第14話「このふねの"あす"のために」
二つの地球の命運を乗せ、
満天の星空を仰いで航行する鋼鉄の
プラモデルであるエンジェロイド・デバイスの少女たちにとって、そこは入り組んだダンジョンにも等しい。待ち受けるは、幻獣カーバンクルに操られたネズミたちである。
「よっし、
メリッサは今日も、妹たちの誰よりも前に立って戦う。既に疲労は蓄積して関節部を重くし、フェンサーブレードを握る手の動きが鈍ってきた。
だが、姉妹の長女として、常に先頭に立たなければと自分を奮い立たせる。
本当は、誰も戦いに駆り立てたくない。
それでも、この艦の人間たちのために立ち上がったからには……メリッサは必ず最前線に立ち続けると誓っていた。
彼女の左右を守っていたカムカちゃんとブレイが、ダメージをチェックしつつ左右に駆け寄ってくる。二人が完璧に守りを固めてくれたお陰で、メリッサはネズミたちの軍勢に打ち込まれた
「メリッサ姉様、戦闘力17%のダウン……これ以上は損耗率が激し過ぎます。一度後退を」
「ううん、カムカちゃん……今夜はここを維持してネズミたちを追い返そう。この十字路はコスモフリートの艦体を支える竜骨の上にあるんだ。抑えておきたいから」
「うう、うおおおおっ!
「や、あのねブレイ……その、今日で最後じゃないし。
姉妹でも最強の防御力を誇るブレイは、多くのネズミたちを引き付け引き受けてきた。そしてその分、損傷は激しい。同時に、ブレイはそういう姉だと割り切って戦うカムカちゃんの、全く無駄のない効率的なインターセプトが妙に噛み合っていた。
無論、二人の仲が悪い訳ではない。
気持ちの通う姉妹同士だからこそ、互いの長所を信じ切って戦えるのだ。
だが、それもそろそろ限界だ。
そして、まだまだ長い夜が終わらないと、後方から静かな落ち着いた声が響く。
「メリッサ姉様、敵の第七波が来ますわ。続いて第八波、第九波も接近中。迎撃を……カムカちゃん、ブレイと下がって頂戴。他に動けるのは――」
頭上に天使の輪のような光を浮かべて、ピー子の声が嫌に鮮明に響く。彼女が艦内に張り巡らせた電子の千里眼は、ネズミたちの軍勢がまだまだ衰えていないことを教えてくれる。
全ての情報を管理、分析し、常に姉妹たちへ最適化された戦術予報を提示する。
そこには、普段の優しげなアララウフフという感じの笑みはない。
「しかし、姉上っ! もう交代要員が……姉上たちや妹たちに、これ以上の無理はさせられないっ! そうだろ、カムカちゃん!」
「いいえ、ブレイ姉様……現状、今夜の内にここを制圧することが肝要なのです。後方はうみ姉様がフランベルジュの三姉妹やアイリスの双子と共に支えてますので。今は予備戦力を投入してでも、この地を抑えるべきかと」
「だが、カムカちゃんっ! ……これでは、いつか戦列が破綻してしまうぞ!」
気まずい沈黙……メリッサの左右でカムカちゃんとブレイが同時に押し黙る。ピー子だけが淡々と、戦術データを読み上げていた。彼女は冷静な判断力で、後方で退路を確保している妹たちにも目を配っている。
ここが正念場だが、少しばかり戦力が足りない。
これでも、うみちゃんのチームからひょーちゃんとアルジェントを借りてきているのだ。ピストン輸送で姉妹たちを運ぶレイも、その護衛をするグランにも疲れが見える。
――自分の指揮官としての判断は、間違っているのだろうか?
一瞬、メリッサの脳裏を過る疑念。
ちらりと背後を振り返れば、少し離れたところでひょーちゃんが伸びている。ヘトヘトに疲れてグロッキーな彼女は、アルジェントの膝枕でぐったりとしていた。だが、視線に気付いたのか顔をあげると、へらりと緩い笑みを……なんだかちょっとキモい、いつもの笑みを浮かべた。
「メリッサ、がんばれー、まけーるーなー、ルルルー♪ ……わたし、ちょっと休憩。疲れた……明日から、本気、出す」
「あ、うん。ひょーちゃんもお疲れ、も少し休んでていいよ。……ゴメンね」
「謝ること、ない……わたしも、みんなも……メリッサと、戦う。最後まで、戦い抜く……そう、抜く……わたしも、みんなも……戦い、ヌく。男の子ってこういうのがすきなんでしょ、的な?」
努めていつもの調子でニタニタしているが、ひょーちゃんの疲労度は限界だ。そして、先程まで砲打撃戦でネズミたちの投石とやりあっていたアルジェントも、もう少し休んだ方がいいだろう。
やはり、無謀な作戦だったのだろうか?
