信長再臨

 摂津国、石山城。

 織田幕府の本拠となる巨城であり、権威の象徴となっていた。石山本願寺の敷地をさらに上回る規模で築かれ、3重の水堀に囲まれたまさに難攻不落の備えであった。小高い丘に天守が築かれ、石山の街並みからほぼどこにいてもその天守を仰ぎ見ることができる。街の名前に石山を残したのは本願寺からの要請であった。この地に石山本願寺があったことを後世に伝えるためともいわれる。

 北、東、西は本丸から見て低い土地であり、さらに北には淀川が流れ、天然の堀となっていた。南側のみ台地と地続きで平坦になっており、大軍の展開が可能である。南にある玉造門周辺は火箭を集中できるよう出丸が多数設けられており、さらに築城と野戦陣の構築の天才と言われた武藤昌幸が招かれ、門の先に出城が築かれた。これにより防御力は飛躍的に向上している。出城は武藤丸と呼ばれ、結果としてここが戦場になることはなかったが、後年の研究でもここに数千の兵力が入れば、落とすまでに膨大な損害が想定されると言われた。


「皆のもの大義!」

 諸国の大名が石山城大広間に集結していた。珍しいことに外地の開発にかかりきりの伊達政宗の姿もあった。また、最近は薩摩ではなく琉球にこもりきりの島津家当主忠恒もいる。

 上座には織田信秀を筆頭とする連枝衆、徳川、浅井、柴田などの親族衆、佐久間、丹羽、明智、前田などの譜代衆が座る。彼らは幕府からの信頼が篤く、それぞれの地域での抑えの役割を担っていた。


「此度の騒乱、我が不徳の致すところである。また反乱鎮圧に尽力してくれたこと感謝する」

 将軍信忠の言葉に場がざわめく。反乱で失墜しかけている幕府の権威は、乱の鎮圧で何とか保たれていた。そこで将軍が臣下に頭を下げれば、相対的に将軍の意が下がり家臣が上がる。それを理解した故のざわめきであった。

 しかしながら上座の大名は全く動揺せず、伊達、島津などの大大名も平然としている。それを見て、彼らには幕府との密約があったのではないか? などの疑念を持つ者もいた。

「さて、此度の騒動について、責任者より説明させよう」

 そう言うと信忠はすっと席を立ち、席を左に遷す。そしてどかどかと足音を立て入ってきた人物、信長を見て事情を知らない者はまさに魂消るような声を上げた。


「さて、まずは久しぶりと言っておこうか」

 信長の覇気は衰えを知らず、その一言で諸大名は申し合わせたかのように一斉に頭を下げる。

「大御所様、生きておられたのですか!?」

 事情を知らない大物筆頭の家康が涙を流して立ち上がる。その姿を見てその忠義の篤さと、長年にわたる二人の友誼を思い起こした者も多かった。

「すまんの。だが敵を欺くにはまず味方からという。ちなみに信康は知っているぞ?」

「何ですと…?」

「いやの、儂の訃報に本気で泣くやつがいないとだますものも騙せないと秀隆が…」

「兄上、そこでその話を持ち出しますか!?」

「秀隆様…わしそんな信用ないですか? このような謀を漏らすような間抜けに見えましたかの?」

 家康もはや号泣寸前である。

「三河殿は実直な方ゆえな、このような策に巻き込むのをためらったのじゃ。泥は儂と兄上かぶる故」

「泥とは…?」

「まあ、すでにここまで来たら薄々わかっておろうが、儂の死から始まる騒乱はすべて狂言である」

 場がざわめく。むしろ悲鳴が上がっている。騒乱の影で実際に挙兵には至らなかったが裏で何かとやらかした連中だろう。それらの情報は織田のというか、秀隆が作り上げた諜報網によって報告が上がっている。彼らは個別に締め上げる予定ではあるが、あまりやりすぎて自暴自棄になられても困る。ほどほどにする予定であった。

「ああ、そうそう、様々なうわさが上がっておる故、そのことについて後ほど将軍家より確認がある。後ろ暗いことがなければ当然何もないし、此度の戦で手柄を立てた者には相応の褒美がある。楽しみにしておくがよいぞ」

 信長の笑顔に無言の悲鳴が上がる。まあ、この程度の揺さぶりに引っかかるような者ならばいなくなっても問題はない。現状の幕府に不満を持たれても困るし、さっくり首を挿げ替えることになるだろう。などと黒いことを考えているのだった。


「さて、実際に挙兵した3名に沙汰を下す。まず毛利輝元!」

「くっ、いっそ殺せ!」

「なんじゃ、万座の中で漏らしたことを恥じておるか?」

 輝元は耳まで真っ赤にしている。

「そんなことを恥じるよりも、家臣を無駄死にさせたことを恥じよ!」

「ひぃ!?」

「貴様の祖父からの義理もあったり、毛利家の恩義に付き従った者、義理などに縛られたものもいただろうが、彼の者たちは貴様のために死んだのだ。それについて思うところはないのか? 彼らにも家族はいる。そのことについても思いが至らぬか!」

 輝元の表情が見る見る変わってゆく。

「儂が父の桃巌より教えられたことは、家臣を犬死させてはならんということだった。死ぬに値する理由を与えよと。はっきりというならば、誰も死にたくないのじゃ。平穏に生涯を送り、子供や孫に看取られて死ぬことが仕合せであろうよ。だが、そんなことがいえる時代ではなかった。それゆえに何人、いや何万もの人間を死なせてきた。それは儂の罪である。しかしじゃ、そんな人柱の上にあるのが今の世であることを貴様はなんと考えておる? 領民の幸せ以上に大事なことがあるというならば、ここで申して見せよ。儂が納得するならそ奴に将軍位をくれてやろうぞ!」

 輝元のみならず、広間にいる大名たちからも一言もなかった。ただ下を向いて肩を震わせるものもいる。輝元の目からは滂沱の涙があふれていた。

「ここで涙を流せるならばまだ救いようがあろうよ。毛利輝元、貴様は高野山へ追放とする。貴様のために死んだ家臣の菩提を弔うがよい」

「はは!」

 毛利本家より周防が没収され、長門一国となったが、穂井田元清に与えられた。毛利家の所領は事実上四分され、それぞれに独立した大名家となったのである。

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