 逆に、アークは片眉をあげて「ほう?」と楽しそうにつぶやく。

 二人はまるで真逆のテンションで、メリッサたちの前に歩み寄ってきた。


「いいねえ、折れない心、不屈の魂……そういうの、壊し甲斐があるよ。ねえ? アーク」

「不愉快だな、シュン。オレは今、彼女たちを戦士と認めた。ならば、最大の敬意を持って……互いの武と武で語るのみ!」

「まあ、あっちは連携で協力してくるらしいけど、こっちはいつも通りにいこうか?」

「強者に小手先の技は不要。一撃の全てが必殺と知れ……いざ、覚悟!」


 漲る覇気に、ビリビリと室内の空気が震える。

 だが、メリッサはフェンサーブレードを油断なく構えつつ、アサルトライフルをひょーちゃんへと放った。以外そうな顔をしつつ、わたわたとそれを受け取る妹に言い聞かせる。


「ひょーちゃん! 無理して突っ込んでも駄目だよ。ね? ……怒ってるの、私も一緒なんだから」

「……ごめん、メリッサ。わたし」

「でも、怒ってくれてありがと。絶対に勝つ、ごめんなさいって言わせてやる……私はこれからもずっと、この艦を一緒に守る、妹たちをも守るんだ!」


 更に、逆隣のシャルにも気を配る。

 メリッサの視線を見上げて、シャルはエヘヘとはにかんだ。


「あたし、ねーちゃんたちの役に立ちたい……ねーちゃんたちと、戦いたい! シンねーちゃんも、言ってた。メリッサねーちゃんを信じて、みんなと気持ちを重ねて戦うんだって」

「シンねーちゃん……ああ、シン? シンももう、動いているの?」

「シンねーちゃんはね、メリッサねーちゃんたちが来てくれるまで、他のみんなとネズミたちを押し留めてるの。機関室周辺、今は大変なの。ラムちゃんもジェネちゃんも、頑張ってるの!」


 シャルに大きく頷き返して、メリッサは眼前の敵へと向き直る。

 まるでタイプの違う二人は、個の力でメリッサたちを圧倒する。だが、そこに付け入る隙があるのだ。各々おのおのが完全とも言える強さを持つ反面、個で完結した存在。つまりは、シュンとアークは個と個、ひとりと独りだ。だが、メリッサは違う。メリッサたちは三人、個の力を束ねてつむげば可能性は無限大だ。

 絆を結んだ力と力は、個の強さを上回る。

 それこそが本当の力、本物の強さだとメリッサは知っていた。

 マスターたち、リジャスト・グリッターズの人間が教えてくれたのだ。


「さあ、行くよ! ひょーちゃん! シャル! こっちは人数でまさるんだ……このアドバンテージを活かして各個撃破。いいね?」


 ひょーちゃんとシャルは「おー」「あいっ!」と元気に返事をしてくれた。

 だが、その時……ニヤニヤと笑うシュンが天井を見上げた。

 それは、頭上に突如虹色にじいろの光が広がるのと同時だった。

 そして、うっそりとした愉悦ゆえつに酔う声で、シュンが目を細めて語り出す。


「メリッサ、不思議だと思わないかい? ボクたちがどうやって、君たちが制圧して奪い返した区画に……それも奥地、敵地のド真ん中に突然出現できたかって」


 その答が今、室内を煌々こうこうと照らして光を広げていた。

 そして……メリッサと妹たちを奮い立たせ数の優位性がくつがえる。

 広がる光は中空で渦を巻いて、その中から……まるで地上に舞い降りる女神ネメシスのように、一人の少女が降臨した。

 トリコロールに塗られた装甲は、優美で華美で、まるでドレスのよう。

 長い長い銀髪をひるがえして、白い少女が宙へと浮いていた。

 絶句するメリッサは、目を見開いてようやく言葉を絞り出す。


「なっ……こ、これは! ……次元転移ディストーション・リープ!」

「うんっ、正解! 紹介するよ、メリッサ。ボクたちの同志、崇高すうこうなるカーバンクル様にお仕えする唯一の正規品エンジェロイド・デバイス……サンドリオンだ」


 あまりの神々しさに、メリッサは目を奪われた。伏目がちな瞳を開くサンドリオンは、物憂ものうげなかなしい微笑みでシュン、そしてアークの傍らに降りてくる。発せられる声は、まるで天使のようにりんとしていて、それでいて穏やかな慈愛に満ちていた。


「シュン、もう時間が……退きましょう。もうすぐ、メリッサの妹たちがこの部屋にやってくるみたいです」

「ん、そうだね。じゃあ、顔見せはこの程度で……命拾いしたねえ? メリッサ」

「アーク……怪我は、ないのね?」

「ああ。ほら、サンドリオン。お前の剣を取り返してやった。戻ろう、


 光がサンドリオンを中心に広がり、シュンとアークを包んでゆく。

 今、目の前から最凶にして最悪の敵が去ろうとしていた。

 最後に、消え行く光の中でメリッサは、濡れた視線に射抜かれる。サンドリオンはメリッサを、そしてシャルを見やって、最後にひょーちゃんを見詰めると、なにかを言いかけては口をつぐむ。

 そうして彼女は、言葉も声もない哀願あいがんだけを残して、消えてしまった。

 カーバンクルが繰り出す下僕、エンジェロイド・デバイスと同等……否、それ以上の力を持つ少女たち。その脅威との邂逅かいこうが今、メリッサと妹たちに新たな戦いの始まりを告げているのだった。

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