第10話「はじめての、いくさば」

 薄暗い通気孔つうきこうは立体的に入り組み、さながら宇宙戦艦コスモフリートの中をくまなく巡る毛細血管のよう。そして、点検用の明かりが等間隔にともる回廊は、エンジェロイド・デバイスの少女たちにとっては魔宮ラビリンス、ダンジョンにも等しい。

 そんな中でメリッサは、接敵遭遇エンカウントの第一報を受けて妹たちと合流していた。

 先行していたピー子たちは、すぐ先の敵と睨み合っている、そんな状況だった。


「お疲れ、ピー子! みんなも! ……どう? 膠着状態こうちゃくじょうたいっぽいけど、敵の動きは気になるよね」


 急行したメリッサの登場に、妹たちが振り向き安堵の笑みを浮かべる。

 この場にいるのは、ピー子を小隊長として、フランベルジュの三姉妹にブレイ、そしてアルカちゃんだ。

 レイの飛行モジュールで、文字通り飛んできて駆けつけたメリッサは翼を飛び降りる。

 一緒に来てくれたのは、レイにグラン、そしてアイリスの双子だ。

 まずはメリッサは、意気軒昂いきけんこうとばかりに剣を手にするブレイに声をかけた。


「ブレイ、ひょーちゃんとうみちゃんで大食堂を守ってくれてる。撃ち漏らした敵がそっちに行く危険はないよ」

「流石です、姉上! ……そうか、よかった。大食堂は難民たちの憩いの場。なによりもまず、守らねばなりません。我がマスターたる、子供たちのためにも!」

「うんうん。それで、えっと」


 メリッサが周囲を見渡しつつ、先頭に立つ。

 この通気孔の向こうは今、闇の奥に感じる気配が十重二十重とえはたえ……群れなす殺意が感じられる。それがプラスチックの柔肌を擦過さっかして泡立てる。

 間違いない、すぐそこに敵がいる。

 改めて妹たちを振り向くと、メリッサは手短に指示を飛ばした。


「私が最前線に立つ、みんな……ついてきて。絶対にこのふねを、マスターたちの日常を守る。この艦は人類の希望であると同時に、マスターたちの帰るべき場所、ホームだから」


 皆、頷きを返してくれる。

 うみちゃんの言った通りだ。

 誰もが皆、ではない……誰もが皆、だ。


「ブレイ、前衛を任せるよ。みんなを守って」

「委細承知! 腕が鳴ります、姉上!」


 バシン! とブレイは己の拳でもう片方の手の平を叩く。彼女は機動力や運動性こそ低いが、強力な攻撃力と防御力を誇る前衛のかなめだ。勇者の名は伊達ではない……少し実直過ぎる素直さが不安だが、皆でフォローすれば大丈夫だろう。


「ツヴァイとドライはフランを守りつつ、敵を押し返して。……はまだ、駄目だよ? まだ、その時じゃないから……悪いけど、通常攻撃で対処して」

「了解ですわ、メリッサ! いいですわね、フラン様?」

「やりましょう、フラン様! いまこそメリッサの元に姉妹で集い、力を合わせる時!」


 ツヴァイとドライはやる気満々だが、その二人に挟まれたフランはほえほえと微笑ほほえんでいる。その緩い笑みも、周囲の緊張感を払拭していった。

 この三姉妹には、特別な力、そして特殊な機能が実装されている。

 故に三体セットでの販売なのだが、今はその力を使う時ではない。


「レイ、君はアイリとリースを見ててあげて。グランは私のバックアップを宜しく」


 空戦組も元気に返事を返してくれた。

 レイは空戦組のリーダーとして信頼できるし、アイリスの双子はやる気満々だ。グランも持ち前の軽快なフットワークで皆を援護してくれるだろう。

 そして、今更言葉を掛けるまでもないピー子が、ニコリと微笑み両手を天にかざす。


「それじゃあ、みんな……私たちの戦いを始めるといたしましょう。この艦を守るため、人々の希望の光を灯し続けるため……私たちがいることを幻獣カーバンクルに知らしめましょう」


