第8話「たとえきえゆく、さだめでも」

 その場所は、ジャズが静かに流れている。少し薄暗くて、でも静かで、そしてちょっぴりビターな空気が漂っていた。

 メリッサは、初めて来てすぐ、この場所が好きになった。

 宇宙戦艦コスモフリートの一角を改造した、ちょっと小粋なバー。

 そこは、ちょっとオネェな気のいいパイロットがママをしていた。仮設バー『山猫亭やまねこてい』の夜は今日も、優しく戦士たちを出迎え、そして送り出す。

 そんな山猫亭の酒瓶が並ぶ棚の裏側に、小さな人影が集まっていた。

 ICチップのバグで魂を得た、エンジェロイド・デバイスたちだ。

 中心には奇妙な姿をした、まるでロボットのプラモデルのような人物がいる。彼はグランのマスターであると同時に、飛猷流狼トバカリルロウ少年をマスターと呼ぶ存在……あの拳王機アルカシードの精霊だと、一般的には思われている。


「さて、みんな……驚かせて悪かったネ。グラン、ありがとう」

「いえ、マスター。無事に姉さんたちに合流できてよかったです」


 メリッサと先ほど一戦交えたグランが、ニコリと笑う。メリッサも気にしてなかったし、どちらかというと妹が無事でよかったというのが正直なところだ。

 この場には今、合流済みの姉妹が大集合している。メリッサと並んでお姉さん格のうみちゃんにピー子もいるし、レイもフランとその付き人二人も一緒だ。ブレイも剣を床に突いて、その柄に両手を置いて立っている。

 そして――


「メリッサ、わたし……寂し、かった。ずっと……出番、ない」

「はは、ごめんね。よしよし、ひょーちゃん」

「……満足、むふふ」


 膝を崩して座るメリッサに、先程からひょーちゃんが密着している。あの馬鹿デカい大剣はほっぽって、先程からべったりだ。うみちゃんやピー子の話では、どうやらお留守番が長くてずっとブーたれてたらしい。

 だが、どの姉が甘やかしても彼女は機嫌をよくするので、いい子にしてたらしい。

 案外、とはピー子の言だが、彼女が一番ひょーちゃんを甘やかしていた。

 全員が輪になって座る中央で、グランのマスター……小さな小さなアルカシードの姿をした存在が喋る。名は、アル。アルカシードの制御を司る者であり、こうして外部との接触用の姿で流狼の肩にいつも乗っていた。

 その彼が接触してきたのには訳があった。


「ああ、そうだネ……ボクも君たちに合わせておいたほうがいいナー?」


 不意にアルは、うんうん頷くや……クルリと回って右手を天へと突き出す。

 そして、発せられた声と共に光が生まれた。


「アルカイック、ラジカルパワー! マッスルアーップ☆」


 たちまち光の魔法陣が、アルを中心に広がる。そして、徐々に小さなアルカシードが輪郭を崩していった。手足が細く伸びて、ウェストがくびれを型取り引き締まる。顔には少女然とした表情が生まれ、髪が長く伸びて棚引いた。

 気付けば目の前に、メリッサたちと同じエンジェロイド・デバイスのサイズの女の子が現れていた。


「変身完了! フィジカル☆アルカちゃん、レディー……ボックス! ……よしよし、いい感じだネ」

「あ、ああ、うん」

「あれ? メリッサもみんなも、引いてる? ちょっと引いてる? ドン引き?」

「う、ううん! そんなことないよ、アルさん」

「やだなあ、ボクのことはアルカちゃんでオッケーだヨ☆」


 とりあえず、大事な話があるので突っ込まないことにしている。だが、アルカはどう見てもエンジェロイド・デバイス……わざわざそのフォーマットになるように変身したようだ。

