第7話「あかされつつある、なぞ」

 宇宙戦艦うちゅうせんかんコスモフリートの、多くのクルーたちが寝静まる深夜。今宵も、数奇な運命で魂を宿した人形たち、エンジェロイド・デバイスの冒険が始まる。

 姉妹たちと共にメリッサは今、薄暗い通気孔の中を歩いていた。

 艦内を縦横無尽に走る通気孔は、それ自体が複雑怪奇な迷宮ダンジョンを織りなしている。迷い込めば二度と戻れない、まさに魔宮ラビリンス……だが、誰にも見つからずにメリッサたちが移動するには、こうした手段を用いるのが最も安全だった。


「……ねえ、ブレイ。その……ちょっと、聞いてもいいかな?」


 ついつい呆れたような口調になってしまうが、前を歩くブレイにメリッサは語りかける。振り向く長身が立ち止まると、急停止で前のめりになったメリッサは豊かな胸の膨らみへと顔から突っ込んでしまった。

 スポーン! と頭を抜いて、背後を振り返る。

 当然だが、止まったフランベルジュ三姉妹が頭に疑問符を浮かべていた。


「あのね、ブレイ」

「なんでしょう、姉上」

「えっと……なんで、律儀に一列で並んで歩いてるの?」


 そう、何故かブレイが先頭に立って前方を警戒し、その次がメリッサ。そして、ツヴァイが背にフランを守り、最後尾ではドライが身構えていた。

 通気孔の広さは、おおよそ40cm四方、高さも幅も十分にある。

 だが、どういう訳か五人は一列に並んで歩いていた。


「流石です、姉上! この隊列が重要なのです。常に敵に備えるのが勇者の務め」

「うん、それはわかるけど、なんていうかさ」

「私は日頃、大食堂で遊ぶ子供たちとゲームで学んだのです。勇者とは仲間を連れて、こうして一列に並んで歩き、冒険へと挑むのです!」

「……ドラクエ?」

「おお、ご存知でしたか姉上! 流石です」


 ブレイは大真面目だ。

 だが、少々要領が悪いというか、素直過ぎてなんでも鵜呑うのみにしてしまう傾向があるようだ。なんだか妙に生真面目な妹が、メリッサはかわいくてしかたがない。

 そんな時、最後尾のドライが声をあげた。


「メリッサ、ピー子から通信です」

「あ、うん。ちょっと待ってね」


 メリッサは耳に手を当て、意識を回線の接続へと向ける。すぐにピー子が広げているネットワークにリンクして、視界の中にぼんやりと半透明なピー子の顔が映った。

 彼女は今、五人がスタートした皇都スメラギミヤコの部屋の天井で、レイと一緒に警戒中だ。

 機動力に長けるレイに守られ、索敵能力の高いピー子がナビゲーションを担当している。フランベルジュの三姉妹が作ってくれた地図もあるから、そう遠くへ行かぬ限りは迷わないだろう。


『もしもし、メリッサ姉様? 私です、ピー子です』

「はいはい、もしもし? どしたの」

『現在位置はふねの後部、そこから先はフランベルジュの三姉妹も行ったことがない空白地帯ですわ。それと……その先から動体反応、数は二体。片方が高速で接近中です』

「……了解、ありがと。ついに来たんだ」

『御武運を、メリッサ姉様。ひょーちゃんの子守をしてるうみ姉様から伝言です。出来る限りデータを取りつつ、決して深追いしないようにとのことでしたわ』

「おっけー、とりあえず一当ひとあてしてみよう。そろそろ敵のことも気になってたし、この艦はマスターたちの、人間たちの大事な希望の方舟はこぶねだから。……守るよ、みんな!」


 通信を切ってメリッサが周囲を見渡すと、真っ先にブレイが「はい!」と頼もしい声を響かせた。彼女は腰にジョイントされていた剣を抜くなり、薄暗い闇に続く通気孔の先を睨む。ツヴァイとドライに守られながら、フランは目を瞬かせてほわわんと笑っていた。

 メリッサも腰の背後にマウントされていたアサルトライフルを手に取る。

 同時に、背のフェンサーブレードを一度確認した。


「基本的にVRヴァーチャルシミュレーションと同じ武器、技が使える。……何故? それを今は考えるより……みんな、来るよっ!」


 そして、薄闇の向こうから突然、あかい影が飛び出してきた。

 天井すれすれを高速で飛ぶ姿は不思議は左右非対称アンシンメトリ。片方にしか羽根のない、比翼ひよくの紅き熾天使セラフだ。白い肌もあらわな影が、左腕に装着したリング状のユニットから光をほとばしらせる。