だが、うみちゃんとは何度も相談して打ち合わせしたし、現在の姉妹の戦力的に可能だと判断した。全てを決定し、裁可を下したのはメリッサだ。
その責任を取るためにも、絶対に姉妹たちを無事に朝へ返さなければいけない。
「せめて、アルカちゃんと連絡が取れれば……ピー子、アルカちゃんは」
「連絡、ありませんね。それよりメリッサ姉様、
「うー、しんどいなあ。とりあえず、ブレイとカムカちゃんは下がって! 少し、私だけでもたせてみせる!」
メリッサが無理に作った笑みを、持ち前の勇気で本物の笑顔にする。
その顔を見て、頷き合ったカムカちゃんとブレイは……再び銃や剣を手に、メリッサの隣に立ち続けた。
悲壮感を増す中で、ネズミたちの軍団が近付いてくる。
今のところ、うみちゃんたちが危惧していた最悪の事態は回避されていた。ネズミたちは相変わらず、プラスチック片や硝子の欠片等を武器に襲い掛かってくるが、以前の戦いと比べて変化はなかった。論理的な戦術や奇策もなく、ただ数を頼みに襲い来る。
だが、圧倒的な物量差というのは、流石のメリッサたちでもいかんともしがたい。
そして、再び投石が薄闇の向こうから弾幕を作った。
「ブレイ姉様、メリッサ姉様に当たる物だけで結構ですので……切り払ってください。見切るだけでいいです。姉様なら可能ですし、被弾率18%程度なら平気ですね。このレベルの攻撃なら、もっと近づかなければ姉様の装甲は抜けない筈ですから」
「流石だな、カムカちゃん! ……まさか、こんなに頼りになる妹がいてくれるとは。わはは、さあ姉上! もう一勝負です! 私の影に隠れて白兵戦の用意を」
無数の
戦線の維持は困難で、乱戦になる。
背後では立ち上がったひょーちゃんが、大剣を手にアルジェントを後方へ下がらせていた。だが、メリッサに退く気はない。この場所を絶対に動かない。指揮官として無能、兵士としても三流かもしれないが……皆の姉として、退く時は一番最後、最後尾だ。
「よしっ、ピー子! みんなを連れて一度下がって。ちょっと無謀だったみたい……今日はボロ負けかも。……私のミスだなあ。でもっ! 私が
ピー子はその手に、金のエングレービングも麗しいマスケットを持ち……その銃身に着剣しながらメリッサの横に並ぶ。なにも言わせない微笑で、静かに彼女は皆と共に隣に立った。
「敵が来ます、数はざっと300……でも、そこを凌げばなんとかなりそうですね。ふふ、メリッサ姉様? 諦めてはいけませんわ。それに……私たちの妹は、そんなにヤワじゃないんですもの? ね?」
コクンコクンとひょーちゃんが頷く。結局退却を断固拒否したアルジェントも、静かに笑っていた。そして……十字路を守るメリッサたちへと、一番遠くへ繋がる回廊の奥から敵意が襲い来る。
獣臭が濁流となって押し寄せる中で、無数の血走る眼が迫っていた。
決戦、そして死闘になる。
誰もが覚悟を決めた、その時だった。
「おやおや、レディース・アンド・ジェントルメン! 遅れてすまないね。
不意に、奇妙な声が響いた。
そして、左右の通路からそれぞれ、二つの影が躍り出る。
その姿にメリッサは、驚きと共に声を張り上げる。名を呼ばれた背中が、肩越しに振り返った。二人の少女は同じエンジェロイド・デバイス……そして、初めて会う妹だ。だが、知識でしかない彼女たちの勝ち気な瞳が、無言で頷いていた。
「もぉ、メリッサお姉ちゃん? また一人で背負い込んでっ、駄目なんだから。しょ、しょうがないから助けたげるっ! あたし、怒ってるんだから! ね、ヴァルお姉ちゃんっ」
「ういッス! 自分とメディ子で、ガツーンと一発やっちゃうッスよぉ!」
二人は対照的な姿で、そして同じ想いを灯していた。
一人はスラリと長身痩躯で、肉付きの豊かな赤いシルエットを浮かべている。だが、グラマラスで優美な曲線を描く肢体は、その両腰に特徴的なパーツが装着されていた。
彼女が小さく叫ぶと同時に、まるで翼のように鋭角的なパーツが光を放つ。
「あたしの力は攻防一体……そして、光芒の一閃! 弾けろっ!」
赤い少女の瞳が、十字に光って敵を見据える。
無数の光が刃を形成して、互いに組み合わさりながら障壁となった。それが、押し寄せたネズミたちを次々と弾き返す。光を紡ぎ繋いで六芒星となった輝きの切っ先は、分離するや個々に鋭敏な機動で飛翔する。
あっという間にネズミたちは、混乱の渦中で足並みを乱して進軍を止めた。
そこに、もう一人の妹がゆっくりと歩き出す。半ズボン風のキュロットスカートをはき、マント状の装甲を背負った小柄な少女だ。頭には帽子をかぶり、大きな丸メガネをかけている。そして……彼女の手には今、
「ではでは、いくッスよぉ!
開かれた書物が、風もないのにページを次々と送る中で輝き出す。
そして、メリッサは信じられないものを見た。突然、光を放った書物から巨大な鉄拳が飛び出したのだ。それは、
突然の援軍で混乱したネズミたちは、
あとは、この十字路をピー子のデータにマッピング、定期的なパトロールと防衛で確保していけばいい。予想外のことだったが、ホッとした瞬間にメリッサはその場にへたり込んだ。ペタンと崩れ落ちて、フェンサーブレードを突き立てて寄りかかる。
そんなメリッサと妹たちの前に、先程の二人がやってきた。
「メリッサお姉ちゃん、助けに来たんだから! あっ、あたし、No.015のメディ子! 大人気ロボットアニメ『
「自分はヴァルちゃんッス!
そして、彼女たち二人のマスターが闇の奥から姿を表した。
隣にアルカちゃんを連れ歩くその姿は……頼もしき味方にして、偉大なる邪神の
アルカちゃんはいつものゆるーい笑みで手を振ってきた。
「待たせたネ、メリッサ☆ 連絡つかなくてメンゴ。ボク、彼と連絡を取ってたんだ」
アルカちゃんが笑う横には……
新たな仲間の登場で、メリッサたちの戦いは新たな局面を迎えようとしていた。
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