第15話「よわさと、つよさと」

 一つの戦いが、終わった。

 無事、メリッサたちはいつもの場所に帰ってきたのだ。そのことが実感できて、彼女は脱力を感じながら座り込む。いつもの作業机の上は少し乱雑で、アチコチにニッパーやピンセット、塗料のビンやスプレー缶が乱立している。

 そこから見るマスター、皇都スメラギミヤコの安らかな寝顔がなによりの御褒美だ。

 だが、周囲で妹たちが賑やかになる中、メリッサは騒ぐ気になれない。

 勝利の興奮で、姉妹たちの夜明け前、残された僅かな時間が華やいでいた。

 見れば、新しい妹たちがアルジェントの周囲に集まっていた。


「アルジェント姉様、これは私に付属していたパーツです。姉様が集めて完成させると、心強い戦力となると聞きました。大きなものですが、大丈夫でしょうか」

「自分も持ってきたッスよ! いやもう、これどこのパーツなんすかね……脚? 腰? そ・れ・と・も? ムフフ、この造形、そしてこのライン! 見事なデザインなんスよ」

「アルジェントお姉ちゃんっ、あたしのも! べっ、別に、保管してた訳じゃ……邪魔なのよね、さっさと渡しちゃおうって思っただけなんだから!」


 カムカちゃんとヴァルちゃん、そしてメディ子が、それぞれ両手に大きなパーツを運んできた。それを受け取るアルジェントは、一つ一つをチェックしている。

 既にエンジェロイド・デバイスの姉妹も、第二弾の三人が仲間になっていた。

 自然と、アルジェントが集める使命を帯びたパーツも、増えることになったのだ。

 だが、その先に彼女が得る強大な力に、今はメリッサは素直に喜ぶことはできない。今日という苦戦、激戦を生き延び、勝ち抜いた。その先にあるのは、さらなる苛烈かれつな戦いなのだから。

 そう思ってぼんやり眺めてると、両側に人影が立つ。


「我が姉メリッサ、お疲れ様じゃのう。ちと疲れたか?」

「ふふ、メリッサ姉様は今日も頑張りましたから。七面六臂しちめんろっぴの大活躍でしたね」


 気付けばメリッサは、うみちゃんとピー子に挟まれていた。

 二人もまた、メリッサの視線を目で追い、新しい妹たちへと頬を崩している。

 そして、アルジェントを中心に和気あいあいとし始めた妹たちに、手をワキワキさせながら忍び寄る影があった。


「……ひょーちゃん、なにやってんだろ。ねね、うみちゃん、ピー子も。あれは」

「ああ、いつものあれじゃろ。構われたいんじゃ、きっと」

「ひょーちゃんは妹に甘過ぎるのよね。ふふ、でもしょうがないかな? 私たちもずっと、ひょーちゃんを甘やかしてきたんですもの」


 ひょーちゃんは精一杯、姉の威厳をよそおい取り繕って、気取りながら妹たちに話しかける。しかしそれは、なんとかお姉さんらしくあろうと格好つけてるせいか、酷くぎこちなくて見てられなかった。

 エヘ、エヘヘと不気味な笑みでにじり寄る、ひょーちゃん。

 カムカちゃんが無表情で肩をすくめ、ヴァルちゃんは「うわぁ、なんてーか、うわぁ!」とドン引きである。苦笑するメディ子も、目がすわわったひょーちゃんを直視するや固まっていた。


「ふひ、ふひひ……いもーと、かわいい……かわいい、いもーと」

「ちょ、ちょっと!? アルジェントお姉ちゃん、これっ! もぉ、なんなのよっ!」

「まあまあ、メディ子。ここは自分に任せるッスよ。おー、よしよし、おいでおいでー。怖くないスよぅ。よーし、いい子いい子……ほら、人畜無害なただの姉ッスよ。ひょーちゃん、頑張ったスからねえ今日は。よしよし、なでなで」

「……メディ子も、ヴァルちゃんも。、それは姉様だからな」


 やれやれと苦笑するカムカちゃんの前で、ようやくひょーちゃんは構われ始めた。だが、姉の威厳などまるでなく、メディ子とヴァルちゃんに頭を撫でられデヘヘと笑っている。ちょっと、怖い。

 だが、おおむねいつもの光景で、それが実感となってメリッサに満ちる。

 次の瞬間には、ぶるりと身が震えて……押さえ込んでいた感情が溢れ出しそうになった。胸の奥に沈めて、指揮官として自分を奮い立たせるために心へ押し込まれたもの。それは、恐怖だ。


「は、はは……今になって、手が。震えが、止まらない……しょうがない姉だよね、私も。ちょっと、情けない」


 笑ってみせようとしたが、強張る表情が頬を引きつらせるだけだった。

 そんなメリッサの肩を、優しくうみちゃんが抱き寄せる。彼女はいつもの飄々ひょうひょうとした声音で語りかけながら、背をポンポンと優しく叩いてくれた。


「あの地点はふねの竜骨の真上、そして各方面へと続く分岐路じゃ。分断されれば今後、妹たちとの合流も難しくなる要衝じゃからなあ? いい判断じゃったよ、我が姉メリッサ」

