第13話「いもうとは、げきついおう」
そして、その片隅には難民となった民間人にも解放された、ある
エンジェロイド・デバイス専用の
今、メリッサを手に
「ふっふっふー、この私に挑もうなんて……ソーフィヤちゃんっ、覚悟してもらうよん」
「それは、こっちの
筐体を挟んだ向かい側では、無愛想な無表情の少女が立っている。彼女の名は、ソーフィヤ・アルスカヤ。このリジャスト・グリッターズでも腕利きのエースパイロットだ。
だが、見た目はまるでビスクドールのようで、美術品か工芸品のように美しい。
年端もゆかぬ十代の少女が戦う空、それが二つの地球を取り巻く全てだった。
そうこうしていると、VRシミュレーション筐体がシステムメッセージを響かせる。無機質な電子音声は、かろうじて女性とわかる程度の平坦なものだ。
『On Your Mark……Set The Device』
都が平らな筐体の上、自分のすぐ前にメリッサを立たせた。
ソーフィヤもまた、自分で作ったエンジェロイド・デバイスを置く。
VRシミュレーション筐体は、平面上の筐体の上に3D立体映像のステージを現出させる。その中に、エンジェロイド・デバイスから読み取ったデータが表示され、マスターはコントローラーでそれを操るのだ。
そっとメリッサは、背後に立つ都を見上げる。
筐体から離れてフローティングする二つの球体を握って、彼女は周囲に投影される映像へと視線を走らせていた。光学キーボードをタッチして、こまめにパラメータの確認と修正に大忙し。今、下で自分のエンジェロイド・デバイスが勝手に振り向いていることなど気付きもしない。
対戦しようとする二人の周囲には、非番のパイロットや子供たちが集まりだしていた。
「わぁ、都お姉ちゃんのメリッサだぁ。がんばれー!」
「ねえねえ、ソーフィヤお姉ちゃんのは、あれはなぁに? あの子、初めて見る」
「わたし、知ってるー! もう第二弾が発売されてるんだあ。わたしもさっき
「……と、子供たちは盛り上がってるみたいだが? なあ、
「あいつ、なんかアレコレうるさいんですよ。スミ入れ? とか、デカール? とか、なんかもう凄くて。俺は、別に。まあでも、避難民の子供も喜ぶから、こうして」
もしかしたら、あとでピー子とも対戦することになるかもしれない。
既にエンジェロイド・デバイスは世界中で売れに売れまくって、品薄状態が続いていると聞いていた。第二弾も出荷されるや売り切れ続出で、リジャスト・グリッターズの経済力を
そうこうしていると、VRシミュレーションが光を放ってステージを構築してゆく。
無機質なシステムメッセージが響くと同時に、メリッサは意気込み身構える。
『Device Advent!! Get Ready……Engaged!!』
瞬間、現出した3D映像の中へと、メリッサの意識が吸い込まれる。
次の瞬間、彼女は広がる青空の下にいた。
周囲は岩場で、少し進んだ先に小さな街並みがある。まるでイタリアのローマかミラノかという、どこか中世の都市を思わせる古都だ。その先へと伸びる街道沿いに、ゆっくりとメリッサは歩を進めた。
勿論、操作しているのはマスターの都だ。
夜と違ってこのVRシミュレーションでは、
そして、都はメリッサが全幅の信頼を寄せるマスターだった。
だが、無防備に周囲を見渡すメリッサの頭上に、鋭く尖った声が振ってきた。
「メリッサ姉様、
同時に、周囲の石畳に弾着の煙が上がる。
即座に都が操作するまま、メリッサはランダムな回避運動で周囲を転げ回った。身を投げ出して大きく避け、飛び起きて加速力を爆発させる。立ち上がると同時に接地したレッグスライダーが唸りを上げて、ホイールが金切り声を歌うや走り出した。
「むむ、空戦タイプ……ってことは!」
「避けられた? この距離で……ですが、追い詰めます」
逆光を背に空を舞う影が、無数のミサイルを放出した。
煙と炎の尾を引く猟犬が放たれ、
だが、メリッサは都が自分の両手を通して伝えてくる電気信号の入力に、ただ忠実に舞い踊る。古い石造りの道を滑走するメリッサは、まるで銀盤のプリマドンナのように、円弧を描いて滑るように馳せた。軌跡を追うミサイルが全て、アサルトライフルから放たれたケースレス40mm弾頭の
