第9話「てんしたち、よぞらへ」

 ベッドで読書したまま、眠りこける戦士の休息……皇都スメラギミヤコがファッション誌を片手に爆睡している、その消し忘れたスタンドの明かりが照らす薄闇。

 星もない密室の夜空に、空を舞う妖精フェアリーたちが火花を散らしていた。

 腰に手を当て見上げるメリッサは、妹たちの真剣な、そしてどこか楽しそうな模擬戦に目を細めた。闇夜を切り裂き、翼を持つ者たちが飛び交う。

 背後では調べ物をしてるのか、参謀さんぼう役のうみちゃんがデータの整理をしていた。

 ぼんやり浮かぶ光学ウィンドウに囲まれ、電子の人魚姫マーメイドがムフフと微笑む。


「ピー子にブレイとフランベルジュの三姉妹……強行偵察にはおあつらえ向きの編成じゃな。アルカちゃんは今、敵の……幻獣カーバンクルの資料を整理してくれておる」

「あ、うん。今日はピー子に指揮を、っていうか、引率お願いしちゃった。で……ねね、うみちゃん。この模擬戦は」

「ん? ああ……空戦組に少し、自分の能力を把握してもらおうと思ってのう」


 飛び交う翼は皆、飛行能力を有するエンジェロイド・デバイスだ。その中でも目立つのは、全身の装甲を組み換えた飛行モジュールに乗る、レイ。彼女はまるで見えない波に乗るサーファーのように、自在に愛機と化した鎧を駆る。

 その相棒を務めるのは、先日合流してくれたグンラだ。


「レイ姉さん! 私が前衛フォワードで切り込みます。撃ち漏らしをお願いしますね」

「オッケーだよ、グランッ! 速度と防御力は私が……私の飛行モジュールが一番だから、いざとなったら退くんだよ?」

「了解ですっ……では!」


 丸い船窓せんそうから僅かに差し込む、白い月明りに翼が舞う。

 2on2ツーオンツー、コンビネーション戦闘の訓練も兼ねている。そして、メリッサは改めて自慢の妹たちを見上げた。今、このふねに運び込まれたエンジェロイド・デバイスはどれくらいだろう? 既に市販も開始されているし、ネットでの評判を見ると売上も上々のようだ。

 各国のモデラーたちは喜んでエンジェロイド・デバイスを買ってくれてる。

 子供たちも、買ったエンジェロイド・デバイスを玩具店やデパート、ゲームセンターで対戦させて盛り上がっているようだ。


「今度、この艦の、コスモフリートの談話室にも行かなきゃな。あそこ、VRヴァーチャルシミュレーションの筐体きょうたいが置いてあるし。他の姉妹を連れて、そのマスターが遊びに来るかも」

「そうじゃな、メリッサ。む! ほう……見よ、しかけるぞよ」


 うみちゃんが指差す狭い空に、小さなバーナー炎が光を放つ。

 無軌道にジグザグ飛ぶ光がグラン、そして真っ直ぐ流星のように馳せるのがレイだ。その先には、二機編隊エレメントを組んで回避運動を取り始めた輝きが二つ。


「グラン、あんまし突っ込みすぎないでね! さあ……行くよっ、妹たち!」

「ターゲット・インサイト……ブーストッ!」


 あっという間に深夜のドッグファイトが始まった。

 背後を奪い合うような、互いの尻尾に噛み付く闘犬とうけんのような戦いが始まる。姉妹たちの命を預かるメリッサにとっても、貴重なデータが得られる真剣なものだ。個性的で、ともすればとがった一面を持つ姉妹たちを正確に把握し、力を合わせてきずなに変える……そして、この艦を、人類の希望を守り通す。

 その戦いの果てに、自分たちの自我と心が消えても構わない。

 暗黒大陸で入り込み、今も艦のどこかにひそむ幻獣カーバンクルを……倒す。

 決意も新たに天井をにらんでいたメリッサの、その気負いを和らげるようにうみちゃんが触れてきた。尻に。セクハラだ、商社のおっさんサラリーマンみたいだ。


「ひあっ!? ちょ、ちょっと、うみちゃん!」

「いい尻じゃのう、我が姉メリッサ。……あまり思い詰めぬことじゃ。すでにワシらはではないぞよ? ワシらは、じゃ」

「うん」

「で……例のカーバンクルの放つ魔力のお陰で、ワシらの能力はVR空間を介さず現実で発現する訳じゃが……いいデータが取れそうじゃのう!」

「そかそか、よかった」


 うみちゃんも並んで見上げ、にんまりと笑う。

 エンジェロイド・デバイスたちの空戦チームをまとめるレイは、うみちゃんが説明するまでもなく安定感があって、目配せがきいている。彼女になら妹たちを任せられると、メリッサも確信した。