「うん……でも、危なかった。ギリギリの戦い、だった」

「例え薄氷はくひょうを踏むような戦い、九死に一生を得ての勝利も……勝ちは勝ちじゃよ」

「……妹たちは皆、私を信頼して戦ってくれる。そんな彼女たちを……私は危うく」


 今になって怖気おじけづいて、手の震えが止まらない。右手を押さえ込むように掴んで握った、その左手も小刻みに震えていた。

 メリッサは、妹たちのはしゃぐ声を遠くに聴きながら、小さなつぶやきを漏らす。

 だが、いつになく優しげなうみちゃんが身を寄せ、ピー子も微笑みながら語りかけてくれた。一番近い妹の二人は、弱気を見せたメリッサに対しても普段通りだった。


「この艦のアチコチにネズミが棲みついていて、そのほぼ全てが幻獣カーバンクルの支配下にあると言っていいでしょう。メリッサ姉様、たかがネズミ、されどネズミです」

「そうじゃ、兵器庫でミサイルをかじられても困るし、食料のちょろまかしも度が過ぎれば……リジャスト・グリッターズの母艦としての機能を著しく損なうのう」

「宇宙戦艦というのは、ある意味で精密機械の塊です。多くのクルーのメンテと運用で、文字通り巨大な生物として活動している。その中に今、悪性の腫瘍が巣食い、病原菌が満ち満ちている」

「倒さねばならん……そのためにも、今後も厳しい戦いは続くじゃろう。それと――」


 不意に、うみちゃんがそっと離れた。

 次の瞬間には、メリッサは両頬をむにゅりとつねられた。不敵な笑みで、うみちゃんはメリッサの頬を引っ張りながら笑う。


「案ずるなかれ、我が姉メリッサ! お主が指揮する妹たちは無敵じゃ! 個々に秀でた技能と個性を持ち、その全てが人間たちのためにお主と共に戦う」

ふぇふぇもでも……ふがが」

「大丈夫じゃよ、誰も死なん。ワシらが、死なせはせん。……じゃから、自分を少しは誇るのじゃ。お主以外の誰が、あの曲者くせもの揃いの妹たちを統率とうそつし、鼓舞して戦うのじゃ?」

ふぉふぉれはそれは……痛っ!」


 パチン! と、うみちゃんが手を放した。

 頬をさすりつつ、メリッサはついうつむいてしまう。

 だが、見守るピー子もまた、温かな言葉でメリッサを励ましてくれた。


「うみ姉様が参謀として作戦の立案や準備をしてくれます。私も副官として、メリッサ姉様をずっと支え続けますわ。……もしもの時は、私が決断を。その時がこないとは限らないですし、その時メリッサ姉様にだけは……これ以上、辛い思いはさせませんの」

「ピー子……」

「必要なデータは全て私が洗い、戦いの果ての果てまで演算を繰り返して見通します。メリッサ姉様は存分に戦ってくださいな。きっと、妹たちもそれを望んでますわ。ふふ、みんなメリッサ姉様が大好きなんですもの」


 ちらりと見れば、ひょーちゃんが妹たちに甘やかされている。どっちが姉だかわからないが、早くも新しい妹たちは場の空気に溶け込んでいた。レイやアイリスの双子、フランベルジュの三姉妹たちも無事で、今はグランが配ってるお茶で一息入れてるところのようだ。

 皆、メリッサのかわいい妹たちだ。

 みんな、失いたくない。

 誰にも、誰一人失わせたりしない。

 その決意を新たに胸に刻んだら、自然と震えが止まった。

 そして、背後で呑気のんきな二人組の声が響く。


「ね? けっこーイイでしょ☆」

「満点であるな……私としても、そうあってもらわねば困るところであったが」

「この娘たちは強いヨ。彼女たちになら任せられる……二つの地球の命運を握る、この部隊の母艦を委ねられる。ボクはそう確信してるネ!」

「イグザクトリィ! ならば私も賭けよう……彼女たちに、もう一つの未来を」


 振り返るとそこには、二人のエンジェロイド・デバイスが立っていた。

 正確には、違う……エンジェロイド・デバイスのフォーマットに合わせて、自身の持つ力の何割かを振り分けた分身だ。

 アルカちゃんの隣には今、深い闇をたたえたような漆黒のドレス姿があった。長い長いスカートはすそを音もなく引きずり、その奥に脚は見えない。対象的に胸元が大きく空いた上半身からは、青白い肌が覗いていた。目も覚めるような美少女は、這い寄る混沌にして邪神の一柱だ。

