第5話「ちからの、なぞ」
その部屋は、あまりにも
妹を
「なんか、年頃の男の子の部屋って気がしないなあ……ねね、ピー子ちゃん。
メリッサが机の上で振り向くと……そこには、妹たちに囲まれた少女の姿があった。柔らかな
その姿はまるで、本当の天使か女神のようだ。
統矢が格納庫へ外出中に、メリッサたちは団体でピージオンのピー子を
「メリッサ姉様、統矢君は……ちょっと、こじらせてるけどいい子です。ただ……やはり一人になると、思い出しちゃうんでしょうね」
「そっか……最近は
「生きてて使う生活のリソースの、ほぼ全てが戦いに……復讐にもっていかれてるのね。だから、みんなの中では明るく振る舞ってても、一人になると」
心配そうに笑顔をかげらせるピー子は、優しい妹だとメリッサは思った。
そして、そんなピー子の周りでは、彼女の腕や脚を妹たちが一生懸命お手入れしている。レイやひょーちゃん、そしてフランベルジュの三姉妹……みんなを指導するのは、うみちゃんだ。
実はピー子は……雑に作られた。ようするに、適当に作られてしまったのだ。
それも全て、戦う以外のことに気が回らない統矢のせいなのだが、ピー子は寂しそうに笑うだけ。そして、ピー子を統矢に渡した少女のことを心配するのだった。
「ふー、ピジねえ! 随分綺麗になったよ。ゲートの処理、いい感じ」
「……バリ、ちゃんと削る……バリってると、男の子ってこういうのが好きなんでしょう、って……言われる。みんな、バリってるの、好き」
ピー子の話では、説明書通りにパーツを組んだだけで、統矢は組み立て終えると机に飾ってそのままらしい。部屋にいる時はタブレットで図面を引いたりして、あとはずっと寝ている。
それで姉妹揃って、ピー子の荒くて雑な作りを綺麗にしてあげているのだった。
「では、ピー子お姉様が? 居場所がわかったのですね……すぐにでもお会いしたいですわ」
「ですから、フラン様」
「フラン様が今、ペーパー掛けしてるのがピー子ですわ」
フランベルジュの三姉妹も、一生懸命ゲートをカットし、その
悪いわね、と笑うピー子も、さっき初めて会った時より少し元気になってきた気がする。その時、腕組み皆を見守っていたうみちゃんが、少し神妙な口ぶりで喋り出した。
「さて、よいかや? 皆も聞くのじゃ……ピー子、あの話を……敵の話をしてもらえんかのう」
「ええ、うみ姉様。みんなも聞いてちょうだい。この宇宙戦艦コスモフリートには、人間たちが気付かぬ間に敵が侵入したの。相手は、私たちと同程度のサイズよ」
「それと、ワシの方でも調べておいた。もう一つの異変……レイ、お主は気付いておるじゃろ?」
ピー子のすらりと長い脚を一生懸命こすっていたレイが「あ、うん」と顔をあげた。彼女は今は、乗ってきた飛行モジュールを分解してい装着、露出度の少ない状態になっていた。そのレイが、もじもじと立ち上がる。
「あの、ピジねえ……その、敵っての……やっぱり、ピジねえの力で?」
「ええ。私は電子作戦機をモデルに作られた№003……ピージオンと同じく、強攻偵察や
「うん。あのね、私もなんだけど……本当は私たちの能力は、バトル用の
言われて初めて、メリッサは「あ!」と声を上げた、そして手を口に当てて目を瞬かせる。他の姉妹たちも「そういえば」「そうですわ」と、口々に違和感を呟き出した。
そう、みんなはあくまで試作品の玩具、プラモデルなのだ。
それなのに、本来VRシミュレーション空間でしか表現されない能力が使える。
レイは外装を合体変形させた飛行モジュールで、空が飛べる。
うみちゃんは驚異的な聴力を持ち、恐らく水中戦闘が得意だろう。
ピー子も同じで、優れたハッキングとジャミングの能力、索敵や通信、電子戦でのカウンターに
「そっか、じゃあ三姉妹やひょーちゃんも、同じかもね。勿論、私も」
「ええ。メリ姉様、みんなも。私たちの敵は――!?」
真面目な顔でピー子が喋り出した、その時だった。
部屋の扉がノックされ「統矢君?」と、
続いて、施錠されていない扉が、プシュッ! と開く。
そこには、長い長い黒髪の少女が
(あれは確か……
(メリねえ、どしよ。うかつに動けないよ)
(とにかく、様子を見るのじゃ。動いてはならんぞえ?)