「レイの奴は、機動力や加速力に優れ、なにより数人程度なら陸戦型の姉妹を乗せることも可能じゃ。さらには、本人と飛行モジュールの遠隔操作で、多次元攻撃もこなす」

「なるほど」

「ただ、弱点もある……飛行モジュールを組むため、アーマーを全部脱ぎ、手動で組み立てる必要があるのじゃな。それと、当然じゃが本人の防御力がゼロになってしまう」

「そのために、援護機としてグランがついてくれてるのもあるよね」

「うむ。因みに、なぜなにスパ◇ボのてっきちゃん情報によれば、Zゼータガンダムの変形が0.5秒、バルキリーが3秒、マクロス艦が3分じゃ。本物のEYF-X RAYも数秒で変形するのう……熟練パイロットともなれば、戦闘時の高機動変形もこなすわい」

「く、詳しいね……」


 言うなれば、レイは万能型マルチロール攻撃機アタッカーといったところだろうか。


「このレイの弱点をカバーしてくれるのが、グランじゃ。実際メリッサも戦ってみたからわかるじゃろ?」

「うん……あの子、すっごく強いよ。頼りになるなって感じた。それに、私の妹はみんなかわいいからね。かわいいは正義、だよっ!」

「うむ! グランは運動性に優れ、ドッグファイトが強い。レンジを選ばぬ武装は取り回しもよく、地上組と空中組を繋ぐ戦闘導線ウォーラインの展開が可能じゃのう」


 確かに、グランが牽制しつつレイが攻撃、そしてレイの隙をグランがカバーしている。押し込まれている時はレイが飛行モジュールを突出させ、盾代わりにするなど起点も効かせていた。

 グランは高い運動性を活かした、要撃機インターセプターとしての素養があるみたいだった。


「で……新しく来てくれた二人は? 挨拶もそこそこに上に上がっちゃったけど」

「うむ、アイリスの双子じゃな? 案ずるなかれ、あの二人もかなり期待できる。なぁに、ワシの頭脳を駆使すれば、どんな妹たちとて一騎当千じゃよ」


 天井すれすれの空間では今、苛烈な空中戦が展開されていた。

 レイとグランが攻める中で、新顔の双子が粘り強いディフェンスを見せている。メリッサの目にも、あの二人と初顔合わせでここまで戦えるのは頼もしい。

 熾烈を極める本気の模擬戦は、夜の空気を静かに震わせていた。


「リース、援護よろしくっ! アタシが突っ込む!」

「待って、アイリ……猪突猛進、駄目だよ?」

「任せてよ、ちゃんとバカなりに考えてるんだから」

「突撃、特攻、駄目だからね」

「了解! ……おりゃあああっ、吶喊とっかんっ! アターック!」


 強烈な加速が、闇夜に光の軌跡を描く。

 アイリスの双子の片方、プロトファイブをベースとするアイリが直線的に飛び込んでゆく。その背を援護するのは、もう片方のリースだ。こちらはプロトシックスがベースで、二人はコンビネーション戦闘を前提として二人一緒にセット販売されている。No.008、アイリスの双子は今夜来てくれた新しい仲間だ。


「もぉ、アイリ! どうしていつも突っ込むの? めっ、だよ? ……誰に似たんだろ。マスターの真道美李奈シンドウミイナさんは、とても穏やかな淑女レディなのに」

「わはは、だいじょーぶいっ! アタシ、細かいことは苦手だからさ……昔から言うじゃん? 当たって砕け! って」

「……当たって砕けろ、だよ。砕けたら駄目だよ」

「そうそう、その……それだよ! 当たって挫けろ!」

「……違うってば、アイリ」


 パナセア粒子を再現した燐光りんこうを振り撒き、双子が夜空にきらめく花を咲かせる。一見して無謀な突っ込みに見えて、アイリはちゃんとレイとグランの分断に成功していた。そして、その背をロングレンジライフルで援護するリースが、相手の機動力を削いでゆく。


