今孔明の知略

 永禄7年正月、信長は4000の兵を率いて急きょ美濃へ侵攻した。その報を聞いた秀隆は一色勢の陣立てを聞き、一人の男の名を聞くや否や兵の招集を命じた。

 その男の名は竹中半兵衛重治。菩提山城の城主にして、一色竜興の近侍を勤める。現在はそれだけの認識しかなかった。家老を勤める山内盛豊も首をかしげるが、常備の侍300と、川並衆の番衆700、黒鍬衆300の総勢1300を率いて出陣した。

 先に物見に長けた稲田大炊介を派遣し墨俣の渡しを確保させる。そこで川の水量が異常に少ないことに気付いた。周辺に物見を放つと上流で水をせき止める堰が作られている。自軍を渡らせた後で堰を切る。今まで歩いて渡ることができた川が一気に増水し、半刻ほどの間濁流が流れる。

「よいか、今より我らは兄上を救いに参る。排水の構えともなりおる故、各々油断は禁物といたせ! わかったなら鬨を上げよ!」

「「「おおおおおおお!!」」」

「全軍前進!」

 美濃国内に侵入する秀隆勢。物見に出ていた稲田大炊介が戻る。

「御舎弟様。前方の各務野でお殿様の手勢が伏せ勢に遭い苦戦しております。ご加勢を!」

「一豊、先駆けの兵100を率いて先行せよ」

「はっ!」

「小一郎、このあたりは開けた地形だ。道の両脇に対して斜めに塹壕を掘り、鉄砲隊を潜ませよ」

「はは!」

「藤吉郎、小六。小一郎の指揮で鉄砲を放ったら敵の先陣を粉砕せよ」

「「合点!」」

「残りは私に続け!」

「「おお!!」」

 秀隆は兵を率いて急進する。前方で円陣を組み必死で防戦する尾張勢を見つけた。そして退路を断つべく後方に回り込もうとする一隊を見つけ、そこに攻撃を命じる。

「かかれ!かかれ!」

 鬼柴田もかくやという声を張り上げ兵を叱咤する。鍛え上げられた黒田衆は背後から奇襲の形になった敵兵を粉砕する。すでに信長の部隊に合流していた一豊がこちらに気付き、再び先陣に立って敵の包囲の一角を食い破った。

 秀隆は兵を二つに分け、中軍の欠けた鶴翼の体を取り、真ん中を信長の兵を通し、追いすがる美濃勢を十字砲火で射すくめる。狭い地形を利用しているので混雑して密集しているところに矢を射こむので次々美濃兵が倒れ伏す。それを踏み越えるかのように後続の兵が押し寄せる。一豊の兵が戻ったころ合いで自らも兵をまとめ兵を退く。だが追撃の手は緩むことはなく、我先に押し寄せてくる。

 しばらくはひたすら逃げの一手だったが、小一郎の作った塹壕を見つけると、その間を駆け抜けるように命じた。そして轟音が響き、追いすがる美濃勢に左右50、合わせて100の筒先から放たれた銃弾がこれも十字砲火となって降り注ぐ。まともに弾丸を受けた兵は頭を柘榴のように吹き飛ばされ周囲に血煙をまき散らす。腕や肩や足を撃ち抜かれた兵が転げまわり悶絶する。そこに早合を使って間断ない銃撃が降り注ぐ。先頭の兵の惨状を見て足が止まった敵勢に、藤吉郎と小六が率いる伏兵が襲い掛かり数十の兵を血祭りにあげる。

 足が止まった美濃勢を尻目に、秀隆の兵も徐々に後退した。尾張衆もかなりの損害を出した。死人100あまり手負いは数知れず。この戦いを指揮したのは竹中半兵衛と聞き、秀隆は一人息を吐いた。


「兄上、御無事のご帰還、祝着にござる」

「何が祝着か、敵にはめられ多くの兵を死なせてしまった」

「勝敗は兵家の常、次の戦で勝てばよろしい」

「そうだな、此度死なせた兵を無駄にしてはならぬ」

「して、なぜにあのような急なご出陣でしたか?」

「うむ、各務野の長井隼人が寝返ったと聞き、一気に井口を抜こうとしたが、偽情報に踊らされたようじゃの、無念じゃ」

「どうやらかなり計画的に動いていた様子、墨俣で堰が作られておりました。渡河中に切られれば大きな被害を出しますし、足止めにも使えたでしょう」

「うむ、帰り際に気付いたあたり、儂も周りが見えておらなんだな。助勢感謝いたす」

「は、ありがたきお言葉にございます」

「さて、西美濃からの攻め手はしばらくは難しいのう」

「目線を変えて東美濃を分断する手を打ちましょう。犬山殿から伊木から鵜沼を調略するよう伝えて御座る。前野右衛門をそちらに使わしてございます」

「はっはっは、仕事が速いのう」

 敗戦に沈んでいた信長が笑みを見せた。


 二月、丹羽五郎左を先鋒に、降伏した伊木清兵衛を加え猿喰城を落とした。そこから鵜沼の大沢次郎左が降伏する。木曽川の対岸に小なりといえども3つの城塞を陥落せしめ、橋頭保を築くに至った。信長のみならず、織田弾正忠家が美濃に対して、はじめて明確な勝利を収めたのである。ただ、一色本家からの援軍がなく、それゆえに掠め取れた側面もあった。そして半月後、織田家を驚愕させる知らせが飛び込んでくるのである。


 2月下旬、稲葉山上は騒乱の極みにあった。どこの者とも知れぬ兵が場内を駆け巡り火を放つ。騒ぎに恐れおののいた竜興は近習を引き連れて城外に逃走した。そして夜が明けた後、この騒ぎを仕掛けた犯人が竹中半兵衛とわかり、美濃国内は大騒ぎとなる。竜興はふもとの鷺山に入り、そこで東美濃での敗戦を知る。西美濃の大垣より、半兵衛の岳父、安藤伊賀守が兵を出し井口の町を制圧した。

 信長は秀隆経由で藤吉郎を使者に出し、稲葉山を明け渡せば美濃半国を与えるとの向上で半兵衛の引き抜きを図る。だが半兵衛は一言でその申し出を断り、そのまま割拠を続けた。しかしながら竹中、安藤によしみを通じる国衆はなく、徐々に稲葉山を支えるのが困難になってきた。頃合いを図って竜興と和睦し、半兵衛は姿を消す。噂によると近江樋口家に食客として身を寄せているという。


 秀隆は使者に出した誼で藤吉郎をたびたび半兵衛のもとに遣わした。織田家への仕官の勧めはあからさまにせず、天下の智者と交際したいとの体を装った。まあ、向こうはそれも見透かしているようだが、藤吉郎が門前払いを受けることもないことから、そのまま手紙を送るなどでいわゆるコネを残すこととする。

 さて、東美濃の拠点には柴田権六が置かれた。与力として川尻与兵衛、佐々内蔵助がつく。そのまま東美濃方面への侵攻を命じられている。この圧迫に岩村の遠山衆は、人質として娘を差し出し降伏してきた。


 信長は遠交近攻策をとり、甲斐武田と、北近江の浅井によしみを通じようとした。武田とは諏訪四郎勝頼の正室に、遠山氏からの人質の娘を養女として嫁がせる。

 そして浅井には妹の市姫を嫁がせることとなった。介添えには勘十郎信行が同行し、嫁入りを執り行う。この際に、藤吉郎経由で樋口家の上役である堀家より話を持ってゆくことができた。

 こうして美濃の隣国を取り込み、じわじわと包囲を狭めてゆくのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る