第6話「ゆうしゃだから」

 普段は避難民に解放されている、宇宙戦艦コスモフリートの大食堂。だが、深夜は人気もなく静まり返っている。水を打ったような静寂の中に、小さな小さな人影が降り立った。

 ゆっくりと高度を落とす小さな飛翔体には、四人の少女が乗っていた。


「うーん、やっぱ一度に乗せるのは四人が限界かな? ごめんね、メリねえ」

「気にしない、気にしないっ!」

「そうじゃぞ、レイ。大したものじゃ」

「ええ、私も妹を誇りに思うわ。飛べても乗ってしまうくらい、素敵な乗り心地です」


 誰もが「ん?」と、レイの飛行モジュールの上で振り返る。にっこりと微笑ほほえむピー子は、背の光輪がほのかに光っていた。

 そして、メリッサは唐突に思い出す。


「……ピー子、さ」

「はい、メリッサ姉様」

「確か……飛べたよね?」

「ええ。でも、みんなと一緒がいいなあ、って思って。ふふ、つい――って、ああん! もぉ、うみ姉様のイジワルーッ!」


 メリッサがフラットな表情になっていた横で、うみが「ていっ」とピー子を蹴り落とした。食堂の床に墜ちてゆくピー子が、ふわりと浮かんで並ぶ。


「……あ、ピジねえは飛べるんだ! 変形とかしなくても、いいんだ」

「ふふ、そうみたい。黙ってたから忘れてたのよね」


 ふわふわ光を背に浮かぶピー子と一緒に、メリッサたちは着陸態勢に入る。

 食堂の隅には小さな神棚かみだながあって、その下に乗員が休憩時に読む雑誌や新聞なんかが置かれている。今の時代は大半の情報が電子データだが、それをわざわざ印刷、製本しているのだ。

 船乗りたちは長い航海になると、こうした紙の手触りが恋しくなるのだ。

 それは、人類がまだそうした昔の時代からさほど変わっていないことを示しているのかもしれない。

 ともあれ、古びた文庫本を並べたラックの上に四人は舞い降りる。

 そこには、新たな妹が待っていた。


「えっと、こんばんはー。ICアイシーチップ、バグってハニー?」

「我が姉メリッサや、そのネタはワシのような年寄りにしか通じんぞえ?」

「ふふ、メリッサ姉様ったら、おちゃめさん」

「えっと……あれ? 私たちと違って人格がないのかな? ブレイねえだよね」


 そこには、剣を地に突き立て、そのつかに両手を置いた長身のエンジェロイド・デバイスが立っている。戦の女神ミネルヴァのように凛々りりしいその姿は、プロポーションも抜群で彫像のよう。

 だが、メリッサたちの接近で、瞳を伏せた彼女はパチリと目を見開いた。


「何者だ……この大食堂に何用か! 私の名はブレイ、勇者ブレイだ!」


 りんとした声がハキハキと通る。

 彼女の名はブレイ……エンジェロイド・デバイス№007、ブレイライトをモチーフとしたプラモデルである。その彼女は、騎士か侍のような面持おももちで一同を見渡した。


「やっほー、私だよ。メリッサだよ。で、妹のうみちゃんとピー子ちゃん、レイちゃん」

「おお!」

「目覚めた姉妹たちを今、集めてるんだ」

「なんと! 流石さすがです、姉上!」


 ガシリ! とメリッサの手を握り、感極まってブレイは目をうるませた。なんだか感動しているようで、嬉しそうに大きく何度も頷く。

 ブレイは肌の露出こそないが、ピッタリ身体に密着したスーツがスタイル抜群の肢体を浮かび上がらせている。くびれた腰や豊かな胸が、生まれたままの……もとい、成形されたままにかたどられていた。各所にはアーマーが装甲パーツとしてつけられ、左耳には後方に長く伸びるアンテナがある。

 しきりに手を握って、さらに剣を放した手を重ねてくるブレイ。

 ちょっとびっくりしてるメリッサの隣で、うみちゃんが早速話題を切り出した。


「実は、ブレイ。お主にも相談があるのじゃ」

「おお! その声は」

「実は、ちと厄介なことになっての……このふねに、人間たちが気付いていない敵がおる。それを今、排除できるのはワシらだけじゃ」

「なんと! それで姉上たちは決起したと……流石です、姉上!」


 メリッサの手を放したかと思うと、今度はブレイはうみちゃんに抱き付いた。そのまま小柄な姉を抱き締め、抱え上げてしまう。

 どうやらブレイは、礼節を尊ぶ武人のごとき人格に、物凄い姉妹愛が入り混じっているらしい。


「それでね、ブレイ」

「ああ! その飛行モジュール! 姉上も」

「う、うん。とりあえず、留守番してるひょーちゃんやフランベルジュ三姉妹にも話したけど……私たち、何故か現実でも力が使えるの。だから、正しく力を使わなきゃ」

「流石です、姉上! ああ、よかった……私の力が役立つ時が。……ああっと! し、しかし、その」


 不意にブレイは言いよどんだ。

 そして、おろおろと剣を拾ってブツブツつぶやいている。

 どうやらなにか訳があるらしい。

 腕組み首を傾げて「うーむ!」と唸るブレイに、心配になったメリッサが声をかけた。


「ブレイ、無理して戦わなくても大丈夫だからね? ブレイだって、作ってくれた人、マスターのこともあるし。だから、大丈夫。ただ、私たちとのデータリンクだけさせてね……危なくなっても、ブレイがマスターと逃げられるように、私たちが駆けつけるから」

