おかげ横丁グルメ旅

相田 渚

お伊勢さんのおかげ

夏休み明けからこつこつと貯めてきたバイト代。

使い道は大学に入学してすぐに仲良くなった紫と決めていた。


「着いた!おかげ横丁!」

「ここを抜けたところに伊勢神宮があるみたい」


白い息を漏らしながら歓声をあげた苺に、いつもは冷静な紫も心なしか弾んだ声を出した。

2人の目の前に広がる道の両脇には、江戸時代を思い起こさせる木造の日本家屋がずらりと並んでいる。

「これよりおかげ横丁」と記された立て札の横にいる招き猫の銅像を、パシャリと写真に収める紫に苺は声をかけた。


「ちょうどお昼だし、伊勢神宮に行く前にご飯食べようよ!」

「苺は本当食べる事好きだね」

「旅行の醍醐味は、現地の美味しい食べ物を食べることじゃん」


ぐるぐると音をたてているお腹をさすりながら苺はきょろきょろとあたりを見渡した。そして伊勢うどんと書かれた看板を見つけると、迷いなくお店に駆け寄って入っていった。

食べ物が絡むと行動が速い苺にすっかり慣れた紫は、焦らず後を追う。

お店に入って苺の向い側に座ると同時に、苺が既に2人分頼んでいたのか、伊勢うどんが2つ運ばれてきた。


「きたきた、伊勢うどん!わあ、つけ麺みたい!」


運ばれてきたうどんは出汁に浸かっているわけではなく、タレがかかっているような見た目だった。透き通るように白い極太の麺に対比するようにタレの色は深い茶色で、トッピングの青ネギが鮮やかである。


伊勢のうどんは辛口なのかもしれない。


そう予想しながら、苺はいただきますと宣言するやいなや、ずずっと太い麺をすする。

柔らかな麺の感触とあっさりとした甘口醤油がぶわりと口の中に広がる。

夢中になって麺を啜りお椀が空になると、苺と紫どちらともなくふぅと息を吐いた。


「美味しかった。あっさりな味付けで麺が重くなくてするするっていけた!」

「具材が青ネギだけなのが逆にアクセントになって美味しかったね」


にこにこと笑う苺に紫も同意した。

ありがとうございました、と溌剌とした店員の声を背に店を後にした2人は、伊勢神宮へ足を進めた。

伊勢うどんお土産に買って行こうかなぁ等と早々に計画を立てた苺が、歩きながらお店を眺めていると、人だかりができている場所があった。

人だかりの隙間から見える幟には「松阪牛串」。


「紫、ちょっとだけ寄り道していい?」

「えっ、今お昼食べたばっかりじゃん」

「だって松阪牛だよ?それが串でお手軽に買えるんだよ?ほら、皆お店の前で美味しそうに食べてる…」


苺の言葉に呼応するかのように、彼女のおなかがきゅうと音を鳴らした。

紫でなくとも、許さざるを得ないだろう。

数分後には笑顔満面で片手に松阪牛串を持った苺が紫のもとへ帰ってきた。


「お店の前の人だかりは買うのを待ってるんじゃなくて、食べてる人達だったんだね」

「ん~!とろける!」


紫の声が届いていないのか、苺は幸せそうに松阪牛串を噛み締めていた。

食欲に忠実な苺に呆れる紫に、幸せのおすそ分けだと串が手渡された。

内心ため息を付きながら、串を口元に近づけると香ばしい匂いが鼻をくすぐった。

匂いに誘われるがまま口に運ぶと、噛んだ瞬間肉汁がじゅわあと溢れてきた。

うまみを溢れさせた松阪牛は柔らかいためか、気付いたら舌の上から消えていた。


おいしかったでしょ、と笑いかけられた紫は黙って頷いた。


幸せを感じる串をあっと言う間に食べ終わった2人は、伊勢神宮へ向けてまた足を進める。

しかし、数十歩進んだところでまたしても苺の興味を誘うものがあった。


「もう、今度は何?」

「私達、まだデザート食べてなかったね」


苺の目線の先には「団子」とかかれた幟。横には縁台とその上に緋毛氈が被せられておりいかにもレトロな雰囲気をかもし出している。


情緒ある町並みで縁台に腰掛けお団子を食べる。


紫としても心揺れる提案だった。

お団子なんて数分あれば食べられるし、と言い訳のように呟いて苺と共にお団子を求めた。

紫は三色団子、苺は黒蜜団子を手に縁台に腰掛けた。


「黒蜜だれのお団子は初めて見たなぁ」


黒々と光輝くタレのかかったお団子をぱくりと食べた苺は、次の瞬間目を見開いた。


「あっふ、でも美味しい!」


出来立て熱々のお団子はもちもちと柔らかい。そのお団子に黒蜜のコクのある甘みとちょっとした焦げ目のほろ苦さが絶妙に混ざり合っている。

出来立てのお団子はこんなにもおいしいのか、と苺は口いっぱいに頬張りながら感動した。


串に刺さったお団子は丸々と大きかったが、2人はものの数分で平らげてしまった。

ほうじ茶を飲んで一息つき、さて先へ進もうと腰をあげた瞬間、ふと隣に座っていたお客の会話が苺の耳に聞こえてきた。


「さっきのぜんざい、おいしかったね」

「あぁ、おかげ横丁の入り口にあったお店の。今日は寒いしな」


あったかい、甘い餡子のぜんざい。


苺が振り向くと、紫は全てを悟ったかのように頷いた。


彼女達は果たしていつ伊勢神宮におまいりできるのか。

それは神のみぞ知ることである。














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