第16話「うぉーどっぐ・こんばっと」

 その瞬間は、突然訪れた。

 それも、メリッサが全く予期せぬ形で。

 順調にコスモフリートの裏側から、ネズミたちのテリトリーを奪い返す戦い。エンジェロイド・デバイスたちにとって巨大なダンジョンに等しい宇宙戦艦は、徐々にだがクリアとなったエリアを増やしていた。

 昨日までは。

 だが、全ての元凶である幻獣カーバンクルが、したたかな反撃に転じた。

 それで今、メリッサは真昼にもかかわらず、ダクトの中を疾走しっそうしている。


「フラン! ツヴァイとドライも! ついてきてる?」


 レッグスライダーの出力を最大にして、夜とはまるで異なる雰囲気の通気孔をせる。肩越しに振り返れば、三姉妹の向こうにカムカちゃんとひょーちゃんが見えた。

 真昼では、一緒に戦える姉妹も限られてくる。

 基本、リジャスト・グリッターズは24時間体制で戦っているため、このふねには昼も夜もないが……それでも、乗ってる避難民たちが就寝してる夜間のほうが、動きやすい。それに、昼はパイロットたちが自室にいることも多く、その間は『普通のプラモデル』として過ごさなければいけなかった。

 最後尾で天井すれすれに飛ぶカムカちゃんが、背後を気にしつつ静かな声を投じてくる。


「残ったうみ姉様から通信です。ピー子姉様は今、部屋に統矢君と千雪ちゃんがいるため、動けないとのこと。……なんか、ちょっと立て込んでるみたいですね、あの二人は」

「他に呼べる子、いないかな? 戦力が少し心もとない感じだけど」

「ブレイ姉様は大食堂にいるため、身動きできません。他も皆、マスターと一緒に部屋にいるので……アルカ姉様とケイ姉様に連絡を試みます!」


 最悪の事態とは、予期せぬ形で訪れるものだ。

 今日、突如として敵が襲ってきた。

 それも、思わぬ場所に。

 日々コツコツと進軍して、メリッサが妹たちと奪回してきたエリアが襲われた。それも、。避難民の親子が暮らす、本来は士官用の個室……そこに今、恐るべき敵の反応が突然現れたのだ。

 そう、あまりにも突然の、不可解な出現だった。

 その部屋は、メリッサたちが徐々に押し上げる最前線の、遥か後方……既に安全が確保されたエリアのド真ん中にあるのだ。うみちゃんのソナーにも、ピー子の索敵にも引っかからず、アルカちゃんやケイちゃんの魔術的な結界をすり抜けての奇襲。それは不可能を通り越して、定石セオリー埒外らちがいだった。

 当然、そんな非常識な襲撃に対する備えなど、ない。

 焦るメリッサが自分を悔やんで責めても、想像力の欠如を誰もとがめることはできないだろう。そんな彼女の視界で、前方に敵が現れる。


「っ、敵の斥候せっこう部隊! みんな、ネズミたちが――!?」


 一瞬でメリッサは判断し、決断した。

 スピードを落とさず、妹たちと阿吽の呼吸でくさび陣形を形成する。そのまま強行突撃パンツァー・カイルで、少数部隊のネズミたちを穿うがって貫いた。

 そんなエンジェロイド・デバイスたちを戦慄が襲う。

 浴びせられた射撃は全て、原始的な投石ではなかった。


「フラン様! この攻撃は……当たります! 私の影に!」

「メリッサも、皆様も! 見切って回避を!」


 ツヴァイとドライが同時に叫ぶ中、無数の《つぶて》礫が嵐のように飛来する。

 後ろ足で立って歩くネズミたちは、その手に武器を握っていた。即座にメリッサは、確認して理解する。それは、ヘアピンに輪ゴムで作ったスリングだ。今までの投石とは違い、弾を撃ち出してくるのだ。

 ネズミたちは戦う都度つど、飛躍的に文明の力を身に着けつつある。

 中央突破で敵の少数部隊を蹴散らしつつ、そのまま突き抜ける。

 ネズミたちの中には、背負った近接戦闘用の格闘武器を手にする個体もあった。それは、ガラスの破片をそのまま使うナイフではない……剣の形に整えいだ、金属だ。格納庫ハンガーに行けば、端材はざいはいくらでも手に入る。そうしたものをもう、ネズミは加工するレベルの技術を得ているのだ。

