第2話「レイちゃんがやってきた」

 草木も眠る丑三うしみつ時、当直のパイロットたちを残して、宇宙戦艦コスモフリートに眠りの夜が訪れる。哨戒任務しょうかいにんむで発艦するアーマードモービル、神柄かむからのアフターバーナーが、ビリビリと丸い窓を震わせた。

 皇都スメラギミヤコの安らかな眠りが響く中、今日も人形たちが主の知らない夢に踊る。


「ふぅー、今日も沢山ブンドドされたなあ。おーい、ひょーちゃん?」

「……でんとーの、サンライズゆーしゃパース……キメッ」

「や、もういいから。決めんでいいから。おいでおいでー、今日は新しい仲間が来るよ。……ん? なに、どしたの?」


 動き出したメリッサが手招きすると、包帯マントの隻眼娘せきがんむすめがぽてぽてと駆けてくる。彼女は、スタイル抜群のメリッサに抱きついた。


「おっとっと、どしたの?」

「……メリッサ、渡さない……新顔、シメる……」

「こらこら、ヤンデレ全開にならないの。仲間なんだからさ。それに……ひょーちゃん、お姉さんになるかもしれないんだよ?」

「! ……わたし、おねーさん?」

「そう。あ、ほら。あっちにいるよ。行ってみよ」


 ひっつくひょーちゃんを引きずるようにして、作業机の上をメリッサが歩く。相変わらずのジト目で、ぴったり密着してくる妹分。自然と笑みが零れれば、メリッサの額で大きなアホ毛が揺れた。

 そんな二人の前に、銀翼ぎんよくが現れる。

 そう、翼……優美なラインの空を舞う姿が、そこにはあった。


「メリッサ、この子……なんか、強そう」

「あ、ひょーちゃん知らない? EYF-X……レイちゃんは変形するんだよ?」

「変形! へん、けい……男のロマン……男の子ってこういうのが好きなんでしょ、っていうアレ……?」

「そうそう、それ」


 完璧な戦闘機の姿は、辛うじて機体上部から後方に突き出たユニットが脚部への変形を思わせる。だが、これが二人の新しい妹だろうか?

 そう思っていると、背後でりんとした声が響いた。


「あの、こんばんは! ひょっとしてお二人も……ICアイシーチップのバグ的ななにか、ですか?」


 振り向くとそこには、メリッサに負けず劣らずのスタイルが立っていた。あらわな肌はひょーちゃんよりも多く、そのくびれた腰や豊かな胸の膨らみは美しい。総髪の少女はニコリと笑って、近づいてくる。

 星明かりにその姿が浮かび上がると、メリッサとひょーちゃんは驚いた。


「水着?」

「……下着?」

「ち、違いますっ! ……それを着てないから」


 現れた少女はレイと名乗って、二人の後ろの機体を指差す。彼女はビキニ姿で、装甲が全くない。


「私は飛行形態に変形する強襲可変機レイダーのエンジェロイド・デバイスなんですけど……模型ではこうして、全身の装甲を脱いで合体させると、飛行モジュールになるんです」

「おお、なるほどっ! わー、いいなあ。これ、飛ぶ? 飛べる?」

「勿論です。バトルの際は友軍の支援をしたり、私が遠隔コントロールしたりできますよ」


 メリッサは目を輝かせた。そっと触れてみると、レイの装甲を合体させた翼は仕上がりも丁寧だ。ゲートの処理も完璧で、合せ目も綺麗に消されている。パーツの一つ一つに、作った都の息遣いが感じられた。

 そんな装甲の集合体である翼は、今にも夜空に飛び立ちそうだった。


「いいよねえ、飛べるって……あ、ほら、私は基本的に陸戦型だから」

「わたしも……空、飛べない」

「あ、じゃあ乗ってください。三人くらいなら楽勝ですよっ!」


 言うなりレイは、軽やかに自分の分身に飛び乗る。続いてメリッサが乗ると、おそるおそるひょーちゃんも上がってきた。

 ペタンと座るメリッサに、ブッピガーン! と素早くひょーちゃんがしがみ付く。

 そんな二人を肩越しに振り返って立つレイが、静かに片手をあげた。

 三人を背に乗せた軽自動車程の翼は、ふわりと宙に浮かぶ。


「ではっ! EFY-X"レイ"、いきますっ!」


 次の瞬間、景色が一変する。

 狭いコスモフリートの士官用個室も、エンジェロイド・デバイスには広大な空間だ。その薄闇を今、三人は飛んでいた。

 静かな風がわずかに髪を揺らす。

 メリッサが感激に瞳を輝かせた。

 その腰に腕を回しつつ、ひょーちゃんも感嘆に目を見開く。


「しゅごい……ほんとに、飛んでる……流石、わたしのいもーと」

「ん? えっと、氷蓮ひょうれんですよね? きみ

「そう、ひょーちゃん」

「あ、なら……私の方が姉ですね」

「……ふぇ? 作られたの……わたし、先。わたしが、おねーさん」

「エンジェロイド・デバイス第一弾が、とりあえず全10種。通し番号でメリねえが№001、私が№004、ひょーちゃんは№009だから」

「……なん……だと……!? し、知らな、かった」


 だが、大きく旋回する機体の上でも、全く姿勢を崩さずレイは歩み寄る。そして、ぺたんと座ったひょーちゃんの頭をわしわしと撫でた。


「メリねえと一緒に、私にも頼ってね? 音の速さで駆けつけるから」

「……うん。メリッサも、レイも……とっても、おねーさん」


 大きく頷くメリッサに、レイも微笑み頷く。

 夜の遊覧飛行は、そのまま朝日が雲海から窓に光を差し込むまで続いた。


「ところでさ、レイ」

「はい、メリねえ」

「……やっぱ、変形は……無理? なの?」

「あー、無理ですよ。複雑骨折しちゃいます、私。魔改造まかいぞうすればいけますけど……メリねえ、見たいですか? 私がガバー! って開いたり、手足があらぬ方向に曲がって――」

「うう、やっぱいい。変形できないレイでいてね。怖いから」


 三つの笑いが静かに、新しい朝に溶け消えていった。

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