戦勝の宴にて

 天正15年8月。

 織田幕府は戦勝の祝いとして、京北野の森にて大規模な茶会を開いた。将軍家や諸大名は名物を持ち寄って公開し、町人、農民も参加を許される。その際には茶碗など、飲み物を飲むための器を持参することとの触れであった。

 会場は広大で、10日間の催事であったが人が溢れた。身分に関係なく茶の湯を楽しみ、正親町天皇が立てた茶を、宇治の茶を栽培する農民が飲むという場面もあり、主上の慈悲深さがおおいに広まることとなる。中央の広場では舞台が建てられ、歌舞伎興行が行われた。出雲阿国率いる一座の舞は群衆を魅了し、新たな文化の訪れを予感させるものであったという。


「殿、確かにあの踊り子は美しい娘でしたねえ…」

「帰蝶、いや、違うのじゃ!?」

「何が違うとおっしゃるのですか?」

「儂はあの新しき舞に目を奪われたのであって、お前以外の女には…むぐっ!?」

「うふふふふふ、ではあちらに行きましょうか。久しぶりに…ねえ」

「うあああああああああああああああああああ!!!」


 信長が襟首を掴まれて帰蝶に連行されてゆく。その姿を秀信が複雑な表情をしてみていた。

「まさか、弟とか妹…できないよな??」


「柏陽様、なんときらびやかなのでしょうか」

「そうだな。倭国の力、ここまでとは。明でもここまでの宴は見たことがない」

「それに身分問わずとは思い切ったことをしますねえ」

「うむ、だがみな心行くまで楽しんでおる。それに狼藉を起こそうとすれば…」

 伯陽の目の前で酔った農民の男がさっくりと意識を奪われ連れ去られる。

「あー…あれが織田家の影ですか。恐ろしい手並みですね」

「だろう? まあ、台湾もあれで守られてるし、頼もしいと思うことにしようか」

「そうですね…ところで、あの小屋が気になるのですが」

「ん? 木蘭? おい、まてうわああああああああああああああ!!」

 伯陽も木蘭に襟首を掴まれて連行された。翌年春先、台湾王夫妻のもとに嫡男が誕生するが、またそれは別のお話。


「松、よき眺めじゃのう」

「ええ、ほんとうに。心からの笑顔にございます」

「うむ。父上の作り上げたこの世をわしは守ってゆかねばならぬ」

「ええ、私もそんなあなたを支えてゆきますよ」

 ところで当然のように嫁は膝の上である。そんな姿を見て顔を赤らめる農民の夫婦がいたが、すすすっと敷地のはずれの小屋に消えてゆく。非常に毒な光景であった。独り身の小姓が光彩の消えた瞳でぶつぶつつぶやくくらいには。

「うふふふふふふ」

「あはははははは」

 将軍夫妻はとても平和であった。


「なんだと? もう一度言ってみろ!」

「何度でも言ってやるわ!」

 会場内で大声が響き渡る。誰だと思ってそこに注目すると…ややげっそりした信長と秀隆が鼻先が触れ合いそうな距離でメンチを切りあっている。

「それを言ってしまうかクソ兄貴!」

「言ったが何だボケ弟!」

「「よろしい、ならば戦争だ!!」」


 壮絶な表情で互いを睨みあう兄弟。小姓は知っているが、よく殴り合いのけんかに発展している。だがここまでの剣幕でにらみ合うのは初めてのことで、周囲の人間もおろおろとしていた。

「二人とも、やめませい! 主上の御前である!」

 信忠が割り込んでくる。嫁をお姫様抱っこしていなければ非常に決まっていたことであろう。

「「だがこやつが!!」」

 同時に同じセリフを吐き、同じタイミングで顔をそらす。実はお前ら仲いいだろうと思わせる光景だ。

「何があった!?」

「人には譲れぬものがあるということですよ」

「叔父上!?」

「秀隆の割に良いことを言うわ、その意見だけは同意するとしよう」

「父上!?」

 間に挟まれた信忠がおろおろする。嫁は離さずに。むしろむぎゅっとしている。実は結構余裕あるだろ?

「戦場は尾張としようか」

「ふん、我が本拠でとは譲ったつもりか?」

「わが故郷でもあるぞ」

「ふむ、良かろう。一月後、互いの手勢は5000じゃ」

「そなたは1万でもよいぞ?」

「後で兵力差がどうこう言われたくないからな」

「よかろう。吠え面かくなよ?」

「貴様がな」

 そして同時に顔をそらす。各嫁が顔を真っ赤にしてうつむいていたのが印象的であった。


「両名其処までじゃ。まさか本気で戦をするわけでなかろう?」

「無論、試し戦でございます」

「ならばよい。武門の意地もあろう、我が裁可を下すがよいか?」

「この上もなきこと!」


 こうして尾張にて信長と秀隆の試し合戦が執り行われることとなった。なんというか一度も相争ったことのない二人に周囲の者は大いに盛り上がる。即座に掛札を販売し始める秀吉と利家、そして即座に信長のもとに行き先陣を願い出る権六。陣構築の助言に秀隆のもとを訪れる光秀。いろいろとカオスであった。

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