僕らの自殺回避旅行
安田 匠
第1話
僕の在籍する3年A組の、1番前の窓際の席には、無骨な花瓶が置いてある。
最初はその花瓶にはいかにも「お供え用!」と叫ばんばかりの菊の花が活けられていた。しかしその菊は誰にも水をかえられることなくあっという間に枯れてしまったのだ。
花弁がすべて散り、茎や葉が茶色く変色したころ、誰かがまた別の花を持ってきた。今度は紫陽花の花だった。おそらくはその席の主の名前に洒落たのである。堂々と咲き誇るその紫陽花は、––前回の花が枯れゆくのをを見てクラスのみんな何かしら思う節があったのだろうか––当番を決めたわけでもないのに、誰ともなしに水の交換を毎日するようになった。とりわけ女子が多かったと思う。花の世話というのを女子の方が好むから、という理由も勿論あるのだろうが、それよりも恐らくは、彼女を慕っていた人間が女子に多かったからだろう。
––あいつ怖いよな
というのが、生前の彼女に対する大半の男子による感想だった。とにかく愛想がない。愛嬌なんか殊更ない。つり上がった目でこちらを一瞥しては、表情をほとんど変えないまま言葉少なに応答する。そんなイメージだったのだ。ことに成績が優秀だったことも良くなかった。いや、成績が良いのは大変素晴らしい事なのだが。特進クラスであるこのAクラスの中でも更に頭がいい部類に入ったのだ。とにかく隙がない。近寄りがたい。––怖い、のだ。
しかし一方で、彼女は一部の人間には大変好かれる人間でもあったようだ。彼女は思ったことをはっきりと表に出す方であった。そのはっきりとした性格は一部の人間から反感を買うことも間々あったらしいが、うちのクラスの多くの女子からは非常に受けたらしい。皆誰しも、思っても軽々と口に出せないことというのはあるだろう。そういうことをさらっと、なんでもないことのように、それが当然だろうというように口に出してしまうのだ、彼女は。悪意も善意も感じられない口調で。ペンに対して「これはペンです」というかのような、ただ当然の事実を述べているだけと言わんばかりの淡々とした口調で。それがなんとも、気持ちいい。ゆうなれば彼女は、このクラスの女子の心の代弁者として、大きな信頼を勝ち得ていたのだった。
特にあの事件からだ。
あの事件からは彼女はクラスの女子の紛うなきヒーローであり、憧れの存在らしかった。
生前、彼女の下駄箱に数枚のラブレターが入っていたのを見たことがある。モテモテだな、と軽くからかったら、お決まりの冷たい視線をこちらに一瞥し
「………女子からよ。」
と言われたことがあった。
しかし一方で、反感も多くあった。
彼女の発言の無機質さはデリカシーのなさの象徴のようなものであったし、当然といえば当然だ。
そしてそれは。
やがて嫌がらせへと発展した。
一部、かなり陰湿ないじめが行われていたらしい。
そして彼女は、それを苦に自殺したーー
と、みんな思っているらしい。
僕以外。
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