第12話「ひょーちゃんの、いもうと」
今、リジャスト・グリッターズの旗艦である宇宙戦艦コスモフリートは、
日の沈まぬ夜という幻想的な光景に、メリッサは目を細めていた。
だが、夜は彼女たちエンジェロイド・デバイスにとっては活動の時間。そして、戦場であると同時に憩いと安らぎの一時でもある。ピー子に抱かれて舞い降りた部屋で、メリッサはそれを忘れて窓の外を見詰めていた。
「メリッサ姉様? あの」
「ああ、ごめんピー子。いやさ、大自然って凄いなーって」
「ふふ、そうですわね。大いなる生命のゆりかご、二つの地球……リジャスト・グリッターズの皆様が守っている、未来へと繋がる明日そのものに思えます。残酷で美しい大自然もまた、皆様にとってかけがえのないものなんですね」
「うん、いやもう、本当に凄くてさ。
「……私は、この部屋の方が凄いと思いますけど、ふふ」
相変わらず穏やかな笑みを浮かべるピー子の、周囲を見渡す視線を目で追うメリッサ。
ここは、リジャスト・グリッターズの空戦チームを
男所帯の独り身が住む部屋とは思えぬくらいに、片付いている。
というよりは、物が
以前見た
あらゆる物への興味を喪失していることは、同じだが……まるでそう、亮司の部屋は整い過ぎた綺麗さなのだ。まるで、明日死んでも誰も困らないような、一種の不気味な
そのことはピー子も感じていたようで、メリッサと同じ感想を彼女は
「亮司さんのお部屋は、なんだか……永遠の旅立ち前、みたいな感じですね。ちょっと、ううん……凄く、寂しいです」
「なんだろう、片付けとか整理整頓っていうより、身辺整理って言葉がしっくりくる部屋だよね。でも……亮司さんはまたこの部屋に戻ってくるよ。明日また飛ぶため、ずっと飛んでいくために」
「……ええ」
そうこうしていると、殺風景な亮司の机の上で妹が手を降っている。
今しがたピー子に抱えられて
そこで待っていたのは、アイリスの双子の姉妹だった。
「おいーっす! お姉ちゃんたち、こっちこっちー!」
「お疲れ様です。すみません、どうしてもって言うので……先に、来てました」
アイリとリースはメリッサたちを出迎え、対象的な笑みを浮かべる。
太陽のように元気
二人は今日、どうしてもと妹に頼まれ、先にこの部屋へと飛んできていたのだ。
メリッサはアイリのショートボブを
双子の頭を両手で撫でつつ、メリッサは周囲を見渡す。
「二人共ごめんね、ひょーちゃんがワガママ言って。ほら、あの子今までずっと末っ子だったから」
「ふふ、ちょっとわかります。私も、妹のことはかわいいから」
「そうそう、こんなリースでも妹はかわいいしっ! だからあたしっ、お姉ちゃんたちのかわいい妹でいたいから、頑張る! グッと気合で、ガガガッと頑張るんだ」
相変わらず水と油の双子は、それでも仲が凄くいいのが自然と知れた。
そして、二人に案内されて机の奥へ行くと……勝手に点けた電気スタンドの明かりの下に、二人のエンジェロイド・デバイスがいた。
お行儀よく脚を揃えて腰掛けているのが新しい妹で、その周りで妙なハイテンションのままあれこれ身振り手振りしているのがひょーちゃんだ。
メリッサはピー子や双子と一緒に、挨拶をしに歩み寄る。
四人を振り向いたひょーちゃんは、だらしなくゆるみきったキモい笑みで出迎えてくれた。
「メリッサ、ピー子も……フフ、フフ……ウフフフフフ! わたし、紹介する……わたしの、妹……No.010、サンダー・チャイルドの子」
グネグネと身をくねらせニヤニヤしてるひょーちゃんの横に、立ち上がった少女が並んだ。背はひょーちゃんより少しだけ高いくらいで、姉妹の中では小さい方だ。すらりとスレンダーな、と言うよりは平坦な身体は、両肩から砲身が飛び出て、両腕の格闘用
しかし、十字に光るバイザーの奥には、かわいらしい笑顔がはにかんでいた。
「あ、はじめまして、姉様。私はアルジェント、サンダー・チャイルドをモデルに作られたエンジェロイド・デバイスです。あ、あの……
丁寧に皆に挨拶をしたアルジェントは、頭を深々と下げた。そしてそのまま、前のめりにつんのめって転んでしまう。
