第四章 三人の刺客

 茜はそわそわしながら事務所の中をうろうろしていた。その時、ドアフォンが鳴った。茜はギョッとして立ち止まり、ドアを見た。

( 誰だろう? )

 彼女はすぐさま美咲の机に走り、パソコンを開くとドアの外のある監視カメラの映像を呼び出した。そこには段ボール箱をかかえた三人のスーツ姿の男が立っていた。見るからに胡散臭そうな営業マンに見える。

「どちら様ですか?」

 茜はパソコンを通して監視カメラに取り付けられているスピーカーで尋ねた。するとその中の一人の筋肉質の男が、

「私共、ワールドセキュリティーシステムと申しまして、法人様関係の防犯装置全般を販売している会社の者です。お時間はかかりませんので、私共の商品をご覧頂けないでしょうか?」

 茜は間髪入れずに、

「間に合ってます。お引き取り下さい」

 すると今度は金縁眼鏡の嫌らしい笑顔の男が、

「そうおっしゃらずに。只今キャンペーン中でして、アンケートにお答え下さった方の中から、抽選で50名様に、今人気絶頂のアイドル、トリプルスターのチケットを差し上げているのですが」

「ト、トリプルスター?」

 茜は思わずマウスのクリックをためらった。彼女はトリプルスターのコンサートは、時間とお金が許す限り行っているほどの熱狂的なファンなのだ。

「取り敢えず、中に入れていただけませんか? アンケートに答えていただくだけでも結構ですので」

 金縁眼鏡が言った。茜はもう冷静な判断ができなくなってしまっていた。彼女はサッとドアに駆け寄り、ロックを解除してドアノブを回し、ドアを開いた。

「失礼致します」

 三人の男は、お辞儀をしながら中に入って来た。

「ど、どうぞ」

 茜はソファを勧めて、給湯室に向かった。それを見た筋肉質の男が、

「あっ、お気遣いなく。すぐに帰りますので」

 茜は歩を戻し、三人がソファに腰を下ろすと、その向かいに座った。

「チケットって、まさか立ち見席じゃないでしょうね?」

 茜は何よりも先にそのことが知りたかった。するともう一人の茶髪の軽薄そうな男が、

「そんなことありませんよ。ご確認下さい」

 スーツの内ポケットから白い封筒を取り出し、茜に差し出した。茜はそれを受け取り、

「あっ、これ、トリプルスターの所属事務所の封筒だ」

「どうです? 私達のシステムはその事務所にもご利用いただいているのです。そのおかげで、入手困難と言われているトリプルスターのコンサートのプラチナチケットが手に入るのです」

 茶髪の男は得意そうに言った。茜はますます驚いて、

「ホントだ、これプラチナチケット! しかも、最前列!」

 三人の男がその時ニヤリとしたのを、茜は気づかなかった。


 美咲の運転するミニバンがようやくビルの地下駐車場に着いた。彼女は駐車場の中に見かけない黒のセダンが止まっているのに気づいた。

「誰かしら?」

 美咲はミニバンを降りると、セダンに近づいた。するとまた地下鉄のホームで感じた視線を背中に感じた。

「まさか!」

 美咲は周囲を見渡した。誰もいない。いや、そう見えるだけかも知れない。

( 一体何者? あの時も川本さんじゃなくて、私を狙っていたの? )

 しかし今回は殺気は感じられなかった。美咲は茜のことが気になり、エレベーターホールへ走った。

「あら?」

 ボタンを押してもエレベーターが動かない。しかも停止しているのは5階。事務所のある階である。

「仕方ないわ」

 美咲は非常階段を駆け上がった。その姿を見たら、川本議員も仰天してデートに誘ったりしなくなるかも知れない。そのくらい美咲は凄まじい速さで階段を駆け上がった。

「茜ちゃん!」

 彼女は駆け上がりながら茜の携帯を呼んだ。しかし、何故か電波が届かなくなっていた。

「まずいわね」

 美咲は階段を駆け上がることに集中した。


 その頃茜は、三人の男が取り出した商品の説明を受けていた。

「こちらはガラスセンサーです。窓やドアのガラスに接着させて、衝撃を感知するとこちらの制御装置にそれを送信し、さらにこの装置からあらかじめ登録した電話番号に通信する仕組みになっております」

 筋肉質の男が説明した。続けて、

「こちらはドアセンサーです。ドアの開閉を感知して、同じく制御装置に送信します。そしてこれがパッシブセンサーです。人体などの発する赤外線を感知することにより、侵入者の存在を知らせるものです」

