唐入りー足場固めー
平壌を制圧した織田軍は、まず官庫にため込まれていた兵糧や物資を近隣住民にばらまいた。飢えてやせ細っており、いったいどれだけの収奪が行われたか想像に難くない。場合によっては肉の盾や地雷として残していったのではないかとすら思えるが、だとするなら食料が残されているのはおかしい。
ひとまずの慰撫が終わり首脳陣は一息つくことができた。下手をすると荷駄隊に襲い掛かりそうな勢いであった。これを討っても、情勢は好転しない。どころか仇と詰め狙われる可能性が大きい。はっきりとやってられるかという状態になるのは火を見るより明らかである。
「殿、李舜臣殿をお連れしました」
「ああ、彦太郎か。ご苦労さん。通訳も頼むぞ」
「はは!」
しばらくして彦太郎が壮年の武人を連れて現れた。
「ハムサカムニダ!」
秀隆のあいさつは無言で迎えられた。笑顔がいっそ痛々しかった。硬直した李舜臣を彦太郎が取りなす。
【お初にお目にかかります。李舜臣と申します】
「ああ、織田秀隆だ。よろしく頼む」
【はは! して私を召し出されたのはいかなる理由にて?】
「うむ、遼東から明の水軍が来る可能性がある。お主にはそれを阻止してもらいたい。報酬は李朝の権力だ。如何?」
【えっと彦太郎殿。この方は何を言っているのか? 儂にこの国の全権を預けると言っておるように聞こえたが】
【ええ、我が殿はそうおっしゃいましたぞ。王の位は難しいかもしれませぬが、丞相の地位くらいは与えられますかな】
【どういうことだ?!】
【この国は滅びます。いえ、織田家によって滅ぼされるというのが正しいか】
【わが祖国だぞ!】
【ではこの国は正しい姿でしたか? 讒言で知勇ある将を遠ざける。内輪もめで外敵を退けられない。賄賂が横行し、民衆はやせ細る一方です。いっそ滅びたほうがよいでしょうよ】
【そうかもしれぬ、だが生まれ育った国が亡びるを見るに忍びない】
【なればあなたの手で正すがよい!】
彦太郎の口調が変わる。きっと眦を吊り上げ柔和な笑みを浮かべていた表情が一変した。
【李将軍。貴方にはこの国の全権が与えられる。さすれば責任も重いでしょう。ですが、この国についてそれほどまでの思いがあるならば、それを実行する機会があるのです。大丈夫たるもの国のためにその身を捧げんとの覚悟があるならば、この機会をつかみ取らずしてなんとする!」
【え、いや、あの、その…】
【わが主秀隆様は明主にござる。その主が見込んだのであれば貴殿はこの国を背負って立つ器量があるのです!】
【う、うむむ】
【李将軍。肚を決めなされ!】
目線が右往左往していた李舜臣の目つきがすっと変わる。
【彦太郎殿。秀隆様にお伝えくだされ。引き受けますと】
【おお、わかりましたぞ!】
「うん、お前ら何熱くなってるのか知らんが、どうなったの?」
「殿、李将軍は御引き受けくださると!」
「そうか! なれば働きに期待していると」
「はい!」
朝鮮の水軍を再編し李舜臣に預けた。他国の将に兵を預けることは諸将から異論も出たが、秀隆が責を負うことでその意見は退けられる。秀隆の不安は的中し、明と朝鮮の水軍の混成部隊が釜山周辺に出没したが、九鬼澄隆と李舜臣の協力で退けられた。潮の流れを知り尽くしす李舜臣と、鉄張り安宅船をはじめとした日ノ本水軍が協力した結果、戦闘はかなり一方的な結果となったのである。
明軍の旗艦は炎上して沈んだ。沿岸に追い込まれ、陸上からの焼玉による砲弾の直撃を受けたのである。これにより沿岸を脅かす勢力はいなくなり、後方の補給線を確保できた。同時に釜山周辺を領土化し、先に集めた食い詰めた浪人たちを入植させる。屯田兵制度を取り、彼らは農地開拓と兵役を同時に負うこととなったが、開墾された土地は所領とできるとの触れに彼らは必死に働いていた。
現地住民との交流も持たせるが、織田の軍法を適用し、犯罪を厳しく取り締まった。どちらかというと現地住民の詐欺などの取り締まりが多かったのは笑えない実情である。
こうして後方を固め、新たに国境に集結しつつある明と朝鮮連合軍に対しての備えを進めるのだった。そして彦太郎は秀隆の命を受け姿を消した。
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