第4話「てきが、きこえる」

 皇都スメラギミヤコが今日も、せっせと作業机でプラモデルを作る。

 彼女は交友関係も広いし、社交的で明るい。だが、大勢で楽しむすべを心得てる人間は、得てして一人の時間も有意義に過ごすものだ。

 ニッパーとデザインナイフとをおどらせる彼女を、見守る視線はいつも温かい。


(メリねえ、都ちゃんは今日はなにを作ってるのかな?)

(新作……こ、これは……今度こそ、わたしの……いもーと)

(こらこら、二人共? そんなんじゃ都ちゃんに気付かれちゃうよ)


 そうこうしていると、一段落したのか都は大きく椅子の上で伸びを一つ。それは、彼女の携帯電話が鳴るのと同時だった。ハイテクの塊である宇宙戦艦のクルーには似つかわしくない、ちょっとクラシカルなストレートタイプの携帯電話だ。


「もしもーし? 都です……ああ、美李奈ミイナちゃん。どしたの? うん……うんうん」


 電話をしながら都は「ちょ、マジ!?」と飛び上がった。そして、おもむろに部屋着のジャージを脱ぎ捨てる。メリッサにレイ、そしてひょーちゃんが見守る中、彼女はマッハで着替え出した。


「とっとっと……ちょっと出てくるね? いってきまーっす」


 一人でも都は、飾られたメリッサたちに挨拶を欠かさない。

 パーカーにジーンズというラフな格好で、都は部屋を飛び出していった。

 扉が圧搾空気エアの抜ける音に続いて閉まると、小さな天使たちが動き出す。


「行っちゃった……なんだろ? まさか、緊急出動……じゃ、ないよね」

「とりあえず、フランたちを迎えに行ってくるね、メリねえ」

「……レイ、脱ぐ……パーツ、組み立てる。変形、合体……全部、手動」


 アーマーを脱ぎ出したレイが、せっせと飛行モジュールを組み立てる。勿論、アニメみたいに秒速変形! ……という訳にはいかない。自分で脱いで、自分で組み立てるのだ。ひょーちゃんが手伝って、レイは天井の通気口から隣の部屋に消えた。

 それでメリッサは、最近増設されたディスプレイ用のたなから飛び降りる。

 作業机の上には、新しい姉妹がメリッサとひょーちゃんを待っていた。


「おお……にん、ぎょ? これ、知ってる……男の子ってこういうのが、すきなんでしょ、っていう……アレ」

「やっほー? ICアイシーチップ、バグってますかぁ? 私はメリッサ、こっちはひょーちゃん」


 二人の前に、専用のスタンドで背中を支えられた少女が浮いていた。その姿は、下半身が優美なイルカのよう。長い髪は切りそろえた前髪が完全に目元を覆っている。長く突き出た耳は、虹色の被膜が張られて光を反射していた。


「おお、ワシと同じ妹たちじゃな? ワシは№002、海刃かいじん……うみちゃんと呼びならわせ」

「ほいほい、うみちゃんね。うみちゃんもコラボモデルかー、よろしく!」

「むむ……うみちゃん、また……わたしの、おねーさん」


 うみちゃんもまた、有名なSF小説とのコラボ商品だ。『老潜機鋼ヘルダイバー』の海刃がモデルである。金策に苦しむ超法規的独立部隊ちょうほうきてきどくりつぶたいリジャスト・グリッターズは、色々な作品とのコラボレーションで販路拡大にいそしんでいた。


「とりあえず、じゃ。ちと、このスタンドから降ろしてくれんかのう?」

「あ、あの、うみちゃん? 私たち、こっちです。こっち」

「どこ、見てる……?」

「ああ、すまんすまん。目は見えないんじゃあ、ナハハ」


 宙に浮かぶ優美な人魚姫は、なかなかにクラシカルな口調と言動だ。

 さてとメリッサがスタンドから外そうとした時には、よじ登ったひょーちゃんがうみちゃんを「……てぃ」と押しやる。3mm穴との接続が抜けた瞬間、どてん! と、うみちゃんは作業机の上に落下して転がった。


「バ、バカモン! 姉はもっとうやまうのじゃ!」

「メリねえ、ただいまー! フランベルジュの三姉妹も来たよ」

「お久しぶりです、メリッサ」

「お久しぶりね、ひょーちゃん」


 相変わらずポヤヤーンとしているフランを挟んで、ツヴァイとドライが優雅に降りてくる。その間ずっと、うみちゃんはビチビチと元気にはね回っていた。


「えと……うみちゃん、その下半身。確か、変形するんじゃ? あ、ほら、私は№001だから、結構できてからみんなのこと見てたし」

「は! そ、そうじゃった……ボケておった。よっ、こら、せっ!」


 なんだかババムサイ感じだが、大丈夫だろうか。

 だが、魚のようなシルエットが細かなパーツに分かれて、スカートになって収納される。その下から現れたすらりとした脚で、うみちゃんはゆっくりと立ち上がった。


「心配かけたのぅ! メリッサにひょーちゃん、レイ……おお、フランベルジュの三姉妹もおるのか。一つ、宜しく頼むとするかの!」

「や、うみちゃん……私たち、こっち。こっちだから」

「……ツッコミ、待ち? 高度な、ボケ……もしくは、ボケろーじん?」


 あらぬ方向に笑顔で挨拶していたうみちゃんは、メリッサたちに振り向いた。同時に、メリッサの背に隠れて呟いていたひょーちゃんを、今度は正確に位置を把握して手を伸ばす。