 そして、背後で三人の妹たちが立ち止まる。

 フランベルジュの三姉妹が、ターンしてネズミたちとの戦闘に突入した。


「フラン! みんなも!」

「メリッサ、行ってください。ここで敵を食い止め、挟撃きょうげきを阻みます!」

「そうフラン様はお考えです! ここは任せてください」


 最後にメリッサは、ふわりと朱色の髪をかきあげるフランと目があった。いつものおっとりとした笑顔のまま、フランは微笑んでいる。その表情に浮かぶ余裕が、メリッサを見送っていた。


「メリッサ姉様、ここはお任せくださいな。わたくしたちには、がありますの。今こそ、その力を使う時ですの」

「フラン……ごめん、任せるね! またあとで!」


 カムカちゃんとひょーちゃんを連れて、メリッサは先を急ぐ。避難民たちが暮らしている居住区の一角、その中央に突然現れた敵。それを急いで排除し、安全を再確保しなければいけない。そうしなければ、姉妹たちで維持し支えるエリアが、そこから分断されてしまう。

 だが、ネズミたちもそれを熟知しているかのように襲い来る。


「クッ、戦力の逐次投入ちくじとうにゅうとは……メリッサ姉様! ひょー姉様と先に! ここは自分が」

「カムカちゃん!」

「……いこ、メリッサ。わたしたち、お姉ちゃん……妹のために、戦う。大事なのは、目的を、目標を……見失わないこと」


 通路を塞ぐネズミたちが、再び現れた。その数は、先程よりも格段に多い……恐らく、斥候を出していた敵の本隊だ。

 一個師団クラスのネズミたちを前に、カムカちゃんが突出する。

 自ら先行突撃して、突破口を開くつもりだ。

 メリッサは、前方へと加速してゆく銀翼を見送り歯噛はがみする。

 だが、ひょーちゃんの言う通りだ……ここで立ち止まる余裕は今、ない。


「ひょーちゃん、強行突破するよっ!」

「うん、任せて……メリッサ、わたしの後ろに。わたし、メリッサ、守る」


 前方の回廊で爆発が起こった。

 道具を使い始めたとはいえ、まだまだ原始的なネズミの兵隊たちが蹴散らされる。高機動、そして重武装のカムカちゃんは、第二弾の姉妹でも屈指の戦闘力を誇るが……やはり多勢に無勢、苦しそうに見えた。いつもより戦闘が派手に見えるのは、火力の消費が激しいから。メリッサたちを先に進ませるため、彼女は普段よりも時間あたりのキルレシオをあげて奮闘しているのだ。

 その横を通り過ぎるしかない中で、メリッサはうつむ躊躇ためらう。

 妹がまた、自らを犠牲にメリッサを先へと送り出してくれる。

 それを強いているのは、指揮官にして長女のメリッサ本人なのだ。

 だが、その時……不意にぶっきらぼうな声音が弾んで響いた。


「顔を上げて、同志メリッサねーちゃん! 前を、向いて……あたしたちの大好きな、大事な、大切なねーちゃん。前だけ向いて、進んで」


 りんとした声が、走る。

 そしてメリッサは、戦闘の真上でダクトのふたが割れるのを見た。格子状になっていた上下への通路の、その網の目の扉が木っ端微塵になったのだ。

 そして、その奥の闇からのぞく、不気味な光の双眸そうぼう

 メリッサの心胆を寒からしめる眼光は、ぬるりと上の配管から降りてきた。

 それは、むし……巨大な昆虫を思わせる六本足だった。大きさは、メリッサたちエンジェロイド・デバイスより一回りも二回りも大きい。寒冷地用の白を基調とした迷彩塗装は、作った者の几帳面さを無言で告げる完成度。

 突如現れた鋼鉄の肉食蟲アントリオンは、金切り声をあげてネズミたちに襲いかかる。上体を起こしたその姿は、四本の脚がそれぞれに銃を構えて刃を握っていた。

 ――機行戦車。

 メリッサは、最近リジャスト・グリッターズでも話題の深夜アニメを思い出す。確か、架空の世界大戦を舞台にした、本格派の大人のアニメである。あのバルト・イワンド隊長すら録画して見ているというので、若い少年少女たちが驚いていた記憶が印象的だ。

