世代交代と幕府の制度

 天正15年。

 織田幕府創設の功臣、丹羽長秀が死去した。後を継ぐ長重はいまだ若輩であり、長秀の遺言もあって、所領のうち讃岐を返上することとなった。淡路には仙石秀久が入っており、実際のところ長宗我部を押さえる要地でもある。ここで信忠は思い切った手に出た。羽柴秀長を分家させ、そのまま独立した大名として讃岐に入れたのである。秀長は秀吉の与力として配されたままであり、事実上羽柴家への加増となった。但馬は蜂須賀小六が入り、生野銀山のみ幕府直轄とされた。蜂須賀も半ば独立しているが、秀吉の与力としての立場はそのままである。中国の抑えと同時に四国の支援も兼ねることとなり、幕府で羽柴家の立場は重みを増したのである。

 さらに、宇喜多直家が死去した。備前はそのまま嫡子の秀家に安堵とされた。だが宇喜多家興隆の礎であった直家の死は家中にわずかな混乱をもたらしたが、播磨より秀吉がにらみを利かせることで特に問題なく収まった。

 そしてこの状況で、秀吉は隠居と家督を長子の信吉に譲ることを幕府に申し出た。播磨にいて後見は行うが、すべての役職を退くことを申し出て、受け入れられたのである。筑前守の官位はそのまま信吉への引継ぎも認められた。従五位の散位のみ秀吉はそのまま持つこととなった。


 長秀の死に臨んでの領土返上は幕府の利になる話であった。複数の国にまたがる地行を持つものは、代替わりに当たって、一度領土を返上し、改めて与えられることが通例となったのである。そして、大きな勢力を持つ功臣の所領をなるべく一国に抑え、幕府直轄と、信忠の子飼いの将に領土を与えるための制度となる。ただし、あまりにあからさまなものは反乱を招く。そうなれば幕府の権威は揺らぐし、功に応じた禄がないとなれば、封建の制度自体が揺らぐ。

「叔父上、なんかいい方法はありませんかね?」

「信忠殿、隠居の俺にいったい何を?」

「たとえばですが、浅井家。縁者でもあり、功臣であることは間違いありませんが、加賀、能登、越前、越中半国。正直大身すぎるのですよ」

「ふむ、かといって理由もなく領土を削れば治安が崩壊するか」

「長子の信政はまあ、まともです。長政殿の領土を引き継いで治めるのは、家臣をうまくまとめればできるでしょう。けれども」

「その先の保証はない…か」

「はい。幕府の本拠は石山としますが、安土と岐阜には一門を入れます。さらに本貫の尾張も。尾張織田家は叔父上の家系にそのまま世襲していただく予定です。岐阜には五郎を」

「うん、良いのではないか」

「安土には誰がよいと思います?」

「そんなことは恐れ多くて言えぬよ。上様の専権事項でしょうに」

「うむ、では言おうか。信隆を入れようと思う」

「はい?!」

「弥八郎は徳川から帰参したのでありましょう? 信隆の付け家老としてくだされ」

「ふむ。あえて飛び地にしたのですな?」

「尾張、美濃、伊勢、近江、山城、摂津。日ノ本の中心地を確実に抑えたいのです」

「なるほど、なれば信隆にはそのようにさせましょう」

「して、ここからは独り言にござる。伊達には当家の姫が嫁いでおります。故に蝦夷探題として世襲。島津は南方開発の功あり。宗家の血筋に織田の姫を娶わせます。九州探題は明智ですが、琉球守という形ですな」

「ふむ」

「そして、明智の光慶は父親ほどの器量はありませぬ。所領は安堵しても、探題職は信澄にと考えております」

「まあ、光秀ならばそこのあたり身の処し方はわかっておりますか」

「政治の中心は石山に。経済は安土、軍事は岐阜として、機能を分散させ、将軍職はこの三家から出す。持ち回りとしてもよい」

「混乱のもとにはなりませぬかな?」

「父上の意見でもあります。叔父上に報いてやれず、子孫が将軍となればと」

「無用にて」

「そうおっしゃると思いました。ゆえに、これは強権で通させていただきます」

「やれやれ。子孫には苦労を掛けるな」

「宗家だけに押し付けないでいただきましょう」

「これは一本取られたわ」

「はっはっは。少しは一人前と認めてもらえましたか」

「すでに認めておる。故に兄上は上様に家督を譲り尾張に引っ込んだ。それをご理解なされ」

「そう…ですな。精進いたします」

「うん、素直な甥御に一つ助言を」

「なんでござるか?」

「京の位置づけがあいまいになっておる。主上は日ノ本の象徴であり、第一人者でもある。そして神道の八百万の神の具現とされておる」

「はい。確かにそこは見落としておりました」

「なれば、宗教、仏教、神道、キリストもまあ、最低限として、そういった中心地に。そして伊勢神宮の権威をもって信雄殿を祭り上げればよい。また文化の中心として、芸能の支援、公家には大学を設けて古今伝授や文化の継承をさせよう。藤孝殿を京に呼び戻し、所領は忠興に」

「ふむ、裏はこうですか。大学や文化奨励で公家どもに禄を与える理由とし、飼いならせと」

「うん、良く読み解きました」

「将軍とはなかなかにいやな立場にござるな」

「まあ、そこはあきらめなされ。して、丹羽家の家臣についてですが」

「所領半減となっており、讃岐にいた者はそのまま羽柴家に仕官させるつもりですが」

「幕府の直属とするはいかが?」

「幕府天領から所領を与えよと?」

「さにあらず。銭で禄を与えなされ。丹羽家に残りたいものはそのまま、かの家で所領が不足するならば、彼らの禄を銭にて幕府が支給する」

「なるほど。事実上直臣としてしまい、幕府の影響力を浸透させよと」

「まあ、ある程度聡いものなら気づくでしょうがね」

「開発を進めて禄が出せるようになればそれでよし、幕府はその家に貸しを作ることもできます。如何?」

「ありがたきお言葉にて」


 いまだ織田幕府は黎明期にある。大身の家臣が初めて死去し、混乱は未然に防ぐことができた。だが、ひとつ大きな危機がある。幕府成立の原動力となった両輪、信長と秀隆の死がどのような影響を及ぼすか。特に秀隆と個人的につながっている重臣は多い。それゆえに幕府にとって火種となりかねないのであった。

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