第5話「ちからの、なぞ」

 その部屋は、あまりにも閑散かんさんとしていた。必要最低限のものしかなく、簡素で質素。そして生活感に欠けていた。

 妹をおとずれやってきたメリッサは、いろどりに欠く室内を見渡し、自然と寒さに己の肘を抱く。


「なんか、年頃の男の子の部屋って気がしないなあ……ねね、ピー子ちゃん。摺木統矢スルギトウヤ君って、どんな子?」


 メリッサが机の上で振り向くと……そこには、妹たちに囲まれた少女の姿があった。柔らかな栗色くりいろの髪は、額に眩く輝く女神像。白い装甲はむしろ、ドレスのように見る者の嘆息を誘う。背中には光輪が綺麗なクリアパーツで背負われていた。

 その姿はまるで、本当の天使か女神のようだ。

 統矢が格納庫へ外出中に、メリッサたちは団体でピージオンのピー子をたずねていた。


「メリッサ姉様、統矢君は……ちょっと、こじらせてるけどいい子です。ただ……やはり一人になると、思い出しちゃうんでしょうね」

「そっか……最近はシナ君とかユート君とか、友達できたように見えたんだけどな」

「生きてて使う生活のリソースの、ほぼ全てが戦いに……復讐にもっていかれてるのね。だから、みんなの中では明るく振る舞ってても、一人になると」


 心配そうに笑顔をかげらせるピー子は、優しい妹だとメリッサは思った。

 そして、そんなピー子の周りでは、彼女の腕や脚を妹たちが一生懸命お手入れしている。レイやひょーちゃん、そしてフランベルジュの三姉妹……みんなを指導するのは、うみちゃんだ。

 実はピー子は……。ようするに、適当に作られてしまったのだ。

 それも全て、戦う以外のことに気が回らない統矢のせいなのだが、ピー子は寂しそうに笑うだけ。そして、ピー子を統矢に渡した少女のことを心配するのだった。


「ふー、ピジねえ! 随分綺麗になったよ。ゲートの処理、いい感じ」

「……バリ、ちゃんと削る……バリってると、男の子ってこういうのが好きなんでしょう、って……言われる。みんな、バリってるの、好き」


 ピー子の話では、説明書通りにパーツを組んだだけで、統矢は組み立て終えると机に飾ってそのままらしい。部屋にいる時はタブレットで図面を引いたりして、あとはずっと寝ている。

 それで姉妹揃って、ピー子の荒くて雑な作りを綺麗にしてあげているのだった。


「では、ピー子お姉様が? 居場所がわかったのですね……すぐにでもお会いしたいですわ」

「ですから、フラン様」

「フラン様が今、ペーパー掛けしてるのがピー子ですわ」


 フランベルジュの三姉妹も、一生懸命ゲートをカットし、そのあとを消してゆく。

 悪いわね、と笑うピー子も、さっき初めて会った時より少し元気になってきた気がする。その時、腕組み皆を見守っていたうみちゃんが、少し神妙な口ぶりで喋り出した。


「さて、よいかや? 皆も聞くのじゃ……ピー子、あの話を……敵の話をしてもらえんかのう」

「ええ、うみ姉様。みんなも聞いてちょうだい。この宇宙戦艦コスモフリートには、人間たちが気付かぬ間に敵が侵入したの。相手は、私たちと同程度のサイズよ」

「それと、ワシの方でも調べておいた。もう一つの異変……レイ、お主は気付いておるじゃろ?」


 ピー子のすらりと長い脚を一生懸命こすっていたレイが「あ、うん」と顔をあげた。彼女は今は、乗ってきた飛行モジュールを分解してい装着、露出度の少ない状態になっていた。そのレイが、もじもじと立ち上がる。


「あの、ピジねえ……その、敵っての……やっぱり、ピジねえの力で?」

「ええ。私は電子作戦機をモデルに作られた№003……ピージオンと同じく、強攻偵察や哨戒しょうかい任務も得意なの。それで、敵の存在を察知して、うみ姉様に伝えたのだけど」

「うん。あのね、私もなんだけど……本当は私たちの能力は、バトル用の筐体きょうたいを通したVRバーチャルシミュレーション空間でしか、発現しない、筈。だから、私も本当は飛べない筈、だけど」


 言われて初めて、メリッサは「あ!」と声を上げた、そして手を口に当てて目を瞬かせる。他の姉妹たちも「そういえば」「そうですわ」と、口々に違和感を呟き出した。

 そう、みんなはあくまで試作品の玩具、プラモデルなのだ。

 ICアイシーチップのバグで人格を得たものの、現実世界では模型でしかない。

 それなのに、本来VRシミュレーション空間でしか表現されない能力が使える。

 レイは外装を合体変形させた飛行モジュールで、空が飛べる。

 うみちゃんは驚異的な聴力を持ち、恐らく水中戦闘が得意だろう。

 ピー子も同じで、優れたハッキングとジャミングの能力、索敵や通信、電子戦でのカウンターにひいでる。


「そっか、じゃあ三姉妹やひょーちゃんも、同じかもね。勿論、私も」

「ええ。メリ姉様、みんなも。私たちの敵は――!?」


 真面目な顔でピー子が喋り出した、その時だった。

 部屋の扉がノックされ「統矢君?」と、怜悧れいりな声が走った。

 続いて、施錠されていない扉が、プシュッ! と開く。

 そこには、長い長い黒髪の少女が玲瓏れいろうな無表情で立っていた。


(あれは確か……五百雀千雪イオジャクチユキちゃん。どしたんだろ)

(メリねえ、どしよ。うかつに動けないよ)

(とにかく、様子を見るのじゃ。動いてはならんぞえ?)