 後にそれは、若いパイロットともコミュニケーションを取ろうとしていた、中年大尉のつつましい努力と奮闘だと知れるが、それはまた別のお話。


……ってことは!」


 メリッサが驚く前で、一方的な殺戮が開始された。無機質に、無感情に、機行戦車はネズミたちを蹴散らしてゆく。あっという間に敵は乱れ、約半数が普通のネズミに戻って逃げ出した。だが、残ったネズミたちはすぐに陣形を整える。練度の高さも、以前とはまるで別物だ。

 そして、上のダクトから先程の声が降りてくる。

 白い肌に赤い髪、裸にインナーだけの妹だ。


「よっ、と。お待たせ、同志メリッサねーちゃん。先、行ってよ……ここはあたしと同志カムカねーちゃんが引き受けたっ!」

「君は……No.012! サバにゃん!」

ダーイェス! あたしが来たからには、クルィーサネズミの一個師団とて敵じゃない……戦いにすらならず、駆逐殲滅くちくせんめつされるだけなんだからさ」


 そして、メリッサとサバにゃんの隣にカムカちゃんが降りてくる。

 彼女は全弾撃ち終えた滑空砲かっくうほうをパージすると、突撃小銃に着剣した。

 向き合うサバにゃんとカムカちゃんは、ほんの一瞬見詰め合って笑い合う。


「ハラショー、相変わらず見事な手並みだなあ……同志カムカねーちゃん」

「久しいですね、サバにゃん。マスターは誰ですか?」

「それは第一級の軍事機密だよん? ……いちおー、大尉の名誉のためにもね。ほら、若い連中と付き合うのも大変で、頑張ってるからさ。大尉はいつも」

「そうですか……では、このままメリッサ姉様たちの背後を守って、戦線を維持します。継戦能力を最大限に発揮したまま、敵を足止めしつつ陽動をかけますので」

「ダー! つまり、突っ込んでやっつけるって話だよね!」

「……すみません、メリッサ姉様。サバにゃんはちょっと、いいえ……かなりなんです。どうしてこんな子に育ったのか」

「だいじょーぶだよ、同志カムカねーちゃん。コサック騎兵の強さ、見せちゃるっ! 突撃、排撃、大打撃っ! おいでっ、ヴィフラ!」


 早くもデコボココンビの様相を呈してきたカムカちゃんとサバにゃん。だが、不思議と不安は感じない。そして、メリッサたちの前に巨大な機行戦車が戻ってきた。

 そして、不意に巨大な昆虫型兵器に亀裂が走る。

 それは、パーツ分割された本来の分離構造が解き放たれた瞬間だった。

 宙へと舞う無数のパーツを、サバにゃんが余さずキャッチして……身に着け始める。


「ちょっと待ってね。同志レイねーちゃんもだけど、少し時間がかかるんだ、コレ」

「サバにゃん……そっか、君の力は!」

「そゆこと、さて……あたしは数にものを言わせた物量作戦と、冷えたボルシチが許せないタチだからさ……ブッ潰す!」


 そこには、先程のニハハと笑うあどけなさはなかった。

 アーマーパーツへと分解された機行戦車ヴィフラが、つぎつぎとサバにゃんの姿を覆っていった。最後にトントンと爪先で床を蹴って、サバにゃんは両腕に突撃小銃を構える。

 赤のサバーカ……紅蓮に燃える戦争の犬が今、姉と並んで敵を睨む。

 リバーシブル装甲になっていたヴィフラのパーツは、裏が真っ赤に塗装されていた。サバにゃんは今、悪鬼羅刹の如き力を発揮するカムカちゃんに並ぶ、赤い修羅。


「……よし、ひょーちゃん! 先に進もう。ここ、任せていいんだよね? サバにゃん。カムカちゃんも!」

「とーぜんっ! さぁて……おっぱじめるよー! 同志カムカねーちゃんっ!」

「了解です、サバにゃん。好きに暴れてください。フォローしますので」


 うおおー! と雄叫びをあげて、サバにゃんはネズミたちに吶喊とっかんしていった。赤い暴風が吹き荒れ、たちまち周囲は再び鉄火場と化す。

 メリッサはひょーちゃんを連れて、後ろ髪を引かれつつその場を離脱した。

 新たな妹は、アイリスの双子、アイリとちょっと似ている……ちょっと馬鹿っぽいけど馬鹿真面目、そして馬鹿が付くくらいにイイ子なのだ。

 そうして先を急ぐメリッサの先に……恐るべき宿敵が待ち受けているのだった。

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