閑話 元亀騒乱ー新年会ー
元亀3年正月。三方が原で武田と痛み分けに持ち込み、武田軍を撤退させた。事実上の勝利を上げて織田家は沸き返っていた。
「信盛の武功、武家の面目なり!」
信長公ご機嫌斜めならずと記され、非常に上機嫌であったと伝えられている。
春先まで尾張衆の半数は浜松在番となっているためこの場にはいないが、褒賞の目録を浜松に送っていた。信盛は感涙して受け取ったと言われているが、新地行を目の当たりにして、目から光が失われたと言われている。
もともと、防戦に長けた指揮官であり、粘りづよい用兵を得意とする。本願寺はすぐに攻め落とせるものではなく、戦線の維持を目的とするならば適材というべきだった。
さて、東美濃からは明智十兵衛が帰還しており、新年会に出席していた。全く酒が飲めない体質であり、信長に一度勧められたが、下戸を理由に断った際、信長に絡まれかけた。そこにすっと現れた秀隆によって信長は連行され、光秀は危機一髪で逃れることができた。
新年会は例年通り婚活が繰り広げられそこらじゅうでお見合いが行われている。この年元服した嫡男の奇妙丸は、織田勘九郎信忠を名乗っていた。そして横には信玄息女の松姫がいる。秀隆の手回しで、婚約から輿入れを前倒しにした結果である。
松姫自身は父の逝去と、織田家と武田家が干戈を交えたことを気に病んでいるが、秀隆が声を上げた。「それはそれ、これはこれ!」
実際問題として、勝頼の嫡男は織田の養女の子であり、血縁はない。だが、信忠と松姫の間の子ができれば、そのまま武田の家督継承に口出しできるでしょとの秀隆の言い分でけむに巻かれた形となって、事実上黙認されていた。
そして、次男と三男も元服した。北畠中将信雄と神戸三七信孝である。彼らは将来、その地の支配権を引き継ぐが、それぞれの叔父を後見として、見習い期間が設けられる。その間に資質なしとなれば、その地位ははく奪されると宣言されており、バカ殿になればその後見人も地位を失う。これは秀隆が強く主張して決まったことである。
宴もたけなわであった。相撲大会の優勝者に信長から昇給が告げられ、さらに大杯の酒が与えられる。前年の優勝者は信長の娘婿となって出世間違いなしと目されたが、今年は小姓から馬廻への昇格が約束された。増えた知行もそれなりで、年頃の娘を持つ親が熱いまなざしを向ける。
「行くぞ、儂に続け!」
信長がもろ肌を脱いで相撲会場に集った小姓や馬廻に呼びかける。
「「おおおおおお!!」」
「お前らの特技はなんだ!」
「「「殺せっ! 殺せっ! 殺せっ!」」
「お前らのなすべきことはなんだ!」
「「「殺せっ! 殺せっ! 殺せっ!」」
「お前らは織田家を愛しているか! 国を愛しているか!!」
「「弾正! 弾正! 弾正!」」
「うおおおおおおおおおお!」
「「ヒャッハーーーーーーー!!」」
彼らは同じくもろ肌脱ぎになり雄たけびを上げる。何を血迷ったか褌を振り回して回転させている者がいたり、と非常に暑苦しい。
「では、問おう。妻子持ちは?」
「「われらの敵です!」」
「妻子持ちをどうする!」
「「爆破します!!」」
「戦友は誰だ!」
「「衆道! 衆道! 衆道!」」
あまりに暑苦しい状況に秀隆が水を差す。
「はい、ここで見目麗しい独身女性と寡婦の皆さん登場です!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」」
「子持ちでも構わん、むしろ家族が増えるのは大歓迎という勇者は手を上げろ!」
「「「「おおおおおおおおおおおお!!!」」」
「たくましい腕で守られたいか!?」
「「「はーーーーーーい!」」」
「ではここでくじを引け。同じ番号の女性をお話をするのだ!」
「「「ぬおおおおおおおおおお」」」
そしてそこかしこで会話が繰り広げられ、そのままそっと会場を後にする男女も散見される。
信長はいいところをさっくり秀隆に持っていかれ、帰蝶を膝の上にのせて慰められていた。
「武功を上げた者から嫁をあっせんしようとしていたのだが…」
「殿、それはさすがに…」
「むう、まずかったかのう?」
「むしろ秀隆殿においしいところ持っていかれましたね」
「まあ、あれだ、奴らもいい笑顔をしておるし。それはそれでよかろう」
「はい、そうですね」
帰蝶の笑みに信長は少しほうける。
「帰蝶よ。そなたいくつになっても変わらぬの」
「え? いやですわ。だんだん小じわが気になってきているのですよ?」
「いや、そなたは初めて会った時から変わらずに美しいぞ」
「あら、いやですわ…」
そんな主君夫妻を、お見合いの宴に参加し損ねた近習たちが昏い目つきで見つめていた。
「松殿。こちらへ」
「勘九郎様、恥ずかしい」
「ほれ、父上を見よ。あのように睦まじくしている。織田家では夫婦の仲が良いことはとても大切なことなのじゃ」
「はい…」
松姫は信忠の膝の上に座る。耳まで真っ赤にしている。後ろから抱きすくめられ耳元でささやかれ、いちゃつく姿を信忠の近習がこれも光の消えた目つきで見つめるのだった。
「尋子、そなたの髪は美しいな」
「あれ十兵衛殿、いきなり何を」
「ほれ、こちらに」
「あ…恥ずかしゅうございます」
光秀は妻を膝の上に乗せ抱きすくめる。自室でもされなかった振る舞いに戸惑うが、周囲で同じような光景を目にして、感覚がマヒしていたようだ。
「たまにはこういうのもよろしゅうございますね、十兵衛殿」
「まことにな。殿には感謝の念しかない」
「そうですね」
普段堅物として知られる光秀がいちゃつく姿は、さらに織田家臣団の婚活に拍車をかけたという。
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