「う、あ、その……流石としか言いようがありません、姉上! ……本当に申し訳ない、勇者ブレイの名が泣くというもの。しかし」


 ブレイはうつむきながらも、もじもじと話し出した。


「私のマスターは、マスターたちは」

「たち? というと」

「はい。この艦には今も、以前あちらの地球……惑星"ジェイ"に次元転移ディストーション・リープさせられた際、一緒に巻き込まれたドバイの観光客や市民たちが乗ってます」

「そうなんだよね……リジャスト・グリッターズの方ではアチコチに寄港する度、人類同盟じんるいどうめいや諸外国に非戦闘員の保護を求めてるんだけど」

「どこの国家も、疑っています。暗黒大陸やあちらの日本、そしてエークスやゲルバニアンといった各地を転戦した故に……あちらの地球のスパイがいるのでは、と」

「……やはり、そういう理由であったかのう。なげかわしいことじゃ」


 メリッサの横でうみちゃんが溜息を零した。

 ピー子が黙って微笑んでいる中、レイは「そんな」と表情を暗くする。

 だが、事実だ……今もまだ、非戦闘員たる民間人は降ろしてもらえず、この宇宙戦艦コスモフリートで暮らしている。降りるべき星も持たぬ民を乗せたまま、危険な戦いへとリジャスト・グリッターズは挑まねばならないのだ。


「姉上、私はここの食堂でマスターたちに……避難民の子供たちに作ってもらいました。先日、真道美李奈シンドウミイナ様という方が、子供たちにも少しは玩具おもちゃをと、プラモデルやゲーム機、ぬいぐるみや人形を配ったのです」

「あー、美李奈ちゃん。うんうん、あの子はホントにいい子だよねえ」

「そうじゃなあ、まさしく高貴なる者の義務ノブレス・オブリージュといったところじゃのう」


 申し訳なさそうにブレイは、言葉を続ける。


「勇者にあるまじき行為とはわかっています、しかし……私はここを動けません」


 黙ってしまったブレイを、背伸びしてメリッサが頭を撫でる。

 理由がなんであれ、戦えぬ者を連れてゆく訳にはいかない。ここでブレイは、文字通りプラモデル、遊具として子供たちと過ごすことを選んだのだ。

 その時、ピー子がようやく口を開いた。


「ブレイ、あなた……一人で戦うつもりね?」


 その言葉に、メリッサを始めとする皆が「えっ!?」と振り返った。背後ではピー子が、やれやれと溜息をつきつつ肩を竦めている。呆れたような、でも誇らしく嬉しそうな笑顔を優美に浮かべて、ピー子はブレイの前に歩み出た。


「敵の存在を貴女あなたもまた、感じていたのでしょう? そしてこう思った……日頃から子供たちが訪れるこの大食堂を、防衛……死守せねばならないと」

「そ、それは、その、姉上」

「この大食堂は、老若男世を問わぬ民間人たちが、艦内で自由を許された数少ない部屋ですもの。時に談話室、時に相談室、お茶を飲んだり映画を見たり……そして子供たちはここでしか、走ったり転げ回ったりして遊べないわ」

「……流石です、姉上。私は、ここを動けない。今まで一人だったので、身動きが取れなかったのです。敵は狡猾こうかつ、そして残忍ざんにんな上に多勢です……私がいなくなれば、即座に大食堂を占拠するでしょう」


 一番背の高いブレイが、一番小さく見えた。

 改めてメリッサが「よしよし、頑張ったんだね」と微笑んでやる。


「大丈夫、もう一人じゃないよ? 大食堂は守る……私たち全員で」

「姉上……!」

「みんなも、いい? 幸い、丁度ちょうどツヴァイとドライが通気口の地図を書いてくれてる。苦労して自分の足で、歩いて探索してくれてるんだ」

「おお! 流石です、流石! 姉上たちは流石の極み!」

「あと、フランちゃんがひょーちゃんの子守をしてくれてるんだ。ほら、あの子すぐんでねてむくれるから」

「流石です……もう流石の境地としか言いようがないくらいに流石です!」


 ようやく元気になったブレイは、ブッピガーン! とメリッサとピー子を抱き締めた。そして軽々持ち上げてしまう。


「私もお手伝いさせてください! 勇者ブレイ、全身全霊で戦います!」


 感極まって泣き出したブレイを、苦笑しつつメリッサがまた撫でてやる。緑色の綺麗な癖っ毛が、モサモサした中にゆるりと非常灯の明かりを反射して輝いていた。

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