ばれんたいんでーぱにっく

 平成二十九年二月某日。

 喜多川秀隆は復学し、学内を歩いていた。戦国の世を生き抜いた経験からか以前より気配に敏感になっている。そして彼の感覚は、前方と背後を衝かず離れず歩く人間の気配を感じ取っていた。

 なんだろうか? と秀隆は考え込む。彼の父は日本の総理であり、そういう意味では誘拐などのテロに巻き込まれるリスクはある。実際問題として、今ボディーガードがついていないのは、どういうことかはわからないが戦国武将としての身体能力を引き継いでいたからだ。

 屈強のボディーガードを軽くひねってゆく姿を見て、喜多川家に長年勤める井伊直太朗があんぐりと口を開けていた。横で兄の信隆(信長)が大笑いしていた。

「秀隆様、いつの間にそのような武術を身に付けられたのでしょうか?」

「んー……どういったらいいのかな」

「俺と同じだよ、秀隆も天才だったってことで一つ」

「は、はあ……承知いたしました」

「ってことで、俺たちにはボディーガードは不要で」

「はい、承知いたしました。ですが旦那様には報告いたします」

「ああ、構わんよ」

 信長はいつもマイペースだった。


 回想しつつ秀隆は帰宅のために歩を進める。そして彼の前に一人の女性が現れた。

「あの……喜多川君、今時間あるかな?」

「え、ああ、同じ学部の斎藤さんだよね?」

「そう、そうなの! 覚えててくれたの? そうです、斎藤さんだぞ!?」

「あ、うん、おちついて?」

「しまった、ジャケットの前開けない!?」

「うん、いいから落ち着こう」

「うん、わかった。ひっひっふー! ひっひっふー!」

「其れラマーズ法!?」

「うん、なんというかノリいいね。私が言うなって言われそうだけど」

「んー、さっきのはぺったんこ、ぺったんこのほうが突っ込みやすかった」

「餅つきか!?」

「それだ!」

 なぜか意味もなくハイタッチを決める二人。やたら息があっている。

「やだ……何この人」

「いや、確かに乗ったのは俺だけどさ……」

「もしかして本当に運命の人?」

「どういうこと!?」

「あ、うん、前置きが長くなったし、要件を言うね」

「ほんとに長いよ!?」

「これ、受け取ってください」

「えっと……チョコ?」

「手紙もあるので、読んでもらえますか?」

「うん、ありがとう」

 そして自らの頬をフルスイングでビンタする秀隆。その激痛にこれが夢でないと自覚する。半世紀分夢を見た後なのでひとしおである。というか、合戦で何度となく負傷したけどその時も普通に痛かったよなと余計なことも思い出す。ということはこれもまた夢? とループする思考を断ち切る声が上がる。

