天正5年正月
天正5年、正月。
各地で戦が続いており、前線に張り付いている将も多い。特に北陸は年末に謙信の出した動員令にかなりピリピリした雰囲気を漂わせていた。
信長も自ら出馬はしないが信濃から前田利家、近江から羽柴秀吉、明智光秀、ほか美濃衆の稲葉、安藤、氏家、不破らを動員している。ほか伊勢より滝川一益も派兵される予定であった。彼らは岐阜で新年の宴に出た後、そのまま北陸への援軍となるのである。
利家は秀吉とともに秀隆のもとを訪れていた。
「秀隆様。此度の上杉との戦はかなり厳しきものとなりそうです」
「ふむ、藤吉郎よ。そんな弱気で戦には勝てぬぞ。儂が槍で謙信坊主の首をとってくれるわ!」
「又左、おみゃあ早速酔っぱらっておるのか?!」
「あー、さっき新作の酒を飲ませたんだが、蒸留といって酒に熱を加えて酒精を濃く煮詰めたような酒でな」
「ほほう、これが新しい酒にござりますか…うへ。これはきつい」
「味はまあ、つけてないしな。こう、水で割ったり、果物のしぼり汁を加えると…」
「おお、酒精のきつさが柔らかく成り申した。これはうみゃあ」
「お前様、あんたばっか飲んでないで私にも…」
「おお、寧々よ。これじゃ、少しづつ舐めるようにじゃな…」
「んー…ぐびっ!」
「おい、そんなにがっつり行ったら…」
「にゃははははははははははははははははは!!!」
「あちゃー…」
寧々がすごい勢いで笑い出す。どうもかなりの笑い上戸のようだった。
「お前様、相変わらず面白い顔してますわ。すっごい笑えます。みゃははははははははははは!」
「あー、もう10年も見てる顔じゃろうがよ。お前が笑う顔を見るのは好きじゃ。むしろお前の笑顔のために生きておる。だが、面白い顔っちゅうていわれるのは…なんかのう」
秀吉の背中がすすけている。ふと周囲を見渡すと、まつが利家を四つん這いにさせてその上に座っていた。
「お前様、飲みすぎです、罰としてわたしのお馬さんになりなさーーーい!」
「まつよ、すまん、これでいいか? ぶひひひひひーーーん!」
秀隆は酔っ払いどもの醜態に頭を抱える。
「あっちゃー…」
もともと日本酒の酒精はあまり濃くない。それをさらに酒売り達が水で薄めて水増ししている。それ故がぶがぶ飲んでもそれほど酔わないのである。
そこに蒸留酒である。わずかに一杯であっても、それの数倍の酒精が含まれている。一杯でがっつり酔えます。笑えねえ…。
「帰蝶、儂は酔ってしもうた」
「あらあら殿、大丈夫ですか?」
「うむ、儂はそなたの美しさにいつも酔っておる」
「あらあら、殿、飲みすぎですわ…ね!」
帰蝶の振り下ろしたハリセンは信長の意識を一撃で刈り取っていた。
「好きじゃ、儂と付き合ってくれ!」
「済まぬ、わたしは殿にこの身をささげておる故…」
「それでも好きじゃあああああ、秀一、儂と一緒に…」
「貴様らに殿は渡さぬ!」
近習が痴話げんかをしているところに利家が乱入する。
「先日殿は儂の部屋で…ぽっ!」
「きさま長頼、抜け駆けか! 謀ったな!?」
「ふ、貴様の尻がいけないのだよ」
近習の長頼と秀一がつかみ合いを始め、利家が悲痛な叫びをあげる。
「殿はもう儂を寝所に呼んでくださらぬ。なぜじゃ!?」
「「おっさんだからさ!」」
お前ら実は仲いいだろ?
逆上した利家は長頼、秀一の二人を相手につかみかかっていた。
「やかましいわ! 貴様ら若造に何がわか…るキュッ!」
あーもう勝手にやってろ…と思っていたらまつ殿がすっと利家の背後から忍び寄り、見た目はしがみついただけのように見えたが、ほぼ一撃で利家を締め落としていた。お見事。
そのまつ殿を見た秀一と長頼は、やっぱり女って怖いとがくがく震えていたのだった。
とりあえず兄上は完全につぶれているようだ。そして近習や小姓の兄上を巡ってのさや当てを見て帰蝶義姉上の顔からすっぽりと表情が抜け落ちていた。3人目かねえ?
そういえば、去年兄上が義姉上に絞られたあと、本当に子供ができていた。秋には玉のような姫が生まれている。また兄上は戦国の常識を覆したのだ。
「兄上がつぶれているので儂が変わって宣言する。相撲大会はじめ!」
「「「うおおおおおおおお!!」」」
「優勝者はいつも通り褒美と嫁じゃ! お主ら励め!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおう!!」」」
「ただし、相手にけがをさせた者は反則負けじゃ。やむなき場合は見届け人が判断する!」
前年の反省を生かし、けが人は最低限になるようくぎを刺す。まあ、熱くなるとそれでも大暴れする奴が出るんだ…
今年は別の問題が出た。蒸留酒だ。テンション高いのはいつものことだが、ちょいと動いただけでつぶれるやつが続出した。そしておろろろろろろろろ…もうやだこれ。
唯一しらふであった明智光慶が優勝した。むしろ不戦勝だった。とりあえず適度な家柄の娘と見合いをセッティングしておいた。後は知らん。
翌日、兄上を含め二日酔いで身動き取れないものが続出したので、北陸遠征軍の出立が一日日延べされた。いいのかこれで。
秀隆は頭痛をこらえつつ、酔っ払いに世話は二度とごめんだと心に誓うのだった。
帰宅すると、直虎がオオトラに変貌しており、襲われた後記憶がない。果実を絞って飲み口を柔らかくした蒸留酒をついつい飲みすぎたと当人は言っている。まあ、万千代に弟か妹を作ってやらねばと口にしていたので確信犯に違いない。実に酔っ払いは困ったものである。
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