「はい」

 茜はそんな説明に飽き飽きしていた。どれもこいつらが持って来ているもの以上のものがこの事務所にはあるのだ。ただ、コンサートチケットだけは興味がある。アンケートに答えたら、多少脅かしてでも手に入れられるように話をするつもりだった。

「よくわかりました。所長が外出中ですので、検討した上でお返事します」

 茜は素っ気なく答えた。すると金縁眼鏡の男が、

「それでは、こちらのアンケートに答えていただけますでしょうか」

 紙を一枚とボールペンを一本テーブルの上に出した。茜はボールペンを持つと、アンケート用紙を見た。三人の男は目配せし合い、筋肉質の男が茜の背後に回り、茶髪の男がドアに近づいて内側のロックをかけた。

「キャッ!」

 茜は筋肉質の男にいきなり後ろから羽交い締めにされた。

「何するのよ?」

 茜は動かせない首を少しだけ後ろに向けて怒鳴った。筋肉質の男は大声で笑い、

「おとなしくしてれば、命までは取りはしない。騒ぐな」

 耳元で囁いた。茜は正面の金縁眼鏡を睨みつけ、

「どういうつもり? 何が目的? お金ならないわよ」

 すると金縁眼鏡の男も大笑いして、

「金なんかいらねえよ。腐るほど持ってるからな。ちょっとばかりお願いを聞いてもらいたくてね」

「これが人にものを頼む時の態度なの?」

 茜はキッとして言い返した。しかし金縁眼鏡はヘラヘラ笑いながら、

「言葉が悪かったな。お願いじゃねえよ。警告だ。改進党の代表のボディーガードを引き受けたそうだな。悪いことは言わないから、やめとけ」

 茜は眉をひそめて、

「はァ? 何言ってんの? わけわかんないわ」

「お前達が相手にしようとしているのは、日本の裏社会を牛耳っている方達なんだよ。痛い目に遭わないうちに手を引けって言ってるんだ」

 茶髪が戻って来て言った。茜は茶髪を見上げて、

「うっさいわね。あんたみたいなチャラ男に指図されたくないわよ」

「何だと、このガキ!」

 茶髪の男は茜の挑発にカッとなって掴みかかった。それを金縁眼鏡が手で制して、

「随分と威勢がいいお嬢ちゃんだな。まだ子供だから、世の中の仕組みってものがわかってねえようだ。おい」

 筋肉質の男に目で合図した。すると筋肉質の男がギッと羽交い締めを強めた。

「いったいわね! 放しなさいよ!」

 茜が怒鳴った。金縁眼鏡が目を見開いて、

「お嬢ちゃん、今の状況わかってんのか? お前、命がやばいんだぞ。もう少し考えてもの喋れや」

 茜の顎を掴んで言った。茜は金縁眼鏡を睨んだままで、

「あんた達こそ、誰に向かってもの言ってるのかわかってるの? 汚い手で私に触るんじゃないわよ!」

 筋肉質と金縁眼鏡と茶髪は、顔を見合わせて大笑いした。

「元気なお嬢ちゃんだな。怪我するのはそっちだよ。誰かが助けに来るとでも思ってるのか? 誰も来ねえよ。この制御装置は妨害電波を出してる。携帯は使えない。それにこの事務所のセキュリティーは作動しなくした。あんたがアンケート用紙を見ている間にな」

茶髪の男がゲラゲラ笑って言った。茜は、

「あんた達の考えがよくわかったわ。通信を遮断して企むことと言ったら、ロクなことじゃないわよね。ただ、あんた達ってさ、自分達の実力がどれくらいか、知らないみたいね」

「何?」

 筋肉質の男がそう呟いた次の瞬間、男は脇腹に茜の肘鉄を食らっていた。

「ウゴワッ!」

 筋肉質の男は、仰向けに倒れた。金縁眼鏡はそれを見て仰天し、ソファから飛び退いた。

「な、何だ、お前は? 今、いつの間に?」

「このガキ、只の女じゃねえぜ。一体何者だ?」

 茶髪も後ずさりして茜を指差した。茜は茶髪を見て立ち上がり、

「如月茜。探偵よ」

 言い放った。本人は心の中で、

( 決まったァ!)

