第2話
※ ※ ※ ※ ※
花瓶の紫陽花が枯れ始めた頃だった。
「ちょいと見せたいものがあるんスよ」
意味があるのかないのか分からない役員会議からやっとの思いで解放されたと思ったら、会議室を出た途端にハルに捕まった。
ハルは赤いチェックのスカートを翻しながら、元気にはしゃいで「こっちこっちー」と道の先を指差している。
身長が小さいせいも手伝って、ぴょんぴょんと飛び回る彼女はまるで小学生だ。
僕はそれを無視していつもの帰宅する道を歩こうとした。
付き合ってられない。
「えぇっ、宥下(ゆうおり)さん、そっちじゃないっすよ?!やっだっなっもう〜ツンデレなんだからっ!そうやって帰っちゃうように見せかけて、なんだかんだ私に付き合ってくれるんですよねっ?!わかってるんですよ?わかってるんですよ?!あれっ!!え?!ねえマジで帰っちゃうの?!ねえーねえーー宥下さんってばぁ!!!」
最初は後ろからうるさい声が聞こえてくるだけだったが、やがて僕の制服をひっぱったり腕をひっぱったり大した力の入っていない拳で叩いたり耳に息を吹きかけたりしてきた。そして今は人通りの多い道の真ん中で大の字で転がって子供のように駄々をこねている。
ドン引きだ。
これが高校生のやることか。
つかパンツ見えるぞ。
……………………レースのついた白だった。
ハルのしつこい行為に根負けした心優しい僕は、渋々彼女についていくことにした。パンツを見た罪悪感とかささやかなお礼の気持ちでとか、そういうので彼女に着いていってるわけじゃあ決してない。決してそうではないのだ。
「むっふっふっふー」
彼女はご機嫌であった。スカートがめくれていたことは最後まで気付いていないようだ。
それからただ無言で彼女に着いて行くという時間が続いた。20分ほど歩いた。遠い。遠すぎる。
「ハァ?まだ20分すよ!」
「僕の家は学校から10分で着くんだよ!本来ならとっくに帰宅できてんの!今日タダでさえ疲れてんのに…!」
人気のない畦道で僕の声が響いた。
「なんでそんな疲れてるんすか…だってアンタ今日はただの会議だったのでしょう…?」
「無駄な会議ってのは案外精神力削られて疲れるんだよ。スガセンの体育の方がまだぜんっぜんマシだ…」
「無駄って…元生徒会長がそれ言っちゃって良いんすか」
「引き継ぎのために来て欲しいって言うからわざわざ行ってやったのに…!会議の半分以上は無駄話だし!その内容は殆ど他人の悪口だし!議長に立候補した立花はぜんっぜん話まとめらんないし…」
「おおう、いきなり不満漏れて来ましたね……」
「つーか夏目のやつはなんなの?!なんであんな出しゃばるの?!つかなんであいつ会議に来てんの?!『役員なのに休んでるやついるwww俺が来てんのにまじないわーwwwまあ俺役員じゃないけど』ってなんなん?!帰れっつっても帰らないし!」
「宥下さん、夏目君のモノマネ、病的にうまいっすね」
「てか議長とかそういうのはやりたがらないくせに長谷川がやたら仕切りたがるんだがあれはなんなんだ…いちいち髪かきあげるあの何気無い動作さえイラッとしてくる……」
「ああ、あの自称イケメンの長谷川くんっスか。彼、前髪長いっすからね」
「切れ!いっそ僕が坊主にしてくれる!!」
そんな会話をしていたら、小さい踏切に着いた。
道幅2mもない。人1人通るのがやっとだ。遮断機は右側しか取り付けられていないが、十分すぎる長さである。世の中にこんな踏切があったとは。
小さすぎて非常ボタンも設置されていないようだった。
ハルは
「ここ、ちょっと面白いっスよね」
と僕の背中を押しながら歩いている。確かに少し面白かった。
それから50mほど歩いていくと、畦道の向こうに長髪の女性の後姿が見えた。すらりとした体に、清潔な白いワンピースが映えている。大きな麦わら帽子を被せてあげたい。
彼女は細い道の真ん中で何やら突っ立っているので、一体どうしたのだろうかと思ったら、ほどなくしてカンカンカンカンとけたたましい音が鳴り始めた。踏切の警報音だ。
よく見れば、彼女の目の前に先ほどのような小さな踏切があった。
左手から電車が向かってくる様がよく見える。
「おお!!!ここや!!!やっと着いたわ!!
ほら、あの踏切っスよ、宥下さん!!」
ハルはテンションをより一層高めているようだった。
背中を押す力が強くなった。
転ぶわ!やめろ!
っていうか、ここに何があるっていうんだ!
そう尋ねようとした瞬間である。
目の前にいた女性は遮断桿を潜り、迫り来る電車の前に躍り出た。
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