「ちょっと待つずらー!」

「私、斎藤さんだけど剥げてないもん!?」

「えっと……木下さん?」

「覚えていてくれた!?」

 歓喜の表情を浮かべる少女。その後ろで斎藤さんが、それ天丼ですよとつぶやく。

「うん、たまに同じ講義取ってるよね」

「ずらあああああああああ!」

 歓喜の表情で絶叫する木下さん。

「うん、日本語でおk」

「えっと、えっと……これもらってほしいのです!」

「チョコ……?」

「そうでございます! 是非によろしくお頼み申す!」

「とりあえずしゃべり方がおかしくなってるけど落ち着こう?」

「ず、ずらあ……」

「うん、ありがとうね。後で帰ってからいただきます」

「お、おらを!?」

「チョコだよ!」

「っく、思わぬ強敵が……喜多川君、私も一緒にどうぞ!?」

「一緒にって何だよ!」

「えと……さんぴー?」

「なんであんたと一緒なのよ!?」

「ってことは単独ならいいずら?」

「当り前よ! って何言わすのよ!?」

「んじゃ、またあしたー。ごきげんよー」

「いけない、逃げられる!」

「ずらっ!?」

 秀隆は逃げ出した。だが回り込まれてしまった。そして流れるモノローグ、大魔王からは逃げられない。

「誰が大魔王よ!」

「斎藤さん?」

「おーっほっほっほほほほほほほほ、いい度胸ね。私の生贄にしてやろうか!」

「ず、ずらあ……こわい」

「大丈夫? 木下さん」

「そこのずら女! 勝手に人のを取るんじゃありません!」

「いつの間にか俺の所有権が移ってる!?」

「そうです、喜多川君、あなたと私は結ばれる運命なのよ……前世からの縁で」

「ちがうずら、秀隆君は私のお婿さんなの!」

「このクソアマ、勝手に名前呼びするんじゃありませんわ!」

 喧々諤々の争いを始める二人。その隙にそーっと離脱を試みる秀隆。そこにさらなる闖入者が現れる。


「ちーっす、先輩。一緒に帰りませんか? 姉貴が先輩呼んで来いってうるさいんですよ」

 そこに通りかかったのは執事の井伊直太朗の長男の万太郎であった。

「直子さんが?」

「うん、昨日から有給とってキッチン籠ってるんだ。んで、連れて行けなかったら……」

「うん、すまん。成仏してくれ」

「待ってくれ! やばいんだ。キッチンからこの世のものと思われぬ甘ったるい臭いが漂ってきて、空気吸っただけで鼻血でそうで!」

「まて、お前は兄貴分の俺を生贄に差し出そうというんだな?」

「そのまま本当の兄貴になればいいじゃない」

「だが断る」

「頼む、一生のお願いだ! 姉貴の生贄になってくれ!」

「てめえ、ぶっちゃけすぎだろうが!」

 言い争う二人にさらなる声がかかった。鈴を転がすようなという表現がしっくりきそうな、おしとやかながら真の通った声。ギギギっと振り向くとそこには喜多川家メイド、井伊直子がいた。私服姿も清楚な感じが出ている。

「あら、万太郎、秀隆さんをちゃんと確保してくれてたのね。感心だわあ」

「あ、ああ。直子さん。今から帰るところだったんだよ」

「あらあら、そうでしたか。じゃあ御供しますね」

 にっこり微笑む直子の背後に牙をむいたメス虎を見た気がした。秀隆の震えが止まらない。

 さらにそこに、木下、斎藤コンビが現れる。斎藤さんの後ろには竜、木下さんの後ろには斉天大聖が見えた気がした。気のせいだと思いたい。

「貴女たちは……そう、そういうことね」

「えっと、初めて会う気がしませんわね」

「どっかであったずら?」

「そうね、前と同じにしましょうか、三等分でどう?」

「のった!」

「わかったずら!」

 がっちりと手を組む三人。万太郎はどさくさに紛れて逃走していた。そして蛇に睨まれたかのように身動きのできない秀隆。

「うわあああああああああああああああああああああああああああ!」

 三人に引きずられて直子の部屋に連行される秀隆。翌日万太郎が直子の部屋にいた秀隆を確認するが、げっそりとやつれていた。そしてやたらつやつやする三人。ナニがあったかうすうす理解はしたが、万太郎は秀隆を見捨て再び逃走した。後日そのことを秀隆に責められるが、姉に頭が上がらない万太郎はどうしようもできないと言い返す。

「んで、何があったんです?」

「あれだ、溶けたチョコをぶっかけられて……」

「待ったその先は聞きたくないです」

「うがあああああああああああああああああああ!!!!!」


 秀隆の受難は始まったばかりのようだ。



 ところでその斎藤さんには従姉がおり、信隆に一目ぼれした挙句押しかけ女房になったと聞いたのは後日の事である。

 後日、総理の座に就いた信隆が最初に行った法改正は、重婚が罪になる法の廃止であった。同時に姦通罪が復活することとなった。その背後には、秀隆を取り囲む三人の女性の姿があったという。

「「「浮気者には、死あるのみ!」」」

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