 美少女へと擬人化されたアルカシード、そんなイメージそのままのアルカが笑う。

 周囲の妹たちの反応も様々だった。そして、微妙にして絶妙だった。


「フラン様、変身しました! むう、あれは!」

「知っているのかしら? ツヴァイ」

「ええ、ドライ……あれはナントカ書房によく書いてある、ボク! 一人称がボクな上に、容赦なく撲殺ぼくさつすることで知られる」

「なるほど……恐るべきは古代のオーパーツですわね」


 この際、メリッサは突っ込まないことを肝に銘じていたが、うずうずしてくる。そしてアルカは「撲殺じゃないよ、殴り倒すだけだヨ!」と、笑顔だった。

 だが、ようやく彼女は真剣な表情を作ると、周囲を見渡し話し始めた。


「敵がいる……そう言ったけど、本当だヨ。それと、キミたちが魂と力を持ったことは、無関係じゃないんだ」

「……話してもらえるかな、アルカちゃん」

「当然さ、メリッサ。ああ、ボクのことはカワイイ従姉妹いとこの妹分くらいに思ってて欲しいナ! 周りのお姉ちゃんたちにも、是非そう思ってほし――」

「いいから早く続き。ほらほら、話の腰を折ってないで、話してよ……もうっ」


 メリッサがうながすと、ようやくアルカは再びシリアスな顔になった。


「単刀直入に言うとだネ……このふねはかつて、暗黒大陸を旅したことがある。その時……とても厄介な幻獣が入り込んでしまったんだ。誰にも知られずにね」


 ――幻獣。

 その言葉に、妹たちは顔を見合わせ不安げに囁き合う。呟きがざわめきになって広がった。メリッサも、腰にしがみついてくるひょーちゃんの力が増して、自然とその頭を撫でてやる。


「その幻獣が、敵?」

「うん、敵の親玉だネ。そして……すでにそいつは、この艦の中で一大勢力を築いてしまった。ボクの察知が遅れたのも原因だヨ、スマンスマン、テヘペロ!」

「……なんか、突っ込む前にどつきたくなった。けど、ま、それは置いといて……アルカちゃん、私たちになにができる? どうしたら……この艦のため、みんなのためになにかがしたいんだ」


 メリッサの言葉に姉妹の全員が頷いた。

 そして、アルカもメリッサの瞳を真っ直ぐ見詰めて首を縦に振る。


「その幻獣の名は……。額に魔石を持つ、とても珍しい幻獣だヨ。そいつは今……有り余る魔力で、静かに、密かに、この艦を制圧しつつあるのサ」

「おお……わたし、知ってる……ソレハトテモシズカニ。男の子ってやっぱり、こういうのが……好きなんでしょ」

「や、ひょーちゃん? それ関係ないから」

「みんな……バリは、好き。ゲート削ってもバリ切るな。バリってこー」


 少しずつ話しに加わり始めたということは、ひょーちゃんのアルカへの警戒心と恐怖も薄れたらしい。それでも彼女は、メリッサにべたっと抱き付いて離れない。ガシッとひっ付いて剥がれない。


「現状、カーバンクルはこの艦のどこかにひそんでいる。そして……たちが悪いことに、この艦のアチコチに住み着いたネズミたちを洗脳、支配して手駒にしているんだ」

「ま、これだけ大きな艦だと、ね。つまり奴は……カーバンクルはネズミたちを兵隊にしてくるってこと?」

「そだね。ネズミたちも強制的に魔力に飲み込まれて、支配されちゃってるんだと思うヨ。そして……カーバンクルの漏れ出る魔力、これが現況であると同時に、一縷の望みなのサ」


 アルカはそう言って指をチッチッチと振ってみせる。


「キミたちエンジェロイド・デバイスが、VRヴァーチャルシミュレーションの外でも力を使えるのは……カーバンクルから漏れ出る魔力の影響なんだ。人間に作用する程の強さじゃない魔力でも、キミたちエンジェロイド・デバイスには強い外的要因になる。まして、ICチップにバグがあった初期ロットのキミたちだ」

