第3話「フランベルジュのさんしまい」

 メリッサとひょーちゃんに加えて、新たにレイが仲間になった。

 美少女は、三人よればかしましいと言うが、恐らく本当だろう。


「……かしましい。意味は……ぺちゃくちゃ、やかましい」

「でもさ、メリねえ。この『』って字……なんか、あれだよね」

「男の子って、こういうのが好きなんでしょう……輪とか獣とか、みたいな? ……メリッサも、レイも、好き? 触手とか強とか」


 いやいや、まってとメリッサは苦笑を零す。仮にもICアイシーチップのバグで宿った人格と精神とはいえ、可憐な美少女(自称)がしていい会話ではない。

 そんな三人は今、レイの飛行モジュールに乗っていた。

 薄暗い室内には今日も、作ってくれた本物の可憐な美少女、パイロットの皇都スメラギミヤコが静かに寝息を立てている。どうやら今日の出撃で疲れているらしく、熟睡しているようだ。


「都ちゃん、ぐっすりだね……じゃ、行こう。レイ、ひょーちゃんも」

「うんっ! 高度をあげるね、メリねえ」

「……いざ、新天地」


 決して高くはない天井も、10cm前後のエンジェロイド・デバイスたちにとってははるか天空の彼方だ。だが、レイがいてくれるのでもう、そこは彼女たちの手が届く場所だ。

 そして、天井の隅には、どこの部屋もそうであるように通気口がある。

 三人は協力して、丁寧にその網状のカバーを外し、上がり込んだ。

 ひんやりとした空気が滞留する、そこは巨大な宇宙戦艦に張り巡らされた迷宮だ。


「よしっ! レイ、そっちは大丈夫? ひょーちゃんも」

「この広さなら、まだ私の飛行モジュールで通れま、ま、まっ……へくちっ!」

「レイ、寒い……飛行モジュール使う、レイは……裸」

「にっ、二次装甲だから恥ずかしくないもん! 的な?」

「ない、もん……」


 ゆっくりと三人を乗せた翼が、薄暗い中を飛ぶ。

 ダクトの大きさは意外と広く、高さも幅も50cm程だ。小さなエンジェロイド・デバイスにとっては、まさしくダンジョン。夜空の星明かりも差し込まぬ魔宮ラビリンスだ。

 ゆるゆると飛ぶ三人は、目の前にぼんやり湧き上がる光を見つける。


「隣の部屋だね。おっけ、止まってレイ」

「らじゃ。……もう、寝てるみたいだね、お隣さん」


 都の隣の部屋には、どんな人が住んでいるのだろうか? この宇宙戦艦コスモフリートには、多くのパイロットや整備員、他の関係者が多数いて構成員はかなり雑多だ。超法規的独立部隊ちょうほうきてきどくりつぶたい『リジャスト・グリッターズ』はそもそも、特化戦力を集めた突破力の強い最精鋭であると同時に、寄せ集めの愚連隊ぐれんたいという側面もある。

 とある事情で避難し、そのまま乗せられてる民間人だっているのだ。

 三人を乗せたレイの飛行モジュールが、静かに部屋の中へと降りてゆく。


「お、おじゃましまーす。二人共、静かにね。……ふふ、寝てる。お疲れ様だね」

「間取りは同じだね、メリねえ。あっ、ちょ、ちょっと、ひょーちゃん!」

「……上陸、第一号……とぉっ」


 ひょーちゃんはマントをなびかせ飛び降りるや、机の上に着地を決める。やれやれとその後を追えば、背後のベッドでは寝返りを打つ男の子が一人。やはり疲れているのだろう……十代の少年少女も多いこの艦では、誰もが自分のできるベストを尽くしていた。


「よっ、と。確かあの子……小原雄斗コハラユウト君、だね」

「あー、知ってる子かも。ほら、真道歩駆シンドウアルク君と時々、ロボ談義してる」

「メリッサ、レイも……た、助けて……不覚、かも……」

「うんうん、わかったわかった……え?」

「メリねえ、あれ!」


 この部屋の主が寝てても、起こさぬように挨拶だけはと思ってた矢先である。

 ふと振り向けば、闇夜にぼんやりとひょーちゃんが浮いている。

 その小さな矮躯わいくの首根っこを押さえて吊るす影が前へと歩み出た。

 それは三人のエンジェロイド・デバイスだ。まるでお姫様のような少女が、赤と青の美人に挟まれ登場する。薄明かりの中でその姿は、本当に高貴な血族であるかのような印象をメリッサに与えた。

