閑話 織田家の新年会ー元亀編ー
元亀2年、正月。年賀のあいさつに登城する織田家家臣たち。去年は秀隆の妻、あさひによる出産パニックがあったが、今年は別の方向で熱気にあふれていた。
信長と秀隆のもとにいまだ妻のいない家臣から見合いの仲介を求める陳情が山のようにあふれており、これを放置すれば謀反すら起きかねないと危惧されるほどの勢いである。
よって、今年は希望者を募っての婚活パーティを兼ねており、見合いの宴を張ると秀隆がはっちゃけていた。婿取りを希望する娘がいたら連れてきてよいとのお触れを出し、家臣たちは下手をすると戦場にいる時よりも神経を研ぎ澄まし、ぎらついた視線を周囲に向けている。
連れてこられた息女の側もさすがは戦国の女、より稼ぎの良い、より頭の回る、そしてこの戦国の世を生き残ることのできそうな婿を探す。今年の岐阜城の大広間は熱気にあふれていたのだった。
「皆の者、先年は危機に陥ることもあったが皆の働きで正月を迎えることができた。今年もよろしく頼む」
「「はは!!」」
「さて、前置きはこれでいいだろう。秀隆!」
「はっ! 兄上、用意は整っております」
「うむ、冬!」
「はい」
信長の息女で当年12歳の冬姫である。織田家は元々美形の家系であり、市姫は絶世の美女とうたわれた。そんな父の血を引いた彼女は将来はさぞや…と思わせるほどの美しさを秘めている。
「15までの限りを設けるが、相撲大会で敢闘したものはこの冬の婿として迎える」
信長の一言に沸き返る近習や小姓たち。彼らも藤吉郎のように農民というのはさすがに少ないが、もともと身分の低い家の子も多い。信長に認められるイコール出世の糸口へ。さらに主君の娘を娶り準一門となれば…彼らは脳裏にバラ色の未来を描き出す。
「冬は強いおのこが好きじゃ。みなのもの、励んでたもれ」
最後の一言にはちょこんと首を傾げ、にっこりとほほ笑む。信長の横で帰蝶が悶絶していた。ふゆたんハァハァとの台詞は…まあ聞かなかったことにしたほうが平和であろう。信長も顔の下半分を懐紙で覆っている。似たもの夫婦であった。
「では、冬姫様杯、第1回相撲大会を始める!」
秀隆の宣言に開城は沸き立った。
すでに妻がいる家臣たちは、料理と酒を楽しみながら相撲見物に回る。年齢制限から弾かれた若武者たちも、意中の姫君に声をかけたりと婚活に忙しい。
「寧々ええええええええええええええええ」
藤吉郎改め、木下秀吉が嫁に縋り付いている。どうも京に隠し持っていた妾がばれたようだ。しかもその妾に女の子がいることをさっくりばらされたのだ。小一郎に。
木下家の最高権力者は寧々である。小一郎の嫁は浅野の縁者で、寧々のとりなしによる。要するに小一郎夫妻は寧々に頭が上がらない。そして、秀吉が最近やたらご機嫌なのと、挙動不審なことを怪しまれ、小一郎に追及の手が伸びた。真相を知った寧々は打つ手を見せぬほどの高速ビンタをお見舞いする。
「みぎゃああああああああああああああ!!」
会場には藤吉郎の悲鳴が響き渡っていた。
さて、会場を見渡すとその反対側では、信長公の近衛隊長である前田利家が、一回りも下の嫁に締め上げられている。戦場では鬼神のような働きを見せる利家も、嫁に折檻されキャインキャインと悲鳴を上げていた。こちらも妾がばれたようだ。こちらは清州の町中に囲っていたらしい。
「おまつ…許して…ヒイイイイイイイイ!」
にっこりと慈母のような微笑みで、利家を締め上げるおまつの方。
その姿を見た信長は全力で爆笑していた。帰蝶は冬姫に付きっきりで、信長の隣には奇妙丸を生んだ側室の生駒の方吉乃がそばに寄り添っている。また、もう一人の側室、坂殿は年が明けると伊勢に養子に行く三七丸を抱きしめていた。
