閑話 風魔小太郎
天正8年、三河国。
秀隆は家康に依頼したうえで、服部半蔵と面会していた。
「半蔵殿。風魔につなぎを付けられないですかね?」
「秀隆様、唐突に何を?」
「うん、北条の生命線って何だと思われますかな?」
「広大な所領に堅固な城塞、そしてそれを繋ぐ街道網ですかな?」
「それはなんというか、器とでもいうものであろ?」
「器…なるほど、いわれてみれば」
「なればそれを運用するのは誰か?」
「なるほど、風魔衆ですか」
「左様。彼らを丸ごと引き抜けば、北条は瓦解する」
(なんということを考えるのじゃ…)
「まあ、貴殿にも利はありますぞ。北条の有様を見た家康殿ならば、必ず服部党の待遇改善を行うであろうからね」
「いえ、拙者はそのようなことは…」
「半蔵殿の忠義はわかる。だがね、あなたの部下はどうなる? 彼らにも養うべき家族がいる。伊賀の里に仕送りをしている者もいるだろう。そういった者を丸ごと引っこ抜かれたら…」
「…それは徳川に対する威圧ととらえてよろしいか?」
「まさか。けれど家康殿は天下の英主だ。半蔵殿がこの話を報告したら即座に動くだろうて」
「承知しました。先ほどの件、失礼いたしました」
「殺気を向けたことかね? むしろ主を侮辱されるような言動を受けて平然としているような腑抜けは不要。貴公は正しいことをした」
「ははっ!」
(なんという…家康の殿がいなかったらこの人に仕えたくなるな。風魔も同じだとすると…これは面白い)
秀隆は遠征軍の確認のため、六郎の軍とともに東海道を進んでいた。駿府にて兵を止め、秀隆は六郎と同じ寺に宿をとる。そこに一人の老人が訪ねてきた。
「ご老人、わたしが織田秀隆で、こちらは息子の六郎じゃ」
「お初にお目にかかります」
「して、風魔衆の頭領が何用かな?」
「お気づきですか…」
「まあ、それはなあ。実際北条と戦端を開く前でなければ話し合いも何もないだろ」
「いまなれば敵でも味方でもないと言い張れますか」
「まあ、そんなところだな。して、風魔衆ならば聞き及んでいるだろう」
「…尾張、美濃、昨今は近江、京にいたるまでですか」
「当家の分国内では河原者や山家者も領民として扱う。仕事を割り振り、土地を与える。税も取るがな」
「はい、おっしゃる通りですね」
「極論を言おうか。同じことを約束すると。だから織田に付けと情報を流せばいい。河原者の情報網は早く正確だ。扇動すれば即座に万の民が立ち上がるだろうよ」
「おっしゃる通り」
「だがな、俺はそれをするつもりはない。今北条の領内で働いている領民は何の罪もない。だが、阿呆の氏政がうちの領内で騒ぎを起こしてくれた。これはけじめをつけねばならん」
「なればどうされます?殿の首をお望みか?」
「は、いらんよ。まずは…小太郎殿への知行だな。尾張に5万石でどうか?」
「は…はい?」
「あとは官位か。希望はあるかね?」
「か、かかか官位ですと?!」
「お主らは日ノ本の民じゃ。主上の臣下でもある。少なくとも俺と兄上は、職に貴賎なしと思うておる」
「なんと…なんと…」
「それにだ、俺は貴公らを高く評価している。北条の領内を円滑に運営するためのお主らの働き、天下に示したくはないか?」
「どういうことです?」
「お主らがいなければ北条は所領を維持できぬということじゃ。先代まではそれを理解しておったが、当代はどうも…な」
「ですが早雲公よりいただいたご温情は末代まで伝えよと」
「釣った魚にもエサはいるだろうが。孫子も言っている。軍の要は間者であると。そなたらは日ノ本一の技量を持っていると思うのだが俺の買い被りか?」
「そこまで我らを…」
「俺は買いかぶらない。実情を正直に伝える。俺の言葉が偽りと思うなら今すぐこの首刎ねるがよい!」
「わかりました。儂はこれより秀隆様にお仕え申し上げます!」
「ありがたい。戦後になるが、当家勝利の暁には関東にも所領を与えようか」
「いえ、まずは尾張五万石の価値があることをを示したく思います」
「うむ、殊勝なり!」
「われらの働き、しかとご覧ください!」
「おう、そうじゃ。うちの分家で津田姓があるんだが、おぬしそれを名乗れ。んでそうだな、津田小太郎秀孝。俺のもとの諱だが、どうか?」
「ありがたきお言葉ながら、なぜそこまで私にしてくれますので?」
「おぬしはその働きを全く報われておらぬ。俺が北条の当主ならばそれだけの待遇をしてしかるべきと思う。がたがた抜かす家臣がおれば、適当に平野に放り込んで、ひたすら奇襲と夜襲におびえてもらおう。そうすれば間者、すなわち貴公らの働きが身にしみてわかるだろう。如何?」
「そこまで…そこまで我らを…」
小太郎の目には滂沱の涙が流れる。今まで人間以下の扱いを受け、人並み上の働きをしてもわずかな給金でこき使われてきた。だが、初めて彼らの技量を正しく評価する主が現れたのであった。
こうして風魔衆は織田に寝返った。
報告を受けた信長は脇息にすがって大笑いをし、同じく半蔵から報告を受けた家康は顔面蒼白になり、伊賀者の給金を軒並み引き上げ、半蔵にも三河に所領を与えた。さらに居城には伊賀者だけに守らせる門を作り、そこを半蔵門と呼んだという。
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