 咄嗟とっさに回避したメリッサの背後で、着弾の煙があがった。。

 ぼへーっと立ってるフランはいつもの笑顔で、ツヴァイとドライが完璧にガードしていた。だが、頭上を通り越した攻撃は奥でターンを決めて戻ってくる。


「ブレイ、三姉妹を守って。……私に任せて。上を飛ぶなら、こうだよっ!」


 大きく足を開いて、メリッサが左手を床に付ける。

 同時に、両足のレッグスライダーが唸りを上げてホイールをスピンさせた。乾いた空気を震わせ、爆発的な加速でメリッサが走り出す。

 そのまま彼女は、四角くくり抜かれて続く通気孔の、その回廊の壁を登った。

 飛翔する敵に向かって走り、壁から天井へと螺旋らせんを描いて突撃する。


「あっちの方が運動性と機動力は上、でもっ! 私の方が、速い!」


 抜刀と同時に、フェンサーブレードが小さく光る。

 薄暗い中で等間隔に怒る点検用の照明が、反射する光の中に紅い影を浮かびあがらせた。比翼の敵もまた、首輪から出現した剣をもって応え、刃と刃がぶつかり合う。

 僅か一撃、一秒にも満たぬ交差で互いの死と死が擦過さっかする。

 通り過ぎると同時に横滑りに停止するや、メリッサは感じた違和感に思わず声をあげた。


「あれ、今の感触……同じ、エンジェロイド・デバイス? あ! もしかして、君」


 向こうも気付いたようで、ゆっくりと地面に降りてくる。

 よく見れば確かに、同じ規格で作られたエンジェロイド・デバイスの少女が立っていた。その顔がようやく見えて、暗がりの中で駆け寄るなりメリッサは抱き付いた。


「ごめん! グラン、だよね?」

「やっぱり、メリッサ姉さんだったんですね……ああ、びっくりした。敵かと、思って。ふわっ、安心したら、こ、腰が……抜けちゃいましたぁ」


 その場にぺしゃーんとへたりこむのは、エンジェロイド・デバイス第一弾の№006、グランだ。フランたち三姉妹と同じ、有名な人気ライトノベル『終想機神グランデルフィン』とのコラボモデルである。

 超法規的独立部隊『リジャスト・グリッターズ』では、金策のために多くのノベル作品とのコラボレーションを行っている。主に古今を問わぬ小説媒体とのコラボがメインなのは、戦闘で忙しい中でも商品開発を比較的容易にするため、詳細が文章としてテキストデータでやりとりできる物語が一番効率がいいのだった。

 メリッサの前で座り込んでしまったグランは、安堵の笑みで見上げてきた。

 ブレイたち四人もやってきて、ようやく皆が状況を理解する。


「おお、貴女あなたは……姉上! グラン姉上ではないですか」

「まあ……フラン様、グランですわ」

「本当だわ、ほらフラン様。グランも元気みたいです」


 ツヴァイとドライが交互に喋る中で、フランは「まあ」と呑気のんきに太陽のような笑みを浮かべる。そして、ぽてぽてとグランに駆け寄り屈み込んだ。


「ようやく会えましたわね、グラン。はじめまして、フランですわ」

「は、はい! フラン姉さん。私、グランです。あの」

「今夜はメリッサお姉様たちが、まだ調査されてない通気孔の奥へ行くそうです。グラン、みんなを守ってあげてくださいね」

「あ、あの……フラン姉さん? その、ごめんなさい……危なく、お互い撃墜するとこでした。えと」


 毎度のことで、ツヴァイとドライが交互にグランへと説明をする。その間もフランは「今日はわたくしも参りますわ。さ、出発です」とニコニコ笑っていた。

 一気に緊張感が弾けたメリッサも、フェンサーブレードを背に戻して安堵の溜息。

 それで、皆に挨拶を終えたグランがようやく立ち上がると、事情を説明し始めた。


「それで、えと、マスターと一緒に来たんですけど……もう少しで追いついてくると思います。こちらでも通気孔の地図データを作ってて」

「流石です、姉上! メリッサ姉上、是非地図データを統合しましょう。お互いの地図を合体させれば、より行動範囲が広くなります」


 ブレイの言う通りで、あとでピー子に言えばやってくれるだろう。それにしても、気になることをグランは言っていた。そのことをつい、メリッサは聞いてしまう。


「今、グランさ……って。え? バレちゃってるの?」

「あ、はい。バレてるといっても……あ、来ました。あの方が私のマスターです」


 先程グランが飛んできた方向から、人影が歩んでくる。それは、意外な人物だった。否、人物ではないが、このリジャスト・グリッターズではとても重要なポジション、大事な存在だ。

 彼は……そう、便宜上は彼と扱われている存在は、こちらを見つけて呑気に笑う。


「やあ、ようやく会えたネ! ボクもずっと接触したいと思っていたんだヨ。グランはボクが作ったんだけど……この艦の異変、そして君たちの力の謎を知らせようと思ったのサ☆」


 意外な出会いが、新しい情報を連れてくる。

 メリッサは突然のことだが「マスターたち人間にはまだ話してないけどネ!」と笑う人影に、黙って頷くしかなかった。そして、エンジェロイド・デバイスの乙女たちは、敵もまだ知らぬまま新たな局面を迎えようとしていた。

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