「そうか……じゃあ、それで私たちは」

「うん。戦う必然を持ち込んだのもカーバンクルなら、戦う力を与えているのもカーバンクルだネ。そして多分……カーバンクルを倒せば、キミたちの人格も消えてしまうナ」


 その言葉に姉妹たちは動揺も顕だ。唯一うみちゃんとピー子だけが、しれっと動じぬフリをしている。そう、フリだ……メリッサ以上に姉らしい二人が、ここで妹たちに正直な気持ちを露わにすることはできないのだろう。

 責任感の強い二人らしいなと思ったし、そんな二人の姉でよかったと今は思える。

 その時、不意にメリッサの背で酒瓶が動いた。

 このバーのママ、宇頭芽彰吾ウズメショウゴがキープされてるボトルを取り出したのだ。

 自然とバーの音楽がボリュームを増し、客の声もよく聞こえるようになる。

 必然的に気配を殺して黙る中、カウンターに座る男の言葉をママは繰り返した。


「あら、なぁに? バルトちゃん……物資が突然、消えるですって?」

「うむ。主計しゅけいの話では、大量にごっそり消える訳ではない。だが……本当に些細な量、少しずついろんなものが備蓄から消えているのだ」

「押し込められてる民間人が、黙って拝借してる可能性はないかしら?」

「リジャスト・グリッターズは保安員にも欠く有様だ。……そうなら少し注意を促せばいいし、犯人探しがしたい訳ではない」

「バルトちゃんのそういうとこ、好きよん? ……でも、ことによっては」

「ああ。これは、勘だ……直感といってもいい。今、この艦でなにかが起こっている。それはどこか、二つの地球の危機とは比べるべくもない小さな、しかし……とても重大なことの気がするのだ」


 男の名は、バルト・イワンド。リジャスト・グリッターズの一癖も二癖もあるパイロットたちを、現場でまとめ上げる部隊長だ。そして、歴戦の勇士であると同時に、心の傷を闘志に変えて、痛みを魂で乗り越えた大人の男だ。

 そんな彼の不安を、杞憂きゆうで終わらせてあげたい。

 例え、脅威となる敵を倒した時、自分たちの人格や意思、魂が消えてしまっても。


「やろう、みんな……私、やりたい。この艦を、リジャスト・グリッターズを救いたい。ネズミさんだって、支配されてるなんてかわいそうだし」


 メリッサの言葉に、すぐさま声があがった。


流石さすがです、姉上! その言葉、お待ちしてました……勇者ブレイ、力の全てを振り絞ります! 私の勇気を示す時……皆の勇者になる時!」


 他にも声が次々とあがり、皆がメリッサに駆け寄ってくる。


「メリねえ、私も手伝う! 私たちで、マスターの都ちゃんを……都ちゃんの大事な人たちを守ろうよ!」

「ワシも一口乗せてもらおうかのう……のう? ピー子や」

「ふふ、妹たちばかりを戦わせてはいられませんね」

「姉さん、私も頑張る! マスターも今はアルカちゃんだし」

「ありがとう、グラン。キミを選んで作った甲斐があったネ! ボクも勿論、フィジカル☆アルカちゃんとして戦うヨ。物理で、物理的にネ!」


 すると、頷くツヴァイとドライの間で、ぱむ! と手を叩いてフランが微笑む。


「わたくしも気持ちは同じですわ。皆様、共に戦いましょう。例えわたくしたちが戦いの果に、カーバンクルの脅威とともに消えるとしても……それが、危機を知って見過ごしていい理由にはなりませんの。そうでしょう? メリッサお姉様」

「フラン……ありがとう。みんなも、ありがとう」

「おお、おお……フラン、まともに話……ついてきてる。わたし、びっくり。でも、嬉しい……わたしも、がんばる。明日から……本気、出す」


 ぴったり抱き付いてくるひょーちゃんも、何度も頷いていた。

 こうして、二つの地球の未来を託されたリジャスト・グリッターズの、人類の希望たるくろがね方舟はこぶねの中で……誰も知らない戦いが幕を開けるのだった。

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