嫁軍師の知略
信長と秀隆の視察前、東南アジア、ブルネイの港にて。
「佐吉よ。ゴアの南蛮人が蠢動しておるようでな」
「ふむ、かといって広い洋上では奴らの方に分がある。我らが水軍の力はまだ及ばぬ」
「うむ、ゆえに何か良い知恵はないものかと…」
「軍略ではわたしは平馬に遠くい呼ばぬゆえなあ」
「まあ、それゆえお主のところの女軍師殿に頼れぬものかと」
「うちの嫁を勝手に使うでない。だがまあ、聞いてみようか」
「恩に着る!」
三成と吉継は連れ立って三成の宿舎に向かう。まだ居城と呼べるようなものはなく、簡単に築いた陣屋の中に居館を作っていたのだった。
「あら、大谷様。うちの殿がいつもお世話になっております」
「ああ、奥方、お構いなく」
りんは身ごもっていた。三成の子供たちが母親のそばでドタバタと動き回っている。そんな様を見て三成は相好を崩すのだった。
「おまえ、ほかの人間の前でもそういう顔をしてみろ。それだけでお前を敵視している者は半分以下になるぞ」
「どういう意味だ?」
「お前は普段から表情が硬いのだ。ただでさえお堅いお役人がそれでは周りは委縮するだろうが…」
「うぬ。わかってはおるのだが…なかなかに」
「今度仕事中に、奥方の顔を思い浮かべてみよ」
「あらあら、そんなことをしたらこの人は仕事にならなくなりますよ」
「そうだな。儂はお役目の時以外はそなたと子供たちのことで頭がいっぱいなのだ」
「佐吉…もういい、今の言葉をお前の部下たちの前で言ってみろ」
「何を言う、仕事中は仕事の事だけを考えねば」
「…お前にそういう情操を説いたのが間違いだったようだ」
「失礼な奴だ。ひとを朴念仁のように」
「朴念仁に目鼻を生やしたら、石田佐吉になるのだ、知らなかったのか?」
「あらあら、仲がよろしい事です」
りんがくすくすと笑いだす。周りにいた子供たちも笑顔になる。その雰囲気に吉継は毒気を抜かれ苦笑いを浮かべた。
りんに食事をふるまってもらい、三成は子供を寝かしつけていた。
「奥方、ちと困りごとがありましてな」
「殿がまた何かやらかしましたか?」
「いや、そうではないのです…また??」
「あー、同輩の方といさかいを…?」
「ああもう、いらぬ騒ぎばかり起こしやがって。心配するほうの身にもなれ!」
「あらあら、ありがとうございます。大谷様のような方がいらっしゃって、私も安心です」
「ああ、いや。腐れ縁です」
「それでもです」
「佐吉は幸せ者じゃなあ。こんな良き奥方がいる」
「お世辞はそれくらいでお願いしますね。それで、何がありましたか?」
「南蛮人が動きを見せているようでしてな。ただ、洋上では我らに勝ち目がない。だが奴らも警戒していて海峡に引きずり込むこともできぬ。警戒態勢が長く続くと負担が大きくなりましてな」
「あー、それは確かに。兵がまず疲弊しますね」
「そうなのです。間もなく御先代様がご家族連れで来られるというのに」
「あ、それです!」
「はい?」
「御先代様が少数の供を引き連れマラッカに来ることを相手に流しましょう。そうすれば引きずり込むことができます」
「は…はあ!?」
「敵を罠に落とすには、落とし穴の上に相手が最も望むものを置くことがコツです。相手に起死回生の機会を与えることで、どっぷりはまり込んでもらいましょう」
「なんと大胆な…」
「それほどでも」
「平馬、どうした?」
「いや、奥方殿の策に感嘆してな」
「どんな策だ?」
「マラッカに交易に来ている商船は諜報も兼ねている。そこを逆手にとって御先代様がマラッカに来ることをあえて漏らす」
「ふむ。おりんが考えたか。ならばその策で行こう」
「おい、曲がりなりにも御先代様を危険にさらすのだぞ?」
「だが、おりんが考えた策であろ? そこに平馬が加わるのだろう?」
「そうだが…」
「ならばよい。現地で藤堂殿とすり合わせる必要はあろうが、わたしが反対する余地はない」
「うむむ、そこまで言われてはやるしかないではないか」
こうして地図を前に迎撃作戦が練られてゆく。三成は前線部隊が円滑に運営できるよう物資の集積場所と進軍ルートのすり合わせをしていった。また必要な物資の分量を確認する。
数日後、ルソン経由でブルネイに船が入ってきた。御先代様こと信長と、秀隆、ほか彼らの妻、及び護衛の小隊がついている。
「ふむ、これがその策か…面白いではないか。この儂をおとりに使うという大胆さも気に入った!」
「ありがたき」
「なればマラッカに向かうぞ。先触れも出すがよい」
「はは!」
秀隆は船酔いでピクリとも動かなかった。
平馬の率いる兵はあまり多くなく、500足らずであった。
「吉継よ。このような戦術も世にある。そして南蛮人は現地の民を人と思っていない節がある。恐怖を与え、この地に来れなくするのじゃ」
「はは!」
こうして秀隆からゲリラ戦術を教わった平馬は多大な戦果を挙げるのである。
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