 むにーん、と、うみちゃんはひょうちゃんの頬をつねって引っ張った。


「ワシは目が見えん、だが……耳はとてもいいんじゃあ。聴こえておったぞ?」

「ふが、ふがが……いたい」

「でも、これでまた仲間が増えたね」


 すると、うみちゃんはパチン! と、引っ張ったひょーちゃんの頬を放すや、皆へと向き直った。

 そして、口元しか見えぬ表情に緊張感を漲らせる。

 開口一番、彼女は意外なことを口走った。


「戦力はこれだけかのう? ふむ……まあ、よい。皆、心して聞くのじゃ。……


 一瞬の、沈黙。

 その後「ああ!」と、レイがぽんと手の平を拳で叩いた。


「ロリウェー、こーのー僕のー、ってやつ? 私、それ知ってる」

「……誰か説明してくれよ、的な?」


 次の瞬間、レイをツヴァイが、ひょーちゃんをドライがチョップした。二人は「違いますわ」「違いますの」と、何度もポスポス叩く。

 その間も、意味深な言葉にメリッサは驚きつつも向き直った。

 メリッサにとって皆は妹、おもしろおかしい娘ばかりだが嘘はつかない。


「既にこのふねには、敵が入り込んでおる。そして、都ちゃんたち人間は……その存在にまだ気付いておらん」

「……そっか。や、なんかこー、不思議だったんだよね。私たちのICチップのバグ、これで自我と意識を持った妹たちに……なにか意味があると思ってた」

流石さすがじゃ、我が姉メリッサ。とりあえず……今、ピー子がすでに接触しておる」

「へ? ピー子って……№003、ピージオンのピー子?」

「うむ。摺木統矢スルギトウヤの部屋で雑に作られ、もう動いておる」


 真顔のうみちゃんに、メリッサも真顔になる。二人は「……雑に?」「うむ、雑に」とうなずきを交わした。

 そして、その間に背後では、ひょーちゃんとレイがなにやら遊び出した。

 ツヴァイとドライも混ざって、四人は都がメモに使ってる机の上の付箋紙ふせんしを持ち出す。

 付箋紙に文字を書きながら、ふーちゃんは邪悪なヤンデレ笑顔を輝かせた。


「……でも、うみちゃん……会えて、嬉しい。わたしの、おねーさん」

『意外と、ロリババア……需要、ある? ……のかな?』


 勿論、うみちゃんに文字は見えていない。

 悪ノリしてるのか、レイやツヴァイン、ドライも続く。


「これからもよろしくね、うみねえ!」

『こらこら、ひょーちゃん? そゆこと言っちゃダメ』

「私たちフランベルジュの姉妹も、同じ小説コラボの身」

『なんかこう……メリッサの方が妹に見えますね』

「こちらのフラン様ともども、よろしくお願いしますわ」

『なんでしょう……お城のばあや、みたいな?』


 こらこらと苦笑するメリッサだが、うみちゃんには聴こえていても見えない。

 気を良くしたのか、彼女は腕組み「うむうむ!」と笑っていた。


「で、その敵ってのは……詳しく話して、うみねえ!」

『あ、ところでそれより……せっかく集まったんだし、ちょっと積みプラ見てく?』

「ええ、とても大事な話ですわ。ね? ドライ」

『都ちゃんの積みプラ、増えてますわね』

「私たちでも人間のためにできることがあるかもしれません」

『あ! あれ次に作って欲しい! あれ、あの娘!』

「…………」

『…………』


 や、それは書かなくても……と、ひょーちゃんにメリッサもオイオイと思った、その時だった。次の紙を取り出したひょーちゃんが、やらかした。


「……あの娘! あれ、わたしのいもーと? №010って……書いてある!」

『うみねえとみんなと……協力して、敵……やっつける』

「わ、馬鹿! 逆だ、逆!」

「あわわ」


 うみちゃんは小首を傾げて????となっていたが……すぐにゆらりと歩き出した。咄嗟とっさに逃げようとしたひょーちゃんの首筋を、ヒョイと猫のようにつまみ上げる。


「いかんのう、真面目に聞いておったか? 敵がもう迫ってるんじゃ」

「……ハ、ハイ……ごめんな、さい」

「うむ」


 そうしていると、今までニコニコと見守っていたフランが「まあ!」と笑顔をさらに輝かせた。そして、皆を見渡し優雅に両の腕を広げる。


「話はうかがいましたわ。では、参りましょう」

「おお! なんじゃフラン、やる気じゃのう!」

「わたくしも都ちゃんの部屋には、前から行ってみたかったのですわ」

「お? お、おう……もう来ておるが」


 フランは、テンポが少し他の娘たちとずれている。おっとりすぎて、のんびりこの上ない性格をしていた。


「新しいお姉様にもお会いできるかもしれないのですね」

「もう会ってるじゃろ……おーい、ツヴァイにドライ、これは」

「ではレイさん、お願いしますわ。ふふ、飛行機に乗るのは初めてですの」

「……むう。難しい妹じゃなあ」


 ツヴァイとドライが交互に説明して、フランのことはわかってもらえた。

 だが、メリッサはそんな妹たちを眺めて胸中をくもらせる。うみちゃんははっきり、敵の存在を告げた。鋭敏な聴覚を持つ彼女には、なにかが聴こえたのだろう。

 そして、神の悪戯いたずらで心をもったエンジェロイド・デバイスたちの戦いが、密かに始まろうとしていた。

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