 ガッツポーズを決めていた。

「てめえ、よくもやったな!」

 筋肉質の男が起き上がって茜に襲いかかった。茜はクルッと振り返ると、男のスーツの襟を掴み、

「えいっ!」

 背負い投げをした。

「うわっ!」

 筋肉質の男は金縁眼鏡にぶつかって倒れ、二人とも気を失った。茶髪は蒼ざめた顔でドアに走り、ロックを解除して逃げようとした。

「わっ!」

 ドアを開くとそこにはびっくりして立ち尽くす美咲がいた。茶髪はニヤリとして美咲を捕まえ、

「こいつが怪我するぞ。おとなしくしろ」

 茜を見た。すると茜はフフンと笑って腕組みをし、

「いいわよ。おとなしくするわ。私はね」

「えっ? どういう意味だ?」

 茶髪がキョトンとしていると、

「こういう意味よ」

 美咲の右手が茶髪の襟首をねじ上げ、そのまま床に叩きつけた。

「こ、こんなの、聞いてねえぞ……」

 茶髪の男はそう呟いて気を失った。美咲はドアを閉じて、

「茜ちゃん、この人達、何者?」

 茜は三人が持って来た資料を美咲に差し出して、

「インチキセールスマンです」

と答えた。


 葵は移動中のタクシーの中で、美咲からのメールを読んでいた。

( そう来たか。警心会、思った以上にいろいろなところに根を張っているみたいね )

 葵は返信メールを送り、携帯をバッグに入れた。するとその時、その携帯が鳴った。葵は誰だろうと思いながら、携帯を開いた。

「護?」

 意外で鬱陶しい人物からの電話だと思いながら、彼女は携帯に出た。

「何の用?」

 葵の言い方は冷たかった。別れた夫からの電話を受ける女のようだ。しかし、相手の話にその顔は硬直した。

「わかったわ。10分で行く」

 運転手に、

「ごめんなさい、ここで降ります」

 タクシーを降りた。葵は周囲を見渡してから、まさしく風のような速さで走り出した。辺りにいた歩行者は、葵がタクシーから降りたのは見えたろうが、その後走り出したのは目に留められなかっただろう。


 美咲と茜は三人をロープで縛り上げ、猿ぐつわと目隠しもした。

「どうしますか、こいつら?」

 茜が金縁眼鏡を突っついて美咲に尋ねた。美咲は思案顔で、

「そうね。警察に突き出しても、警心会の回し者だとすると、何の意味もないし。このままここに置いておくわけにはいかないし」

「東京湾にでも沈めちゃいますか?」

 茜が楽しそうに言ったので、美咲はびっくりして、

「何言ってるの? それじゃ私達、この人達と同じになっちゃうでしょ!」

「冗談ですってば、美咲さん。すぐ真に受けるんだからァ」

 茜は無責任に大笑いした。美咲はむくれて、

「じゃ、どうするつもり?」

「大原さんに連絡してみますよ。そっち経由で何とかしてもらいましょう。大原さんなら、警心会に影響されない警察署を知ってるかも知れないし」

 茜は真面目な顔で答えた。美咲は頷いて、

「そうね。それしかないと思うけど。所長の返信を待ちましょうか」

「所長はひねくれ者だから、私の意見なんか聞いてくれませんよ! 警視総監に頼めとか言いそうですって」

 茜は自分の意見が採用されることが少ないのをひがんでいるのだ。本当はそうでもないのだが。美咲はたしなめるように、

「所長はそんな人じゃないわよ、茜ちゃん」

 その時、美咲の携帯が鳴った。

「所長からだわ」

 彼女は携帯を開いて言った。茜がそれを覗き込み、

「何て言ってます、所長?」

「大原さんに相談しろって。警察関係者はほとんど信用できないから」

 美咲が答えると、茜は妙に嬉しそうに、

「でしょ? でしょ? 所長と意見が一致するなんて、ほとんどないことなんですけどね。もうここは大原さんに頼るしかないですよ」

「茜ちゃん、やけにはしゃぐわね? そんなに大原さんに会いたいの?」

 美咲が呆れ顔で尋ねると、茜はハッとして赤面し、

「そ、そういうわけじゃないですよ! 警察関係で信頼できるのは、大原さんしかいないでしょ? だからですよ」

 美咲は茜の必死の反論がおかしいのか、クスクス笑いながら、

「そうね。そのとおりね」

 茜は美咲が笑っているのが不満らしく、プーッと頬を膨らませた。

「何ですか、その言い方はァ?」

美咲はそんな茜の表情を見てまた笑った。

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