壮絶な夫婦喧嘩を目にして、結婚というものに疑問を持つ若者もいたが、権六、おつや夫妻が娘に料理をとって食べさせる幸せな光景に目を奪われたりなど、いろいろと考えることがあったようだ。
秀隆はあさひを膝の上に乗せ、妊娠中の桔梗はぴったりと横に寄り添っている。ギギギと歯ぎしりする近習に、やたらさわやかな笑みを見せる秀隆。そしてふと目線を別の方に向ける。そこには彼を見つめる城の下働きの少女がいた。少年は目が合った少女と手を取り、そっと会場を後にした。
彼らが消えた方向を見て、ぐっと親指を突き立てる秀隆がいた。
一方相撲大会。
「はっけよい!」
「どりゃあああああああああああ!」
「くたばれえええええええええ!」
張り手ではなく拳が互いの顔面に突き刺さる。彼らも初陣を潜り抜けており、相手を倒すことについてためらいはない。
軍配が上がった側の小姓は躍り上がって喜び、負けたほうは拳を地面に叩きつけて悔しがる。
熱気は最高潮に達していた。目をぎらつかせる彼らを信長は満足げな目で見渡すのだった。
「もう、わたしにはお前さんしかいないんだよ。不安にさせたらあかんからね!」
「すまんかった。わしが悪かった。ゆるしてちょーーだい!」
顔の下半分が連続の張り手で腫れあがった秀吉が寧々を膝の上にのせてむぎゅっと抱きしめる。
一方では、利家がまつを抱き上げて会場から姿を消すところだった。結局平和な夫婦である。
他方では、権六のひげ面に酒が入ったおつやがすりすりすりと頬ずりをしており、権六の近習が穴が開くほど近くの壁を見つめていた。彼らの拳からは血がにじんでいた。南無。
相撲大会は佳境に近づいていた。権六の甥、佐久間家に嫁いだ姉の息子、盛政と蒲生家より信長の近習に上がっている鶴千代の二人で決勝が戦われるところだった。
盛政はもはや勝ったと思い、目を血走らせ、鼻息を荒くしている。そんな彼を見て冬姫はドン引きしていた。なんか壊されそうとつぶやいて。
一方蒲生鶴千代は、いわゆるイケメンで、相手の攻撃をかわし、透かし、正面ではなく側面を突くなどのやり方で、最小限の力で相手を倒してきている。盛政は真正面からの力押しであった。
決勝は信長自身が行司を勤める。軍配を手に土俵に上がった。
「両名、よくぞ勝ち上がった。そなたらの名はしっかりと覚えておこう」
「はは! ありがたき幸せにございます」
「では、覚悟はできたか?」
「「はっ!」」
「では…はっけよい!!」
スパン!と乾いた音が響く。鶴千代が経つと同時に勢いよく盛政の目の前で手を打ち鳴らした。所謂猫だましである。思わず目を閉じてしまった盛政は鶴千代を見失う。側面に回り込んだ鶴千代は盛政の手を引き後ろに倒そうとする。そして反射的に盛政が力を籠めると、力を入れる方向を反転させ背中を押し込み、同時に足を払う。盛政が強力であったことも幸い(?)し、見事な勢いで転がっていった。
「勝負あり、鶴千代見事!」
「はは!」
鶴千代は勝ち名乗りを受け、冬姫に向けイケメンスマイルを放つ。冬姫の顔が真っ赤になっていくのを見て、帰蝶はあらあらーと笑顔を向け、信長は若干不機嫌になった。
後日、冬姫は蒲生鶴千代改め、氏郷に嫁ぐことになった。婚礼の日には信長は酒を呷って号泣していたという。
また鶴千代に敗れた盛政であったが、あの筋肉にビビッときた家から縁談が来たという。後日一人娘が生まれ、虎姫と名付けたらしい。
翌年以降、新年の景気づけの相撲大会は恒例となった。信長の相撲好きはことに有名で、暇があると近習などに相撲を取らせていたという。だが、さすがに勢いで娘を褒美としたことは悔いていたらしく、以後は賞金や名物などを商品とした。
鶴千代に嫁いだ冬姫は幸せに暮らしたそうだが、それはまた別のお話。
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