 机の上には、ピー子を中心に八人の大所帯だ。

 どうやら洗いたての洗濯物を届けに来たらしい千雪は、当然机の上に目を留めた。洗濯物をそっと置いて、固まって彫像と化したメリッサたちへ手を伸ばす。

 千雪はピー子を手に取り、それをまじまじと見て不器用に微笑んだ。

 微笑んだのだと思う……あの、ぎこちなく眦を弛緩させた無表情は。


「統矢君、私のあげたピージオンを……嬉しい、です。それに……プラモデル、好きなんでしょうか? こんなに沢山集めて。ふふ、男の子ってこういうのが好きなんでしょ? ……って本で読みましたから。よかったです……少し気晴らしになればいいんですが」


 そう言って千雪は元の位置にピー子を下ろすと……不意に周囲を見渡しキョロキョロと落ち着かない。そして、改めて誰も居ないのを確認して咳払いを一つ。

 そして突然、見守るメリッサたちが絶句に動転する奇行に走った。


(ちょ、ちょっと、千雪ちゃん!? 上級者過ぎるよ、待って! ダメ、それダメ!)

(……おおう、なんと……しゅ、しゅごい。でも、わたし……なんか、それ……わかる)

(わからなくていいよっ、ひょーちゃん!)


 なんと、千雪は統矢のベッドにダイブして、顔を埋めて寝そべった。うつ伏せにそのまま、大きな溜息を零して、それからゴロンと天井を仰ぐ。

 千雪は真面目な少女で、文武両道の優等生、学級委員をやってるような娘だ。、復帰した今は以前と全く変わらない。……表面上は、変化がわからない。

 それが今、僅かに頬を赤らめながら……統矢のベッドに転がっているのだ。


「統矢君の、匂いが……します。鉄と硝煙しょうえんと、灼けたオイルの臭い。そして、その奥の……統矢君の匂い」


 メリッサはもちろん、皆が引いた。

 ドン引きである。

 だが、動くわけにもいかず、そのまま黙っているしかない。

 そうこうしていると、自分でもふと我に返ったのか、慌てて千雪は立ち上がった。


「……いけない、ですよね。


 そしてベッドをぱたぱたと整えると、慌てて部屋を出ていってしまった。

 圧搾空気エアの抜ける音で扉が開閉を繰り返すと、足音が遠ざかってゆく。

 そして、姉妹の間に気まずい雰囲気が満ち満ちた。


「……見なかったことに、しよっか」

「……ええ、そうね。メリッサ姉様、そうしましょう」

「……ワシもなにも見なかった。元から見えないからむしろ、聴かなかったことにするぞい」


 みんなコクンと頷く。

 そうこうしていると、そろそろ統矢が戻ってきそうな時間になってしまった。


「とりあえず、お互いの連絡が取りやすいように私が中継機としてデータリンクを……これも本来、VRシミュレーション空間でしか再現できない私の力」

「ピー子が来てくれた、ワシらの連絡が楽になるのう。今後はお互い、通信も可能になる。その謎と、あと敵の話はおいおい……妹たちも集めねばならんしの!」


 少しだけメリッサは、心の中に不安が広がってゆく。レイもひょーちゃんも、明らかに動揺していた。でも、こんな時長女としてどうしたら……脳裏に言葉を探していた、その時だった。


「大丈夫ですわ、メリッサお姉様」


 フランがにっぽりと微笑み、優しく手を握ってきた。小さな彼女が、朱色ヴァーミリオンつやめく髪を揺らして再度言葉を続ける。


「皆、メリッサお姉様を信頼してますの。だから安心して――」

「うん……ありがと、フラン」

「安心して、ピー子お姉様の雑なとこ、治して差し上げましょう? わたくしもがんばりますわ……ゲートの処理をしたり、合せ目を消したり……ふふ、人間の女の子みたいですのね」

「おーい、フラーン? ムダ毛処理じゃないんだから、それ以前にもう終わったから。ふふ、でも……ありがとね」


 ぽふぽふとフランの頭を撫でつつ、メリッサは皆と部屋に戻った。ピー子のお陰で今後は、直接会わなくても言葉を通信でやり取りできる。

 同時に、力の謎と見えない敵とが、繋がり広がる姉妹の絆に忍び寄っていた。

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