「アイリは素直なイイ子だけど、ちょっとあの短慮なとこが気になるかな。心配」

「なに、真っ直ぐ一本気なかわいい妹じゃよ。それに、特性を熟知すれば、それはもう悪癖あくへきとは言えぬしのう。戦況によっては、ああして強引にかき回す戦力が必要じゃ」

「なるほど、我らが軍師様は頼もしいなあ。リースは?」

「アイリとペアでの運用が前提ゆえ、1+1を10にも100にもする。中距離から遠距離での支援は、あの子にまかせておけば安心じゃ。ピー子とのデータリンクで測距そっきょデータを回せば、強力な砲支援もしてくれそうじゃしのう」


 アイリとリース、双子は戦闘機ファイター……それも、二機編隊で力を発揮する制空戦闘機だ。レイよりも打撃力や運用の幅広さに劣り、グランよりも運動性や即応性に欠くが……息の合った双子が舞えば、互いの相乗効果は無限大だ。

 それを確認したのか、視線でメリッサに頷く上空のレイは満足げだった。

 アイリとリースは、人型のまま飛べるピー子やグラン、アーマー自体が飛行モジュールになるレイとも違う。本物のアイリス・プロトⅤの飛行形態を模したバックパックが、背中についているのだ。それ自体がウェポン・プラットフォームであると同時に、両手を広げる双子を空へといざなう魔法のほうきだ。


「いい結果じゃのう……まあ、あとは……のう? メリッサ」

「うん。とりあえず、アイリの有り余る元気を、リースが少し持て余しちゃってる感はあるかな。でも、レイとグランがフォローしてくれるし、大丈夫だと思うよ」


 上空では、ショートボブの勝ち気なアイリが飛び回っている。迎撃しようとするグランを引き剥がし、複雑な機動で回避するレイを追い回している。……そして、ロングヘアのリースはちょっと戸惑っているみたいだ。

 今後の課題があるのはいいことだし、互いにフォローする妹たちにメリッサは期待していた。


「アイリ、駄目……どいてお姉ちゃん、そいつ殺せない……殺さないけど」

「わはは、待て待てーい! 姉妹と言えど焼肉定食! 訓練でも手は抜かなーいっ!」

「それ、違う……弱肉強食」

「そうとも言うっ! おっしゃあ! ここで必殺のっ、アイリちゃんビィィィムッ!」


 アイリの胸が光って、たわわな谷間の奥から光芒こうぼうほとばしる。

 レイはこれを回避、自ら飛行モジュールを飛び降りるという、ウルトラCの離れ業を見せた。同時に、グランがその華奢きゃしゃな細身の身体を抱き上げる。その間にもう、レイが操る飛行モジュールがアイリのバックを奪っていた。

 しかし、リースの射撃で攻撃ポジションを失い、勝負は五分と五分で続く。


「いい調子じゃのう! ……で、メリッサや。ひょーちゃんは……なにをやってるのかのう、あれは」

「うーん、あれは……うーん、なんだろう。と、とりあえず……うーん」


 二人はギギギギと、ゆっくり首を巡らせ表情を引きつらせる。

 みんなが忙しく通気口のダンジョンを調査し、熱心に訓練にいそしんでいる中……メリッサとうみちゃんの後ろでは、ひょーちゃんが遊んでいた。

 彼女は今、あの異常に馬鹿デカい大剣を置いて、その上にサーファーのように乗っている。恐らく、レイを真似てるのだと思うが……とにかく、自分の世界に入っている。


「おーい、ひょーちゃん? なにしてるの?」

「ねだるな、勝ち取れ……さすれば、与えられん……あーい、きゃーん、ふらーい……」

「いや、お主は飛べぬ陸戦型じゃろ。ん? ……メリッサ、通信が。これは……ピー子からのエマージェンシーじゃのう。さては接敵遭遇エンカウントしおったか」


 場の空気が逼迫ひっぱくし、訓練中だった四人も降りてくる。

 相変わらず緊張感ゼロでひょーちゃんが「カットバック・ドロップターン……むふ、むふふふふ」とニヤけてるが……初めての戦いが、その火蓋ひぶたが切って落とされようとしていた。

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