そしてメリッサは、腰から抜き放ったハンドグレネードを宙へと放る。
周囲へと撒き散らされた煙幕に紛れて、彼女は古い街並みへと飛び込んだ。建物の影に身を伏せれば、頭上をアフターバーナーの轟音が突き抜ける。遅れて吹き荒れる風圧に、思わずメリッサは銃を持つ手で目を
相手はやはり空戦タイプ、となれば第二弾の初顔合わせで考えられるのは、ただ一人。
「この手並み、そして火力と機動力……間違いないっ、カムカちゃん!」
「抜群の回避性能に運動性、そしてスモーク・ディスチャージャーでの仕切り直し……見事です、メリッサ姉様。ええ、自分は№011、カムカちゃん……
新たな妹との出会いも、今は喜ぶ暇を与えてもらえない。煙幕は持ってあと30秒……そして、再度
そのことは、マスターである都はわかっているようである。
彼女は、都は都市用の陸戦兵器レヴァンテインのプロフェッショナル……そして、リジャスト・グリッターズでの長い長い戦いで、多くの空戦兵器と渡り合ってきた実績がある。その技術と経験、なにより折れない気持ちをメリッサは信頼していた。
瞬間、操る都と操られるメリッサの気持ちがシンクロする。
自分が動く瞬間、それを命じる電気信号が打ち込まれてくる。
今、メリッサは都が命じるままに動くと同時に、都が思うであろう機動を先取りして走り出す。彼女が身を低く影のように駆け出せば、風が煙幕をさらって霧散させた。
「そこですか……メリッサ姉様、逃しません。ただ逃げるだけでは、自分には」
背後で再び警告音、そしてメリッサの周囲で道が破裂する。大口径の
だが、真っ直ぐ前だけを見てメリッサは駆け抜ける。
「カムカちゃん、流石だね! でも……私だって、負けてられない! ……来たっ!」
業を煮やしたのか、上空のカムカがありったけの火力を放出する。音速に近いスピードで空を飛ぶカムカちゃんの方が、全力疾走するメリッサよりも速いのだ。まごまごしていると、彼女はメリッサを追い越してしまう。その前に、全火力を叩き付ける……それは
定石とは
「メリッサ姉様、逃げ場はありません。その先は行き止まりです」
「そうだよ、カムカちゃん! そして……その火力を待っていたんだっ!」
銃弾と砲弾が乱れ飛ぶ中で、再度ミサイルが襲い来る。
だが、メリッサは非情な追跡者を引き連れたまま、さらに加速する。
その先には街を横断する水道橋の巨大な壁が迫っていた。行き止まり……デッドエンド。だが、その先へ、上へとメリッサと都の思考が重なる。
ミサイルは全弾命中、3Dオブジェクトの水道橋が大きく揺らぐ。
そして……その黒煙と爆発の中から、メリッサが浮かび上がった。
メリッサは今、空へと駆け上がる中で妹の驚愕の声を聴く。
「……爆風を利用して、壁を……垂直に? メリッサ姉様、ならば」
「勝負だよっ、カムカちゃん! 接近戦に持ち込んで……引きずり下ろすっ!」
メリッサは今、切り立つ断崖のような水道橋の側面を、空へと向かって垂直に走っていた。ミサイルの爆風に押されて、壁をレッグスライダーのフルパワーで駆け上る。
そうして彼女はカタパルトから射出されるように空へと舞い上がった。
空中で姿勢を整える間もなく、フェンサーブレードを抜刀すると同時に、反転。
その先には、驚きに目を見張りつつ、瞬時に反撃体制を整えるカムカちゃんの姿が逆さまに映っていた。危険度ウルトラCのトリックを決めながら、
レーザーブレードを銃に着剣したカムカちゃんもまた、正面からメリッサを迎え撃った。
激突する刃と刃が、一秒にも満たぬ瞬間、二人を
「自分から空へと飛び込んでくるなんて。ふふ、メリッサ姉様……それでこそです」
上を取ったのは、メリッサだった。
大上段から振り下ろしたフェンサーブレードの一撃に、
そのまま
まるで、二人は互いに剣の舞を高め合う薄氷の上の踊り子だ。
「やっぱり、カムカちゃん! 私たちと同じで、自我に目覚めてる!」
「ええ、やはりメリッサ姉様たちもそうなのですね? こちらはあの方の……そう、名状しがたき這い寄るあの方のお陰で、少しずつ姉妹と合流できています」
「あの方? それは」
「自分としては、理解の範疇を超えた存在と申しましょうか、その……オカルトは、苦手です。しかし、事情は既に把握しました。幻獣カーバンクル……その