どうやら背中のパーツが大きすぎるようだ。
両肩の砲身と、両手の手甲だけでも大質量なのに、背中には一際大きな荷物がある。
なんだろうと気になった時には、ひょーちゃんが血相を変えて駆け寄った。
「アルジェント、大丈夫……? 平気? 痛いとこ、ない……?」
「イタタ……あ、でも大丈夫です。ふふ、ありがとうございます、ひょー姉様」
「ひょー姉様……わたし、姉様。ウフフ……ウフフフフフ! ねんがんの、いもうとを、てにいれたぞ! ……さ、立って。姉様の手に、つかまって」
「はいっ」
ひょーちゃんは実は、ずっと妹に会いたかったのだ。
それで、今日は待ちきれずにアイリスの双子に無理を言って、先に来ていたのだ。
ずっと会いたかった、エンジェロイド・デバイス第一弾で唯一の妹、アルジェントを前に完全に浮かれている。
だが……ピー子に耳元で
「あらあら、かわいいこと……でも、ひょーちゃん、ちょっと……ねえ、メリッサ姉様」
「うん……なんか、無理、してる? おーい、ひょーちゃん。あんましさ、お姉ちゃんになったからって気負ったりしないでね? いつものひょーちゃんでいいんだから」
うんうんと腕組みアイリが叫び、そこにリースが釘を差した。
「そうだよっ、ひょーちゃんっ! あたしみたいに、等身大のありのままでいいんだよ! あとは気合と根性でなんとかなるし、いざとなったら当たって……当たって、く、く、く……当たって喰らわせ! 必殺技とか最終奥義を喰らわせればいいんだよ!」
「アイリ、それ駄目……違ってるし、全然駄目……駄目、なんだからね? ね? ……ね!」
「……あい」
微笑ましい光景だが、ひょーちゃんは先程からアルジェントにべったりである。
そして、そんな二人がかわいいが、メリッサはなんだか少しおかしくて笑みが溢れる。本当にひょーちゃんは、ずっとお姉ちゃんがやりたかったんだなと、ふと思った。
以前、まだ二人だけだった時に聞いたことが一度だけあった。
だが、そのことを思い出したら……自然とメリッサは頬が
「あら? メリッサ姉様、お顔が」
「あ、いや……思い出しちゃった。ピー子たちに会う前さ、
ピー子がじーっと見詰めて、じとーっと
これは話さずに追われない雰囲気と諦めて、溜息と同時にメリッサは話し出した。
あれはもう一ヶ月以上前、マスターの
ひょーちゃんは例の馬鹿デカい剣を引きずりながら、いつもメリッサのあとをついてきた。なにかと世話が焼ける子だったし、ちょっとヘンテコだけどとても可愛がっていたのを覚えている。そして、今もとっても愛らしい妹なのだが、彼女が言った言葉が忘れられない。
「ひょーちゃん、いつか私みたいに……メリッサみたいになりたい、って言ってたの。私、そんなに妹想いじゃない気もするんだけどなあ? ね、ピー子」
「あら……妹想いでない人があんなに多くの妹たちから慕われるでしょうか。勿論、私もお慕い申し上げておりますわ、メリッサ姉様」
「はは、ありがと。でも……あ、あれ? ねえ、ピー子……あれ」
「あらあら、まあまあ……立派な、お姉さん? お姉さんになるんじゃ……?」
元気で騒がしいアイリスの双子も、なんだか訳がわからずに目を白黒させていた。
そこには、アルジェントを猛烈に構い倒すひょーちゃんがいるのだが……なんだか様子が変だ。変だというか、あまりにいつも通り、今まで通り過ぎた。
「アルジェント、わたしの妹……おお! そ、そうだ……わたし、アルジェントにプレゼント、持ってきた。えと、えと……あ、あれ? ない……たしか、マントのポケットに」
「落ち着いてくださいな、ひょー姉様」
「あ、あれ? どこにも、ない……どして? ……うっ、落としたのかも……ううう」
「ああ、泣かないでください、ひょー姉様。きっと、お部屋に忘れてきたのかもしれません。もしくは通気孔の中に落としたか。今度ひょー姉様のお部屋に
「う、うん……でも、確かにここ……このポケットに、はう! ……穴、空いてる」
「ひょー姉様、マントぼろぼろです。私、少し直しましょうか? こう見えてもお
なんだか、メリッサは思った。
そしてそれは、この場のピー子やアイリスの双子も同じ気持ちかもしれない。