 ピー子の背負うリングブースターを模した光輪が、ふわりと分離して彼女の頭上に広がる。それはまるで、本物の天使が頭部に頂く光の輪っかのようだ。そして、レドームのように回転する天使の輪が、周囲に光の幾何学模様きかがくもようを広げてゆく。それは、ピー子だけが持つ強力なジャミング機能と索敵、そして情報収集のための輝きだった。

 その光に照らされながら、アルカちゃんが口を開く。


「メリッサ、最後に確認だヨ。……幻獣カーバンクルを倒せば、キミたちの自我と感情、人格は消滅する。本当にただのプラモデルになってしまう。それでも、いいんだネ?」


 メリッサも勿論、他の姉妹たちも力強く首を縦に振る。

 むしろ、彼女たちは誰もが互いにフォローし合って気持ちを共有し、この決戦の瞬間まで気持ちを固めてきたのだ。自分たちが自我を宿して人格を得た、それは全てこの時のために……人間たちの希望の方舟はこぶね、宇宙戦艦コスモフリートを守るためにあったのだ。

 たとえ消え行く明日、自分たちの進めぬ未来でも……その先にある全てを、守る。


「アルカちゃん、大丈夫……私も妹たちも、異論はないよ」

「オッケーだヨ! じゃあ、始めようか。因みに、幻獣カーバンクルはこの艦のネズミたちをほぼ全て掌握している。キミたちはVRヴァーチャルシミュレーションの外でも能力を使えるけど、生物を殺傷する程の攻撃力は持っていないんだヨ」

「……でも、なにか手があるんだよね? アルカちゃんに」

「そだネ、そこらへんは準備万端だヨ。キミたちの攻撃にボクの魔力を乗せて、ネズミたちを幻獣カーバンクルの呪縛から解き放つ……まあ、ショック療法だネ。で……再び洗脳されるかもしれないけど、二度三度とそれを解くほど、ボクの魔力が免疫として浸透する」

「倒されたネズミたちは、死ぬことはないけど、再洗脳されるリスクはどんどん下がるってことだよね?」

「ソダヨー? あと、メリッサたちエンジェロイド・デバイスの破損や損壊に関しても策を高じてるヨ。マスターに、飛猷流狼トバカリルロウを作ってもらってる。大丈夫サ」


 そして、メリッサたちの戦列にアルカちゃんも並ぶ。

 彼女は全身の装甲をパージして組み立て直し、右腕に装着する巨大なナックルを完成させた。自分の身体と同等の大きさの、それは巨大な鉄拳。鉄槌にも似た豪腕を装備することで、防御力を犠牲にアルカちゃんは強大な攻撃力を得ることができるようだ。

 そして皆を連れ、メリッサはゆっくりと闇の先へと一歩を踏み出す。

 暗闇に浮かぶ真っ赤な双眸そうぼうが、二十三十と浮かんで増え続ける。


「よしっ! さあ来い、ネズミさんっ! 私たちでネズミさんを呪縛から叩き起こしてあげる……ちょっと痛いけど、我慢して!」


 フェンサーブレードとアサルトライフルを両手に構えつつ、メリッサが吠える。

 それは、同時に通気孔を揺るがす地響きが突進してくるのと同時だった。すかさず最後尾のピー子が叫ぶ。


「みんなっ、私のマーカーを利用して! 各個撃破、突出しては駄目よ……コンバット・オープン! イルミネート・リンク……アタック!」


 すぐにメリッサたち全ての姉妹に、ピー子からのターゲットマーカーが回ってくる。そして、無数に視界に浮かぶ敵が姿を表した。

 あっという間に混戦状態へと突入する中、メリッサは周囲に気を配る。

 レッグスライダーが唸りを上げて、たちまち周囲がネズミたちの絶叫に包まれた。

 その中でメリッサは、驚愕の光景を目撃する。


「これが……敵? ネズミって……!?」


 ネズミも大型になれば、メリッサたちエンジェロイド・デバイスと同等の10cm前後のクラスにまで成長する。だが、居並ぶどの個体もその大きさ、それより巨大なものもいることには驚かない。

