唐入りー平壌会戦ー

 彦太郎が姿を消して1か月。明軍は平壌周辺に迫っていた。鉄張りの盾を装備した歩兵や女真族の旗を掲げた騎兵が散見される。織田軍の鉄砲に対する備えがされており、また床子弩と呼ばれる大型の弩や霹靂車のような攻城兵器も持ち込まれていた。

 現地で雇った通訳を通じ、明軍からこの城は攻撃を受けること。南に住居となるべき陣屋を作ってあること。また護衛の兵もおり、食料の備蓄もされていることを伝え、住民を避難させた。

 これはどちらかというと内応を防ぐ方策である。勝手に手柄を望んで内応する程度は十分に考えられた。住民は戦に巻き込まれずに済むと織田軍に感謝を告げていた。それ故、秀隆はこの発案は李舜臣将軍のもので、彼は国を立て直す情熱に燃えている烈士だと吹き込んだ。


「彦太郎、戻ったか」

「はい」

「良さげな者はいたか?」

「はい。愛新覚羅族の若君を味方につけております。此度の遠征にも参加しておるようで」

「ふむ、名分は?」

「女真を分裂させ、相争わせている明に対する恨みを晴らすと」

「いきさつは?」

「彼の者の祖父が内部抗争中に明の将軍によって謀殺されました。ですがこれは彼の叔父による讒言が原因です。今は明の配下の小領主ですが、その才と気概は大殿にも匹敵するかと」

「儂に匹敵だと?」

 唐突に現れた信長に秀隆と彦太郎は唖然とする。

「って兄上、なんでここにいるんですか!?」

「うむ、お主だけに任せるはまずいことと、やはり一度は見てみたいではないか異郷の地とやらを」

「あー、まあね、予想すべきだったが…うん」

「まあ、あれだ。楽しそうな話でないか」

「え、ええ」

「ところで、その若造の名はなんと申す?」

「はい、ヌルハチと」

「変わった名前じゃのう」

「まあ、そこは置いといて…で、兄上はどうなさるおつもりで?」

「うむ、そこじゃ。貴様らの報告を聞いて戦果を盛っておるのではないかと思った。だが想定以上にこの国の兵はもろいようじゃ。後、明との一大決戦に儂がおらずしてどうする!」

「あー、なれば兄上に指揮権はお返ししますぞ」

「うむ、受け取ろう。そのうえで秀隆の策を採る。存分に戦うがよい」

「はっ!」


 さて、ここで秀隆が取った戦術は敵を城内に誘い込み焼き討ちする方法であった。明軍は他国の軍を侮っている。前回は朝鮮の兵が足手まといだった。今回は明の精鋭がそろっている。というのが自身の源らしい。幸せな連中である。

 まずは城外で迎え撃つが、徐々に押し込まれて退却し、一部は城内に逃げ込む。ここで導火線に点火しっつ反対側から撤退する。そのあとで城門を開け放ち、内応したかに見せかける。

 そしてなだれ込んでくる明軍。城内に潜む敵兵を探すが既にもぬけの空である。機を見計らって城門が燃え上がる。出入り口を塞いだうえで、場内の火薬が点火され、大火災が起きる。明軍8万のうち、場内に入った2万余りは閉じ込められた。彼らを救うべく城外からも消火作業を行い、注意が城に向いたころ合いで、外から織田軍が襲い掛かる。さらに女真族の騎兵が寝返り、本陣を衝いた。

 波状攻撃で、交互にしかも別方向から攻撃を仕掛ける。兵力は織田軍が45000で、敵軍の半数強である。だが女真騎兵の最精鋭1000の威力はすさまじく、明軍を蹴散らしてゆく。負けが濃厚になったころ合いでほかの女真族もこちらに味方しはじめた。彼らはヌルハチの指揮により、集団での騎馬突撃はすさまじい威力を現してゆく。


 短時間の戦闘で、城内に取り込められた兵ほか、城外に多くの戦死者を残し明軍は敗走した。女真騎兵が追撃を行い、完膚なきまで叩き潰された彼らは長城内部に立てこもる。そのまま周辺地域を攻略し、ヌルハチは1万の兵の主となっていた。


 陣幕にて。

【お主が倭国の王か】

「織田信長である!」

【なんという…】

 ヌルハチは自然と跪いていた。英雄同志何か通じ合うものがあったのか、ヌルハチは信長に臣下の礼をとる。

「秀隆よ、こいつは何を言うておるのだ?」

「彦太郎、通訳を…なぬ?!」

「どういうことじゃ?」

「臣下に降りたいと。兄上のような高貴な顔をされた方は初めて見た。正に英雄の相であると」

「わはははははは、この若造、わかっておるではないか!」

 信長は上機嫌で笑いだす。

【あなたの子になりたい。許していただけるだろうか?】

「大殿の猶子になりたいと」

「よかろう、許す」

【大殿がお許しになるそうじゃ】

【おおお、儂は幸せ者じゃ!】

「この上もなき幸せと申しております」

「そうかそうか。なかなかに見どころのあるやつじゃ」

「騎兵突撃の見事さは先ほど見られたとおりにござる」

「うむ、秀隆よ。この遼東をこやつに切り取り次第と伝えよ」

【遼東王に任ずるとのおおせじゃ。励むがよいと】


 こうして女真の一部がなぜか織田の臣下となった。もともと彦太郎の調略でこちらにつく予定であったが、いろいろと不確定要素がいいほうに転んだ。

 明軍は北方の兵力の過半を失い、女真族に介入する戦力を失った。そして、遼東にヌルハチの勢力ができてしまい、明も彼を王に封ずることとなる。織田軍の後見で、ヌルハチは女真族統一に動くこととなった。弱冠24歳の時である。

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