 ケイオスハウルを模した姿が、ゆっくりメリッサへと歩み寄る。


「自己紹介がまだだったね、レディ。私はヴァルちゃんとメディ子のマスター、チクタクマン。そう言えばおわかりだろう?」

佐々佐助サッササスケ君の……ケイオスハウルの?」

「イェス! 私もアルにならって、リトルガールたちと同じ姿を選んでみた。今後は、ふむ……そうだな、ケイちゃん。ケイちゃんと呼んでくれたまえ!」

「あ、うん……えっと、ケイちゃん?」

「グッド! いい響きだ。さらに続けて!」

「え? あ、ああ、うん……ケイちゃん」

「グッド! グッド、グッド、グーッド! 今度は上目遣いで、少し切なげに!」

「ケイ、ちゃん……って、これ必要? ねね、ケイちゃん……もとい、チクタクマン」


 思わず、左右でピー子とうみちゃんが吹き出した。

 だが、ケイちゃんは構わずニヤリと笑う。


「ようやく硬さが取れたな、メリッサ。なに、今のはアズライトスフィアではよくある、スフィアンジョークだ。やはり、君は妹たちと笑っている方が、いい」

「えっ……ふふ、ありがと。なんか、気を使わせた?」

「ノゥ! 好きでやってることさ。これもサスケから学んだことの一つだ。さて」


 落ち込んでいたメリッサを笑顔に戻して、ケイちゃんはアルカちゃんと一緒に顔を見合わせた。二人は頷き、やがてケイちゃんの視線に促されてアルカちゃんが喋りだす。


「幸い、今日の戦いで一つの要衝を抑えられたヨ。今後、ボクも注意を払ってあの場所はキープし続ける……そして、十字路であると同時に、あそこからまた上下にダクトは入り組んでる。迷宮は更なる深みへと進むのサ」

「うん……大丈夫だよ、私もうへこたれない。みんなと守る、みんなも守る……必ず」

「その意気だヨ、メリッサ。あと……申し訳ないけど、悪い知らせが二つある。ピー子。今日の戦闘レコードを出してくれるかい? 解析用の映像、あるよネ」


 アルカちゃんの言葉で、ピー子が宙へと光学映像を投影した。浮かび上がる立体映像のウィンドウ内に、先程の戦闘の様子が動画で再生される。そして、すぐにメリッサはアルカちゃんの言いたいことに気付いた。


「ピー子、今のとこ! 映像、止めて。解像度、あげられる?」

「大丈夫です。ノイズを補正で除去、拡大しますね」

「……こ、これは!」


 そこには、敗走するネズミたちが映っている。メリッサたちの攻撃を受けた個体は、幻獣カーバンクルの魔力による支配が弱まり、中には普通のネズミに戻って四つん這いに逃走する姿もある。

 だが、その中に……驚きの光景が映っていた。

 それを見つけて、うみちゃんが片眉を跳ね上げる。


「ほう? ただのネズミ共と思うたが……なんじゃ、面倒なことになりそうじゃのう。これは、着込みをつけておるのか? いよいよ連中、徐々に学習……そして進化しておる」


 少数だが、ネズミの中には防具を着込んでいる個体が見られた。アチコチからくすねてきた素材を貼り合わせたのだろう。艦内で出るゴミの中から、少しずつネズミたちは資材を回収し、それを資源として活用し始めたのだ。

 映像の中に浮かぶネズミは、二足歩行で立つ身体の全面に鎧を張り巡らしている。

 見たままにメーカーのロゴが入っていて、どうやら牛乳の紙パックを加工したものらしい。基本、宇宙戦艦であるコスモフリートの飲料はチューブだが、外から調理用に仕入れたり、支援団体の善意で補充された品はその限りではない。


「……連中、ガラス片やプラスチックの切れ端を武器にしてたから。そうか、今はまだ紙……そうした武器で加工できるレベルのものをまとい始めたんだ。だから、今後は」

「オフコース! 原人に等しかったネズミたちは今、道具を得て文明を築こうとしている。幻獣カーバンクルの影響で、知能が発達を始めたのだ。今後、戦いは厳しくなるだろう」

「うん。でも、負ける訳にはいかな。ネズミたちだって、病原菌媒体びょうげんきんばいたいだのなんだのうとまれつつ、船乗りたちとこの艦では共存してたとも言えるんだ。早く、元の環境に戻さないと」

「それと……もう、この話は耳に入っているね? レディ、こっちの方が深刻かもしれない」


 ケイちゃんは、もったいぶりつつ真剣な顔で語りかけてくる。その蒼月のように冴え冴えとした表情に、自然とメリッサは身を硬くした。

 ――艦内の多くの部屋で、エンジェロイド・デバイスの部品が盗まれ始めた。

 確かにケイちゃんは、そう言った。

 しかし、この時はまだ……誰もがその意味に気付けず警戒するしかないと頷き合う。ネズミたちが艦内のアチコチで物資を集めているのは知っていたし、最近は姉妹のパーツが盗まれることも聞いている。だが……後にその些細な報告は、恐るべき悲劇となって姉妹たちの前に姿を現すのだった。

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