 寧ろ、幻獣カーバンクルの影響下にあるネズミが、凶暴で強固だとは覚悟していた。

 だが、メリッサには予想外の敵が周囲を囲んでいた。


「二本足で……二足歩行している! 道具を、武器を使ってくる!」


 背後からの援護射撃を受けつつ、メリッサが一体のネズミと切り結ぶ。

 そう、……剣と剣とがぶつかり合い、刃と刃とが闇に火花を閃かせる。メリッサが振り抜いたフェンサーブレードが、後ろ足で立つネズミの構えた輝きにぶつかった。それは、どこからか拾ってきたであろうガラス片だ。ネズミたちは皆、前足に……手に大小のガラス片を握っている。それも、握る手元にはガムテープと思しきものを巻いている。

 敵には原始的ながらも、知性があって道具を使う知能がある。

 吠え荒ぶネズミたちの斬撃をかいくぐりつつ、メリッサはそのまま一閃。

 もんどりうって倒れたネズミは、魔力から解放されたのかぼんやりと起き上がった。そのまま周囲を見渡し、今度は普段通りの四つん這いで逃げてゆく。


「みんなっ、手加減無用だよっ! 致命打を与えてもダメージはないし、ダメージの代わりに魔力の支配を弱めることができるみたい。遠慮しないでやっちゃおう!」


 妹たちを鼓舞するメリッサの声に、援護の射撃が無数に光った。薄闇を照らす火線が無数にネズミたちへと叩き込まれる。

 だが、またしても驚く反撃がメリッサの頭上を超えていった。

 40cm四方の狭い通気孔の回廊内で、エンジェロイド・デバイスたちへ応射が驟雨しゅううと注ぐ。

 ピー子の声が鋭く尖って、普段の温和さが嘘のように厳しく響き渡った。


「敵は有質量の物体を投擲とうてき……投石攻撃までしてくるなんて。ブレイ、お願いできて? 妹たちに、メリッサ姉様に当たるものだけをロックオン、マーカーを回すわ」

「流石です、姉上! この勇者ブレイがいる限りっ、姉妹の誰にも手は出させないっ!」


 前へと出たブレイが、手にする剣を中へと振るう。まるでそれは、軽やかに舞う光のタクトだ。彼女が勇気をかなでるシンフォニーで、見えない斬撃と剣閃のオーケストラが歌い出す。

 ブレイが放った剣からの衝撃波が、直撃コースの投石だけを叩き落とした。

 そしてメリッサは、狭い回廊内での攻防が徐々に落ち着いてゆくのを感じる。

 ネズミたちは勝ち目がないと悟ったのか、徐々に逃げ出した。それも、潰走や敗走といったものではない……整然と隊伍たいごを組み直して殿を立て、反撃しつつ撤退戦で去ってゆく。高度に連携の取れた組織力を感じて、勝利の余韻も忘れてメリッサは寒さに凍えた。

 敵はネズミ、幻獣カーバンクルに操られたこの艦の先住民族だ。

 だが……未熟で稚拙ながら道具を武器として使い、洗練されあ統制で動く軍隊のよう。

 改めて敵の恐ろしさを知ったメリッサは、逃げゆくネズミたちを見送り振り返る。

 そこには、頼もしい妹たちの笑顔があった。


「さあ、皆様……今こそネズミさんたちをやっつけましょう。ネズミさんたちを幻獣カーバンクルから解き放つこともまた、戦い。ツヴァイ、ドライ……参りましょう」

「おーい、フラン? ごめん、もう終わったから……ツヴァイもドライももう、めーいっぱい戦ったから」

「はっはっは! 流石はフランの姉上、キモすわわっておられる! この勇者ブレイ、感服です!」

「今、飛行モジュールにネズミたちを追わせます。基地か、それに類する拠点を発見できるかもしれない。ピジねえ、データを頂戴」

「了解よ、レイ……なんとか、勝てたわね。でも……ふふ、いいわ。今はよしましょう。そうでしょう? メリッサ姉様」


 妹たちは勝利の歓喜に沸き立って、皆が我先にとメリッサに抱き付いてきた。その一人一人の頭を撫でてやりながら、腕組みウンウン頷いているアルカちゃんとも目線で声なき言葉を交わす。

 これが最初の戦闘で、そして……長く続く戦場への入り口だった。

 人間たちの誰もが知らぬ戦いへと身を投じたメリッサたちの、初めての勝利と、始まった戦いと。その両方が、次なる新たな姉妹たちと、さらなる強力な敵を連れてくるのだった。

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