机の上には、ピー子を中心に八人の大所帯だ。
どうやら洗いたての洗濯物を届けに来たらしい千雪は、当然机の上に目を留めた。洗濯物をそっと置いて、固まって彫像と化したメリッサたちへ手を伸ばす。
千雪はピー子を手に取り、それをまじまじと見て不器用に微笑んだ。
微笑んだのだと思う……あの、ぎこちなく眦を弛緩させた無表情は。
「統矢君、私のあげたピージオンを……嬉しい、です。それに……プラモデル、好きなんでしょうか? こんなに沢山集めて。ふふ、男の子ってこういうのが好きなんでしょ? ……って本で読みましたから。よかったです……少し気晴らしになればいいんですが」
そう言って千雪は元の位置にピー子を下ろすと……不意に周囲を見渡しキョロキョロと落ち着かない。そして、改めて誰も居ないのを確認して咳払いを一つ。
そして突然、見守るメリッサたちが絶句に動転する奇行に走った。
(ちょ、ちょっと、千雪ちゃん!? 上級者過ぎるよ、待って! ダメ、それダメ!)
(……おおう、なんと……しゅ、しゅごい。でも、わたし……なんか、それ……わかる)
(わからなくていいよっ、ひょーちゃん!)
なんと、千雪は統矢のベッドにダイブして、顔を埋めて寝そべった。うつ伏せにそのまま、大きな溜息を零して、それからゴロンと天井を仰ぐ。
千雪は真面目な少女で、文武両道の優等生、学級委員をやってるような娘だ。あんなことがあったあとも、復帰した今は以前と全く変わらない。……表面上は、変化がわからない。
それが今、僅かに頬を赤らめながら……統矢のベッドに転がっているのだ。
「統矢君の、匂いが……します。鉄と
メリッサはもちろん、皆が引いた。
ドン引きである。
だが、動くわけにもいかず、そのまま黙っているしかない。
そうこうしていると、自分でもふと我に返ったのか、慌てて千雪は立ち上がった。
「……いけない、ですよね。こんな身体の私なんかが」
そしてベッドをぱたぱたと整えると、慌てて部屋を出ていってしまった。
そして、姉妹の間に気まずい雰囲気が満ち満ちた。
「……見なかったことに、しよっか」
「……ええ、そうね。メリッサ姉様、そうしましょう」
「……ワシもなにも見なかった。元から見えないからむしろ、聴かなかったことにするぞい」
みんなコクンと頷く。
そうこうしていると、そろそろ統矢が戻ってきそうな時間になってしまった。
「とりあえず、お互いの連絡が取りやすいように私が中継機としてデータリンクを……これも本来、VRシミュレーション空間でしか再現できない私の力」
「ピー子が来てくれた、ワシらの連絡が楽になるのう。今後はお互い、通信も可能になる。その謎と、あと敵の話はおいおい……妹たちも集めねばならんしの!」
少しだけメリッサは、心の中に不安が広がってゆく。レイもひょーちゃんも、明らかに動揺していた。でも、こんな時長女としてどうしたら……脳裏に言葉を探していた、その時だった。
「大丈夫ですわ、メリッサお姉様」
フランがにっぽりと微笑み、優しく手を握ってきた。小さな彼女が、
「皆、メリッサお姉様を信頼してますの。だから安心して――」
「うん……ありがと、フラン」
「安心して、ピー子お姉様の雑なとこ、治して差し上げましょう? わたくしもがんばりますわ……ゲートの処理をしたり、合せ目を消したり……ふふ、人間の女の子みたいですのね」
「おーい、フラーン? ムダ毛処理じゃないんだから、それ以前にもう終わったから。ふふ、でも……ありがとね」
ぽふぽふとフランの頭を撫でつつ、メリッサは皆と部屋に戻った。ピー子のお陰で今後は、直接会わなくても言葉を通信でやり取りできる。
同時に、力の謎と見えない敵とが、繋がり広がる姉妹の絆に忍び寄っていた。
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