会話を交わしながら、二人は激しく削り合う。
都とソーフィヤは、現実世界でアレコレと言葉を交わしつつ、複雑な入力で次々と二人を踊らせた。見えない糸が揺れるままに、操り人形が剣を振るう。
だが、メリッサは言い知れぬ興奮の中で、自然と笑顔になった。
それは、上空からの絶対的優位を失ったカムカちゃんも同じだ。
「メリッサ姉様……楽しいですね。自分は今、こうして自我と感情を得られたことに感謝しています。こんなにも、戦うことが楽しい。メリッサ姉様との時間が、嬉しいのです」
「私は結構タジタジだよ? 妹はみんな、ほんとにもぉ……そこっ!」
「させませんよ、見えますっ。……こうしてゲームを遊ぶ玩具でいられる時間、とても尊いですね」
「うん……だから、守らなきゃいけない。カムカちゃん、協力してくれる?」
「愚問です、メリッサ姉様。自分は……そして皆は」
カムカちゃんの繰り出す一撃が、鋭い突きとなってメリッサの頬を擦過する。
ギリギリで避けたメリッサは、その隙に全力でフェンサーブレードを叩きつけた。
咄嗟にカムカちゃんは、その場でアクロバットに宙返り……サーカスじみた機動で回転するや、背のプロペラントタンクをパージして浮かび上がる。
メリッサの鋭い斬撃が、放られたプロペラントタンクを一閃した。
そして、爆発。
爆炎から飛び出すメリッサの腕は、腰にマウントしていたアサルトライフルを抜き放っていた。見もせず直感で拾う先へと、その銃口を突きつける。
すぐ目の前でカムカちゃんも、機関砲をメリッサへと突き出していた。
そして、VRシミュレーションがタイムアップを告げる。
頭上では既に、ゲームを終えた都が笑顔でソーフィヤに言葉をかけていた。相変わらず言葉少なげでも、ソーフィヤは少し声が弾んで聴こえる。
「いやあー、引き分けだよー! ソーフィヤちゃん、強いじゃん? なんかもー、すっごい苦戦したあ。もっかいやろ、もっかい!」
「都、子供たちも待ってる。順番、譲る……で、私に教えて、欲しい。この子、カムカちゃん……もっと、綺麗にしたい」
「見た感じパチ組だけど、ゲートの処理も丁寧だし、スミ入れもこれ、ソーフィヤちゃんがしたの? うんうん、そうかー、じゃあ……一緒にデカール貼ろ、デカール!」
頭上を行き来するマスターたちの、楽しそうな声。
銃口を突きつけあったまま固まる二人も、自然と笑顔になる。どこか硬い軍人口調のカムカちゃんも、その端麗な表情を僅かに崩して笑った。
「今日はありがとうございました、メリッサ姉様。凄く勉強になりました」
「いやあ、どうかなあ……少し長引いてれば、これは絶対私が負ける流れだよぉ……にはは、でもよかった。これからもよろしくね、今度部屋に会いにいくよ」
「はい。自分の方でも何人か把握してるので、連絡を貰えれば声をかけておきます。それと……メリッサ姉様。あの方から最近、知らされたのですが」
不意にカムカちゃんは、表情を厳しく凍らせて呟く。
「この
「えっ? そ、それって」
「最近、組み立て前のエンジェロイド・デバイスからランナーが消えたり、組み立て終えた後の
カムカちゃんの言葉は、メリッサの中に新たな不安を巡らせる。
この艦で今、幻獣カーバンクルに操られたネズミたちは、いったいなにを? そして、エンジェロイド・デバイスの部品を盗んで、なにを企んでいるのだろうか?
「それと……都、ちょっと相談。その……コイ? バナ? 的な……日本語、難しい。……相談、乗って欲しい」
「おおっと、そうきたかぁ。いいよー、ソーフィヤちゃん! そだ、今夜私の部屋にこない? 灯ちゃんや千雪ちゃん、エリーちゃんに
「助かる、かも。みんなでワイワイ、したい」
「うんうんっ! そしよ、そうしようー」
華やぐマスターたちとは裏腹にメリッサの心配事が一つ増えた。だが、目の前で気遣うように見詰めてくる妹のカムカちゃんが、今はとても心強い。また一人、あらたな仲間を得てメリッサは挑む……誰もが知らぬまま続き、知らぬうちに終えるべき戦争へと。
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