半べそのひょーちゃんは、穴だらけでボロボロのマントを脱ぐと、アルジェントに渡した。意外とアルジェントはしっかりもののようで、どっちが姉だかこれではわからない。
「うう、アルジェント……ゴメン。わたし、イイお姉さんになれない……メリッサみたいに、なれない」
「そんなことないです、ひょー姉様。あ、ほら! 包帯がまた
「あれ? あ、うう、
「大丈夫ですよ、ひょー姉様。ちょっと落とし物でびっくりしちゃったから、手が上手く動かないだけですから。ひょー姉様はいつもはシャンとした、格好いい姉様ですから」
「……わたし、格好いい?」
「はいっ!」
ひょーちゃんの包帯を巻き直して、マントを片手にアルジェントはメリッサたちを振り返った。アルジェントの優しがが嬉しいのか、先程は泣きべそだったひょーちゃんは、もうデヘヘと緩みきった笑みを浮かべている。
「アルジェント、いい子……本当にいい子、いい妹。なでなで、したい……エヘヘ」
「それは、ひょー姉様がいい姉様だからですよ? はい、なでなで。なでなで、なでなで」
「グフフ……頭、なでられちゃった。妹、嬉しい……これが、いわゆる……男の子ってこういうのが、好きなんでしょ、っていうアレ……妹、
「あ、ひょー姉様? 髪が随分
駄目だ、完全にアルジェントが姉で、ひょーちゃんが妹に見える。
だが、不思議とメリッサがピー子と交わす苦笑も、心なしか優しい。肩を
そして、メリッサは二人が一段落したところでアルジェントに本題を切り出す。
「アルジェント、もしかしたらもう聞いてる話かもしれないけど」
「あ、はい。アルカ姉様から少し聞きました……私にもお手伝い、させてください! 私、とろくてドジでノロマな亀ですけど、姉様方のために頑張ります! って、うわわっ!?」
再び頭を下げたアルジェントは、そのままつんのめって倒れた。前転する要領で転がった彼女は、机の床に尻もちをついている。
メリッサは手を伸べ助けつつも、やっぱり気になって聞いてみた。
「ねえ、アルジェント。その……背中のそれ、なに?」
「ああ、これですね。これは、ズィルバーです。その、パーツというか」
慌てて駆け寄ったひょーちゃんを安心させつつ、アルジェントは背の巨大なバックパックを下ろす。毎度お辞儀の度に彼女がひっくり返っていただけあって、物凄く大きくて重そうだ。
メリッサの目には、それはなにかの部品に見える。
アルジェントはにこやかな笑みでひょーちゃんを安心させつつ、説明してくれた。
「これは私の分身、そして私の全て。スメラギ社のエンジェロイド・デバイス第一弾の十体、その最後の私が後の姉妹と
「と、いうと……」
「私を購入した方のための、付録というか、付属パーツです。私が背負ってるこれは、
「! ……そ、それって……アルジェント、まさか」
「はい。第二弾の十体、そして第三弾の十体。第四弾、第五弾……私を妹だと呼んでくれるひょー姉様、そしてメリッサ姉様たちに続く、私の妹たち。その全員に付属する、ボーナスパーツ……それを全て集めた時、私はきっと姉様たちの力になれる……と、思います」
言ってることは酷く不確かだが、アルジェントはニッコリと笑った。
彼女が背負う巨大なパーツは、どうやら今後の姉妹にも同じ規格のものがついてくるらしい。それを全部集めた時……本物とは別の形で、廃惑星を踏み鳴らす鉄巨神が姿を現すだろう。そしてそれは、それこそが、アルジェントの最大にして最強の能力なのだ。
だが、今はアルジェントが背負わされたデッドウェイトでしかない。
それでも、メリッサは決意も新たに、新しい妹を歓迎する。それは、ピー子やアイリスの双子たちも一緒で、多分ひょーちゃんも同じだと思う。……あの、ゆるゆると緩みきって緩み極めた、本当にだらしない笑顔を見ても、そう思う。アルジェントを構いつつ、結果的にアルジェントに優しくされてるひょーちゃんを見ても、そう思える。
また一人、メリッサと姉妹たちに新たな仲間が加わった瞬間だった。
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