 ひょーちゃんはぼんやりとしたまま、すらりと細身の赤い少女にぶら下げられている。


「あなたたちもICチップの不具合で? そうね、きっとそう」

「運命的な出会い、まさかの同じ境遇……そうよ、きっとそう」


 左右で小さな女の子を挟む二人が、調子を合わせて喋る。よく通る美声に、メリッサは笑顔を向けて歩み寄った。握手の手を伸べ、仲間に出会えた感謝の気持ちを伝える。

 赤い少女はグラマラスで、青い少女はスレンダー……どちらもスタイル抜群だ。

 そして、中央の朱色の少女は、ふくよかな胸があどけなさとのアンバランスで愛らしい。


「えと、ごめんね突然……とりあえずその子、ひょーちゃんを降ろしてあげて。私はメリッサ、あっちはレイ。私たちは、隣の都ちゃんの部屋から来たの」

「……うう、降ろして……」


 だが、赤い少女がぶら下げるひょーちゃんを、青い少女がぷにぷにと指で突く。

 ややあって解放されたひょーちゃんは、あっという間にメリッサの背後に隠れて背中にしがみついた。

 そして、三人組は堂々と名乗る。


「私はフラン様を守護する紅き疾風しっぷう! ツヴァイ!」

「私はフラン様をお世話する蒼き迅雷じんらい! ドライ!」

「さあ、フラン様。名乗りをあげましょう」

「ええ、フラン様。新たな仲間に御尊名ごそんめいを」


 ジャーン! といった感じで、左右のツヴァイとドライが両手を開く。

 だが、真ん中の小さな女の子は、にっぽりと柔らかな表情で微笑むだけだった。沈黙……メリッサもレイも、じっと見詰める。ポーズを決めたまま、ツヴァイとドライも固まった。そして、静寂。


「……メリッサ、レイも……あの子」

「う、うん。あの……」


 ニコニコと笑っているのは、多分フランと呼ばれた少女だ。そうこうしていると、ツヴァイとドライは話を進め始めた。


「とりあえず! フラン様は高貴なお方……故に、御自らの時間で生きておられます。原作の搭乗者が過酷な生まれと育ちの才媛、女傑だった影響かと」

「そうです! 我々は、このリジャスト・グリッターズが金策のために作ったエンジェロイド・デバイス第一弾のコラボモデル。あの大人気ノベル『Flamberge逆転凱歌』から生まれました」

「是非、ご挨拶を……これからもよしなに」

「是非とも仲良く……これからもよろしく」


 お、おう……と、ちょっと気圧されつつメリッサが再度手を出す。ツヴァイとドライは、メリッサより少し背が高い。そして、二人共温かく手を握ってくれた。

 そして「ささ」「どうぞ」と二人でフランを押し出してくる。

 朱色ヴァーミリオンの装甲がドレスのようなフランは、まだニコニコと笑っていた。


「よろしくね、フラン。……フラン?」


 メリッサが挨拶をすると、ようやくフランに反応が現れる。彼女はつぼみのような唇の口をあけて、驚きに手を当てた。


「まあ……見て、ツヴァイ。ドライも。空から飛行機が……人が乗ってますわ」

「……メリッサ、フラン様は」

「……そう、フラン様は」

「ちょっと、テンポのゆるやかな方なのだ」

「かなり、おっとりのんびりな方なのだ」


 あ、ああ……と、メリッサは苦笑しつつも、なんだかかわいくて自分からフランの手を取る。その間もずっと、フランは優美な笑みを浮かべていた。

 その時、背後で突然気配が起き上がる。

 振り向いたメリッサは、雄斗少年がベッドに上体を起こしたのを見た。

 誰もが緊張に固まる中で、この部屋の主は突然叫び出す。


「今だ、歩駆! 友情ぉ、合体っ! ゴー! アイリスター! ……ムニャララ、ムニャ」


 両手を振り上げたまま、雄斗はまたベッドに沈んでいった。

 ただの寝言だったが、ホッと胸をなで下ろす。気付けばメリッサたち三人も新たな三人の姉妹と笑みを交わしていた。


「じゃ、そろそろおいとまするね。今度、私の部屋にも遊びに来てよ。フランも、ツヴァイもドライも」


 メリッサの言葉に、赤と青の姉妹がニコリと笑う。

 だが、フランは「まあ」と驚きに大きな瞳を輝かせ、パム! と手を叩いた。そして、月影の差し込む中で優雅に頬をやわらげる。


「はじめまして、フランですわ。こちらがツヴァイ、そしてドライ。メリッサお姉様、レイお姉様、それにひょーちゃん。わたくしたちは№005、三体セットのフランベルジュですの」

「うん、まあ……もう帰るけど」

「嬉しいです、姉妹にこうして会えるなんて。一度ゆっくり、お話したかったのですわ」

「そ、そうだね。今度ね、フラン。今度、必ず」


 メリッサはフランの朱色につやめく髪をで、レイが頭を抱きしめてやる。その背後では、ひょーちゃんが二人の姉、ツヴァイとドライにぷにぷにされまくっていた。

 こうしてまた新たな姉妹を迎え、小さな天使たちの日常が始まるのだった。

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